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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

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第二十話「桜花爛漫 ーおうからんまんー」 (後編) ①

花鶯視点です。

 草をかき分け、のぞき込む。


 何の変哲もない土色が広がっているだけだ。また別の場所を、同じようにのぞき込む。さっきからこの動作を繰り返している。


「こっちはないわね。菜飯は?」

「こちらもあらかた探し尽くしました」

「そっちはどう?」


 蛍と李々が、首を横に振る。あっちも同じようだ。


 葉月組が立ち去った後、私たちも解散して試合に戻るはずだったが、そこで蛍が悲鳴にも似た情けない声を上げた。


 蛍が、土笛をどこかに落としたというのだ。

 仕方がないので、私と菜飯はひとまずここに残り、蛍の土笛を探すことにした。


「本当にすみません。試合中にこんな……」

「いいわよ、もう。ほら、あっちの方も探して」

「あ、はい!」


 蛍があたふたしながら、指差した方へと一目散に飛んでいった。


「本当、姫さまには甘いですねぇ」


 李々がこちらに近づき、許可なく隣に腰を下ろしてきた。状況が状況だ。今はあえて何も言わないでおく。


「土笛がないなら、むしろ花鶯組にとっては好都合じゃないですか。探すふりをして土笛をかっさらうつもりなら、話は別ですけど」

「するわけないでしょう。なんでもありなら、正々堂々と戦うのも自由よ」

「あら、清廉潔白。さすがは巫女さまですね」


 くすくすと、人を小馬鹿にしたような笑みで(わら)う。いちいち腹の立つ女だ。


「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」

「別に何もございませんよ。わたしには、どうすることもできませんしね」

「は? 何言って――」

「失礼。あちらを探して参ります」


 李々は立ち上がり、別の場所を探しにいった。結局何が言いたかったのよ!


「ん?」


 視界の端に、土色の個体を見つけた。

 手を伸ばし、祈るような気持ちでそれを掴み取る。


「あ――」


 間違いない。確かに『蛍姫』と名が彫られている。紐もちゃんとついている。


「あった! あったわ!!」


 全員の注目が私へと集まる。私としたことが、はしたない声を上げてしまった。


 咳払いをし、変な空気を元に戻す。

 そのまま蛍へと歩み寄り、土笛を「はい」と渡した。


「あぁ……よかったぁ……」


 蛍が、土笛をぎゅっと胸に抱きしめた。


「花鶯さん、ありがとうございます」

「どういたしまして。もう落としたら駄目よ」

「はい!」


 蛍がとびきりの笑顔と共に、土笛を首にかける。そこまで見届けて、ようやくほっと息をつけ――――




 背筋が、ぞわりと震えた。


 周囲から、無数の鳥が羽ばたき出す。




 私と蛍は、反射的に『そこ』から距離を取った。


 その直後に、私たちがいた場所に木が倒れ込んできた。地響きが耳をつんざき、全身を激しく揺さぶる。


 土埃で悪くなった視界が晴れていき、そこで初めて視認して――戦慄した。


 全身を覆う、黒茶の剛毛。

 二本足による直立。

 筋肉隆々かつ、巨木のような体躯。

 逆三角の顔に、人の倍は大きな頭。

 顔中に残る、歴戦の戦士を思わせる傷跡。


「うそ……!?」


 昔話に出てくる、猿の姿をした化け物だ。一振りで木をなぎ倒し、雄叫びで地を揺るがすと言われているが、確かな情報はなく、生態全てが謎に包まれている。


 しかし、今、目の前で木がなぎ倒された。得体の知れないこの化け物によって。

 伝承がどこまで本当かは分からないが、人の手に負えない存在であるのは、火を見るよりも明らかだ。


 だけど――――


「花鶯さま。やる気ですか?」


 李々が歩み寄ってきた。

 私は、化け猿を見据えたまま「当然でしょう」と即答する。


 こいつからは、凄まじい『闘気』を感じる。

 捕食か蹂躙か。目的は分からないけど、こんな化け物を野放しにしたら、間違いなく近隣の村に被害が出る。



 巫女として、捨て置くわけにはいかない!



「菜飯、後ろをお願い!!」

「御意」


 菜飯がうつむくと同時に、背中が割れた。


 割れ目から黒い影が溢れだし、鉈の形を成していく。武器としての実体を得ると同時に、背中の割れ目が閉じた。菜飯の影は、情報収集のために人の形をとることが多いけど、彼が知っているものなら物体も作り出すことができる。


 ちらりと蛍を横目に見る。

 私と同様に、戦闘の構えを取っていた。


「蛍。李々と逃げなさい。ここは私たちで足止めするわ」

「花鶯さんを置いて逃げたくなどありません。それに、私だって巫女です」


 敵を見据える蛍の目は、鋭い。

 普段は押しが弱いくせに、こういう時の蛍は頑固だ。意地でも動こうとしない。


「……李々」

「言われずとも分かっていますよ。仕事ですからね。従者として、命にかえても姫さまをお守りします。菜飯さん。私にも同じのをお願いします」

「承知しました」


 菜飯が背中から鉈を出し、李々に手渡す。私たちも、腰の小刀では心許ないので同じ鉈を作ってもらった。


 場の空気がさらに張り詰める。

 睨み合った末に、先に化け猿が走り出した。



 怒濤の勢いで、私たちの横を素通りして。



「「はあああ!?」」


 李々と声が重なり、顔を見合わせる。

 速攻で互いに顔を背けた。よりによって、李々なんかと同調してしまった。


「追うわよ!!」

「はい!」


 化け猿の背を追って走り出す。蛍たちも、私の後に続いた。


 目的は私たちではない。

 そして、無差別に暴れるわけでもない。


 何がなんだか分からないけれど、どちらにしろ止めなければならない。


(それにしても、足場が悪い……っ!)


 地面がでこぼこしている上に、その先には下り坂。

 全力疾走するにはやりづらい地形だ。対して化け猿は慣れているのか、難なく走り続けている。逃がしてしまえば、地の利で不利な私たちでは追いつけない。


「私が足を止めるわ!! その後をお願い!!」


 地を蹴り、化け猿の前に降り立つ。



 (しん)(きゃく)!!



 左足を上げ、化け猿の足めがけて踏みつける。

 危機を察してか、化け猿は瞬時に足を引いた。代わりに地面を踏み抜き、乾いた音と共に足跡が刻まれる。


「ほあああああ!!」



 (はっ)(けい)!!



 地を踏み抜いた勢いのまま、右手を化け猿の胸に突き出した。


 化け猿の体が揺らぐ。腕で威力を打ち消したようで、倒れることなく持ち堪えたが、それでもすぐには動けまい。


 間髪を入れず、坂の上から蛍が飛び降りた。


「はあああああ!!」


 蛍が鉈を構え、振り下ろす。

 発勁で動けなくなった、化け猿を目掛け――――



 化け猿が突如、地に伏せた。



「「えっ!?」」


 蛍の鉈が空振りした。

 挟み撃ちにしていた化け猿が、寝転んだまま坂を転がっていく。


(なんてこと! 動けないことを逆手に取られ――――)


 迫り来る影に気付き、顔を上げる。

 突然標的がいなくなったことで、その背後にいた蛍が、私の方へと落ちてくる。


「花鶯さん避けてええええ!!」


 叫びながらもとっさに鉈を捨てた蛍だが、上手く体勢を立て直せないらしい。私も、即座に反応できなかった。


 蛍とぶつかって体勢が崩れる。

 そのまま、二人して坂を転がっていく。


「姫様!!」


 菜飯の声と共に、影が視界の端をかすめた。

 影で私たちを受け止めようとしたのだろうけど、間に合わなかった。もちろん、李々にもどうしようもできない。



 為す術もなく、私と蛍は川に落ちた。



「――――けい、蛍っ!!」


 水面から顔を出す。流されながらも、なんとか蛍を捕まえる。


「蛍、だいじょ――――」


 頭でも打ったのか、蛍の反応がない。

 全身から血の気が引き、呼吸が浅くなる。視界が揺らいでいく。


(…………しっかりなさい、花鶯!!)


 唇を噛みしめ、己を叱咤する。

 私は蛍を抱えながら、なんとか川から這い上がった。


 蛍の呼吸を確認する。


 問題ない。大怪我もなく、ただ気を失っているだけのようだ。

 無事である事実にほっとする。全身の力が抜けそうだ。気の強化で死ぬことはないと分かっていても、恐ろしいものは恐ろしい。


「蛍、起きて」


 ぺしぺしと丸い頬を軽く叩く。

 瞼が、ゆっくりと開いた。


「…………あれ、花鶯さん?」

「蛍、大丈夫?」

「はい、なんとか…………は!!」


 蛍が、顔を真っ赤にしながら飛び起きた。


「す、すみません!! 私、もしかして気絶してましたか!?」

「ほんの少しね。痛むところはない?」

「は、はい……ないです!! 元気です!! あの、李々さんと菜飯さんは――」


 蛍が顔を上げ、絶句とした。


「…………あの」

「私たち、二人して川に流されてしまってね。完全にはぐれたわ」

「ど、どどどうしましょう!! 後で李々さんに叱られる!!」

「心配するのそこじゃないでしょう!?」


 顔面蒼白で頭を抱える李々に、思わず突っ込んだ。あの性悪女、従者の分際で普段どんな接し方してるのよ。


「二人を探さないとですね」

「あの二人なら大丈夫よ。あっちには菜飯がいる。どんなことがあろうと、菜飯が私たちを見つけるから」


 そう。菜飯なら絶対に私を見つける。

 完璧で清廉潔白な、私の従者だから。


「むしろ探すのなら、あの化け猿の方よ。目的が分からないからこそ、あのまま放置するわけにはいかないわ」

「確かに、そうですね」

「とにかく、今は体を拭かないと」

「あ…………」


 蛍が、呆気にとられたように口を開く。

 川に流され、二人揃ってずぶ濡れの状態だ。これでは風邪を引いてしまう。


 私たちはひとまず、濡れた服の後始末にとりかかった。

②に続きます。

化け猿はいずこに……?

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