第9話 そして災難に巻き込まれていく
俺たち四人の心のツッコミがキレイにそろったにも関わらず、ユーノは「てへペロっ♡」で誤魔化しきったつもりなのか、まったく悪びれる様子がない。それどころか、さらに食い下がってきた。
「じゃあさ、なんかお父さんの顔がわかる写真とかないの? 昔の指名手配書とか…」
「ねぇよ、そんなもん!」コリンが、呆れを通り越して若干キレ気味に答える。そりゃそうだ。
「うーん、それじゃあ、えーと、どうしようかなぁ…」
ユーノは、ウーンとあごに手をあてて、真剣な表情で考え込み始めた。
…一生懸命考えてるところ申し訳ないが、俺は内心、かなりホッとしている。
だってそうだろう? ルシアーノ・ファミリーとかいうヤバそうなマフィアが、コソ泥狩りをしてる真っ最中のこのスラム街で、そのターゲットになってる(かもしれない)渦中のコソ泥親父を探しに行く?どう考えても無謀すぎるだろ!
そもそも、俺とユーノは単なる窃盗の被害者だ。
落ち込んでるコリンにはちょっと悪い気もするけど、正直、あのヒゲ親父がどうなろうと、自業自得って側面は否定できない。これ以上、このヤバい街の、ヤバい連中と関わるのは絶対に避けるべきだ。
この危機意識ゼロのお嬢ちゃんをなんとか説得して、一刻も早く安全なヴィネーチェに帰還する。それが最善策だ。大事な荷物が戻ってこないのはめちゃくちゃ悔しいけど、だからって命まで危険にさらす必要はない。命あっての物種、って言うだろ?
「コリンのお父さんの顔がわからないなら、まずはコリンのお父さんを知ってる人を探す…? いやでも、それだとコリンのお父さんの顔がわかる人の顔がわからないと…うーん…」
「あのさ、ユーノ」ぶつぶつと真剣に何かを考え続けているユーノに、俺はできるだけ穏やかに声をかけた。
「いろいろ考えてるところ悪いんだけどさ、そろそろ俺たち、街の方に戻らないか?」
「え、なんで?」ユーノは不思議そうに俺を見上げてくる。
「いや、なんでって…わかるだろ?」俺は諭すように続ける。
「そもそも俺たちがここに来たのは、盗まれたギターがここにあるかもしれないって話だったからだよな。で、結局ここには無かった。だったら、もう諦めて帰るしかないじゃんか」
うん、完璧な正論だ。我ながら論理的で理路整然としている。
しかし、ユーノはまったく引き下がらない。
「でも、そのギターを持っていっちゃったのがコリンのお父さんで、そのお父さんが行方不明なんでしょ? だったら、お父さん本人を見つけるのが、ギターを取り戻す一番の近道じゃない?」
うっ…そ、それも正論だ…。
「それに!」ユーノは続ける。
「もしお父さんが、その…なんとかファミリー? っていうのに捕まっちゃったりしたら、それこそ助け出すのはもっと大変になっちゃうでしょ!?」
ぐっ…! さらに輪をかけて正論をぶつけてきやがった!
だがしかし! ここで引き下がるわけにはいかない! 今日初めて会ったばかりとはいえ、この子をこんな危険な場所に一人で置いていくなんて、さすがに寝覚めが悪い。なんとしてもユーノを説得して、二人で一緒にヴィネーチェに帰るんだ!
「だ、だけどな! その肝心の親父さんを探す方法がないんだろ!? コリンや、ここにいるブシドーさんやライゾウさんは、マフィアに顔が割れてるから街には行けないって言うし…、で、ですよね!?」
俺は助けを求めるように、ブシドーとライゾウに同意を求めた。二人とも、なんとも言えない顔でうなずいている。…なさけないぞ、俺。
「それに、探す相手の顔すらわからないユーノが一人で行ったって、意味がないだろ!? そうだろ? だからさ、あのギターのことは、もうきれいサッパリ諦めて、街に戻ってまた新しいギターを買うとか…」
そこまで言いかけたときだった。
「やめて」
ユーノが、今までになく強い口調で、俺の言葉を遮った。
「私は、あのギターがいいの。他のギターを買ったって、何の解決にもならないじゃない!」
そう言って、ユーノはぎゅっと唇を噛みしめた。その瞳には、絶対に譲れない、という強い意志が宿っている。
…気まずい空気が流れる。
俺は、なんとかその空気を誤魔化そうとして、つい余計なことを口走ってしまった。
「いや、そ、それにさ! そもそも、あのヒゲ面の泥棒オヤジだって、さっきまでかぶってた、あの変な赤い帽子を脱いでたら、もし見つけたとしても、すぐに気が付かないかもしれないぜ?」
その言葉に、ユーノがきょとんとした顔で俺を見た。
「…トーマ。あの人のこと、そんなに詳しく憶えてるの?」
「え? ああ、まぁそりゃあ…」
俺は、少し得意になって答えた。自慢じゃないが、俺の唯一の特技は、一度会った人の顔と名前は絶対に忘れないことなのだ。記憶力だけは無駄にいい。
「ええっ、ほんとに!? あの一瞬で覚えちゃったの? すごい!」
ユーノが、尊敬の眼差しで俺を見てくる。…えへへ、なんか照れるな。
「まあ、それなりにはな」俺は、さらに調子に乗って続ける。
「まず、黒っぽくて派手な柄のシャツ着てただろ? ズボンは茶色で、だいぶ年季が入ってたな。あと、驚いたのは足元だよ。裸足にサンダルみたいな、ペラッペラの履物だったんだぜ? よくあんなんで全力疾走できたもんだよ」
「へぇー! すごい、すごい! トーマ!」ユーノの目がキラキラと輝き始める。
「そうか? まあ、顔の特徴で言うと、眉毛は濃いめで、目は少し垂れ目。鼻がやけにでかくて…正直、コリンにはあんまり似てなかったな」
「すごーい! トーマ、天才!」
…な、なんか、めちゃくちゃ褒められてるんですけど!? いや、悪い気はしない。むしろ、かなり気分が良い!
そして、ユーノは満面の笑みで、またしても信じられない一言を発した。
「よしっ! じゃあトーマと一緒に行けば、私たちだけでも探せるね!」
「…………はっ????」
一瞬、思考が停止した。そして、次の瞬間、俺は猛烈な後悔に襲われた。
……やばい。ユーノに褒められて、完全に調子に乗って、自分で自分の墓穴を掘っちまったぁぁぁぁぁ!!!