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090.精霊術士と"天空"のボス

 天空の架橋の攻略には、それから2日の日数を要した。

 険しい山岳地帯を魔物と戦いながら進むのは、やはりかなり厳しく、相応の時間が必要だった。

 しかし、焦らず、慎重に進んだおかげで、僕達は、誰一人欠けることなく、ボスフロアまで無事たどり着くことができていた。


「いよいよね」


 天空の架橋のボスフロアは、その名に恥じぬ、高山の山頂だった。

 円形に切り出された峰に一歩でも足を踏み入れれば、いよいよボスとの戦いになる。

 チェルを先頭に、僕らはついにボスフロアへと突入する。

 同時に、フロアの中央に瘴気が集まり、巨大な魔物が顕現する。

 その姿はドラゴンだ。

 以前戦った氷炎の魔竜とはまた違った、3本の鋭い角を持つ魔竜。

 鈍色に光るどこか金属めいた皮膚を持つ、そのドラゴンは、現れると同時に、空に向かって咆哮した。

 その瞬間、晴れ渡っていた青空に、にわかに暗雲が立ち込める。


「何か、してくるわよ!!」


 このボスについての情報は、あまりない。

 せいぜいメロキュアさんから、雷を操る魔物であるということを聞いた程度だ。

 だが、この暗雲の濃さ、まさか……。

 気づいたと同時に、僕の頬に、ぽつりと雨粒が落ちた。

 そして、それは一瞬にして、豪雨になる。

 風も吹いてきた。雷じゃなく、天候そのものを操れるのか。

 その時、途切れがちな視界の先で、竜の角に紫電が迸った。


「マズい……!!」


 突然の雨に打たれた僕らは今、全身ずぶ濡れだ。

 地面にもすでに、雨水が広がっている。

 そんな状態で雷を放たれたら……。


「ギィギャァアアアアアアアア!!!」


 不安は的中し、奴の全身から、雷のエネルギーが放出された。

 雷は水を伝う。

 回避の手段がない僕達は、全員がその攻撃をまともに食らった。


「うわぁああああああああっ!!」

「きゃああああああああっ!!!」


 仲間達の悲鳴がこだまする。

 僕らもレベルが上がって、耐久力そのものも向上しているが、やはり、特級ダンジョンのボスの攻撃力は並じゃない。

 たった一発の攻撃で、僕らは、かなりのダメージを負った。

 その上、全身が、痺れ、まともに立つことすらおぼつかない。


「つ、強い……」

「やはり、特級の名は、伊達じゃないということか……」


 以前、戦った大地の裂目のボスも、相当強かったが、あちらは、まだ、硬いだけで、長期戦に持ち込めばなんとかなるような相手だった。

 だが、こいつは、違う。

 開幕から、容赦のない全体攻撃……明らかに、あの時のボスよりも強い。


「オールヒール!! キュアパラライズ!!」


 エリゼの声が響くと同時に、僕らの足元に魔法陣が展開され、全身を苛んでいた鋭い痛みと痺れが引いていく。

 

「エリゼ! ありがとう!!」

「雷は回避できないわ!! とにかく、速攻で、奴の角を砕く!!」


 回復したチェルとセシリアさんが、武器を手に、ドラゴンへと駆け出す。

 雷攻撃には、チャージが必要なようで、奴の角に迸る紫電は、先ほどよりも小さく弱い。

 攻撃するならば、今だ。


「チェル、セシリアさん!!」


 ありったけの力でバフをかけながら、2人の背中を押す。

 全力の支援を受けた前衛の2人は、角を砕こうとドラゴンの頭に向かって、飛び上がった。

 しかし、その攻撃はあえなく、奴の硬質な翼によって阻まれる。


「こいつ……!!」

「防御力まで並じゃないわね……!!」


 弾き飛ばされつつも、受け身を取る2人の身体を、風のクッションで受け止める。

 こちらへと追撃を行おうとしているドラゴンに向かって、絶妙なタイミングで、コロモのファイヤーボールが直撃した。

 例のごとく、アリエルの力で、圧縮した酸素を送り込み、火力を上げる。

 しかし、メラメラと燃え立つ火柱を歯牙にもかけず、ドラゴンは一歩一歩こちらへと歩いてくる。

 物理だけじゃなく、魔法防御力まで高いとは……。

 炎から浮き出すように現れた3本の角に、再び紫電が煌く。


「またっ!? ぐぁあああああああっ!!」


 2発目の雷撃が全身に激痛をもたらす。

 同様に、すぐさま、エリゼのヒールと麻痺解除が飛んでくるが、全体回復魔法はかなり魔力を持っていかれるはず。

 毎度、食らい続けていては、すぐに、エリゼの魔力が枯渇してしまう。


「ど、どうしたら……」


 コロモの口から、そんな声が漏れたのが、聞こえた。

 あちらの攻撃は回避できず、こちらの攻撃も、容易には通らない。

 こちらの最大火力で言えば、あの氷炎の魔竜を倒した覇王の剣オーバーロードブレードだろうが、あれは、半分は雷の力を使った攻撃だ。

 自身が雷を操る奴には、おそらく耐性がある。下手をすると、力を吸収される可能性すらあるかもしれない。

 唯一、突破する手段があるとすれば、精霊憑依。

 大自然の力そのものを振るえるあの状態ならば、奴の雷さえも、どうにかすることができるかもしれない。

 しかし、それを行えば、僕の魔力は枯渇し、再び戦線に復帰するのは難しくなる。

 僕は、周囲に目を配る。

 チェルは爆砕の力が込められた魔法剣で、必死に翼の防御壁を潜り抜けようとしているが、未だ、突破はできていない。

 セシリアさんの方は、さすがの攻撃力で、幾分踏み込んではいるが、彼女の素早さでは、バフをかけても、角に到達するまでに、奴に次の手を打たれてしまう。

 全力のファイヤーボールが効かなかった以上、コロモの魔法でも、角を破壊することが難しい。

 そして、仲間達が必死に、戦っているこの間にも、奴の角には、再び電のパワーがチャージされつつある。

 ここは、やはり、僕が状況を打開するほかない。


「エリゼ!!」


 すぐ前で、仲間達にバフと回復魔法をかけ続けている彼女へと、僕は声をかけた。

 ただ、名前を呼んだだけ。

 でも、それだけで、彼女は振り向きすらせずに、「うん」と大きく頷いた。

 頼れる聖女がいれば、僕がいなくても、十分戦線の維持は可能。

 あとは、全力を尽くすのみ。


「ペル・サーイサ・オー」


 風雨の吹き荒れる中、僕は、ポツリと精霊語を呟いた。

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