第10話
「おまえら、マジで…いいのか?」
ユーノから地図を受け取ったコリンが、なんだか少し申し訳なさそうな顔をしながら、父親がいそうな場所へ印をつけていく。
一方、俺の心の中では、後悔という名の嵐が吹き荒れていた。
(なんで俺、あんな特技披露しちゃったんだ…。 これ絶対、面倒なことになるやつじゃん…。)
そんな俺のはげしい後悔なんてお構いなしに、隣のユーノは自信たっぷりに胸を張って答えた。
「任せて! コリンのお父さんとギターは、私が絶対に見つけてきてあげるから!」
…いや、だからおまえは顔知らないんだろ? とは、もうツッコむ気力もなかった。あと、できれば俺のリュックサックも見つけてくれると嬉しいんだけどなぁ…。
ユーノがコリンから、印のついた地図を受け取る。
もう後には引けない雰囲気がビンビンに漂っている。
「じゃ、ちょっと行ってくるね!」
近所の八百屋に大根でも買いに行くような軽いノリで、ユーノがコリンに手を振ってさっさと歩き出してしまった。おい待て!
「…無理すんなよー」
少し離れたところから、コリンが俺たちの背中に声をかけた。その声には、心配と、ほんの少しの罪悪感が混じっているように聞こえた。
はぁぁ…仕方がない。こうなったら腹をくくるしかない。最大限、まわりを警戒して、なるべく安全そうな通りを選んで、手早く見て回るとしよう。
それにしても…こんな美少女と二人っきりで街を歩くなんて、普段だったら気分ウキウキの街角デートなんだろうけど、今回ばかりは微塵もウキウキしない。むしろ今すぐ家に帰りたい。
「さてと」
大通りに出ると、ユーノは早速、懐から地図を取り出して広げようとする。
「おいおいおい! 待て待て待て! その地図はしまっとけって! またどっかの誰かにカモられるぞ!」
俺はあわててユーノの手を制止する。
「えー? でも、地図を見ないとどこに行けばいいのかわからないじゃない」
ユーノが不満そうに唇を尖らせる。
「大丈夫だ、俺がもう覚えたから」
咄嗟にそう言い放つ俺。
「!!??」
(トーマさん!! さすがです!!)みたいな感じで、ユーノが再びキラキラの尊敬の眼差しを向けてくる。
…いや、だからもう、そのキラキラはやめてくれ。
俺はもうあんたの期待には乗せられねぇぞ。
コリンが印をつけた場所に、ここから近い所から順番に回っていくことにする。まずは…酒屋。次は…居酒屋。その次は…立ち飲み屋。……って、酒のあるとこばっかりじゃねぇか! なんかもう、その辺にデカい酒樽でも置いておけば、勝手に罠にかかるんじゃないのか?
小一時間ほど、カヌードルの雑多な人混みの中を、ユーノと二人で歩き回った。だが、コリンの父親らしき人物――あの特徴的なヒゲ面のオヤジは見つからなかった。
何軒目かの場末の酒場を確認した後、次の目的地を目指して、少し狭い路地裏へと入った。大通りより人通りが少なく、薄暗い。こういう裏通りは特に危険だ。
俺は警戒心をマックスレベルまで引き上げ、神経を研ぎ澄ませて周囲に怪しい人物がいないかを確認する。怪しい人物しかいない気もするが…。
不意に、嫌な予感がして、サッと後ろを振り返ってみた。
―――いた。
少し離れたところに、頭からすっぽりとフード付きのマントを被った、見るからに怪しげな小柄な人影。俺が振り返った瞬間、その影は「ギクッ」と効果音がつきそうなほど驚いて、あわてて近くのゴミ箱の陰に隠れやがった!
ヤバい! これ、絶対俺たち、つけられてるじゃん!
「ユーノ、走るぞ!」
俺は隣を歩くユーノの腕をぐいっと引き、速足で歩き始めた。
「え? ん? トーマ、どうしたの?」
「いいから! やばい、俺たち、つけられてるみたいだ!」
「えっ、どこに…」ユーノが後ろを振り向いて確認しようとする。
「見るな! バカ! このまま気付かないふりをして、次の角を曲がったところでダッシュで逃げるぞ!」
ユーノの腕を強く引きながら、息を殺して裏通りの角を曲がる。そして、曲がった瞬間!
「走れ!」
一気に走り出した! せまい路地裏を、二人で全力疾走!
しかし、後ろをつけていたマントの影も、俺たちが逃げたことにすぐ気づいたらしい! 路地を曲がって、同じように走って追いかけてくるのが分かった!
やばいやばいやばい! 捕まったらどうなるんだ!?
ルシアーノ・ファミリーの手先か!?
「ちょ、ちょっと待って、トーマ! 速いってば!」
「いいから急げ! 捕まったら終わりだぞ!」
俺たちが必死で逃げていると、後ろから追いかけてくるマントの主が、なんだかやけに聞き覚えのある、甲高い声で呼びかけてきた。
「おーい! ちょっと待てって! アタシだ、アタシ!」
…え? この声は…まさか!
思わず足を止めて後ろを振り向くと、追いついてきたマントの主が、ぜぇぜぇと息を切らしながら頭にかぶっていたフードをおろした。
「はぁ…はぁ…コリンだよ…。いきなり走り出すんじゃねぇよ…」
そこには、ぜぇぜぇと肩で息をしている、コリンの姿があった。
「あれっ、コリン!? おまえ、なんで!? 街に来たら危ないんじゃなかったのかよ!?」
俺は、心臓をバクバクさせながら叫んだ。
「はぁ…はぁ…いや、そうなんだけどさ…」
コリンは、まだ息を整えながら答える。
「なんか、あんたらだけじゃ、どうにも頼りないっつーか…ちょっと、心配になったっつーか…」
全力で走ったせいで、顔が真っ赤になっている。
「あのあとさ、ブシドーの奴が、いいもん貸してくれたんだ」
そう言って、コリンは自分が着ているマントの裾を、得意げにつまんでみせた。
「これ、『静音マント』っつってよ。見てくれはただのボロマントだけど、このフードを頭まですっぽりかぶると、なんかこう…周りの奴らに認識されにくくなる、認識阻害の効果があるんだとよ。これさえ被ってりゃあ、ルシアーノ・ファミリーの連中だって、アタシが誰だかわからないっつーわけだ!」
…な、なんだよそれ! そんな便利なモンがあるなら、先に言ってくれよ!
「さっき会ったばっかの、あんたらみたいなポンコツ…いや、素人にだけ任せて、アタシだけ家で鼻ほじって待ってるわけにもいかねぇだろ?」
そう言って、コリンはニシシ、と悪戯っぽく笑った。
「でさ」コリンは続ける。
「このマント着たまませまい店ん中まで入っていくのは、さすがに目立つからよ。この後も、一緒に街を回ってくんねぇか? 店に着いたら、アタシは外で待ってる。そんで、あんたら二人が店んなかをちょこっと確認して、親父がいなけりゃすぐに出てくる。そんな感じで効率よく回っていこうぜ」
…なるほど。まあ、それなら少しは安全かもしれない。
こうして、俺とユーノ、そして秘密兵器を手に入れたコリンの三人体制で、俺たちは再びコリンの父親を探してカヌードルの街を歩き回った。
…のだが、日が傾き始めても、親父さんの手がかりは一向に見つからなかった…。




