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050.精霊術士、新たな職業の力を知る

 新たな職業(クラス)を得たチェルとコロモ。

 今日はそんな2人ともに、街から少し離れた渓谷へとやってきていた。

 目的は冒険でも、クエストでもない。

 2人の新たな職業の力を確かめるためだ。


「まず、チェル」

「ええ」

「新しい職業を得たことで、魔法スキルを覚えているはずだから、その辺りから使ってみよう」

「わかったわ」


 勇者として新調したアイドル衣装とプレートアーマーの中間のような装備を身に纏ったチェルが、前へと進み出る。

 初めて使う魔法。職業を得たばかりの頃は、なかなかコツがわからず、発動できない者もいるが、そこはチェル。

 滞りなく魔力を練ると、手に平の上に、紅蓮に燃える光球が浮かび上がった。


「フレアバースト……でいいんだっけ?」

「ああ、とりあえず、投げみせて」

「ええ。それじゃあ……とりゃあ!!」


 およそアイドルに似つかわしくない足を大きく上げたフォームで投擲したそれは、ものすごいスピードで大岩にぶち当たると、爆音を響かせた。

 フレアバーストは、爆発系の初歩的な魔法だ。

 メグがよく使っていたエクスプロージョンなんかの簡易版にあたる魔法だが、すでに威力はメグのそれよりも上かもしれない。

 やはり、チェルには、剣だけでなく、魔法の方にも才能がある。アリエルの事が見えるだけのことはあるな。

 続けざまに、今度は、チェルが天へと指を掲げる。

 すると、にわかに空が曇り出した。

 桃色の紫電が大気中の至る所で発生し、やがて、それは一つに集束していく。


「アークヴォルト!!」


 叫びと共に、桃色の落雷が、岩場へと落ちた。

 雷の圧倒的なパワーが地面を炭化させる。

 勇者が得意とする雷の呪文。リオンのそれは赤い雷だったが、チェルのは桃色だった。威力も申し分ない。


「凄いな。しっかり使いこなしてる」

「どうやら、私ってば、魔法も大得意みたいね」


 えっへんと胸を張るチェル。

 うーむ、本当に感心する他ないな。


「あとは……」

「ええ、あれね」


 チェルは、それまで腰の鞘に納めていた剣を抜く。

 堅牢の魔窟で手に入れた聖剣ディヴァインブレード。

 まさに勇者が持つにふさわしい威容を持つその剣を頭上へと掲げるチェル。


「ちょ、チェル、もしかして、いきなり……」

「アークヴォルト!!」


 あろうことか、チェルは、自身に向かって、雷の魔法を放つ。

 すると、避雷針代わりになった聖剣の刀身に、雷のエネルギーがまとわりつく。


「できたわ! 雷の魔法剣!!」

「いや、それは良かったけども……」


 危険度の高い、雷の魔法剣をいきなり試すチェル。

 怖いもの知らず過ぎる彼女の姿を見て、額からたらりと汗が流れ落ちた。


「よーし、ちょっとその辺り、試し斬りしてくるわね!」

「あ、チェル……!!」


 近くにあった大岩を斬り裂きながら、そそくさと走り去るチェル。

 まあ、魔力操作にも問題ないみたいだし、あとは自由にやっていてもらうことにしよう。


「さて……じゃあ、コロモ」

「は、はい!」


 彼女はいつもと変わらぬ学生服姿で、杖を持つ。

 勇者であるチェルの能力には予測がついたが、コロモの方は正直予測がつかない。

 はたして、彼女は、未だにファイヤーボールしか使えないままなのか。それを確かめる必要があった。


「他の魔法が撃てるか、試してみよう。まずは、水の魔法から」

「はい! 師匠!」


 学生時代から、他の魔法も一通りは試してみていたコロモだ。

 他の魔法の詠唱についても、知識としては知っているはずだった。

 しかし……。


「魔力が練れていないな」

「ダメみたいです。師匠……」


 うーむ、やはり、大魔導士になっても、彼女のユニークスキル【魔力指向性向上】はしっかり働いているらしい。

 だが、その時、彼女が持っている杖の先端についている宝玉の色が、赤から青へと変わった。


「こ、これは……」

「あれ、なんだか感覚が……?」

「コロモ、もう一回試してみよう」

「は、はい! 師匠!」


 コロモがもう一度、魔力を練る。すると……。


「し、師匠……!!」

「で、できてるぞ。コロモ」


 杖の先端の空中に浮かぶ、水球。

 これは、水属性の初歩魔法、アクアスプラッシュ。

 ファイヤーボールで火球を飛ばすのと同様、圧縮した水の塊を相手に向けて飛ばす魔法だ。


「撃ってみて!」

「は、はい!! アクアスプラッシュ!!」


 叫びとともに、放たれた水球は、一直線に近くにあった岩へと飛翔すると、人ひとりほどの大きさのクレーターを穿った。


「や、やったぁ!! やりました、師匠!!」

「ああ、凄いぞ!! コロモ!!」


 ついに、コロモがファイヤーボールを以外の魔法を成功させた。

 でも、いったい、なぜ……。


「コロモ、何かコツをつかんだのか?」

「いえ、コツと言うか……。水魔法を使いたいと強く念じただけです。あとは、本当にファイヤーボールと同じように魔力を練っただけで」

「念じただけ……」


 なんとなく直感的に、僕はその仕組みを理解した。


「コロモ、次は、風属性が使いたいと願ってみて」

「わ、わかりました!!」


 むぅ、と唸るようにして、彼女が力を込めると、今度は、杖の先端の宝玉が緑色へと変わった。

 そして、そのまま基礎魔術、ウィンドスラッシュも成功。

 続けざまに、土属性の基礎魔術であるアースウォールも成功させた。


「も、もしかして……コロモ、君、属性の指向性の切り替えができるようになったんじゃないか?」

「指向性の切り替え……そ、そうかもしれません!」


 彼女が放ったのは、いずれも、各属性の初級魔法。

 魔力の練り方は、ファイヤーボールに通じるものがある。

 つまり、指向性のうち、下級や上級を定める"波長"は固定化されたままだが、"属性"の方は、本人の意思で、スイッチが可能になったということ。


「凄いじゃないか。これで、どんな魔物が出ても、対応できる」

「は、はい!! 師匠!! いっぱい、いっぱい、練習して、必ずもっと役に立てるように頑張ります!!」


 ユニークスキルの特性すら変えてしまうとは、これはきっとクラスチェンジだけの影響じゃない。

 みんなの役に立ちたいというコロモの強い想いが、そうさせた。そんな風に僕には思えた。

 そんなコロモの頑張りを、僕は労ってあげたい。


「コロモ、実は、僕から君にプレゼントがあるんだ」

「えっ?」


 僕はおもむろに、隠し持っていた袋を取り出す。

 中に入っていたのは漆黒のマントだ。内側は朱色をしており、縁には金のラインが入っている。

 弟子であるコロモの大魔導士昇格を祝って、何か贈り物をしたいと思った僕は、魔術師系職業(クラス)の正装であるマントを選んだ。

 今までコロモは、学生時代から愛用しているらしいくたびれたマントを羽織っていたので、この機会に新調するのも良いと思ったのだ。

 一応、信頼する魔道具屋の主人に、仕立ててもらったものなので、一般の装備店に流通しているものよりも、防御性能が高くなっている上、見た目にも高級感がある。


「色々考えたけど、魔法の師匠としては、やっぱりこういうものを送りたいと思って」

「し、師匠……」

「着てみせてくれるかい?」


 こくりと頷いたコロモは、古いマントを外すと、僕から受け取った新しいマントを羽織った。

 うん、寸法もちょうどよい。クルリと回ると、風をはらんだマントが、スカートと一緒にふわりとふくらんだ。


「よく似合ってる」

「師匠……本当に、何から何までありがとうございます……!」

「僕がしたいと思っただけだから」


 コロモが喜んでくれたことが嬉しくて、僕も自然とにっこりと笑顔になる。

 すると、そんな僕の顔を見ていたコロモの顔が、急に朱に染まった。


「どうしたの?」

「い、いえ……なんでもないです!! 師匠!!」

「そっか」


 それならいいんだけど。


「あー、でも、もう大魔導士になったんだし、そろそろコロモも卒業って形でいいのかもね」

「えっ……」


 そう言った瞬間、真っ赤だった顔が、一気に蒼白になるコロモ。


「い、嫌です!! し、師匠には、まだ、いっぱい教えて欲しいことが……!!」

「あ、いや、別にずっと一緒のパーティーにはいるわけだし、教えられることは教えるよ。ただ、そろそろ師匠呼びは……」

「そんな……師匠は、ずっと私の師匠でいてくれないんですか?」


 うるんだ瞳でそう言われてしまっては、僕としても、強く拒絶することなんてとてもできやしない。


「いいよ。コロモが望んでくれる限りは、ずっと僕は君の師匠でいる」

「し、師匠……!!」

「わっ!?」


 気づくと、コロモが僕へと抱き着いていた。

 その一般よりも少し……いや、かなり大きめな胸が押し付けられて、少し具合が悪い。


「ずっと……ずっと一緒にいてくださいね。師匠」


 ギュッと僕を抱きしめながら、上目遣いにそう言ってくるコロモに、なんだか、可愛い弟子の頼みなら、何でも聞いてしまいそうな気持ちになる僕がいたのだった。

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