第12話
翌朝…。
俺は、顔面にダイレクトアタックしてくる強烈な朝日によって、強制的に目を覚まされた。
結局あのあと、俺たちは個性的なソファと二段ベッドで雑魚寝することになった。
俺が下段、コリンが上段、ユーノはソファだ。
いつもはコリンの親父が使っているという二段ベッドの下段。そこから、明るくなった部屋の中を見渡してみる。
ユーノはまだ、あの破けたソファの上で丸くなって、気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てている。
昨夜は少しだけ雑談した後、疲れもあってかすぐに各々の寝床に入った。
枕が変わると寝付けない、なんて繊細なタイプではないつもりだったが…正直、昨夜はあまり眠れなかった。原因は明白、このベッドだ。
普段は不潔なオッサン(コリン談)が使っているだけあって、これがまあ、なんとも言えない芳醇な香りを放っている。加齢臭なんだか、汗臭なんだか、はたまたカビ臭なんだか…複合的なスメルだ。
快適だったヴィネーチェのホテルのベッドが、今は遠い夢のようだ…。
むくりとベッドから這い出して、何気なく窓から外を眺めようとすると、すぐ目の前に民家があり、窓辺にいたじいさんとバッチリ目が合ってしまった。
うおっ、近っ!
この辺は住宅街、というと聞こえはいいが、実際はコリンの家みたいなボロくて汚い建物が、お互い肩を寄せ合うように所狭しとひしめき合っている。
家賃相場は、たぶん格安なんだろうな…。
「ふあぁぁあ…」
背後で大きなあくびの音。
振り返ると、コリンが二段ベッドの上段で、猫みたいにぐーんと伸びをしていた。寝グセがすごいことになっている。
「よう」
俺が声をかけると、コリンはまだ眠そうな顔で、軽く片手を上げて応えた。
しばらくして、ぐっすり眠っていたユーノを起こし、俺たち三人は再び野外市場まで降りて行った。もちろん、俺とユーノは一文無しなので、屋台で一番安い黒パンと水をコリンに奢ってもらう。
…うぅ、肩身が狭い。
「で、これからどうするよ?」
市場の脇にあった石段に腰かけ、買ってきたパンをかじりながら、俺が尋ねる。
「んー…とりあえず、ブシドーのトコに行ってみっか。もしかしたら、なんか新しい情報が入ってるかも知んねーし」
コリンがパンをかじりながら提案した。それが一番現実的だろうな。
というわけで、俺たちは再び「なんでも屋ブシドー」の店先へとやってきた。
昨日と同じ、古びた看板と、愛嬌のある太っちょおじさんのイラストが出迎えてくれる。
コリンが、昨日と同じように店の奥に向かって声を張り上げた。
「おーい、ブシドー! いるかー!?」
しばらく待つと、店の扉が、昨日とは違ってそっと静かに開いた。
(うおっ!!)
またあの岩みたいなゴツイおっさんが出てくるんだろうな、と身構えていた俺の目の前に現れたのは…え?
な、なんか、すごいセクシーな…豊満なわがままバディをした、妙に色っぽいおばさ…いや、これはお姉様と呼ぶべきか?
妖艶、という言葉がぴったりの美魔女が、そこに立っていた。
(や、やばい! 魂吸い取られる!)
俺の動物的な第六感が、昨日とはまったく異なる種類の警鐘を、脳内でカンカンカンカン鳴らしている!
思わず、コリンの後ろに隠れるように、そっと体を小さくした。
「あら、コリン。話はあの人から聞いてるゎ」
その美魔女は、艶っぽい声で言うと、店の戸を大きく開けてくれた。
「お、マジコか。ブシドーは? いねぇの?」
コリンは、どうやらこの美魔女とも顔見知りらしい。
マジコさん、というのか。気安く話しかけている。
「あの人も、もうすぐ帰ってくると思うゎ。さ、とりあえず中に入ってちょうだい」
マジコさんは、コリンを、そして俺たちを店の中に案内してくれた。店の中は、外観同様、雑然としていて薄暗い。
言われたとおり、しばらく店の中で待っていると、外からブシドーが戻ってきた。
俺たちの顔を見るなり、開口一番こう言った。
「おう、来たか。…コリン、お前の親父の居場所、わかったぞ」
そう言って、店の奥にある大きなテーブルの前の椅子に、ドカリと腰を下ろした。
「いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「どっちでもいいから早く教えろよ!」
コリンが焦れたようにどやす。
ブシドーは、やれやれといった感じで肩をすくめてから、話し始めた。
「まず、いいニュースだ。安心しろ、コリン。お前さんの親父は、まだ殺されちゃいねぇ」
その言葉に、コリンの表情がわずかに和らぐ。
「だが、悪いニュースは…やっぱり、親父さんはルシアーノ・ファミリーの奴らに捕まっちまったらしい」
そう言って、ブシドーは数枚の写真を、テーブルの上に放り投げるように広げた。どれも隠し撮りしたような粗い写真だ。
見てみると、いかにも「俺たちマフィアです!」って感じのガラの悪いスーツ姿の男たちと、その男たちに囲まれてしょぼんと肩を落として連行されている、何人かのチンピラ風の男たちが映っていた。
「あの後ライゾウに探りをいれてもらったんだが、今回のチンピラ狩りの黒幕は、あのファンキー兄弟だそうだ。レフティ・ファンクとライティ・ファンクっていう双子の兄弟でな。ファミリーの組織の中じゃあ、まあ、中の下ってところか」
ブシドーはそう言って、写真の一枚を指差した。そこには、やけに派手なスーツを着た、悪趣味なサングラスの男が二人映っている。
ファンキー兄弟…見た目もファンキーだ。
「あっ! 父ちゃん!!」
突然、コリンが大きな声をあげた。彼女が指差す写真の隅っこに、見覚えのあるヒゲ面の男が、他のチンピラたちと一緒にうなだれて連行されている姿が、確かに映っていた。
「昨日の夜、お前らが帰った後にな、マジコと二人で、街の酒場に情報収集に行ったんだよ。ファミリーが経営してる、まあ、ただの大衆酒場だがよ。しばらく二人で安酒飲んでたら、店の裏口の方で、ファミリーの下っ端どもが何かこそこそと話し始めてな…」
「ん?」
ここでユーノが、不思議そうな顔をしてブシドーに尋ねた。
「ちょっと待って。お店の中で飲んでたんでしょ? なんで店の裏口の、しかもコソコソ話が聞こえるの?」
確かに、もっともな疑問だ。
「なんでって、そりゃあ…」ブシドーが答えようとする前に、コリンが割り込んできた。
「マジコの耳はな、特別なんだよ! 何百メートルも先のコインが地面に落ちた音だって聞き取れるんだぜ!」
まるで自分のことのように、やけに自慢げに話すコリン。
なんと、この妖艶なマジコさん、意識すれば半径300メートルくらいの範囲で発生する音を、すべて正確に聞き分けることができるらしい。
「すげぇだろ!? まさに地獄耳ババァだ!」ゴツンッ!!
コリンがそう言い切った瞬間、マジコさんのきれいなゲンコツが、コリンの頭にクリーンヒットした。
…うん、まあ、自業自得だな。
「…で、だ」ブシドーは、そのやり取りには特に触れず、話を続ける。
「親父さんの居場所も、だいたい見当がついた」
そう言って、ブシドーはテーブルの上に大きな地図を広げた。カヌードルとその周辺の地図らしい。
ブシドーが、太い指で地図上の一点を指し示した。
そこには、『ストレンベルグ工場』と表記されている。
「工場…? もしかして、強制労働とかさせられてるのか…?」
俺が思わずそうつぶやくと、ブシドーは首を横に振った。
「いや、このストレンベルグ工場は、もう10年以上前に閉鎖されててな。今じゃ、すっかり廃墟になっちまってる」
…廃墟? マジかよ!? それって、余計にヤバいんじゃないか…?
閉鎖された廃墟の工場跡地。怒り狂ってるマフィア。ファミリーに大迷惑をかけたショボいコソ泥たち…。嫌な予感しかしない。
隣を見ると、コリンの顔から、サーッと血の気が引いていくのがわかった。
「……っ!」
コリンは、そのまま何も言わずに立ち上がり、店から飛び出していこうとした。
その細い手を、マジコさんが素早くつかんだ。
「どこ行くの?」
「決まってんだろ!? 父ちゃんを…連れ戻しに行く!」
そう言って、マジコさんの手を振りほどこうとするコリン。
そこに、ブシドーが静かに、しかし腹の底に響くような、野太い威圧的な声で言った。
「やめろ、バカ。テメェみてぇなガキが一人で行って、何になるってんだ? 『お父さんを迎えに来たので返してください』とでも言うつもりか? はいそうですかと、素直に応じるような奴らだなんて、本気で思ってんのか?」
そう言って、ブシドーがおもむろに立ち上がった。その巨体が、やけに大きく見える。
「…こっから先は、大人の仕事だ」
ブシドーは、コリンの目を真っ直ぐ見て言った。
「なに、心配するな。俺も、お前さんの親父のことは嫌いじゃねぇからな。見捨てるようなマネはしねぇさ」
ブシドーはそう言うと、店の奥に向かって歩き出した。
そして、途中でまたこちらを振り返り、コリンに向かって指を向けながら、念を押すように言った。
「おい、いいか? 間違っても、バカなこと考えんじゃねぇぞ? 後は、俺たち大人に任せておけ」
そう言い残して、ブシドーは店の奥へと消えていった。
残されたコリンは、黙って立ったまま、うつむいてしまっている。
ユーノが、心配そうにコリンの顔を見つめていた。
店の中に、なんとも言えない重い沈黙が流れる。
しばらくすると、奥に行っていたブシドーが戻ってきた。
その姿を見て、俺は思わず目を見開いた。
さっきまでの作業着のような服装とは打って変わって、どこぞのマフィアの大幹部かと思うような、ビシッと決まった重厚なダブルのスーツに着替えてきたのだ…。
第2話のエピソードの最後に、本作品の主人公であるトーマのイラストを掲載しました。
第6話のエピソードの最後に、本作品の登場人物であるブシドーのイラストを掲載しました。




