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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

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第二十話「桜花爛漫 ーおうからんまんー」 (後編) ②

葉月視点です。

ようやく桜と再会できました。

 (かげ)りを帯びた日光が、木々の間から差し込んでいる。自然ならではの優しい光によって、一種の神々しさすら感じる光景だ。


 その光が照らしているものを、除けば。


「あの、これは一体……?」


 踊り狂う猿、奇声を上げる猿、はては無防備に寝転がっている猿。

 外敵であるはずの僕らに目も暮れず、乱痴気騒ぎに興じるその様子は、野性の動物としてあまりにも異様だった。


「心配いらないわ。泥酔してるだけだから」

「え、泥酔?」

「あらかじめ発酵させた果実で酔わせたのよ。下手に暴れられても面倒だしね」


 果実で酔わせる。薬学に精通した、桜さんらしい戦法だ。毒針のイメージが強かったけど、頭脳を張り巡らせて戦う桜さんもかっこいい。


「すごいね。こんな数の猿を一人で捕まえるなんて」

「……運が良かっただけよ。それより、ほら。他の組に見つかる前に」

「あ、そうだね!」


 僕は刀を抜き払い、酔いどれの猿たちをまとめて捕獲した。相当酔いが回っていたのだろう。風に巻き上げられる直前まで、どの猿も警戒一つなく、こっちが怖くなるくらいに呑気な有り様だった。


 桜さんと合流した後、僕たちは再び二人で行動していた。再会の喜びに浸る間もなく、桜さんに急かされながらここに案内されて今に至る。


「葉月。体力の方は?」

「大丈夫。問題ないよ」

「じゃあ、このまま猿を探すわよ。確か、近くに穴場があったはず」

「穴場?」

「果実や木の実が豊富だけど、日当たりも足場も悪いから、人があまり寄り付かない場所なの。猿はもちろん、捕獲する側にとっても穴場というわけ」

「なるほど」

「小半刻ほど歩くけど、他の組に先を越されなければ、確実に数を稼げるはずよ」


 他の組。桜さんの口から出たその響きには、冷静ながらも敵意があった。僕の全身にも緊張が走る。


「それって、他の組と遭遇する確率も……」

「上がるわね。だからこそ、早いうちに状況を確認しておいた方がいいわ」

「そうだね」


 日が高くなってから一刻以上は経っている。今日の日没がタイムリミットだから、残り時間はもう一刻もない。


 一度分断された僕たちは、おそらく他の組より遅れをとっている。


 優勝を目指すなら、多少の危険を冒してでも、猿の個体数が多い場所に乗り込むしかないだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。


「ちなみに、落葉組と炭組は脱落済みだから、その二組は警戒しなくていいわよ」

「そうなの!? まさか、それも桜さんが?」


 桜さんが、なぜか歯ぎしりをした。


「私の力じゃないわ。癪ではあるけど」

「そ、そうなんだ……?」


 酔いどれの猿といい、脱落した二組といい、何やら事情がありそうだ。これ以上は突っ込んだらいけないような気がする。若干の気まずさを隅に置いて、僕たちは穴場を目指して歩き出した。


(あ、なんか曇ってきたかも)


 空を覆う雲の色が濃くなっている。雨でも降るのだろうか。


 説明の際に、雨が降っても試合は続行すると言っていたけど、天候が荒れたらそれも難しいだろう。このまま降らないことを祈るしかない。



 桜さんの言う通り、三十分ほどで着いた。


 だけど、遅かった。



「こ、これは……」


 歩きながら、頭上を見上げる。


 木々に、十数匹の猿がぶら下がっていた。

 気を失っているのか、声を荒げて暴れる様子はない。さっきとは別の意味で、野性の猿としては異様だ。


「先手を取られたわね」

「誰かが罠を仕掛けたってこと?」

「えぇ。こんな凝った罠を仕掛けるやつは――――葉月!!」

「え? あ!?」




 突然、桜さんに突き飛ばされた。


 完全に無防備だった僕は、そのまま地面に投げ出される。




「さ、桜さ――――」


 起き上がり、言葉を失った。桜さんの姿が消えたのだ。


 いや違う。落とし穴だ。

 桜さんの立っていた場所が崩れ落ちて、穴が開いている。


 突き飛ばされなかったら、あそこに落ちていたのは…………僕だ。


「桜さん!!」


 穴の方へと駆け出そうとした途端、足に何かが絡まった。


「え? うわっ!!」


 紐が、足首に巻き付いている。そう気付いた時には遅かった。どこからか紐が引っ張られ、そのまま仰向けに転倒する。


 全身の痛みに(もだ)えているうちに、近づいてきた人物に乗っかられた。動けない。


「さ、彩雲君っ?」

「やっぱザコだな。簡単に引っかかってやんのー」


 ニヤニヤと(あざ)(わら)う彩雲君の手に、何かが握られている。


 土笛だ。首にかける紐が切れている。


 まさかと思い、首に手を当てる。

 首にあるはずの紐の感触が、なかった。


「か、返し――っ」


 土笛を取り返そうとした瞬間、顔面を押さえ付けられた。視界を遮られ、伸ばした手が空を切る。馬乗りにされている状態なので、体も上手く動かせない。


「バーカ!! 油断してる方が悪ぃんだ――よ!?」


 突然、彩雲君が僕から離れた。体を起こして状況を確認する。



「その言葉、そっくりそのまま返すわ」



 桜さんが、彩雲君を羽交い締めにしていた。見ているこっちが震え上がりそうな眼差しで、彼の細い首に針を押し当てている。


「まさか、こんな正面から土笛を狙うとはね……脱走の度に、警備の者を罠で翻弄してきただけあるわ。褒めてあげる」


 桜さんの手には、紐の切れた土笛が握られていた。羽交い締めにする際に奪い返してくれたのだろう。


「てめ……放しやがれ!」


 もがく彩雲君を見下ろしながら、桜さんがせせら笑った。


 相手を小馬鹿にし、楽しむような笑顔。

 初めて見るその勝ち気な表情に、思わず見惚れた。


「ついでに、あんたの土笛を奪ってやってもいいんだけど?」

「渡すわけねーだろ!! ざけんなこの毒女!!」

「でしょうね」


 桜さんの表情から笑みが消える。

 そして、彩雲君に針を突き付けたまま声を上げた。


「どうせ近くにいるのでしょう? この糞餓鬼の土笛を奪われたくなければ、今すぐ出てきてください」




「そいつは困るなぁ」




 赤い髪が、桜さんの背にかかった。

 その髪を払う勢いで、桜さんが後ろを見据えた。


「えっ、虹さ――――」


 言葉を失った。


 なんの前触れもなく、虹さんが姿を現した。気配も音もなく、さながら瞬間移動でもしてきたかのように、桜さんの背後に立っていたのだ。


 しかも、虹さんの手には紐の切れた土笛があった。桜さんが取り返してくれたはずの、僕の土笛が。


(なんで? いつ? どうやって……?)


 目の前の事実に、ゾッとした。

 おそらく人ならざる力だ。そう分かっていても、恐ろしい。


 土笛を見せつけてくる虹さんを、桜さんが「なるほど」と鋭く見据えた。


「土笛の紐を切ったのは貴女様ですね」

「その通り」


 虹さんがあっさりと種明かしをした。そういえばあの会議で、虹さんは僕の手を縛っていた縄を、指を差しただけで切り落とした。


 今回も同じだろう。虹さんが僕の土笛の紐を切って、彩雲君が奪い取ったのだ。


「だが、私がやったのはそれだけだ。猿どもを宙吊りにして囮にするのも、あんたらの動きを封じて土笛を奪ったのも、全部そいつの策だよ」

「それで、目的は?」

「他の組の無力化だが、たった今失敗した。そこの小猿が浮かれて、逆に人質になっちまったからな」

「誰が小猿だコラ!!」

「だが、ここであんたらをただ解放するのもつまらない。そこでだ」


 虹さんは(わめ)く彩雲君に構わず、僕を見た。

 いかにも悪そうな笑みを浮かべて。


「私と勝負をしよう。葉月組と私、二対一のかくれんぼだ。鬼は葉月組。半刻以内に私を見つけられなければ、私が葉月の土笛を吹く」

「でも、今は猿探しでそれどころじゃ――」

「嫌なら強制しないよ。今ここで土笛を吹いて、あんたらを脱落させるだけだ」


 脱落。その言葉が、全身に重くのしかかってきた。


「ちなみに」

    

 虹さんが刀を抜いた。

 僕たちが持っている小刀とは違う、一刀両断できそうな太刀だ。


「かくれんぼの最中も、猿狩りは続行すればいい。むしろ、どんどん狩りまくれ。こんな風に――なぁ!」



 虹さんが刀を振るった。


 刀身から暴風が巻き起こり、光が駆け抜ける。



 反射的に腕で顔を庇うが、なんの意味もなかった。風に巻き上げられた髪が顔面にぶつかり、思わず目をつむる。


 風が止んで、恐る恐る(まぶた)を開いた。

 僕たちの後ろで吊られていた猿たちが、一匹残らず消え去っていた。


(身動きが取れないとはいえ、一振りで……!)


「お言葉ながら」


 桜さんが口を開いた。規格外すぎるビームを前に臆するどころか、食ってかかるような勢いだ。やっぱり桜さんはすごい。


「私は今、彩雲を人質にとっている状態ですが」

「問題ないよ。彩雲はあんたらに預ける」

「はぁ!? テメーまた何言ってんだ!!」


 虹さんのとんでもない発言に、彩雲君が抗議の声を上げた。そして当然の如く、桜さんは抗議の声を無視して「いいでしょう」と頷いた。


「葉月様がよろしければ、受けて立ちます」

「だそうだ。どうする、葉月?」


 虹さんの一言で、全員の視線が僕へと向いた。彩雲君のみ獣のうなり声を上げている。めちゃめちゃ気まずいけど、そんなことは言っていられない。


「……分かりました。やりましょう」

「おい無視す――!!」


 彩雲君が口を閉ざした。

 桜さんが、彩雲君の首に針の先端を押しつけたのだ。ひえ……っ。


「ご安心ください。勝敗を決するまで、彩雲は責任をもってお預かりします」

「首に針を突きつけながら言う台詞じゃねーだろそれ!!」

「それは頼もしいな。よろしく頼む」

「テメーら……マジでふざけんなああああ!!」








 そして現在。僕たちは、姿を消した虹さんを探し回っていた。めちゃめちゃ不機嫌な彩雲君を(ともな)って。


「マジでありえねぇ! 二人一組だっつってんのに、人を犬や猫みてーにタライ回しにしやがって……クソがっ!!」


(他の人にも預けられたのか……)


 彼の短気は日常茶飯事だけど、今回ばかりは同情する。

 一方の桜さんは、そっちの事情など知るかと言わんばかりに「ぎゃんぎゃんとうるさいわね」と眉をひそめた。


「この状況が不満なら、いつまでも騒いでないで、あんたも虹様を探しなさい」

「…………ちっ。わぁったよ」


 彩雲君は舌打ちしながらも、大人しく口を閉ざした。


「でも、彩雲君がいてくれて助かるよ。あちこち罠だらけで、僕たち二人だけじゃ安心して歩けないから」

「全部、こいつが仕掛けた罠だけどね。迷惑ったらありゃしない」


 桜さんが、彩雲君を横目で見た。

 また怒るかと思いきや、罠を仕掛けた本人は「まぁな」と胸を張り出した。


「オレのトラップはテンカイッピンだからな。猿もテメェらも敵じゃねー」

「その『とらっぷ』とやらで、猿も捕まえてくれるとありがたいんだけど」

「やなこった。他の組に肩入れなんかすっかよ」

「へぇ? 律儀なのね。日頃から虹様に文句ばかり言ってるのに」

「当然だろ。仲間なんだから」


 彩雲君が言い切った。

 当たり前のことだろと言わんばかりに、きっぱりと。


(こういうところなんだよなぁ)


 短気なところばかり目立つけど、納得すれば言うことを聞く。素直なのだ。黄林さんの授業を共に受けて分かってきた、彩雲君の美点だ。


「あいつには借りができちまったからな。借りはきっちり返さねぇと――――」


 言い終わる前に、彩雲君が固まった。

 彩雲君だけじゃない。僕も、桜さんも、同じように静止した。


(…………なんだ、あれ)



 生い茂る木々の向こうに、黒い何かがいた。



 二足歩行の生き物だ。顔だけなら猿っぽいけど、それにしては巨体すぎる。木々の影で分かりづらいけど、毛むくじゃらなのは見てとれた。


 熊かと思ったけど、それも違う。

 分かるのは、とにかく得体の知れない化け物であることだけだ。


 そしてなぜか、一目で分かるほどの敵意を感じた。


 あの日、静国(しずかなるくに)で向けられた殺意を思い起こさせるほどの、明確な敵意を。

③に続きます。

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