新・第20話:『仮面を脱いだ少女』【前編】:『モストの背中に教わった気高さ。仮面を外し、初めて買った自分用のスマホ』
――ズシン、ズシンと、厚い鉄板を踏みしめるような頼もしい足音が、薄暗いダンジョンの通路に響いていた。
恋れんは、モストから借りた大きすぎる清潔な上着の襟をぎゅっと握りしめ、彼の巨大な背中の後ろを、ぽてぽてと小さな歩幅でついて歩いていた。
【インフィニティ】の男たちに襲われた、あの生々しい暴力の恐怖。その震えは、モストの広大な背中を見つめているうちに、不思議とすぅっと消え去っていた。恋れんは上着から微かに香るプロテインの匂いに少しだけ顔をしかめながら、前を歩く世界1位の背中へ、ぽつりと声を漏らした。
「……モストさん」
「ん? どうしたんだい、少女。どこかまだ身体が痛むか?」
モストは歩みを止め、巨躯をのっそりと振り返らせると、慈愛に満ちた優しい目で恋れんを見つめた。
「ううん、痛くない……。あのね、さっきは、助けてくれて本当にありがとうございました。……それと、れんの髪の毛、可愛いって言ってくれたのも、嬉しかったです」
恋れんがペコリと小さく頭を下げると、モストは白い歯をキラリと輝かせ、豪快に笑った。
「ハハハ! 礼には及ばないさ! 私はただ、大真面目にパトロールをしていただけだからな。それに、君のその髪の毛を綺麗だと言ったのは、お世辞でも何でもないぞ。心のバルクが美しく漲っている証拠だ!」
「こころの、ばるく……?」
「そうだ! 君はこれまで、たった一人でその細い腕で、地の底を必死に生き抜いてきたのだろう? 誰のバフも届かない孤独を知る私だからこそ分かる。君のそのピンクの髪には、誰にも負けない強い『生きるための執念』が宿っている。それは何よりも美しく、何よりも気高いものだ。誇りなさい」
モストの、どこまでも裏表のない真っ直ぐな言葉が、恋れんの乾ききった胸にじわじわと染み渡っていく。 世界1位のこの男は、外見の映え(衣服)なんて大して気にしていない。
本人は至って真面目なのに、いつもピントがズレていて笑われている。なのに、世界の誰もが彼を本気で信頼し、愛しているのだ。
(れんは……怖かったんだ。ヒロくんのくれたこの髪を、笑顔を、世界に否定されるのが怖くて……。だから、可愛いギャルの仮面を被って、男の人たちを騙して、必死に武装してた……。でも、そんなの、ヒロくんの好きだった恋れんじゃないよね)
外側をどれだけ着飾っても、心が壊れたままで嘘をつき続けていれば、結局はさっきのような醜い悪意しか引き寄せない。モストの本物の『気高さ』と対話したことで、恋れんはこれまでの自分の計算がいかに浅はかだったかを、ハッキリと悟ったのだった。
「モストさん。れん……もう、嘘をつくの、やめます」
「おお! 素晴らしいな! 偽りのプロテインは筋肉を裏切るが、ありのままの肉体リアルは決して裏切らないからな! その意気だ、少女!」
「ふふ、やっぱりモストさんって、ちょっと変な人」
恋れんの口元から、数年ぶりに、計算ではない本物の小さな笑みが溢れた。
◇
無事にギルド『東京本部』へと帰還し、モストに伴われて【インフィニティ】のクズどもを管理課へ突き落とした後。恋れんはギルドの受付で、初配信からソロで死に物狂いで稼ぎ続けてきた、ほとんど手付かずの口座の端末を受け取った。
スラム街出身の彼女の口座には、今や家が建つほどの莫大な投げ銭(大金)が眠っている。 恋れんはギルドを出ると、そのまま商業街の一角にある、きらびやかな『魔導端末専門店』へと真っ直ぐに向かった。
これまでは、ギルドから無料配布されたおんぼろのカメラドローンしか持っていなかった彼女。私生活のためのプライベート用の『魔導スマホ』なんて贅沢品、買う必要も、買う発想すらなかったのだ。
「いらっしゃいませ! 端末をお探しですか?」
「うん。……これ、ください。いちばん、新しくて、いちばんみんなの声がよく聞こえるやつ」
恋れんは店員に口座のカードを差し出し、最先端の薄型の魔導スマホを一台、購入した。 ピカピカに輝くスマホを両手で大切そうに抱きしめ、恋れんはスラム街の自宅へと帰った。
ボロ小屋の部屋に戻り、彼女は姿見の鏡の前に立つ。 そして、これまで自分を偽るために塗りたくっていた、派手な最先端のギャルメイクを、クレンジングシートで一枚一枚、丁寧に落としていった。きらきらしたアイシャドウも、派手なリップも、すべてを拭い去っていく。
鏡の中に現れたのは、バチバチのギャルではなく――少しだけ顔色の悪い、けれどどこまでも一途な瞳をした、ありのままの、ただの155センチの少女の素顔だった。
恋れんは、ヒロくんが最期に愛してくれたピンクのツインテールだけは綺麗に結び直すと、買ってきたばかりの魔導スマホの電源を入れた。
嘘の仮面(計算)は、もうすべて捨てた。これからは、本当の私(激重な純愛)のままで、画面の向こうのファン(みんな)と真っ正面から向き合う。
恋れんは、画面に映る何も加工していない自分の顔を見つめた。
もう隠すものはない。
可愛いと言ってもらえなくてもいい。
嫌われてもいい。
それでも――
「これが、ヒロくんの好きだった、れんだから。」
そして
恋れんは震える指先で、自分のプライベートスマホから、初めて自身のチャンネルの生配信ボタンをタップした。
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次の物語でも、また会おうね♪
「ねえ……私のこと、忘れないでね?」




