Faille 5
街の日常はまるで池袋。街中は人と人がすれ違い、それはまるでゴミの様子にしか見えない人も、時折いる。
そんな中、チャラい人間もいれば土方のような男もいるストリートギャングが中央口公園で集会を行っていた。
メイルバールである。
黄金美町といえばそのネームが出てくるほどにオーソドックスなチームであり、悪いチンピラが生息する。前日の佳志が起こした事件の被害者二人もそのメイルバールの端くれである。
そしてそのチームを束ねるアタマ、それが辺留晃という男。彼はちゃんとした土方の親分をやっており、比較的まともである。しかしそのチンピラ集団の後継者が見つからないため、彼が肩書きとしてメイルバールヘッドの座を持っている。
中央口公園で集会の担当をしている辺留に、三十人ほどいる舎弟は黙って話を聞いている状況だった。
「この中に、あのガキと対立したバカがおる。お前か?」
「いえいえ、知らん奴となんて喧嘩してませんよ! ましてやあの女なんて知らないっすよ!」
「お前やあああああああああああああああああ!」
辺留は舎弟の1人を打っ叩いた。
まるで茶番である。
「いいかお前ら? 俺らはどうやらただのチンピラ集団だと思われとる。何でやと思う?」
辺留は端っこに立っている男に目を向け、そう問う。
「さ……さぁ?」
「アホンダラ! お前らが一般人に迷惑かけとるからやろうが! しかもな、恐喝って何じゃ恐喝って! もうすぐ俺らはNPO団体に上がる予定なんやぞ!? 恐喝って頭おかしゅうかアホ共が!」
とてもただのストリートギャングの集会には見えない光景を見る一般市民は、アタマだけは真面だという事を理解している。
彼らは俗で言う「半グレ」「愚連隊」などとも言われ、カラーギャングではないので舎弟などの特徴があまりハッキリしていないゆえに、一般人は注意の矛先をどう向ければいいのか分からないのだ。
その集会の最中、群れの横に黒ずくめの群れがゾロゾロと来始めた。そこにいる幹部とメイルバールの舎弟がいがみ合った。
「テメェ、集会の途中で何の用だよコラ?」
「お前らこの間は随分とウチの若い衆が世話になったようだなぁ。慎さんがご立腹のようだが?」
「知らねえよ。テメェらの三下が弱っちーだけだろうが」
「だから敵討ちに来てやったんだよクソガキどもが」
「やんのかコラァ!?」
黒ずくめの男の1人とメイルバールの1人が胸ぐらを掴み合い、その合間を辺留が力づくで止めた。彼は自分のチームの1人を思い切り殴り倒した。
「アホンダラァ! お前今言った事忘れたんかボケェ!」
「辺留さん……、コイツラは敵なんですよ? どうしようが俺らの勝手じゃないっすか……」
「あのなぁ、ここで争ってたら何が間に来るか分からないんやぞ?」
「えっ……間って…?」
すると、本当に間に何かが来てしまった。
辺留はそれを見て頭をかきながらため息を吐いた。
「あーあ……、ホンマに来よった……」
バラードの瀧宮だ。
「あれー? お前ら何やっちゃってんのぉ?」
「そっちこそ、何やその包帯は。ざまぁねーのぉ」
痛いところを指摘された瀧宮は焦って包帯を手で隠し、「うるさい」と罵倒した。瀧宮に続き、他の連中も後からゾロゾロと来てしまった。
「さーて、メイルバールとそこのカラスの群れが喧嘩して、勝った方が俺らと勝負だよ」
「勝手な事抜かしてんじゃねぇぞクソ野郎! 誰がカラスの群れだ!」
黒ずくめの男の1人がそう瀧宮に罵倒した。
「じゃあ、全面戦争にしちゃうかぁ? 俺らはあくまで適当に作ったジャージ族の後継者に過ぎない。だがお前らはそれぞれ、何とか団体とか訳の分からんの作ってくんだろ? こんなとこで派手に喧嘩しちゃあ、後が絶たねーよなぁ?」
そう言うと、メイルバールの舎弟や黒ずくめの群れの幹部も中々暴れるの二躊躇する体制に入った。
謎の沈黙の時、そこに1人の男がやって来た。
――まさか与謝野の――
そう殺気を感じた辺留だったが、違った。
「オメェら何やっちゃってんだよ?」
煙草を口にくわえたまま、冷笑するその男は五十嵐だった。白いタンクトップを着ていて、いかにもと言った派手な感じを出していた。
「我にゃ関係ないやろ。すっこんどれや。それよりお前も何や、その怪我」
「ん……、お前には関係ねぇよ」
「切り傷……だと?」
メイルバールの連中の1人がそう呆気にとられていた。
「何や? 切り傷って何かあんのか?」
「いや……、黄金美町って俺らみたいなゴロツキ多いんすけど、刃物持ち歩くような人間は少数派なのでちょっと珍しいなと思いまして……」
「ん……?」
辺留は五十嵐の頬についている強烈な切り傷の跡を目を細めて確かめた。
彼はある事に感ずいた。
「おい、その知らん奴と揉めた傷見せろや」
前日男と喧嘩したメイルバールの男達の傷を辺留は拝見した。すると彼は確信に至った。
「………まさか、お前ら………」
「ど…どうしたんすか辺留さん? そんな人生終わるかのような顔して…」
「アホかぁ! そりゃするわ! おい瀧宮! お前まさか、あの野郎と揉めたのか?」
瀧宮はバレた思わんばかりの顔をしながら否定した。
「し……知らねえよ」
「おい五十嵐! お前もまさか……」
五十嵐は何も言わずそっぽを向いた。
そう、辺留はあの男の事を知っている。
「何やってるの?」
噂をすれば――辺留は恐る恐る後ろを振り向くと、そこには牢獄に閉じ込められたはずの彼が素っ気ない顔をして立っていた。
「わ……Yの三乗……」
「何だよそれ」
「だっておんどれ、『よ』が三つついた名――!」
最後まで言う前に、彼は辺留の頭にビンを思い切りカチ割った。
「そこは、言わないように」
辺留は頭を抱えて片膝をついた。それに対してメイルバールの連中が一気に彼に襲い掛かった。
「テメェ辺留さんに何してくれてんだコラァ!」
一斉に取り掛かるにつれ、彼は逆方向に走り始めた。
彼は五十嵐を跳び蹴りし、耳と鼻につながっている硬いチェーンを容赦なく引きちぎった。
悶絶している五十嵐に佳志は倒れている腹を片足で踏んだ。
「おい、この前はよくもやってくれたよな、オメエ」
「この野郎……! テメェ絶対に許さねぇ! 殺してやる!」
「やれるもんならやってみろよ」
与謝野佳志の爆裂的な単独暴走は、例え三十人いようと関係がなかった。
佳志は何度も倒れている五十嵐の顔面をストンピングし、その周囲は速やかに血痕で溢れていた。
メイルバールの連中が一瞬動揺している間、辺留が佳志の髪の毛を掴み、後ろに引っ張った。
「おい、それ以上やると死ぬで」
「痛いから止めろよ」
「痛いのは俺も、五十嵐も同じなんやぞ!? 相変わらず危険な奴や……」
「俺はオメエも、コイツの痛みも分からねえんだよ。俺はオメエらじゃないんだから」
「アホかお前は。何や? 脱獄でもしたんか?」
「してないよ。一時釈放ってだけ」
「お前を一時釈放するほど信頼関係保てたんか?」
「さぁ。とりあえず今は警察の元に就いてるから、残念ながらメイルバール潰すように頼まれたんだな」
「お前が警察!? 絶対嘘やろ! 妄想も大概にせーや佳志!」
すると横にいた瀧宮がその辺留の発言を否定した。
「いや、そいつはマジだ」
「なっ……何やと?」
「俺らも、こんな奴が警察になんて、嘘だと思ってたけどよ」
「どういう風の吹き回しや佳志?」
佳志は唾を吐き、「知らない」とそっぽを向いた。
「まぁどっちにしろ、お前ら全員撤去。メイルバールは本日にて解散。それだけだ」
「なめてんのか佳志……。いくら敵やとはいえ、お前とは中立保ってたつもりやぞ」
「うるせえ。じゃあ不満なら今からオメエら不良業界でいう『タイマン』ってやつ、やろうか? それとも不満な奴から俺をボコすか?」
佳志は両手を広げ、そう言った。どうするかどうかを連中はザワザワと話し合い、答えの拉致があかなかった。
相手がたった1人なのに、こうも拉致があかないとなると話にならない。そう悟った辺留は前に出た。
「分かった。なら俺とタイマン張れや」
そう胸を張って言った時には既に胸の手前に刃先があった。
辺留は危うく心臓に刺さりそうになったが、仕事で身に付けた反射神経を頼りに何とかよけきることができた。
「あっぶねぇ! おんどれ何すんじゃボケェ!」
「……? 間違った事した?」
この男は本当にタイマンの意味も、喧嘩の意味も理解していない。それはバラードも、黒ずくめの連中も、メイルバールも、五十嵐も同時に思っていた。
「ナイフ持ってんじゃねぇよ我! 反則やぞ反則!」
「タイマンって喧嘩じゃないの?」
「そりゃそうやわ! でもな、男と男の勝負なんやぞ!? 何武器持ってんねん! しかもオンドレ今俺殺そうとしたやろ! もうすぐで死んでたんやぞ!」
「面倒くせえ」
するとバラードの1人が佳志にバカにするような喋り方で声をかけた。
「おいおい? まさかコイツ、武器がなかったら弱っちぃんじゃねぇの?」
「うわぁ、恥ずかしい。男なら拳で語るべきだわぁ……」
その時だけ、バラードとメイルバールは波長が合っていた。
煽りに乗って武器を捨てると思いきや、彼が刃物を下に下ろす事はなかった。
「俺は格好悪い人間なんだよ」
「開き直ってんじゃねぇぞテメェ!」
佳志は一端そのマルチナイフを折り畳み、尻ポケットにしまった。
次は腰から短めの鉄パイプを取り出し、急にダッシュし始め、辺留の脇の下をくぐり、さきほどバカにしていたメイルバールの1人の頭をダッシュの勢いで叩きつけた。
男は倒れ、佳志は次に自分を馬鹿にした男達を全て叩きのめし、事態は混乱に至った。
「おい与謝野! おんどれ、こんなことしていいと思っとんのか!?」
「うるせえ。殺さないだけマシだろ」
「そう言う問題じゃねえ! お前、全チーム敵に回すつもりなんか!?」
「俺はオメエらのチームとは関わりねえんだよ。俺はあのイガラシって奴に用があんだよ」
「五十嵐に…?」
すると五十嵐は鼻を押さえながら立ち上がり、佳志に計り知れない睨み方をした。
「テメェ……、いい加減にしろよ……」
「いい加減にしてほしいのはコッチのセリフだよ。オメエだけは絶対殺す。おかげで俺は腕に傷が残っちまったんだよ」
「自業自得だろうが!」
佳志は再びポケットから刃物を取り出そうとすると、横から強烈なドロップキックがきた。
彼は勢いよく地面に叩きつけられ、刃物を落とした。それを、女性が急いでとった。
亜里沙だ。
「アンタ、また問題起こしてんの?」
佳志はすぐに起き上がると同時に彼女が持っている自分の刃物を奪い返そうと身を投げ込んだが、それもあっさり横に避けられた。再び彼は転び、遂に眉間にしわを寄せ、豹変した。
「返せテメエ!」
「嫌よ。佳志、アンタは間違ってる。こんな物を持って、ヤンキー同士の喧嘩って認めれると思う?」
「んだと……」
「アンタが素手で殴り合ったのなら、それは街の原則でチンピラ同士の喧嘩ということでくくるけど、刃物や鈍器の場合は話が別なのよ」
「俺はそういうの、どうでもいいんだよ! さっさと寄こせコラァ!」
彼が亜里沙の胸ぐらを掴み、素手で殴ろうとしたその時。
手が止まったのだ。まるでハッと意識が戻ったかのような――。
「殴れば? 私は打たれるの慣れてるし。ほら、その手で私の頬でも鼻でも顎でも殴ってみなさいよ」
「…………………」
腕を振り下ろす状態から佳志は動かず、歯を食いしばった。すると五十嵐は挑発するかのような態度を彼に見せた。
「おいおい? 拳で殴れねーのかおい? 殴る度胸もねぇのか与謝野!?」
「………るせえ」
「あ?」
「うるせえっつってんだよこのゴミ屑があ!」
その叫びは、中央口公園の外にも響いた。そして同時に沈黙が全体に回った。
佳志は掴んでいた胸ぐらを突き飛ばすように離し、指の関節をボキボキ鳴らし始めた。
「上等だよ。素手でぶっ殺してやるよ」
それを聞いた五十嵐は自分も何かタンカを返そうとしたが、それはもう手遅れだった。