第二十二話 財閥
ザディラが任されてる貿易会社へ着く前に、ゼルフォビラ家が経営する企業をおさらいする。
ゼルフォビラ家は広大な領地ダルホルンを治める貴族であると同時に、商人としての面もある。
取り扱う業種は運輸・卸売り・小売り・金融・保険・不動産・物品賃貸・サービス・医療・教育・軍事・インフラと多岐に渡る。
その事業のトップのほとんどがゼルフォビラ家の親類縁者。
ゼルフォビラ家とはいわゆる財閥。
父セルガはそれらすべての事業を統括するトップであり、主に金融・軍事・運輸を受け持っている。
次兄ザディラにはその中の運輸業のうちの一つである貿易を任せているそうだ。
といっても、セルガのお膝元『ダルホルンの首都・港町ダルホルン』の貿易のみだ。
要はお目付け役がくっついた状態で経営を任されている。
はたから見ればザディラの能力をあまり評価していない表れなのだが、当の本人はゼルフォビラ家が営む貿易業の中で最大級の会社を任されてご満悦だそうだ。
ま、本人が幸せならそれでいいだろう。
さて、その貿易業についてだが、基本は物流を扱うだけなのだが、ザディラがリゾート開発に手を出して失敗した過去や、現在行っている香辛料の取引に顔を出しているところから、独自の判断で別の業種を扱っても良いようだ。
ここで注目したいのはリゾート開発の失敗の過去。
この失態を取り戻そうとして、ザディラは新たな事業開拓である香辛料の取引を始めた。
それが当たり、現在は好調。父が出席する食事会で自慢げな報告を行えるくらいに……だが、俺から見れば大変胡散臭い。
ザディラは一度事業を失敗して後がない。
そこで起死回生に打った手が見事成功。
世の中そう甘いだろうか、という勘繰りが俺の目に疑念を宿らす。
本当に香辛料の取引はうまくいっているのだろうか? という疑念が……。
もちろん、これは当てずっぽうやザディラの見た目の間抜けっぷりだけが理由ではない。
まだまだ薄いが裏付けとなったものがある。
それは香辛料の扱い方と料理長の言葉。
『いえいえ、私どもも全てを把握しているわけではありませんから。まだまだ勘頼りでして』
プロの料理人が新しく入ってきた香辛料を扱いあぐね、手探りで模索している状況下でありながら報告会で自信満々に語れるほどの売上があるものだろうか?
さらに料理長の言葉から得たヒントがある。
『ですが、それも少しの間かと。未知の香辛料で種類が多いとはいえ、我々もプロなのであと三月もすれば完璧に扱う自信はあります』
この様子から、いずれは港町ダルホルンから国中に広がり大きな売り上げが見込まれる。だが、現状では売り込み先がないはず。
だからこそ生まれた疑念。
ザディラは失態を取り戻そうとするあまり、育て始めたばかりの事業を過大に偽っているのではないかというもの。
そこを覗くためにザディラの会社へ向かっている。
舗装され凹凸の少ない道を歩む馬車。サスペンションも効いているため揺れは僅か。
その微妙な揺れが眠気を誘う。
「ふぁぁああ」
「シオンお嬢様、お寝不足ですか?」
「いえ、十分に睡眠はとっていますわ。ただ、この揺れが心地良くて」
「クスッ、そうなんですか? 以前のシオン様も同じことを仰っていましたよ」
「あら、そうなの? 記憶を失っても体が覚えているのかもしれませんわね。ですが、今から数字とにらめっこをすることになるでしょうから気合を入れ直さないと」
そう言って、俺は自分の頬を両手で軽く打った。
その様子をルーレンは不思議そうに覗き込む。
「数字? シオンお嬢様はザディラ様の会社に出向いて何をなさろうとしているのですか?」
「敬愛するお兄様から経営の何たるかを学ぶために、まずは現在の経営状況を見ておこうと。昨日の食事会で頼もしいことを仰っていましたからさぞかし事業が好調なのでしょう」
「経営状況? つまり、財務諸表にお目を通しになりたいのですか?」
「ええ、そうなりますわね。財務諸表なんて言葉を知っているところを見ると、ルーレンはそういったことに詳しいのかしら?」
「はい、セルガ様に拾われる前までは、とある会社で半年ほど事務仕事をしてましたから。シオンお嬢様もお詳しいご様子ですが?」
「みたいですわね。記憶を失う前に家庭教師の方に学んだのか、もしくは庶民時代に触れる機会があったのかもしれませんわ。ルーレンは庶民時代のわたくしをご存じ? 知っているなら、記憶回復の手助けになると思うのですが」
「いえ、詳しくは存じておりません。申し訳ございません」
「他の者は? メイドやマーシャル先生に家族はどうでしょうか?」
「ご存じないと思います。私たちが知っているのはお屋敷に訪れてからのシオン様のことだけかと」
「そうですか」
以前も考えたが、やはり庶民時代のシオンを知る者はいないようだ。
これならば、シオンと俺の齟齬は庶民時代の記憶かもで押し通せる。
話を切り替え、ルーレンのことについて尋ねる。
「ルーレンは事務仕事をしていたと仰っていましたが、それはどんな会社で、その後どういった事情でメイドに?」
「えっと……」
瞳を泳がせ、言い淀む。言葉に出しづらいようだ。
興味はあるが今の目的はザディラのこと。質問は控え、話を前に進めよう。
「話しづらいなら無理にしないでいいですわよ。それよりも、何か伝えたいことがあったのでは?」
「お気遣い痛み入ります。あの、財務諸表のことですが、そちらを確認したいのであれば、わざわざ会社に出向かなくとも会計監査院に行かれてはいかかでしょうか?」
「会計監査院?」
「会計監査院は、この『港町ダルホルン』で事業を行う全ての会社の様々な計算書や財務諸表の内容を第三者が監査する機関です。そこには、監査に必要な各企業の書類が集まりますから」
「そのようなものが? その第三者とは、全てゼルフォビラ家が関わらない監査人なのですか?」
「はい、セルガ様は厳格な方ですので、ゼルフォビラ家とは無関係な外部から監査人を招いております。ですが、監査人が勝手な判断で配慮を示す可能性はあるかもしれません」
「たしかに、それはあるでしょうね」
外部から呼ばれているとはいえ、給料の支払いはゼルフォビラ家。
ゼルフォビラ家に関係する企業には甘い査定をする可能性は高い。
それはさておき、そこに必要な書類が集まっているなら話が早い。
会計監査院に行けばザディラの会社のみならず、ザディラと関係している会社の関係書類を見ることもできるし、俺が妙な行動をとってることもわかりにくい。
監査人や御者から報告が届く可能性もあるが、直接会社に乗り込むよりかは多少はマシだ。
だから俺はルーレンの言葉を聞き入れることにした。
「ここはルーレンの言うとおり、会計監査院に向かいましょうか。お兄様の手を煩わす必要もありませんし」




