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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
二章「動国の花」

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第十三話「花曇り ーはなぐもりー」 (前編) ②

 結局、書き写しに全く集中できないまま、食事の時間を迎えることになった。


 部屋に着き、侍女に(ふすま)を開けてもらう。

 瞬間、(けい)ちゃんが勢いよく立ち上がった。


「葉月くん、もう大丈夫なの!?」


 僕に向けられるはずの視線が、一気に蛍ちゃんへと集まった。その隣で、花鶯さんが咳払いを一つする。


「蛍」

「あ……っ」


 (たしな)められて、ようやく注目されていることに気付いたらしい。蛍ちゃんの(ほお)が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「……あ、あの……すみませんっ」


 蛍ちゃんが、涙目の(りん)()顔のまま腰を下ろす。

 今すぐ慰めにいきたいけど、他のみんなを待たせるわけにはいかない。どうにか(こら)えて、僕は自分の席へと向かった。


(心配してくれてたんだ……)


 巫女たちは同志でしかないけど、気にかけてくれたことは素直に嬉しい。林檎顔の蛍ちゃんを見ている内に、自然と頬が緩んできた。


 その緩んだ顔のまま、蛍ちゃんと目が合う。

 顔をさらに赤くして(うつむ)いてしまい、代わりに、花鶯さんに汚物を見るような目で睨まれた。すみません、不謹慎でした。


「葉月君、体調の方はどう?」


 改めて声をかけてきたのは、()(りん)さんだった。


「まだ本調子ではありませんけど、おかげさまですっかり良くなりました」

「よかったわ。でも、無理はしないようにね」

「はい。あの……皆さんには、本当にご迷惑をおかけしました」

「大丈夫だよ。馬鹿みたいに取り乱したのは花鶯だけだから」


 人の悪い笑顔と共に、(こう)さんがぶっちゃけた。たちまち、花鶯さんが「ちょ、なっ!?」と敏感すぎる反応を見せる。


「実際そうだろ。侍女の制止も聞かずに、葉月の部屋に飛び込んだらしいじゃん」

「あ、あれは! 指導者として、容体を把握するのは当たり前でしょ。別に心配で気が気じゃなかったとか、そんなんじゃな――」

「さり気なく本心、口にしてますよ」


 僕の隣で、真顔の(すみ)さんがとどめを刺した。

 完全に逃げ場を失ったことで、今度は花鶯さんが林檎顔で撃沈した。


「花鶯さん……」


 感極まって、思わず名前を口にした。林檎顔の花鶯さんと目が合う。


「ありがとうございます。心配してくれて」

「……当たり前でしょ、そんなの」


 それだけ言って、花鶯さんはぷいとそっぽを向いてしまった。

 顔を隠したつもりだろうけど、むしろ真っ赤になった耳をこちらに(さら)してしまっている。本当に分かりやすい人だ。


「ところで、昼食はまだ?」


 (おち)()さんがさらりと話題を変えた。相変わらずマイペースな人だ。


「そういや遅いな。今日の食事係って誰だ?」

「確か、()(はる)(さい)(うん)だと聞いています」

「……ちょっと誰よ。よりによって、その馬鹿二人を一緒にしたのは」


 炭さんの発言に、真っ先に顔をしかめたのは花鶯さんだった。


(ていうか『馬鹿二人』なのか……)


 小春という人には、まだ会ったことがない。炭さんの従者で、いろいろあって数日前まで謹慎していたというのは知っているけど。


「馬鹿なのは同意ですが、小春は仕事のできるやつです。その辺は普段から抜かりないので、先に問題を起こしたのは彩雲の方かと」


 しかも、主人である炭さんにまで同意されている。顔も分からない小春という人に、少しだけ同情した。


「どうせまた逃げ出そうとしたんだろ。あいつ()りないからなぁ」

「すぐに彩雲君と繋げるわ。場所が分かり次第、近くの者に捕獲してもらうわね」

「よろしく頼むよ」


 黄林さんが、静かに目を閉じた。

 道具なしで場所を特定できる上に、他の人に直接伝達できる。本当に便利な力だ。元の世界のIT技術も裸足で逃げ出すレベルだと思う。


「…………」


 いつもと同じだ。みんなが思い思いに話して、他愛のない時間を共有している。


(……よかった)


 元の世界では、僕が倒れる度に何かが壊れた。

 だからこそ、いつもと変わらないこの光景を前に、心の底から安堵し――――




「それじゃあ、昼食が来るまでに、本題を済ませるとしようか」




 虹さんの声が、一段と低くなった。たちまち、いつもの(ひょう)(ひょう)とした立ち振る舞いから、巫女としての厳粛な(たたず)まいになる。


 威圧的な視線が、僕へと向いた。


「葉月、倒れる前に何があった? 分かる限り詳細に、偽りなく話せ」


 ちらりと、向こう側の席に視線を向ける。

 花鶯さんは(うつむ)いていた。普段の気の強さからは想像できないほど、身を(すく)ませている。さっきまで顔を赤くしていたのが嘘みたいだ。


 気の見過ぎが原因なら、指導者である花鶯さんが責められるのは間違いない。そう考えると、言葉にすることに少しだけ躊躇(ためら)いが生じた。


 もちろん、黙秘を貫くわけにはいかない。

 あの夜を思い返しながら、慎重に口を開いた。


「眠れなくて、庭で舞の練習をしていました。気を見ながら舞う練習です」

「あぁ。最近、お前がよくやってるやつだな」

「はい。その日は、試しに気を一本切ってみました。上手くいったので、手応えを忘れない内にと思ってもう一本切ったら、急に知らない光景が見えて……」

「具体的には?」

「…………」


 言葉が詰まってしまった。

 どうにか答えようと、あの夜の記憶を辿(たど)る。


「……すみません。それが、思い出せないんです。できれば二度と見たくないものだったことは、なんとなく覚えてるんですけど」

「その後はどうだ?」

「突然、頭に痛みが走って、体が熱くなりました。桜さんが来た途端、痛みも熱さも消えたんですけど、目の前が暗くなって、それで――」

「なるほどね」



 虹さんの声が、やけに(めい)(りょう)に響いた。



「要は、気の見過ぎによって、体に大きな負荷がかかったということか」

「はい、おそらく……」


(今……話を(さえぎ)った?)


 目を合わせようとしたけど、虹さんの目線は、(すで)に僕から外れていた。


「花鶯」


 花鶯さんの細い肩が小さく揺れる。

 その顔には怯えの色があるものの、視線は、虹さんを真っ直ぐ見据えていた。


「日常的に気を見るよう指導していたな。確か、体を慣らすためだったか」

「……そうよ」

「あの!」


 声を振り絞り、半ば強引な形で会話に割り込んだ。虹さんの冷ややかな視線に(ひる)みそうになったが、ぐっと(こら)える。


「確かにそうですけど、けして見過ぎることのないようにと日頃から注意されていました。あの日は国の気を見たばかりだったのに、それを失念していました。倒れたのは、僕の自業自得です」

「だが、それを止められなかった花鶯にも責任はある。本来ならな」

「えぇ、その通り――――はっ?」


 花鶯さんの口から、(おごそ)かな空気を台無しにする声が上がった。


「いくら体に負担がかかるとはいえ、気を見過ぎた程度で意識を失うなんて前代未聞だ。だから今回に限っては、誰の責任も一切問わない」

「何言ってるの!!」


 喉を引き裂くような怒声と共に、花鶯さんが血相を変えて立ち上がった。

 

「私の指導不足で倒れたのは事実なのよ!? (せん)(だつ)として細心の注意を払うべきだった!! それなのに、なんの責任も問わないなんて……!」

「いいんだよ、今回は。よかったじゃん。処分されずに済んで」

「よくないわよ!! もし、あのまま……目を覚まさなかったら……っ」


 力なく、花鶯さんが腰を下ろした。

 最初は声を張り上げていたのに、次第に消え入るように小さくなっていく。離れているのに、震えた息遣いまで聞こえてきそうだ。


(花鶯さん……)


 最悪の事態を想像するも、記憶が(あい)(まい)なので実感が沸かない。

 そもそも、なぜあんな風に倒れたのか、当事者である僕がよく分かっていない。花鶯さんは、もっと訳が分からないはずだ。


 それでも、責任感の強い彼女のことだ。食事の席にも、始めから責任を問われる覚悟をもって(のぞ)んだのだろう。せっかくお(とが)めなしで終わりそうなのに、安堵するどころか、自らそれを否定してしまうほどに。


「葉月」


 唐突に、名前を呼ばれた。

 苦しげに目を伏せていた花鶯さんが、僕を真っ直ぐに見つめ出した。


「今回のことはお咎めなしになったとはいえ、私の管理不行き届きは(まぎ)れもない事実。責任を逃れるつもりは一切ないわ。だから――――」


 花鶯さんが頭を下げた。息が一瞬止まってしまうほどに、深々と。


「ごめんなさい」


 気後れしている様子は()(じん)もない。下げるべくして頭を下げるという、確固たる意志が(うかが)える。()(ぜん)とした彼女らしい謝罪だ。


「いえ、そんな。さっきも言ったとおり、あれは僕の自業自得で――」

「それじゃ私が納得できないの!!」

「あ、はい」


 いつもの短気な花鶯さんが戻ってきた。

 ついつい(ほお)が緩みそうになったので、改めて気を引き締める。


「それともう一つ。確か、あと二日は安静にしているよう言われたんですってね」

「はい。念のために様子見という感じですが」

「その間、気も一切見ないようにすること」

「え、ちょっと見るのも駄目ですか?」

「駄目よ」


(あの桜、好きなんだけどなぁ)


 仕方ないと理解しつつ、落胆してしまう。気を見るのは趣味も兼ねているのだ。綺麗なものを見るのが、昔から好きだから。


「気を見始めて間もない巫女が、お披露目の後に体調を崩すこと自体は(めずら)しくないわ。だけど、昏睡状態に(おちい)るなんてことは今までなかった。だから――」

「いや、その必要はない」



 その後に続く言葉を、虹さんが(さえぎ)った。



「今まで通りに気を見ればいい。特に制限をかける必要もない」

「何言って……それで倒れたんでしょう?」

「意味がないんだよ。どうせまた起こるからな」

「はぁ!?」


 花鶯さんが()(とん)(きょう)な声を上げた。

 当然だ。今までの話はなんだったのかと言われても仕方がない。


「前例がないと言ったが、あくまでも記録上でのことだ。私は、葉月と同じ経験をした者を知っている」

「え?」



(僕と、同じ……?)



「そんな話、初耳なんだけど」


 ここまで沈黙していた落葉さんから、疑問の声が上がった。


「気を見過ぎたことによる発作なんだろ? だったら、それは俺たちが把握するべき情報だったはず。知っていたら、葉月の件も未然に防げたかもしれない。なんで今まで話さなかったの? そしてなんで、今になって話すの?」


 普段の口数は少ないけど、ここぞという時は遠慮なく主張する。


 彼のことはまだよく分からないけど、()(だる)げに見えて、実は花鶯さんに負けず劣らず気が強いのではないかと密かに思っている。


「そうでもないさ」


 そして、やはり虹さんは揺るがない。予想の(はん)(ちゅう)といった様子だ。


「葉月とは発作が起きた時の状況が違うし、そもそも話す必要がなかった。今回のことがあったから、引き合いに出したまでだ」

「質問の答えになってないんだけど」

「なってるよ。普通は起きない事象だ。話しても誰も真に受けない。もしくは、余計な不安を(あお)るだけで終わる。だから事が起こった今、話した」


 虹さんの顔には、(くも)り一つない。自分の発言に絶対の自信があるからこその余裕が、その話しぶりから(かい)()見える。


 あの時と同じだ。先日、お披露目での顔出しを『大丈夫だ』と断言した時と。


「私が言えるのは、一度起きた発作は再発すること、気を見るのを避けても発作は防げないこと、発作が起きた際の対処法があることだ」


 虹さんが手を叩き、部屋中に音を響かせる。

 (ふすま)が、ゆっくりと開いた。


(え……?)



 ()()み深い黒髪が、視界に入ってきた。



③に続きます。

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