第13話 どうするトーマ
重厚なダブルのスーツをビシッと着こなし、まるで別人になったブシドーは、呆気に取られている俺たち三人の前にずいっと歩み出てきた。
そして、その厳つい顔に、ほんの少しだけ、はにかんだような表情を浮かべた。
「…どうだ?似合ってねぇか? まあ、そうだろうな。スーツなんて着るのは何年ぶりのことやら…」
いやいやいや! メチャクチャ似合ってますよ!? 別の意味で!!
なんかこう、裏社会の大物感がハンパない!
「ドン・ルシアーノのところに行って、直接話をつけてくる」
ブシドーは、落ち着いた声で言った。
「なに、心配するな。ルシアーノとは、まったく知らない間柄というわけでもねぇ」
「そんな話、聞いたことねぇぞ、ブシドー!アンタがルシアーノの何だってんだ!?」
コリンが、ブシドーの目を真っ直ぐに見つめながら問い詰めた。
「…何度か、ルシアーノの屋敷まで、珍しい品物を届けたことがある…」
ブシドーは、コリンとは少し目を合わせづらそうにしながら、ぼそりと答えた。
「ただの納入業者じゃねぇか!」
コリンが叫ぶ。
一瞬、実はブシドーがルシアーノの古くからの親友だったとか、実はファミリーの上級幹部だったとかいう、超絶ご都合主義展開を期待しちまった。
現実はそんなに甘くない。
「ファミリーのやつらに見つかったら捕まるかもしれねぇって、昨日アンタ言ってたよな!? なんでわざわざ、組織の総本山みたいなとこにノコノコ出向いてくんだよ! アンタまで捕まっちまったら、どうすんだよ!」
コリンは本気で心配しているのだろう、ブシドーの仕立ての良いスーツの裾をつかまんばかりの勢いだ。
「まあまあ、落ち着け、コリン。昨日の段階じゃあ、今回の件がファミリーのどのレベルからの指示なのか、確証がなかったからよ。念のため、様子見してただけだ」
ブシドーは、なだめるように言う。
「だが、黒幕がファンキー兄弟みてぇな中途半端な小物だってわかったんなら、話は別だ」
ブシドーは、コリンの手を優しく、しかし有無を言わさぬ力で引きはがした。
「安心しろ。ドン・ルシアーノは話のわかる御仁だ。お宅んとこの若い衆が、筋の通らねぇ手荒な真似をしてるみてぇですぜってきちんと説明すりゃあ、きっと何とかしてくれるはずだ」
そう言うと、ブシドーは俺たちに背を向け、今度こそ店の出口へと向かっていった。
俺たちはその大きな背中を、ただ黙って見送ることしかできなかった。
店の中に、俺たち三人とマジコさんだけが残された。
重い沈黙が流れる。
「…心配なのはわかるけど、後はあの人に任せておきなさいな」
マジコさんが、ふうっと息を吐きながら言った。
「あの人、ああ見えて意外と頼りになるのよ」
いや、意外どころか、今のスーツ姿見たら頼りになりそうなオーラしかなかったんだけど…。
と俺は思ったが、コリンにとっては違ったようだ。
「でもよぅ…」コリンが、不安そうな顔でつぶやく。
「相手はマフィアのラスボスだぜ? ただの場末の古物屋のオヤジがノコノコ会いに行ったって、門前払いされるに決まってる。それに、仮にそのルシアーノってやつがすっげぇ話のわかるできた御仁だったとしてもよ、トップの指示が、手下の手下の手下の、そのまた手下のチンピラにまでちゃんと伝わるまでに、日が暮れちまうんじゃねぇのか?」
そう言って、コリンはまたうなだれてしまった。
マジコさんは一瞬困ったような顔をしたが、それ以上は何も言わず、コリンの肩にそっと優しく手を置いた。
しばらくして重い空気のまま店を出ると、コリンは黙って、しかし何かを決意したようにズンズンと歩き出した。さっき来た道とは違う方向へ。
「おい、コリン、どこ行くんだよ?」
俺があわてて声をかける。
「うるせぇ、黙ってついてこい!」
コリンは振り返りもせずに言う。
そのまま、店を出てから400メートルくらい歩いただろうか。
人通りの少ない路地でコリンがピタリと足を止め、こちらを振り向いて、ユーノと目を合わせた。
「…行くんでしょ?」
ユーノが、まるですべてお見通しだとでも言うような、確信に満ちたトーンでコリンに尋ねた。
「…まぁな」
「そう言うと思った」
ユーノはニッコリと笑った。
コリンが、今度は俺とユーノに挑戦的な視線を向けて言った。
「どうする? 昨日と違って今度はガチだ。正真正銘、マフィアの巣窟かもしれねぇ場所に乗り込むことになる。マジで、生きて帰ってこれる保証なんてどこにもねぇぞ?」
「私も行く」
ユーノは一瞬たりとも迷うことなく即答した。
「…へっ、そう言うと思ったぜ」
コリンも、ニヤリと笑って応えた。
そしてユーノは、お約束事のようにビシッと人差し指を立てて、
「何度も言うようだけど」
キメ顔で、高らかに宣言する。
「私は、自分のギターを取り戻したいだけだから!」
まずい、これはまた俺も強制的にマフィアのアジトに連れて行かれるパターンだ!
そうすると俺は何というかその…、逃げなくては…!
「あ、あのー、盛り上がってるところたいへん申し訳ないんですけど…」
俺は、腕時計を確認するフリをしながら、わざとらしく二人に声をかけた。
「実は僕、もうそろそろ帰らなくちゃいけない時間でして…」
「えー!? トーマ来ないの!?」
ユーノが心底驚いたという顔で俺を見る。
なんでだよ! 行かねぇよ!
「おいおいおい、なんだよトーマ、つれねぇじゃねぇか…」
コリンがニヤニヤしながら一歩、俺に詰め寄る。
「こんなにか弱くてかわいい女子二人をこんなトコに放置して、いったいどこに行こうってんだ?」
コイツ、完全にこの状況を楽しんでやがる!
やばい、なにか説得力のある言い訳を考えないと…!
ええと、塾? 習い事? 家庭の事情? あ、そうだ! これだ!
「い、いやぁ…実は、前から予約してた人気の美容室の時間が、もうすぐでして、エヘヘ…」
…………しーん。
次の瞬間、ガシッ! と俺の襟首を、背後からコリンにつかまれた。ひぃっ!
「…おいトーマ、オマエもう諦めろよ。アタシたち、一緒に一晩過ごした仲じゃねぇか…」
コリンは俺に顔を近づけると、悪魔のような顔でニヤリと笑った。
……終わった。
僕もこのまま、その廃墟の工場跡地に拉致られるんでしょうか…?




