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『ダンジョン配信のトップ層、まともな奴が一人もいない件』 〜規格外のソロ配信者5人が集まったら、同接1億の伝説パーティになりました〜    作者: うちの猫
一ノ瀬 零 編

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新・第37話:『零の気だるげな暇つぶし』―汚れた花柄のテーピングを握りしめて――手がかりゼロの中層、死に物狂いの爆走―

 ほんの、数分の遅れだった 。

 あの日、一花(いちか)と交わした中層エリアへの探索の約束 。いつも通り気だるげに、少しだけ粗暴にギルドのロビーを歩いていた零は、ほんの些細な野暮用で、待ち合わせの時間に、少しだけ遅れてしまったのだ。


「チッ……あいつ、『絶対に遅れないよ!』とか言ってたくせに、どこ行ってんだよ」


 ロビーのどこを見渡しても、あのひまわりのように元気な一花の姿はなかった 。

 最初は、いつものように購買スペースで珍しい武器でも眺めているのだろうと、零は首筋をガリガリと面倒そうに掻きながら歩いていた 。しかし、いつもなら遠くからでも「零くん!」と笑顔で自分の名前を呼んで駆け寄ってくるはずの足音が、いつまで経っても聞こえてこない 。


 数分が、数十分になり、やがて1時間が経過した頃、零の胸の奥を、言葉にできない悍ましい「嫌な予感」が冷酷に灼き始めた 。


 一度も誰かに執着したことなどなかった。


毎晩、ギルドの飲食スペースで望まれるがままに違う女性の肌を抱きしめ、快楽を貪りながらも、心はいつでも空っぽの零(ゼロ)のままで、他人に執着したことなどただの一度もなかった 。愛だの恋だのという綺麗な感情は、俺には一生縁のないものだと冷めきっていた 。


 なのに、一花というあのピュアな少女に対してだけは、生まれて初めて「この温かい関係を絶対に壊したくない、失いたくない」という、壊れ物を扱うような強い執念を抱いていた 。


女として消費して、これまで自分が抱いてきた女性たちと同じように、自分の欲望で汚してしまうのが、たまらなく怖かった 。


それほどまでに、零にとって一花は、世界でたった一人の、自分の本当の心を見てくれた大切な友達だった 。


 零はプライドも、いつものダウナーな余裕も、すべてをかなぐり捨ててロビーを駆け回った 。


 普段なら絶対に自分から声をかけることの無い、流されるままにその夜の肉体関係を持ってきただけの、名前すら覚えていないような女冒険者たちの姿を見つけるたび、零はその華奢な腕を乱暴に掴んで、必死に声を張り上げた 。


「おい! お前、一花を見なかったか!? 明るい赤色のジャケットを着た、元気な女の子だ! どこへ行ったか知ってんなら教えろ!!」


「えっ……れ、零!? なに急に、怖い顔して……私、そんな女の子知らないわよ?」


「チッ、他にあいつと話しそうな奴は――おいお前!! 一花がどこに行ったか聞いてねぇか!? 頼む、知ってんなら隠さず全部言え!!」


「ちょ、ちょっと一ノ瀬様!? 急に胸ぐらを掴まないでくださいまし! わたくし、一花様の行き先なんて……!」


声をかけても、ロビーにいる誰一人として一花の行方を知る者はいなかった 。

 いつもなら、零が近づくだけで色めき立つ女たちが、見たこともないほどに必死で、粗暴に、なりふり構わず一人の少女の名前を叫び回る零の異様な姿に、驚愕の表情を浮かべて遠巻きに見つめている 。

だが、今の零には、そんな周囲の視線など1ミリも目に入らなかった 。


 万策尽きた零は、ロビーの中央にある受付へと突撃し、カウンターを強く叩いた 。丁寧な接客スマイルを浮かべていたギルドの女性職員が、零のあまりの形相に息を呑む 。


「おい……ッ! 一花はどこへ行った!? 受付のゲートを通った記録があるはずだろ!」


 普段なら決して声を荒げることのない零の怒声が、ギルドロビー全体に響き渡った。


 受付カウンターに立っていた少女――ひよりは、その姿を見て一瞬だけ目を見開いた。


 いつもの一ノ瀬零ではない。


 面倒そうに笑って、何事にも興味がなさそうに振る舞う


「……零さん」



「おい……ッ! 一花はどこへ行った!? 受付のゲートを通った記録があるはずだろ!」


 普段の零からは想像もできないほど切迫した声。


 受付にいたひよりは、その姿に思わず目を見開いた。




「一花さんなら……」


 ひよりは受付端末を確認する。


「一時間ほど前に、中層エリアへ向かわれています」


「中層……?」


 零の表情がわずかに強張る。


「どこのエリアだ」


「それが……」


 ひよりは申し訳なさそうに目を伏せた。


「一花さんは、『一ノ瀬くんに追いつけるように、少しだけ先に行って素振りをしています』と仰っていて……」


「……」


「詳しい場所までは、聞けていません」


 その瞬間。


 零の顔から、いつもの余裕が消えた。


「……マジかよ」


 広大な中層。


 まだ何者でもない自分が。


 唯一、自分を見てくれた少女が。


 そこに一人でいる。


「零さん……」


 ひよりは息を呑む。


 いつも飄々としていた少年が、初めて誰かを失う恐怖を隠せずにいた。


「……頼む」


 零は拳を握る。


「一花がいた場所、全部調べてくれ」


「はい」


「俺は……迎えに行く」


 ひよりは小さく頷いた。


「……絶対に連れて帰ってきてください」


「……ああ」


 零は走り出す。


 その左手には、一花が巻いてくれた花柄のテーピングがあった。


零は職員の言葉が最後まで終わる前に振り返り、中層エリアのゲートへと弾かれたように飛び込んだ 。


 灰色のジャケットを激しく翻し、腕当てと脛当てを悲鳴のように鳴らしながら、中層の薄暗い回廊へと真っ逆さまに潜っていく 。

手がかりなど何もない 。それでも、彼は己の直感と足の速さだけを信じて、限界を置き去りにするほどの速度で地を蹴り、壁を蹴り、一花の元へと死に物狂いでひた走る 。


 ふと視線を落とせば、全力で風を切る左腕――そこには、一花が「無事を祈って」とはにかみながら無理やり巻きつけてくれた、あの少し汚れた花柄のテーピングが握りしめられていた 。 


(一花……! 一花……っ!! 待ってろ、今すぐ行くから……っ!!!)


嫌な予感に脳を灼かれ、人生で初めて抱いた「大切な友達」を救うため。


零は花柄のテーピングが巻かれたククリナイフの柄を血が滲むほど強く握りしめた。


——絶対に、間に合わせる。


その一心だけを胸に、数万の魔物と、それ以上の『人間の悪意』が渦巻く中層の底なしの暗闇へと飛び込んでいった。

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