2. 新しい仲間
目が覚めると、一瞬見慣れない天井に戸惑う。
そしてすぐに昨日王宮に来たのだと思い出し、体を起こす。
すると、ドアが3回ノックされる。
「……?どちら様?」
「失礼致します。」
声と共にドアから部屋に姿を現したのは昨日城に来た時に最初に会った執事長だった。
「おはようございます、リーナ様。
ご朝食後、第一王子様の元で一緒働く同僚の方々をご紹介しますので、翠雨の間まで来てもらえますか?」
“翠雨の間”は第一王子に与えられたエメラルド宮の一角にある。第一王子に仕える使用人の談話室のようなものだ。
使用人といっても誰でも入れるわけではなく、執事や侍女、騎士などといった王子により近いものだけが許可されている。
そこに呼ばれるということは、私もその一員と認められたということだろう。
「はい。もちろんです。わざわざありがとうございます。」
そう返事をした私の声で執事長はガバッと顔を上げる。
「あぁ、やっとだ。やっとまともな……
あぁ、リーナ様、ありがとうございます。」
何かぶつぶつ言いながら私の手を取りブンブンと降ってくる。これは握手というよりも……
そしてその顔が輝いているように見えるのは私の気のせいだろうか?
――え、なんで?私、返事して、お礼言っただけだよね?
そんな目が点になっている私を残して執事長はルンルンで部屋を去ってゆく。
――うーん、なんか嫌な予感がする……。
この違和感に首を傾げながら支給された服に着替える。
深いモスグリーンの生地に百合の花の柄が裾の方から広がっている。胸元は複雑な編み方をしたレースと少し大き目の青のリボンが付いていて可愛らしい。
上品で可愛いが甘すぎないちょうど良いデザインのドレスに気分が上がる。
実に私好みのドレスだ。このドレスのデザイナーには是非とも会ってみたい。
そんなウキウキの気分のまま美味しい朝食も食べて、よりこの仕事の素晴らしさを噛み締めていたのだが――
***
「改めまして自己紹介を。私は王太子宮の執事長をしております、セブルス・フォンテッドでございます。どうぞセブルスと。」
翠雨の間に向かいながら執事長の名前を知る。
とってもニコニコなのが逆に怖い。
「よろしくお願いします、セブルスさん。
ところでお聞きしたいのですが、今から会う方たちはどんな方々なのでしょうか?」
「えー、うーん、はい、そうですね。
なかなか個性豊かな方々ですよ。ハハハ……あの変人……をな……説明したら良……
まぁ、じきに分かります。」
笑顔だった顔を一瞬で強張らせて、見るからに狼狽えるセブルスさんの様子に、朝に感じた嫌な予感が蘇る。
そんなこんなしている間に翠雨の間に着く。
「こちらです。顔認証魔法が扉にかけられているので、認められたもののみが入れます。リーナ様もすでに登録されてますのでご自由にお使いください。」
セブルスさんが扉を開けた瞬間――
目に入るというよりも……目に飛び込む勢いで現れた二つの黒い影。
「セレン、どうしましょ。とてつもなく可愛いわ!!」
「ええ、ハレン。宝石の原石ここにあり!!ですわね」
艶やかな黒髪を複雑に編みこみ、長めの前髪は片目を覆っている。目の前でキャッキャってと盛り上がっている2人の顔は区別がつかないほどそっくりだった。
片方だけ見えている2人の水色の目が、5センチの距離で私の顔を興味深々に見つめてくる。
「ハレン、セレン。もう少し離れなさい。リーナ様が困ってます。」
困惑する私にセブルスさんが助け舟を出してくれるのだが――
「えー、私たちはリーナちゃんと仲良くなりたいのですわ!セブルスとお話ししたいわけではないのです。」
「そうよ、そうよ。セブルスはお黙り。」
「リーナちゃん!!あなたが来てくれて本当に嬉しいわ!!エメラルド宮はただでさえ人が少ないのに女子が全然いないんですもの!!」
「私にヘアアレンジとメイクをさせてくださらない?
こんなにも磨きがいがある子なかなかいないわ!!
そのままでも可愛いけど、私たちならもっともーっと可愛く、美人さんにできるわ!!」
執事長であるセブルスさんの忠告を聞くことなく、再び弾丸のように話し始める双子。
立場的にセブルスさんの方が圧倒的に上のはずなのだが……。
酷い言われようのセブルスさんの目はどこか分からない遠くの方を向いている。
双子の会話に全然ついていけないので、聞き流しながら観察する。
私の目の前にいる元気な双子。
私のドレスと同じモスグリーンのドレスだが、デザインはメイド服に近い。おそらく侍女なのだろう。
柄のないシンプルな生地だが、フリルがたくさんあしらわれていて華やかな印象を受ける。
たぶん自分でカスタムした感じだ。二人の雰囲気で察するに……。
二人の会話から姉が、ハレン。妹がセレン。
見た目も性格もよく似ている二人だが、どちらかと言えばハレンがハレンの方が感情重視で思いのままに口にするタイプで、セレンが論理重視で少し毒舌なタイプな気がする――
「おい、おい。いつまで喋るんだよ。
ピーチクパーチクうるせえな。
お前も突っ立てないでさっさと座れや。」
この双子の会話に終止符を打ったのはソファにどかっと座った白髪の人物。
モスグリーンの背広を着ているところから見るに、執事のようだが……すごく態度がでかい。
そして怖い。初対面でお前とか言われた。
彼の一番の特徴は目だろう。緑と赤のオッドアイは不思議な色味を持っている。
でもなんか、見覚えがあるような……?
「あいつはレビン・フォンテッドです。私の三男坊でして……親として無礼をお詫びいたします。双子も幼い頃から一緒に育てているのですが、何故か癖の強さが目立つ奴に育ってしまいまして……私の育て方が悪かったとしか言いようがありません。」
「いえ、そんなことは……」
疲れ果てた顔でとほほ、と笑うセブルスさんにそう声をかけるしかない。
「口は悪いですが、根はいい奴なので仲良くしてやってください。」
「……はい。」
二人で顔を合わせ苦笑いする。
「すまない。遅くなった。」
そう言いながら急いだ様子で扉の向こうから現れた人物は――天使だった。
サラサラと揺れる金髪。双子よりも深い真夏の海のような透き通った碧眼。
目、鼻、口、全てのパーツがバランスよく並んだ甘い顔立ち。
背中の後ろに羽がついていないのが不思議なくらいに天使だった。
「よっ、天使様の登場だ。」
そんなレビンの音頭に天使はレビンの方に顔を向ける。
途端に顔をこわばらせるレビン。
私の立っている位置からは見えないので何が起こったのかは分からないが、威圧的な雰囲気を持つレビンを黙らせるぐらいだ。
この天使も相当な強者なのだろうか?
私の目の前まで優雅に歩いてきた彼は天使の笑顔で挨拶をしてくれる。
「ラディウス・アークレシアです。第一王子の騎士ですので、トワイデル嬢とも顔を合わせる機会が多いかと……よろしくお願いします。」
――天使だ。
「リーナ・トワイデルと申します。こちらこそよろしくお願いします。」
アークレシアということは公爵家の方だ。
社交界に疎い私でも一発で分かるほどの名門だ。
建国当初から王家の騎士を務めている。
ラディウス様の挨拶に、場の空気がほんの一瞬だけ整う。
――が、それも束の間だった。
「ねぇリーナちゃん!!その髪、そのままなのはもったいないわ!!」
「ええ、ええ!!絶対にもっと可愛くなりますわ!!今すぐやりましょう!!」
「は?今やる必要あるか?仕事始まる前から騒ぐなよ。」
「レビンは黙っててくださる?美は一日にしてならず、ですのよ?」
「うるせぇな、その理論で何時間かける気だよ。」
「時間をかける価値があるからかけるんですの!」
「だからその時間が――」
「はぁ。」
小さなため息がラディウス様の方から聞こえる。
が、当の本人は天使の微笑みを浮かべている。
――でも、目の奥が笑ってない?
一瞬流れるピリついた空気に、双子も、レビンも、一瞬だけ動きを止めた。
けれど。
「リーナちゃん、座ってくださる?」
「大丈夫ですわ、すぐ終わりますので!」
――止まっていなかった。
「おい聞いてねぇだろ。」
「聞いてますわよ、無視しているだけですの。」
「タチ悪ぃな。」
ぐい、と腕を引かれ、そのまま半ば強制的に椅子へと座らされる。
「ちょ、ちょっと……!」
「じっとしていてくださいな!」
「動いたら前髪が悲惨なことになりますわよ!」
いつの間にか櫛やらリボンやらがどこからともなく取り出されている。
――いや、どこから出したの?
「……あーあ。」
呆れたように呟くレビンの声。
「新人、諦めろ。そいつらに捕まったら終わりだ。」
「終わりって何ですか終わりって!?」
「そのままの意味だよ。」
怖いこと言わないでほしい。
「セブルスさん……?」
最後の希望に縋るように振り返ると、
セブルスさんは――
すごく苦しそうに胃がある場所辺りを抑えてる。
「ふぅ、……楽しそうで何よりです。」
ダメだ。
笑顔が引き攣っている。
私以上に重症な人がいた。
「はい、できましたわ!」
「まぁ……っ、想像以上ですわね……!」
ぱっと手鏡を向けられる。
そこに映っていたのは――
見慣れているはずなのに、少しだけ違う自分だった。
無造作なストレートが緩くウェーブを描いて、モスグリーンの大きなリボンでハーフアップにまとめられている。
確かに、可愛い。悔しいけど。
「ね?素敵でしょう?」
「私たちにかかればこの程度、朝飯前ですわ!」
ドヤ顔の双子。
「……まぁ、悪くねぇな。」
レビンがぼそっと呟く。
「とてもお似合いですよ。」
ニッコリ笑うセブルスさん。
ラディウス様は何も言わずに柔らかく微笑む。
――うん、悪い人たちじゃない。たぶん。
たぶん、なんだけど。
でも。
確実に言えることが一つある。
私は、ゆっくりと息を吸って――
心の中でそっと呟いた。
――私、ここでやっていけるのかしら




