プロローグ:幸せの絶頂
「ずっと、永原のことが好きだった。」
「……私も、ずっと宮野くんが好き、だった。」
静かな公園のベンチ。少しだけ熱をもった頬を撫でる風が気持ち良い。吐き出す息のアルコール臭。この歳になれば酔った勢いも、たまには必要で。
——まさか宮野くんが、私を。
中学生の時からずっと好きだった。一年生の時に同じクラスで、何回か話したことがある程度。永年帰宅部のような私とは違い、彼は野球部のキャプテン。真面目で責任感のある彼がたまに見せる子供みたいな笑顔が好きだった。そんな彼から、まさか告白されるなんて。
行くかどうか迷って、初めて参加した高校の同窓会。勇気を出して参加して本当に良かったと心から思った。
「永原……。」
ベンチがぎしりと鳴く。ひどく甘い声で私を呼ぶ声にびくりと肩が跳ねた。ゆっくり近づいてくる宮野くんの顔。ごくりと喉を鳴らして、私も、ゆっくりと目を閉じる。来るであろう衝撃に身構えたのに、なかなかそれはやって来ない。何か間違えたのかも、なんて不安になって恐る恐る目を開けてみれば、肩を揺らして笑う宮野くん。
「えっ、な、何、え、ど、どうい、んぅ。」
ぶつかった衝撃で、霧散する言葉。溜まった唾液と一緒に嚥下して、息苦しさに胸が痛くなる。すぐに離れていく宮野くんの顔。確かめるように指先で触れた自分の唇が少しだけ濡れていて、目が、彼の唇を追った。
「ごめん、永原。その、つい。」
「だ、大丈夫。」
「あー……っと、あんまり遅くなると大変だよな。」
「いや、うん、まあ。そうだね、うん。」
「明日も仕事だろ?」
「……うん。」
もう少し、一緒にいたいのに。
現実は残酷だ。明日の仕事はどうやったってなくならない。ズル休みしたいな、と心では思っても、結局今の仕事が好きな私は帰るしかない。
意を決して立ち上がれば、ぎしりとベンチが泣いた。私に続いて宮野くんが立ち上がり、自然と繋がる手。皮の少し硬くなった部分が手のひらに当たって、口角が上がっていく。ああ、私、宮野くんと手を繋いでる、なんて。
「あー……もう少し、一緒にいたい、な。」
「……うん。」
「でも、仕事だし、な。」
「うん。」
「明日、さ。」
「明日?」
「何時に仕事、終わる?」
少しだけ前を歩く宮野くんが振り返る。歩幅が小さくなって、横並び。聞かれた問いに答えを返すため、頭の中で明日のシフトを思い出した。
「確か、20時、かな。」
「じゃあ、飯、行かない?」
「……いいの?」
「ははっ。むしろ、おれこそ、いいのかなって。」
「も、勿論だよ!」
「そっか、良かった。じゃあ、永原のホテルまで迎えに行くよ。」
「え。い、いいよ。宮野くんの会社、反対じゃなかった?」
「おれが迎えに行きたいだけ。……っと、悪い。電話だ。」
ポケットで震えていた携帯を取り出して、画面を確認。溜め息を一つ吐いて離れた手。名残惜しくて、追い掛けそうになった手をグッと握り締めた。
ちょっと電話してくる、と言って一人残された池のほとり。まだ火照る頬を冷ますには丁度良い風が私の髪をさらう。ハーッと勢い良く息を吐き出した私の耳に、微かに聞こえた水音と——
「たぶ、助っ、ぶぇ……っ!」
——まさか、溺れてる?!
言葉は上手く聞き取れなかったが、数メートル先でばしゃばしゃと水を掻く音。躊躇っている暇などなかった。持っていたバッグを放り投げ、音がした方へ急いで駆け出す。
履き慣れない靴を脱ぎ捨てたら、迷わず飛び込む池の中。もがく高校生くらいの女の子。泳いで近寄り、落ち着かせるように手を伸ばした。女の子は必死にしがみついて暴れると、より一層水が高く跳ねる。鼻に水が入り、思わず開けた口の中に大量の水が雪崩れ込む。肺を占拠して酸素が奪われると、段々と体が重たくなって。
「…………!」
遠くから微かに聞こえた、声。伸ばした手は届かなかった。




