第七話 森から村へ
松明の明かりに照らされたヒイロの背中を見ながら、レイは何度目かわからない疑問を抱いていた。――こいつは、本当に人間なのか。鈴虫の鳴き声と、2人が踏みしめた小枝の折れる音が静かな森に響いている。
「……メガネ、その、俺はもちろんお前の意見を尊重したいって気持ちは山々なんだがな」
モゴモゴしながら話すヒイロ。
「俺は村に着いたあとも、もう少しだけ一緒にいたい。」
「……オレは一緒にいたくない」
レイはそう言ってヒイロにナイフを突きつけようとする。
(いや、意味がないか)
ナイフを下ろして、代わりに松明の明かりでしっかりとヒイロを照らす。パキリ、と一際大きな木の枝が折れる。
「あの村は危ない。お前が心配なんだ」
珍しく真面目なヒイロの声に思わず顔を上げる。
「……どういう意味だ」
「あの村の人達、いきなり俺を襲ってきたんだよね」
ヒイロは松明を握り直した。炎を見つめるように視線を落とす。
「多分、あの村は儀式で生贄を捧げてる。俺が縛られたのもそれでだ」
「儀式……」
(こいつが洞窟で言ってたやつか)
「うん。縛られて崖から落とされた」
「崖から?」
「それで、落ちた先で、木に引っかかってメガネに助けられたんだ!」
「だからオレは助けてねぇって!」
……この男は崖から落とされてなぜ無事なのだ。いや、きっと強化系の固有魔法なのだろう。考えても仕方がないことだ。
「……あと、さ」
ヒイロは何度か口を開きかけ、結局閉じる。そのまま振り返った。左目の下には、まだ塞がりきらない傷が残っている。困ったように視線を落とし、小さく頭をかいた。
「その……」
「メガネ、いくら何でもその格好は無いぞ。常識的に」
そう言って指を差す。その先を辿ると現れたのは自分の足。普通の足だ。生足。何が変なのだろうか。この男に常識を問われる謂れはないと怪訝な顔を向けるレイ。ヒイロはさらに困った様な顔をする。
「いや、何でズボン脱いだんだ?」
目のやり場に困る様に陽色の視線は宙を彷徨っていた。ブカブカの黒い上の服にギリギリ隠されている足の付け根。
「動きづれぇから」
「それはわかるけどさぁ!」
「走るたびに膝まで落ちてくる」
だから脱いだ。それだけの話。
(あれ……オレ、今もしかして変態になってる?)
そんなわけないと頭を振り、つい昨日まで全裸でぶら下がっていた男を見つめ直す。
(そうだ、コイツほどじゃ)
(ん?まてよコイツ今の説明のどこで……)
「あ、そういえば」
ヒイロも何か気がついた様に頭を傾ける。
「俺、なんで全裸だったんだ?」
「オレが知りてぇよ」
◇
「確か後はここを真っ直ぐ歩けば……」
ふぁ……と大きなあくびをし始めるヒイロ。レイは無言で足を蹴る。
「痛っ!」
レイはヒイロの前に回り込み、手を差し出す。
「受け取れ。案内はここまででいい」
「えぇ……?」
「報酬だ」
手のひらの硬貨がチャリンと音を立てる。
ヒイロはそれを受け取ろうとはしない。レイは無理やりヒイロのポケットに硬貨を突っ込む。
「よし、消えろ」
ヒイロは戸惑ったように硬貨を見つめる。
「えぇ、本当に?」
「本当だ。消えろ」
うーんと唸っていたヒイロは、不意に何かを決めたように顔を上げた。
「……了解した!」
元気よく返事をするヒイロ。
「じゃ、短い間だったけどありがとう!気をつけるんだぞ!」
バイバイと手を振ってから森の中へ走って消えていくヒイロ。レイはその勢いの良さに少し拍子抜けしてしまう。
(もっとゴネるかと思ってたが……まぁいいか)
レイは腕を組み、木にもたれかかる。
(生贄……ね)
口元がゆっくりと吊り上がる。
(もちろん、利用しない手はねぇよな)
ーーこの体を。
◇
明け方。
暇そうな門番が眠い目を擦る。
鳥が枝を揺らす音と共に、木の影から少女が現れた。
「何者だ、貴様」
持っていた剣の先を少女に向ける。
少女が肩を震わせ、一歩後ずさる。
「ヒッ……ご、ごめんなさい!」
怯えたように顔を上げた少女に、門番は息を呑んだ。ボロボロの服とは不釣り合いなほど白い肌。桃色の髪。そして何より、夜空から光だけを切り取ったような黒い瞳。見つめられた瞬間、思考が止まる。
「あのぅ……?オレ……じゃなくて私、旅人なんです。しばらく、この村に滞在してもいいですか?」
レイはわざとらしく体を傾けて門番を覗き込む。ハッと我に帰る門番。
「まず荷物を点検する」
レイは荷物を差し出し、上着のポケットもひっくり返す。カバンから出てくる小さなナイフ、少量の硬貨、そして食糧。
「あ、怪しいとこありましたか?」
「旅人証は?」
「……持ってないです。あ……実は家出してきたんです」
門番の目に映る非力そうな少女。向けられた剣先に怯えている様に震えている。
「……私では判断できない。村長代理の所まで案内しよう」
(代理……?)
歩き出す門番とレイ。村人たちの視線がレイに集まる。全員がニコニコと笑顔で会釈をするが、異様なほどに静かな村であった。
(井戸、家、家……あれは)
家に囲まれる様に建てられている特段に大きな建物。見張りが数人ついており、常に目を光らせている。
(明らかになんかあるじゃねぇか)
「あの建物は何なのですか?」
恐る恐るっといった様に門番に聞いてみる。
「あぁ……あれはただの倉庫だ」
(嘘つけよ)
レイはじっと目を細める。
(……何か隠したいもの)
(金か、武器か、それとも……)
「着いたぞ。荷物は全て置いて行ってもらう」
先ほどの建物ほどとはいかないが、それでも大きな家に案内される。中に入ると、数枚の男の絵があった。壁には家族写真が飾られていた。穏やかに笑う男。その隣には少女。
(ここの村長か……?)
レイは壁に貼られていた少女の落書きをしばらく眺め、何でもない様に顔をそらした。階段を上がり、部屋をいくつも通り過ぎて1番奥の大きな扉の前に着く。
「失礼します」
門番がノックして扉を開ける。
「あら、旅人さん?」
柔らかそうな椅子に腰をかけていた老婆が立ち上がる。長い白髪に細い体、曲がった腰が印象的であった。ニコニコと笑っており、その目尻には深い皺が刻まれていた。
「ようこそ、私たちの村へ」
より一層、彼女の笑顔が深くなった気がした。
バタンと重厚なドアが閉められる音。拳を握りしめる、レイもゆっくりと女性に微笑み返した。
老婆は手を合わせ、顔を傾ける。
「ーーまずは、歓迎会をしましょう!」
「は?」
◇
レイは村人たちに案内され、広場へ向かった。
(何だ、何なんだ)
長机に並ぶ料理。目の前に置かれた木の皿には、焼き色のついたパンが二切れ。湯気の立つ野菜スープからは香草の匂いが立ち上り、隣にはこんがり焼かれた川魚が添えられていた。ニコニコと笑う老婆と数人の村人。
「さぁ、遠慮せずに食べてください!」
困惑が止まらないレイ。
(何なんだこの歓迎のされようは……いつになったら襲ってくんだよ)
(いや、もしかしてこれ毒か?)
「あ、私まだお腹空いてなくて……」
一応申し訳なさそうにしながらお皿を返すレイ。
「あら、そうだったんですね。なら私がいただきます」
笑いながら一口パンを齧る老婆。村の子供たちにも分け与える。
「お風呂の用意をさせたわ。疲れてなかったら後でぜひ浸かってみてね」
「……」
(何でこんな親切なんだ?……怖い)
「貴方、お名前は?どこから来たの?」
「……名前は、えぇっと」
本名を教えるのは気が引ける。必死に頭を回転させる。ヒイ……いや、やめておこう。ふと脳内に白髪の男の顔がチラつく。
「な、ナギ……です。出身は王都から離れた田舎です」
「へぇ、ナギさんね。いいお名前!……最近どこかで聞いた気がするわ」
老婆が顎に指を当てる。少し遅れて、周囲の村人たちも示し合わせたように同じ仕草をした。その異様な光景にレイは思わず椅子を引く。
「……確か、ナギリとか言う旅人さんが来たのよね」
「!」
「すごい偶然ね」
ニコリと笑う老婆と村人。
(あの白髪もここに来てたのか……)
「そうそう、ナギさんに聞きたいことがあったの。昨日、だったかしら」
「旅人さんが来てね、オレンジ色の髪をしていた……」
村人全員の笑顔が一斉に消えた。
一気にその場が静まり返る。思わず喉をならす。
「ヒイロ……って人、知ってるかしら?」




