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『ダンジョン配信のトップ層、まともな奴が一人もいない件』 〜規格外のソロ配信者5人が集まったら、同接1億の伝説パーティになりました〜    作者: うちの猫
白雪琴音

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新・第27話『血塗れの白雪』―後衛の衣を脱ぎ捨てて――「もう誰も、絶対に傷つけさせません」―

 お互いの弱さと、ヒーラーとしての、前衛としての本当の恐怖を曝け出し、夜の暖炉の前で深く命の約束を交わし合ったあの日。

 白雪琴音(しらゆき ことね)の視界の真ん中には、いつだって、誰よりも勇敢に最前線に立って戦う彼の、あの頼もしい背中があった。

 だが、ダンジョン深層という名の異界は、二人が交わしたあまりにも美しく健気な誓いを、嘲笑うかのように無慈悲に引き裂いた。


 深層の最深部、大気がねっとりと肌にまとわりつくような漆黒のボス部屋。 

吹き荒れる暴力の嵐の中、その階層の主である狂暴な魔物が放った一撃は、人類の想定を遥かに超える超絶的な破壊力を持っていた。

 凄まじい衝撃波が炸裂し、前線を固めていたパーティの仲間たちが、木の葉のように激しく地面へと吹き飛ばされていく。生きてはいるものの、ある者は岩壁に激突して完全に意識を失い、またある者は辛うじて意識を保ちながらも、全身の打撲と恐怖によって指一本動かすことすらできない壊滅的な状況に陥った。

 一瞬にして崩壊した戦場。立ち込める土煙の向こうで、ただ一人、最前線に踏みとどまり、その鈍い銀光を放つガントレットを構えて魔物と渡り合っていたのは、他でもない彼だった。


「――が、はッ……!!」


 無情な、金属が激しく歪み砕ける音がボス部屋に響き渡る。

 あの夜、俺がみんなの壁になると誓った彼の、自慢のガントレットのガードが、魔物の圧倒的な暴力の前に真っ正面から弾き飛ばされたのだ。

 防護を失い、完全に無防備になった彼の胸へと、魔物の容赦のない巨大な爪が、無残に、深く、深く貫かれた。


「あ……」 


鮮血が視界を赤く染め、彼の巨躯が、糸の切れた人形のように血の海へと崩れ落ちていく。

 後衛の安全な定位置で、神聖な祈りを捧げていた琴音の頭の中は、その瞬間、完全に白く染まった。 戦術の規律も、後衛としての立ち回りも、すべての思考が消し飛んでいた。彼女は泥に塗れることも厭わず、血の海の中へ飛び込み、倒れた彼の身体を必死に両腕で抱きしめた。


「嘘……嘘です、目を開けてください……っ! 嫌です、置いていかないで……っ!!」 


彼女はギルドでも高名な、最高位の神聖魔術を操る優秀なヒーラーだ。 

その白く細い両手から、これまでの人生で放ったどんな光よりも眩い、最高出力の回復魔法(ヒール)を、狂ったように彼の胸の傷口へと注ぎ込み続ける。


 しかし――届かない。

 治せると信じていた。どんな傷でも、自分の魔法なら繋ぎ止められると誇っていた。それなのに、彼女の指の隙間から溢れ出る真っ赤な鮮血は一向に止まらず、その熱い体温は、見る見るうちに冷たい地の底の大気へと奪われていく。失われていく命の灯火は、どれだけ最上位の神聖魔術を重ねようとも、二度と輝きを取り戻すことはなかった。 


彼女の腕の中で、世界で一番大切だった人は、静かに、完全に、その瞳を閉じた。


 言葉は言霊だ。 

一人の人間が、自らの世界のすべてだった存在を、目の前で無残に奪い去られたとき。その魂の底、ひび割れた精神の淵から湧き上がるのは、神への綺麗な祈りの言葉などでは断じてなかった。

 後方でただ見守ることしかできなかった自らの非力さ、傷ついて痛い思いをさせてからでしか発動できない魔法という名の欺瞞への、血を吐くような絶望と呪詛だった。


「どうして……どうしてですか……っ!? わたくしは最高位の聖女なのでしょう!? 皆様を絶対に死なせないと、あの夜も、あの夜も確かに誓い合ったのに……っ! こんな、ただ後ろで血が流れるのを見てるだけの光に、なんの価値があるというのですか……っ!!」 


琴音の綺麗な瞳から、大粒の涙が堰を切ったように溢れ、彼の冷え切っていく顔へとぽたぽたと落ちていく。その涙は、彼女がこれまで捧げてきた信仰のすべてを汚すように、血の海へと混ざり合っていった。


「届かないなら……傷ついて、こんなに痛くて惨めな思いをさせてからしか治せないなら、わたくしの魔法なんて、神様なんて、最初から何もいらなかった……っ!! 治すのが遅いというのなら……傷つけられる前に、あなたを奪ったその汚い手を、わたくしがこの世からすべて消し去ります……っ!!!」


 悲痛な慟哭が、地の底の暗闇を激しく震わせる。 ただ後ろに控えているだけでは、大切なものは何も救えない。どんなに強力なヒールがあろうとも、奪われてしまった命は、二度と繋ぎ止めることなどできないのだ。

 仲間を二度と傷つけさせないために。大切な人を二度と失わないために。聖女(ヒーラー)である自分が、本当にしなければならなかったことは――後衛で守られることではなく、敵を絶滅させる最強の『矛』になること。


「……もう、誰も、絶対に傷つけさせません。あなたを奪ったすべてを、わたくしがこの世から消し去ります」


 琴音は自らの手で乱暴に涙を拭うと、か弱く怯えていた瞳の奥に、世界を灼き尽くすほどの苛烈な暗黒の光を宿して立ち上がった。

 彼女は、血の海に横たわる彼の、まだ微かに温もりの残る両腕へと静かに手を伸ばした。そして、彼が自分たちの盾となり、自分を守り抜くために嵌めていた、あの鈍い銀光を放つ強固なガントレットを、震える手でゆっくりと引き抜き、自らの白く細い両腕へと深く、強く嵌め込んだ。 


――ビリリッ、と彼女は自身の両手で、ヒーラーが着るべき長く、動きにくい聖衣のスカートの裾を掴むと、容赦なく乱暴にそれを引きちぎり、自らの細い脚をあからさまに剥き出しにした。 


そして、その白く華奢な肉体へ、彼女の魂に刻まれた強化魔法のすべてを、自らの内側へと向けた。 今の彼女の頭には、自分を保護するための防御魔法など1ミリも思い浮かばなかった。大切なあの人を失った今、彼女の心にあるのは、ただ目の前の敵を殴り倒し、この世から絶滅させるための『攻撃特化のバフ』を重ねること、それだけだった。


 技の名前を紡ぐ理性すら、今の彼女には残されていない。 

琴音はただ、狂ったように自身の肉体へ向けて、筋力を、魔力を、出力を限界突破させる聖なるバフを、文字通り激流の如く体内へと注ぎ込み始めた。


 一重、二重、三重――否、彼女の祈りは止まらない。 

涙をボロボロと流しながら、自らの華奢な肉体が内側から爆発せんばかりの過剰な圧力を、何度も、何度も、際限なく重ねがけしていく。神に祈り、仲間に与えるためだけにあった高潔な聖魔力が、今はただ目の前の怪物を粉砕するための、ドロドロとした純然たる破壊のエネルギーへと変換され、彼女の血管を暴走していく。


 ――ミシ、ミシミシ、ミシッ!!!!

 ――バキ、バキバキバキッ!!!!


 その瞬間、自分を守る防御のバフを一切放棄した彼女のか弱い肉体が、限界を超えた超絶的な筋力と魔力の圧力によって、内側から生々しく悲鳴を上げた。


 白く滑らかな皮膚が、内側から膨れ上がる圧倒的なエネルギーの濁流に耐えかねて、ピキピキと裂け、真っ赤な血が皮膚の隙間からじわりと滲み出す。純白の聖衣の袖が、彼女の筋肉が異常なまでに膨張していく圧力で引き裂かれそうになる。

 全身の骨という骨が、充填された過剰な負荷の重さにミシミシと軋み、ただその場に立っているだけで、自らの指の骨や腕の骨が、その破壊的な筋力に耐えきれず、勝手に内側からバキバキと砕け折れそうになる。今にも肉体そのものが内側から爆発して粉々に砕け散りそうな、すさまじい肉体の限界。


 激痛に奥歯を血が出るほど強く噛み締めながら、しかし、彼女の心にある「大切な人を奪われた絶対的な絶望と、歪んだ愛」が、その肉体の崩壊すらも無理やり力づくでねじ伏せていく。


 後衛の衣を自らの手で脱ぎ捨て、彼の遺品である銀のガントレットをその両腕に宿し、すべてを打ち倒す最強の『矛』となった少女。

 白雪琴音は、仲間を殺した目の前の巨大な魔物を、涙に濡れた血走った瞳で真っ正面から睨みつけ、そのガントレットの拳を、力強く突き出した。

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