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『ダンジョン配信のトップ層、まともな奴が一人もいない件』 〜規格外のソロ配信者5人が集まったら、同接1億の伝説パーティになりました〜    作者: うちの猫
白雪琴音

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新・第24話:『血塗れの白雪』〜お前が後ろにいてくれるなら、俺はどんな壁にだってなれる〜

 ――それは、最高位の聖女として、仲間と共に地の底を歩んでいた、まだ何年も前のこと。 


 かつての白雪琴音しらゆき ことねは、今のような『血塗れの白雪』などと呼ばれる化け物では決してなかった。

武器など握ったこともない、汚れ一つない長く白い聖衣を身に纏った、どこにでもいる、少しばかり回復魔法の得意なだけのか弱きヒーラーだったのだ。 

 いや、その表現は正しくない。彼女はギルド内でもその名を知られた、最高位の神聖魔術を操る極めて立派で優秀なヒーラーであった。彼女の完璧な戦況把握と、寸分の狂いもない高度な回復魔法があるからこそ、パーティは深層の過酷な戦いを安全に生き抜くことができていたのだ。前衛がどれほど激しく動き回ろうとも、彼女の放つ癒やしの光は、常に的確に、彼らの傷口が広がる前にその肉体を繋ぎ止めていた。 


過酷な遠征を終えた日の夜。 

探索者たちでごった返す、活気に満ちた宿屋の賑やかな食事処。 

 木樽のジョッキが鈍い音を立ててぶつかり合い、大皿が触れ合う喧騒が四方から響く中、パーティの仲間たちはいつも通り、中央にドサリと盛られた不格好な干し肉のソテーを突っつき合っていた。湯気と共に立ち上る粗末な油の匂い。元貴族の生まれであり、幼少期から格式高い宮廷マナーを叩き込まれてきた琴音にとって、それは決して上品と言える空間ではなかった。しかし、胸の奥を満たす言葉にできない温かさは、実家のどんな豪華で冷ややかな晩餐よりも、間違いなく本物だった。


 琴音のすぐ隣、木製の丸椅子に腰を下ろしている前衛の戦士。彼女がパーティの誰よりも信頼し、密かに心を寄せていたその人は、食事を前にして、自身の代名詞であるあの鈍い銀光を放つガントレットを丁寧に外し、椅子の脇の荷物置きへとそっと置いた。 


鉄の匂いが消え、現れたのは、無数の戦いの中で傷だらけになった、けれど無骨で大きな生身の手。彼はその指先で器用に箸を握ると、大皿の肉を乱暴に口へと運んだ。


「お、琴音、今日のソテーはいつもよりマシだな。肉がちゃんと噛み切れる。いつもは靴の裏を噛んでるみたいだからよ」

「ふふ、それは良かったです。ですが、お肉ばかり召し上がらずに、そちらの野菜もきちんと召し上がってくださいね。すぐに好きなものばかりお皿に残されるのですから」

「げっ、また説教かよ。お嬢様は相変わらず耳が痛いねえ」 

 彼はそう言って困ったように苦笑いしながら、琴音に促されるまま、渋々クタクタに煮込まれたカブを口へと運んだ。その様子を見ていた他の仲間たちが「お、リーダーが琴音ちゃんに頭が上がらねえぞ!」「いつもの威厳はどうした!」と冷やかし、食事処のテーブルは大爆笑に包まれる。


 琴音は彼らのやり取りを眩しそうに見つめながら、自身のナイフを小さく手に取った。

「皆様、次の遠征では、地上の街で新しく見かけたお洋服の話をいたしましょう。最近、とても美しい刺繍の施されたショールが流行っているのだと、ギルドの受付の方が仰っておりましたの」

「ショールか。琴音にはそういうお上品なのが似合うよな。よし、今回の依頼の報酬が入ったら、全員で一番いいやつを買いに行くか」 

彼が箸を置き、悪戯っぽく笑いながらそう言った。戦場での血生臭さを一切忘れるような、本当に他愛のない、普通の、どこにでもある世間話で笑い合うひととき。 

彼がその生身の手で戦場を切り開き、自分が後ろからその傷を癒やす。この当たり前で、完璧な役割の調和が、ずっと、何十年も続いていくのだと、彼女は信じて疑わなかった。

 

翌日、次の遠征の買い出しに出かけた、ギルドに併設された広大な商業スペース。 

 ひしめき合う色鮮やかな露店と、世界中から集まった探索者たちの熱気で溢れる、雑雑とした通路を歩く間、琴音は何度も人波に飲まれそうになり、小さく足元をふらつかせていた。

 最高位の聖女として、静謐な神殿やお屋敷の中で大切におっとりと育てられた彼女にとって、地上の容赦のない喧騒は少しだけ刺激が強すぎたのだ。行き交う馬車の車輪の音や、商人たちの怒号のような呼び込みの声に、知らず知らずのうちに琴音の身体が強張っていく。

「ほら、離れるなよ」


 人混みの向こうから、不意に大きな影が差し込んだ。

 彼がガントレットを外した生身の大きな手で、琴音の白い袖口をすり抜け、その細い手首をぐっと強く掴んで引き寄せた。硬質な鉄の感触ではなく、彼の皮膚から直接、熱いほどの体温が手首を通じて全身へと伝わってくる。


「……あの、皆様が見ていらっしゃいます。少し、恥ずかしいです」


 琴音は頬を朱に染め、俯きながら消え入りそうな声で呟いた。周囲の探索者たちがニヤニヤとこちらを見ているのが分かって、胸が激しく高鳴る。

「気にするな。ここで見失ったら、この人混みからお前を探し出すのが面倒だろ。迷子紐をつけるわけにもいかないんだから、しっかりついてこい」 


 ぶっきらぼうに前を向いたまま、ずんずんと歩みを進める彼の耳が、微かに赤くなっているのを琴音は見逃さなかった。彼の手首を掴む力が、ほんの少しだけ、壊れ物を扱うように優しく強くなる。その手の温もりに守られているだけで、彼女の心には、世界中のどんな強力な防護魔法よりも強固な、絶対の安心感が満ちていた。この人の後ろを歩いていれば、自分は何も怖くない。そう強く確信していた。


しかし――過酷な深層エリアへの本格的な遠征を翌日に控えた、嵐の吹く静かな夜のことだった。 宿屋の談話室の片隅、パチパチと音を立てて燃える暖炉の光の影で、彼が二人きりになった瞬間、珍しく深く膝を抱え、ガントレットを外した生身の両手をガタガタと震わせながら、琴音にそっと、誰にも言えない弱音を吐き出した。


「……なぁ、琴音。俺さ、本当は怖いんだ」 

いつも最前線で誰よりも豪快に笑い、パーティの精神的支柱として皆を引っ張っている彼の、初めて見る生々しい恐怖の告白だった。彼の瞳は、暖炉の炎を映しながらも、どこか地の底の暗闇を見つめているように怯えていた。

「前衛の俺がほんの一瞬でもガードをミスったら、俺の後ろにいる全員が、一瞬で肉片になっちまう。お前たちの命は、全部俺のこの両腕にかかってる。夜になると、そのプレッシャーで指の震えが止まらなくなるんだ。もし、俺がみんなを守りきれなかったらどうしようって……」

 

琴音は息を呑んだ。目の前で震える彼の大きな手。 

彼女は何も言わず、彼の隣にそっと腰掛け、自身の白い聖衣の袖で、彼の額に滲んだ冷や汗を優しく、丁寧に拭った。その丁寧で、どこまでも凛とした彼女の指先は、決して揺らがなかった。そして、彼女自身もずっと胸の奥底に蓋をし、見ない振りをし続けていた、ヒーラーとしての本質的な無力さを、静かに彼へと吐露したのだ。


「……わたくしも、同じ恐怖を抱いています」 琴音の声は、夜の静寂に溶けるように低く、けれど確かに震えていた。


「わたくしのヒールは、皆様を生き返らせる魔法ではありません。ただの、傷口を塞ぐだけの光なのです。皆様が魔物の凶悪な爪に引き裂かれ、肉を削られ、激しい苦痛に顔を歪ませるその瞬間――わたくしはただ後ろの安全な場所で、皆様の血が流れるのをじっと待つことしかできないのです」 


彼女は自身の白く小さな両手を見つめた。神聖な魔力で美しく輝くこの手が、その瞬間だけは、酷く呪わしいものに思えた。

「後から傷を治すことはできても、皆様がその瞬間に味わう『本物の痛み』を、わたくしは止めて差し上げることができない。いくら立派な聖女と呼ばれようとも、皆様が苦しんでいる最中は、ただ後ろの特等席でそれを眺めていることしかできない。そんな自らの非力が、本当は、たまらなく悔しくて、苦しいのです。もし、わたくしの回復が1秒でも遅れて、皆様の命の再生が間に合わなかったらどうしようと、毎夜、神様へ祈りながら、わたくしも震えているのです」


 琴音は彼の震える背中に、そっと自身の両手を当てた。彼が前線で背負っている絶望的な重圧を、少しでも分かち合うように、その背中を優しく、優しくトントンと叩いた。

「だから、お願いです。わたくしにこれ以上、皆様の血を『後から治す』だけの仕事をさせないでください。明日も、絶対に無傷で、笑って戻ってきてくださいね」

 彼は琴音の言葉を聞き、深く息を吐き出すと、震えていた生身の手をぎゅっと握り締め、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。

「……ああ。お前が後ろにいてくれるなら、俺はどんな過酷な深層の壁にだってなれる。絶対に、誰も死なせない」


琴音は、その言葉を疑わなかった。

この人が倒れる未来など、この世界のどこにも存在しないと、本気で信じていた。



――だからこそ、翌日に訪れた現実は、あまりにも残酷だった。


 お互いの弱さを全て曝け出し、命の重さを共有し合った夜。

 後ろで私が祈り、前であなたが戦う。その絶対の信頼の絆こそが、当時の白雪琴音のすべてであり、彼女の世界の全貌だった。 

 しかし、そんな美しく愛おしい日常は、次の瞬間に訪れた残酷な現実によって、あまりにも呆気なく、そして永遠に、血の海へと引き裂かれることとなる。



――――――――――――――――――――――――

## あとがき


**ひより**「みんなー!今回も最後まで読んでくれてありがとう!」


**琴音**「ご機嫌よう。お付き合いいただき、誠にありがとうございました。」


**ひより**「今回は今までと雰囲気が全然違ったね。」


**琴音**「ええ。今のわたくしではなく……まだ、皆様と笑い合えていた頃のお話でしたから。」


**ひより**「なんだか読んでて安心したよ。」


**琴音**「ふふ。わたくしも、あの頃は毎日がとても幸せでした。」


**ひより**「リーダーさんもすごく優しかったね。」


**琴音**「……はい。」


**ひより**「『お前が後ろにいてくれるなら、俺はどんな壁にだってなれる。』って言葉、すっごく格好よかった!」


**琴音**「わたくしにとって、あの言葉は今でも大切な宝物ですわ。」


**ひより**「でも、本編の最後……。」


**琴音**「……。」


**ひより**「あの一文だけで、嫌な予感しかしないんだけど……。」


**琴音**「次のお話で、その意味が明らかになります。」


**ひより**「みんな、心の準備だけはしておいてね……!」


**琴音**「どうか最後まで、わたくしたちの物語を見届けてくださいませ。」


**ひより&琴音**

「それでは、また次回お会いしましょう!」


---


今回は、あえて琴音自身に悲劇を語らせすぎず、「今はまだ幸せだった頃」という空気を残す構成にしました。


そのほうが、次回の展開を読んだときに、このあとがきで交わした穏やかな会話まで含めて胸に残ると思います。



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