第・31話:『血塗れの白雪(飛翔編)』―「心より、感謝いたします、師匠」――純白のドレスと黒鉄のガントレット、世界3位への飛翔―
――カチリ、カチリ、カチリ。 骨が折れる音と、それが0.1秒で完全自動修復される超再生の音が、ギルド本部の地下練習場の中に静かに響き渡る。
地獄のような特訓の果てに、詠唱すらも置き去りにする神速の技術【自己超再生】を完全にその肉体へと馴染ませた白雪琴音は、黒鉄のガントレットをそっと下ろし、目の前で大笑いしている世界1位の男へ向けて、深く、気高く一礼を披露した。
「――心より、感謝いたします、師匠」
「ん? し、師匠……!? いや、私はただのパトロール中のソロ配信者であり、しがない筋肉モストなのだが……」
予想だにしなかった丁寧すぎる敬語での「師匠」という響きに、世界1位の巨躯が、ガラにもなくドギマギと大きな身体を縮めて狼罵する。
しかし、琴音の瞳の奥にある高潔な光は、一切ブレていなかった。自らの良心を傷つけ、胸の中で血の涙を流しながらも、自分を二度と深層で死なせないために心を鬼にして拳を振るってくれたこの男こそが、今の自分にとって、唯一進むべき道を指し示してくれた絶対的な存在だったからだ。
「いいえ。わたくしのこの拳を真っ正面から受け止め、世界を救う最強の矛としての生き方を示してくださったのは、あなただけです。……ですから、あなたはわたくしの生涯ただ一人の、大切な師匠ですわ」
「はーはっはっはっ!! そうか! 君のその熱い筋肉の敬意、しかと受け取ったぞ、琴音! 素晴らしいレップ数だった。これからは胸を張って、君の信じる慈愛の道を突き進むがいい!」
モストは照れくさそうに頭を掻きながらも、どこまでも頼もしい笑顔で、彼女の小さな肩をぽんと叩いた。
後ろで誰かの血が流れるのをただ待つだけの、あの無力なヒーラーはもういない。
世界1位の無敵の盾から最高の負荷を受け継いだ少女は、その日、本当の意味で世界を救う最強の矛へと生まれ変わったのだ。
◇
特訓を終えた琴音は、ダンジョンへと本格的に殴り込みを開始する前、ギルドの商業街の最も格式高い一等地にある、貴族御用達の高名な防具・服飾店へと足を運んでいた。
今の彼女が纏っているのは、実家を追われたあの日のままの、自らの手で裾を乱暴に引きちぎり、魔物の返り血でドロドロに汚れたボロボロのロングワンピース。
そんな凄惨で異様な姿で店に入ってきた少女を前に、洗練された衣服を纏う店の従業員は、一瞬だけ恐怖に目を見張った。目の前にいるのは、衣服をボロボロに引きちぎり、全身を魔物の生々しい返り血で真っ赤に染めて立っている、あまりにも凄惨な佇まいの白雪院のお嬢様。従業員は顔を引きつらせ、あまりの動揺に冷や汗を流しながらも、一流の店としてのプロのプライドを必死に奮い立たせ、引きつった笑顔のまま、深く深く、最敬礼の一礼を捧げた。
「これは……白雪院の、琴音お嬢様。……ようこそお越しくださいました。……して、本日はどのようなお召し物をお求めでしょうか」
「前衛でも戦うことができて、動きやすい防具を仕立てていただきたいのです。……決して破れることのない、強固なものを」
琴音のどこまでも丁寧すぎる敬語の要望を聞き、従業員は彼女の細い身体、そして彼女の細い両腕に不釣り合いなほど無骨に嵌められた、傷だらけの巨大な黒鉄のガントレットへと視線を落とした。服飾のプロとして、そのアンバランスな異様さに息を呑みながらも、従業員は静かに深く頭を下げた。
「畏まりました。前衛としての絶対の強度、そしてお嬢様の美しさを何一つ損なわない、我が店の最高傑作をご用意いたします」
従業員が奥の鍵付きの宝物庫から恭しく捧げ持ってきたのは、特殊な魔獣の糸とダンジョンの希少な白鉱石を織り込んで作られた、きらびやかで美しい【純白のドレスの形をした前衛用防具】だった。
それは、実家のお屋敷で大切に育てられていた頃の彼女の気品を何一つ損なわない、どこまでも清廉で美しい白の衣装。しかしその内側には、どんな魔物の爪や衝撃をも受け流す、前衛の重戦士に匹敵するほどの絶対的な防御強度が秘められていた。
「ありがとうございます。……とても、美しいですわ」
琴音はその純白の戦闘ドレスへと着替え、姿見の前に立った。
汚れ一つない清廉な白のドレスと、その両腕に嵌められた、透の形見である無骨な黒鉄のガントレット。お姫様のような美しさと、戦場を切り裂くための破壊の鉄塊。そのあまりにも歪で、相反する二色の強烈なアンバランスさ。
これこそが、彼女がこれからの配信時代で、世界を救う最強の矛として戦場に咲き誇るための、真の武装の完成だった。
◇
完璧な防具を身に纏った琴音は、自身の随行カメラドローンを起動し、ついに一人のソロ配信者として、ダンジョンの最前線へと潜入を開始した。
配信タイトルは、実家を追われたあの日のまま。
『【ソロ】白雪琴音のダンジョン人命救助パトロール【聖女】』
最初は、最高位の聖女が前衛のいないソロで深層の一歩手前を歩いているという奇妙な映像に、地上の有象無象たちは
「お嬢様の道楽か?」
「前衛がいないヒーラーなんて一瞬で肉片だろ」と、嘲笑混じりの冷酷なコメントを流していた。
だが、彼女の前に、中層の狂暴な生物系モンスター――鋭い牙と強靭な肉体を持つ魔狼『アース・ウルフ』の群れが現れたその瞬間、世界の視線は完全にハックされた。
「皆様、お下がりください。――わたくしが、前を走ります」
逃げ遅れていた他の冒険者たちを背後に庇い、琴音は新調した純白のドレスを激しく揺らしながら、黒鉄のガントレットを構えて単身で魔狼の群れへと突撃した。
――ドガァァァァァンッ!!!!!!
彼女が超音速の踏み込みと共に放ったストレートが、アース・ウルフの分厚い頭骨を真っ正面から粉々に叩き割る。
過剰バフのあまりの出力に耐えきれず、彼女の右腕の骨がバキバキィッ!!!と生々しい音を立てて砕け折れる。しかし、彼女はもう痛みに叫ぶことも、詠唱を唱えることもない。痛覚の伝達速度すら置き去りにし、0.1秒で内側からカチリと完全自動超再生。自身の血は一滴も流さないまま、完治した拳で次なる魔狼を殴りつける。
――ズバガァァァァァンッ!!!!
殴るたびに、自身の骨を折り、光の速度で繋ぎ直しながら、圧倒的な力で魔狼を肉片へと変えていく無敵のインファイト。
彼女自身の肉体からは血は流れない。けれど、彼女が本気の拳で魔物を徹底的に撲殺するたびに、粉砕された魔狼たちの悍ましい真っ赤な『返り血』の豪雨が、雨あられと彼女の全身へと降り注いだ。
汚れ一つなかったはずの純白のドレスが、そしてその絶世の聖女の美しい顔が、敵の返り血だけでドロドロの真っ赤に染め上げられていく。
自身の血は一滴も流さない高潔な気高さ(白)と、敵の血だけで赤く染まっていくバーサーカーの狂気(赤)。
そのあまりにも凄まじい、美しくも悍ましい相反する二色のアンバランスさを目撃した地上の何百万人の大衆たちは、画面の前で総毛立ち、畏怖と圧倒的な熱狂の弾幕をコメント欄に大爆発させた!
『おいおいおいおいマジで何だこれ!? 自分の血じゃない、全部魔物の返り血だろこれ!!』
『衣服を汚さない超再生のせいで、敵の血だけがドレスにこびりついて真っ赤に染まっていくの、狂気すぎて美しすぎる……っ』
『骨の折れる音が響くたびに魔物が肉片になっていく……ガチの怪物じゃねえか!!』
『誰だよお嬢様の道楽って言ったやつ!! 逃げ遅れた奴らを全員守るために、一人で前線を制圧してるぞ!!』
『【速報】世界リアルタイム視聴者数、一気に数百万突破!!!』
『ギルド公式ランキング更新キタアアア!! 琴音お嬢様、一気に上位ランカーをごぼう抜きして【世界3位】へランクイン!!!』
『通り名がついたぞ!! 畏怖を込めて、地上全員がこう呼んでる――【血塗れの白雪】ってな!!!』
世界3位。
ソロ配信を始めてわずか数ヶ月という異次元の速度で、白雪琴音はその圧倒的な「矛の力」を見せつけ、富と名声の頂点へと上り詰めた。大衆が彼女の血塗れの佇まいを見て恐怖し、熱狂する中、お嬢様は返り血を拭うこともなく、銀のガントレットに刻まれた透のコア結晶をそっと見つめ、静かに呟いた。
「見ていてくださいね、透さん。……そして、師匠。わたくしはもう、誰一人として、死なせはしません」
世界3位【血塗れの白雪】。
その伝説は、この日、静かに始まった。




