091.精霊術士、禁を破る
精霊術士とは、常にパーティーの最後方で、戦況を俯瞰し、仲間を適切にサポートする存在である。
それは、僕が、暁の翼のメンバーとして、最初に定めた自分の立ち位置であった。
自身が派手に戦うのではなく、仲間が全力で戦うための下地を作り、手助けをする。
それが自分の能力に最も適した戦闘手段なのは、明白だった。
だから、どんなに役立たずだと思われようが、僕は、それをただひたすらに続けてきた。
自分のサポートには必ず意味があると信じて。
だけど、今、僕は、その禁を破る。
「ペル・サーイサ・オー」
ボソリと呟く精霊語と共に、アリエルが僕の中へと降り立つ。
チェルやエリゼを救ったような緊急時とは違う、完全な制御の元での精霊憑依。
アリエルが僕の中へと入り込み、僕自身の存在が、精霊と人との間を彷徨う。
どっちつかずな、不完全な存在。でも、だからこそ、今の僕は、圧倒的に強い。
「行くよ!」
精霊語ではなく、人としての言葉が漏れた。
アリエルとの完全なシンクロ。
湧き上がる全能感が、僕の意識を包み込む。
「ギィギャァアアアアアアアア!!!」
咆哮する魔竜に相対する。
3度目の雷が放たれる前に、奴の角を折る。
僕は、風の力を使って、宙へと舞い上がった。
そして、吹き付ける風に逆らうように、ドラゴンの元へと飛翔する。
精霊憑依をしても、仲間へのバフは切っていない。
チェルとセシリアさんの攻撃へと対処しているドラゴンの意識を縫うように、僕はするりと、奴の懐に入り込んだ。
初めて、奴の顔に警戒の色が浮かんだ。
「そう来るよね」
僕の接近を許したドラゴンは、まだ、完全なチャージが終わっていない雷を放とうと身構えた。
なるほど、確かに、僕1人であれば、範囲を絞り込んで放つことで、威力を落とさずに、攻撃をすることも可能だろう。
だが、しかし、攻撃対象が、僕一人だけであるならば、いくらでも回避の方法はある。
「ギィギャァアアアアアアアア!!!」
咆哮と共に、奴が、目の前の僕へと収束した雷を放った。
青白い輝きを放つ光の帯が、僕の視界を真っ白に埋め尽くす。
だが、その瞬間、僕は、精霊としての力を振るった。
やったことは、空気の濃度の調整だ。
奴の雷攻撃を2度受けて、僕は、体感的に、雷が、2つの場所を通りやすいことに気づいた。
1つは、水気のある場所、雷は水を伝う。
そして、もう1つは、空気の薄い場所。空気中の雷は、その密度が薄い場所を縫うように、ジグザグに進んでいた。
つまり、そういった道を作ってやれば、雷は、こちらの意図した方向に曲げられるのではないか、ということだ。
精霊と化した力を全力で解放し、周囲の雨粒を吹き飛ばす。
同時に、僕を守るように、真空の管のようなものを幾本も、空気中に生成した。
すると、その管に沿って、雷が、僕の周囲を通り抜けていく。
「ギィギャッ!?」
奴が驚きの声を上げた。
頼りの雷攻撃を無効化された奴は、もはや為す術がない。
僕は、両手を十字に組むと、勢いよく、腕を振り抜いた。
「ダウ―ヴ・ルゥ・ウィ・ヌルサーオーダ!!」
二刀の風の刃が、奴の角を挟むように、えぐり取る。
リィーンと金属が鳴るような音を響かせながら、奴の3本の角のうち、真ん中の一本が根元から断たれた。
「ギィギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?」
力の源の一つである角が折られ、悶絶するドラゴン。
さらに、僕は身体を捻りながら、残る2本の角にも風の刃を叩き込む。
だが、さすがに、とんでもない硬度を誇るドラゴンの角だ。
連撃の2撃目となる威力では、半ばまでで、風の刃が止まってしまった。
そして、刃が止まったのとほぼ同時に、意識が一瞬混濁する。
「くっ、これ以上は……」
精霊としての力を使いすぎた。
このまま力を使い続ければ、僕の存在は、アリエルと完全に同化し、人には戻れなくなる。
追撃を諦め、僕は、精霊憑依を解除した。
未だ、水びだしの地面へと落下し、転がりながら、なんとか身体を起こす。
見上げた頭上。奴が僕を怒りのこもった目で睥睨していた。
角を1本失ったもののまだまだ奴の魔力は健在。
こざかしくも、自分を傷つけた矮小な人間を踏みつけようと、奴は足を振り上げた。
あんな足に踏みつぶされたら、僕の細い身体なんて、一瞬でおしゃかだろう。
精霊憑依後の身体は重く、アリエルに食わせる魔力すらもう残っていない。
だが、不安は一切ない。
だって、僕には……。
「はぁあああああっ!!!」
頼りになる、仲間達がいるのだから。
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