平和な時間
「神様。カトリーヌさんのお母さんはすっかり良くなったそうですよ。」
「おれの妙薬エリクサーを使ったんだ。当然だろ。」
「王都のダンジョンの最深部で大量に魔物が死んでいて、良質なポーションが大量に見つかったそうです。関連を調べているとか。」
「ふーん? なんだ、渚。ずいぶんとこの世界のことに詳しくなったな?」
「はい。みなさんが教えてくださるので。」
宿のおれの部屋で、おれは渚とちょっとした世間話をしていた。
最近の渚はおれのクエストについてこなくなった代わりに、アンナと一緒に宿の食堂を手伝ったりしているようだった。
この様子だとだいぶ街の連中とも打ち解けているようだな。いい傾向じゃないか?
「特にエバンスさんがよくいらっしゃいます。」
「エバンス? ああ、あのエバンスか。」
以前、キースとおれとナナオとエバンスで臨時パーティを組んだ。もう遠い過去のことのような気がするが、まだ数ヶ月前のはずだ。エバンスは今はキースの冒険者パーティに所属している。
そうか。エバンスもあの食堂を使っているのか。意外だな。あの食堂は酒が出るから、結構うっさいというかガラもいまいちだ。アンナが客に尻を触られて、おれがキレたこともある。エバンスはもっと静かなところで過ごすような印象を勝手に持っていたぜ。
「渚。客の男に尻を触らせるなよ。」
「神様。私の心配をしてるんですか?」
「そうだ。」
もちろん、渚の尻も守られなければならない。渚はおれの妹ってことになってるからな。
ちなみにアンナはおれがネックレスを渡して以降、お触り禁止を公言し、周囲もアンナに彼氏が出来たと認識したらしい。この間は泣いていた男もいたとかなんとか。ははっ、ざまあみろ。アンナの尻と身体はおれのものなんだよ。
同じ食堂で働く渚に男どもが寄ってきてるのは、そういうところもあるのかもしれん。
「もしかしてエバンスに言い寄られてるのか? 渚?」
「いいえ。」
「ならいいが。」
「今度デートに誘われました。」
「はあ?」
おれは思わず渚の顔を見た。渚もなぜかジッとおれの顔を見返す。綺麗な黒髪がすっと流れる。渚の目鼻立ちの整った顔からは感情は読み取れない。
「冗談です。デートとは言ってませんでした。ただ、朝市に一緒にいかないかと。」
「驚かすなよ。」
「神様とアンナさんも一緒にどうですか?」
「そうだなあ。」
そういやアンナとどこかに出かける機会はあんまり無かったな。どこかにアンナの用事があるついでにおれと街を歩くとかはあったが。
悪くないかもしれん。
「いいぞ。行ってみるか。」
「はい。」
◇
「うはは。いつもありがとね、ナギサさん。お客さんなのに手伝ってもらって。」
「いいえ。私が好きでやっていることですので。」
当日の早朝、おれと渚はアンナと連れだって朝市に向かった。
渚とアンナが仲良さそうに会話する。
朝の澄んだ空気に渚とアンナの声がカラカラと響いてなんだか気分がいいぜ。
おれたちが待ち合わせ場所につくと既にエバンスがいた。
「おう。久しぶりだな、エバンス。」
「……オレか。」
エバンスは以前にパーティを組んだ時と同じようなローブを着て、辛気くさそうな顔をおれに向けていた。
女子高生の制服姿の渚が丁寧にエバンスに挨拶をする。
「エバンスさん。今日はお誘いいただきありがとうございます。」
「……いや。来てくれてありがとう。」
エバンスはそれだけ言うとおれたちに背を向けて市場の方へと歩き出した。
おれとアンナと渚もエバンスの後について歩く。
おれは隣を歩くアンナに話しかけた。
「は〜。しかし、早朝なのに結構人がいるんだな。知らなかったぜ。魚なんかも売ってるのか?」
「あ〜、魚はね、東の町の近くの湖で獲れるやつがよく入ってくるよ。」
「へえ。湖があるのか。」
「あはは。カミサマ、結構知らないこと多いよね。」
「ああ? ……まあそうだな。おれは神様だがこの世界にはまだ行ったことのない国や街がたくさんあるな。」
少し前を歩いていたエバンスがおれたちを半分振り返り言う。
「俺はノースカロンの出身だ……。」
「そうなんですね。」
「それ、前にも聞いたな。」
「うはは。遠すぎて全然実感わかないね〜。」
「……。」
エバンスは無言で渚とおれとアンナの反応をしばらく眺めた後、再び前を向いて歩き出した。
屋台の前で立ち止まったアンナがおれの腕を引っ張って言った。
「あっ、串焼きだね。美味しいよ。カミサマも食べてみる?」
「おう。」
おれはアンナとおれの分の二本の焼き魚の串焼きを買った。
エバンスは少し離れたところで足を止め、おれたちの買い物を待っていた。
渚がエバンスの方を向くと、エバンスがふいっと視線を逸らす。
なんだ、うらやましいのか?
「おーい。エバンスもどうだ?」
「俺は、肉は食わない。」
「そうなのか。」
意外だな。エバンスの体は結構大きくがっしりしているが、肉無しであの体を維持できているのか?
おれとアンナは串焼きの魚をかじりながら歩いた。渚はおれとアンナの後ろを歩く。
「あ。見てカミサマ。もうこんな時期なんだね〜。」
「お。そうだな。」
アンナがそう言って指差したのはよくわからんキノコだった。よくわからんがどうやら今の季節しか採れないキノコのようだな。おれは適当に相づちだけ打っておいた。
「楽しそうだな。アンナ。」
「うはは。そうだね。朝市には何度も来たことあるけど。カミサマと一緒だからかな?」
「ふっ。そうか。」
普段はおれの冒険者ギルドのクエストの話か、宿の話くらいしかアンナとしないからな。これはエバンスに感謝かもしれん。
エバンスはその後も何度かおれたちの方を振り向いていたが、結局、朝市を一周して解散という話になった。
アンナと渚は先に宿への帰路に向かい、おれはエバンスに呼び止められた。
「……オレ。」
「ん? なんだ?」
「……気付いているか?」
「ああ? 何をだ?」
「……妹はずっとお前を見ていたぞ。」
「はあ?」
エバンスはそう言うとおれの顔を見て「フッ」と笑った。
なんだ? 何を考えているのかよくわからん奴だぜ。
「……じゃあな。」
エバンスはおれに背を向けると別れの挨拶のように手を振ってみせた。
思えばエバンスとちゃんと話したのはこれが最初で最後だったかもな。




