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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

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第二十話「桜花爛漫 ーおうからんまんー」 (後編) ④

蛍視点です。


時は少し前にさかのぼります。

川に流された後、何があったのか。

 木の葉の揺れる音が、ひときわ大きくなった。


(あ、お米の味だ)


 舌を撫でる空気の『味』が、私に教えてくれた。

 顔を上げると、空に灰色の雲がかかっていた。味は薄めだから、実際に降るかは分からないけれど。


「……いないわね」


 花鶯さんが、大きな溜め息をついた。


「こっちも駄目です。見つかりません」

「となると、この辺りにはいないわね」


 川に流された後、私は花鶯さんと二人で、例の化け猿を探していた。


 目視だけではない。

 花鶯さんが目で、私が舌で、それぞれ化け猿の『気』を探り続けている。


 それだけやっても、一向に見つからないのだ。花鶯さんが言うように、近くに化け猿がいないことは明白だった。


「仕方ないわね。場所を変えましょう」


 花鶯さんが歩き始めた。私も慌ててその背中を追う。一見するといつも通りだけど、足の動きが不自然に速い。



 気丈に振る舞っているけど、すごく、焦っている。



(私も、なにかしないと……!)


 なにか、なにかないだろうか。

 一刻も早くあの猿を見つける方法。


 正面からの戦闘は避けたいから、最小限の被害で無力化――――あ!!


「そうだ!! 花鶯さんの力を使えば――」

「使わない」


 花鶯さんが突然立ち止まり、きっぱりと言った。


「使わないわ。あんな浅ましい力」

「え?」

「相手が怪物であろうと、使ってはならない。使うにしても、最終手段。本当にどうしようもなくなってからよ」


(あさま、しい?)


 いつもみたいに声を荒げるわけでもなければ、顔を真っ赤にするわけでもない。感情豊かな花鶯さんとは思えないほどに、淡々とした反応だ。


 だからこそ、味を感じるまでもなく分かった。

 これ以上は追及しないでほしいという、拒絶を。






   ***






 私が花鶯さんと出会ったのは、()()の儀だった。


 ()()では、数え十二歳で成人と見なされる。成人した証として初めて裳をまとい、垂らしていた髪を結い上げる。それが裳着の儀だ。

 そして裳着の儀は、緋家の一員としてのお披露目でもある。下働きの者がその御姿を拝める、数少ない機会の一つなのだ。


 そんな花鶯さんの裳着の儀で、私はやらかしてしまった。

 いや……やらかしなんて言葉で片付けられる失態ではない。


 花鶯さんの『気』があまりにも()()()()()で、あろうことか、彼女の目の前で(よだれ)を垂らしてしまったのだ。


 当然、私は先輩から盛大なお叱りを受け、翌日から一ヶ月間、罰として早朝の腕立て伏せとごみ出しを命じられた。


 世の中には、いろんな美味があふれている。

 ひとたび口を開けば、舌の上で美味が花開き、広がるのだ。私にとって世界は、好きな時に手を伸ばせる食糧庫だった。


 それなのに、欲望のままに食べることはできない。そんなことをしてしまえば、世の理を壊してしまうから。食べたいと思ったものが「人の気」ならば、相手を命ごと、食べ尽くてしまうから。



 だから、我慢しなければいけない。


 三食分の食事をちゃんと与えられていたのに、常に飢えていた。いつもお腹がぐうぐう鳴っていた。



 その反動なのか、頻繁に寝坊や居眠りを繰り返した。注意も緩慢になって、よく転んだり物を落としたりした。

 しかも、甘美な味を前にすると涎を垂らしてしまう悪癖があった。先輩にどれだけ罰せられても、なかなか治らなかった。


 気持ち悪いって、みんなに何度も言われた。

 私は、あまりにも変な子だった。


 みんなが当たり前のようにできることが、私にはとても難しかった。どうしてできないのか、分からなかった。みんなと違うことが恥ずかしくて、みんなの前で怒られることが怖くて、一人になるといつも泣いていた。



「こんな朝早くから、何をしているの」



 早朝のごみ出しを終えて泣いていたところで、思わぬ御方から声をかけられた。


 花鶯さんだった。

 裳着の儀で、私が無礼を働いてしまった姫君。美しく、華やかで、私と同世代の女の子とは思えない気品に溢れた御方。


「労働環境に問題があるのなら、聞くわよ」

「め、めめ滅相もございません!」


 私は、涎を垂らしてしまった罰として、早朝のごみ出しをしていると説明した。


 そして、とにかく平謝りした。やんごとなき御方の前で口をだらしなく開き、あまつさえ涎を垂らしてしまった非礼を、ひらすら詫びた。


 話が終わると、花鶯さんは深い溜め息をついた。


「……来なさい。いいものを見せてあげるから」

「え、あ、あのっ」

「いいから早く立って、ほら!」


 突然、花鶯さんに手を引かれ、近くの山に連れていかれた。私の力で、この世で最も美しい光景を見せてあげると言って。



 言われた通りだった。


 美しい光景だった。まるで桃源郷だった。



「私の力は、私にしか見えない色を、私の色に染め上げるものよ」


 今でも鮮明に思い出せるほどに、力強い声だった。


「あらゆるものには色がある。目に見える色とは違う、唯一無二の色よ。目の良い私にはそれが分かるの。あらゆるものに味を感じるあなたと、同じようにね」

「わたしと、同じ……?」

「己の力を一番に理解できるのは、他でもない己自身よ。それなのに、己の力を、己が卑下してどうするの」

「あ――――」

「他の誰がなんと言おうと関係ないわ。ちゃんと、大切になさい」


 花鶯さんに叱咤され、頭を殴られたような衝撃を覚えた。


 謝っている時は、頭が混乱していて、自分でも何を言っているのか分からなかった。最初から最後まで支離滅裂だったし、今でもちゃんとは思い出せない。


 だけど、花鶯さんの言葉で、私は気が付いたのだ。

 謝罪にかこつけて己の力が嫌いだと、日々の苦悩を吐露していたことに。


 それなのに、花鶯さんは最後まで聞いてくれた。それどころか、世界はこんなにも美しいのだと教えてくれた。


「今後は、己の力を卑下するのではなく、いかに世のため、人のために力を使うのか考えなさい。そして胸を張りなさい。いいわね」


 誇らしげなその声に、心を掴まれた。

 堂々とした(たたず)まいに、圧倒された。




 きらきらと(きら)めく笑顔に、目を奪われた。




「………………はい!」


 生まれて初めて、何かを『美味しそう』ではなく『綺麗だ』と思った。美しいってこういうことなんだと、心が震えた。


 ずっと私は、空腹しか知らなかった。


 飢えしかなかった私の世界に、花鶯さんが花を咲かせてくれたのだ。






   ***






 その後、花鶯さんと再び顔を合わせたのはさらに数年後。花鶯さんが巫女になったことに伴い、侍女の一人に選ばれてからだった。


 巫女の傍に仕えてお世話をする。皆から羨望の眼差しを向けられる、ありがたいお役目だ。ただの下女どころか、日々の仕事もまともにこなせない穀潰しの私が、なぜ巫女の侍女に選ばれたのか、今でも分からない。


 それでも、嬉しかった。


 この美しい人の傍に置いてもらえる。これほど幸せなことはないと歓喜した。この人の傍にいられるのなら、なんだってしたいと思った。侍女として選んでくださったお気持ちに応えたいと思った。


 だけど、私は何も知らなかった。


 己の力を卑下するなと言っていたこの人が、どうして己の力を疎んでいるのか。誇らしげに見せたくれた力を、どうして『浅ましい』と吐き捨ててしまうのか。


 花鶯さんがどのような人生を歩み、何を考えてきたのか。私は何も知らない。




 私は、ずっと心酔するばかりだった。


 この人のことを、何一つとして知ろうとしていなかったのだ。




「……私は、あの力で救われました」


 ぴたりと、花鶯さんの足が止まった。


「花鶯さんがあの日、力を見せてくださったおかげで、世界は『美味しい』だけじゃないと分かったんです。花鶯さんのこと、綺麗だって思ったんです。初めて人を『美しい』と思えたんです。私は――」

「その力で人を殺したと知っても、同じことが言えるの?」


 予想外の返しに、言葉を失った。


 花鶯さんは、振り向かない。

 だけど、その背中は震えていた。傍目で見ても分かるくらいに


「……屋敷に住んでいた下女よ。あの子にも、私の力を見せてあげたの。あれをすると、みんな喜ぶから。私を褒めてくれるから。でも、あの子は魅入られすぎた。見惚れるあまり、周りが見えなくなって――――足を、滑らせたの」


 想像して、私も震えた。

 あの日と同じ場所で力を見せたのだとしたら、足場の悪いあの場所で、足を滑らせたのだとしたら…………ただでは済まないことくらい、頭の悪い私でも分かる。


(あ――――)


 ふと、思い出した。

 小さい頃に小耳に挟んだ、噂話を。



 ある日、一人の下女が不慮の事故で亡くなった。



 花鶯さんの御実家である()()は、御三家なだけあって大所帯だ。同じ下働きでも、顔を合わせたことのない人の方が多い。私も大半の下女と同様、物心がついた頃から緋家で働いていたけど、その子と話をしたどころか会ったこともない。


 だけど、自分と同じ下女が事故で死んだという話は、とても衝撃的だった。


(あれが、そうだったのかな)


 だとしたら、花鶯さんは、ずっと一人で抱え込んでいたのだろうか。

 あれほど誇っていた力を使うことを、止めてしまうほどに。ずっと、自分を責め続けてきたのだろうか。



 己の力のせいで、人を死なせてしまったと。



「だから、あの力はもう――」

「私は、浅ましいだなんて思いません」


 思わず、想いが口をついていた。


「私には、力を使っている花鶯さんが、とても楽しそうに見えました。笑顔が綺麗だなって思いました。だから、そんな花鶯さんに言われて嬉しかったんです。『己の力を己が卑下してどうするの。ちゃんと胸を張って、誇りなさい』って」


 花鶯さんの背中から、渋みの強い甘柿の味がした。


 顔が見えなくても、味で分かる。

 言葉を失うほどに、動揺しているのだと。


「私は、花鶯さんのことを何も知りませんでした。花鶯さんになんて言えばいいのかも分かりません。だけど、花鶯さんの力が好き。それだけは確かなんです」


 そう。私は花鶯さんの力が好きだ。

 力を使っている時の笑顔が、大好きだ。


 その気持ちまで、無かったことにしたくない。


「だから、力を使うかどうかは、花鶯さんに任せます」

「え?」

「私は、昔から体だけは頑丈です。山で足を滑らせたくらいでは死にません。花鶯さんの力で、私は傷ついたりしません。だから、私のことは気にしな――」

「そういう問題じゃないのよ!!」


 花鶯さんが声を荒げた。

 その背中と同じように、震えた声だった。


「あの力を使えば、周辺にいる他の猿まで来るわ! 大勢の猿が一気に押し寄せてくるのよ!? そんな状況で、足を滑らせたりでもしたら……っ」

「大丈夫です。絶対に被害は出ません。私が、そうします」


 できる限り落ち着いて、はっきりと断言した。無茶苦茶を言っていることは分かっているけど、やるしかない。


 今の私にできることは、花鶯さんの不安の芽を積むことだけだ。


「だから、周りのことは気にせず、花鶯さんの好きにしてください。私は――力を使う貴女の笑顔が、世界で一番、大好きなんです」


 大好きという言葉につられて、頬が緩んだ。

 そして、自分の願望に気が付いた。私は、花鶯さんに好きにしてほしいんだ。好き勝手に振る舞ってほしいんだ。




 あの時みたいに、きらきらと笑っていてほしいんだ。




(浅ましいのは、私の方かも……)


 伝えたいことは、全部伝えた。

 あとは、花鶯さんの答えを待つのみだ。


「……黙って聞いていれば、好き放題言って」


 花鶯さんの声から、震えが消えた。

 振り向いて、私を見た。


「私がどれだけ、我慢してきたと思っているの?」


 (きら)めきが、勝ち気なその眼に宿っていた。

⑤に続きます。

次回で、さるひと合戦終了となります。

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