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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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逃げれない夏休みの過ごし方 5

「綾人、あまりこの人達に関っちゃいけないよ」

 圭斗が食べた食器を片づけて代わりにせんべいを持って来て机の上に置いてくれた宮下は俺にそう釘を刺す。

「当たり前だ。こいつらに割く金どころか時間すら大損だ」

 綾人らしいと呆れる宮下だが、それでも俺の意見には賛成のようで陸斗を連れて台所側の部屋で勉強を始めさせ、宮下はノートパソコンと睨めっこを始めるのだった。

 すぐ側で監視が出来て何かあれば駆けつけれる距離。二人の背後側になるのもあって居た堪れない顔をするが俺が気にする事でもない。

「じゃあ、後は話す事ないから帰れ」

「待て!」

 思わずと言う様に伸ばされた手から逃げるようにのけぞってしまう。宙を掴んだ手を睨みながら

「まだ何かあるのかよ」

 言えば夏樹は涙を流しながら

「結婚したら何をすればいいんだ?」

 結婚なんてまだ先の出来事ととらえていたようで半ばパニックの様子に俺は冷静に言う。

「それぐらいググれよ」

「いや、それは判ってる。だけどどの順番にすればいいかなんて……」

 相談に来た次の日に結婚した男は相当頭の中がパニックなのか空っぽのどちらかだろう。俺判断では後者だ。

 俺は二人を待たせてパソコンを持ち出して来てヒットした一番上のサイトから必要な事をコペってプリントアウト。

「これを見て関係各所を回れ」

「いや、そうじゃなくって……」

「とりあえずお前は上司に報告。明日にでも事務手続きをしろ。

 陽菜はとりあえずもう家に帰るつもりはないんだろ?」

 聞けば何を思い出したのか青い顔をして頷く。思い出すのはどうせ義兄の顔だろう。俺は知り合うつもりはないが。

「俺が渡した銀行のカードは?」

「財布だけ持って出てきたから家に置いて来ちゃって。スマホも保険証も家に一緒にあるから……」

 スマホを忘れる事の出来る高校生。それだけ恐怖だったのだろう。

「だったらまず銀行の口座を止めるぞ。何に使われるか判らないから解約が必要になる。だけど未成年だから書類が必要だが……」

 今の状態で解約する為の身分証明とかはどうなるのかと思うもそこは窓口の人がプロだ。とりあえず

「今すぐ銀行には紛失届を出すぞ。すぐに電話しろ」

 電話番号を教えればすぐに連絡を取り凍結してもらう。そして同時に結婚して住所も変わり、届け出た住所も電話番号も変わり、近く引っ越す事まで説明させ、印鑑も届け印が使えない事を言えば新しくするのではなく、一度解約手続きをした方が簡単だと言う。そして改めて口座を作ればいいと教えてもらい、そっちの方が早く済むならそうしようとなった。ただできるだけ早く来てほしいと言うのは銀行の凍結口座の管理問題が原因だろう。

「まぁ、引っ越しはすぐに決まるが……」

「荷物がないのはつらい」

 生活するうえでの日常品なら揃っているのだろうが、陽菜の身の回り一式はもちろんすべてが無いのだ。でも考え方を変えれば引っ越しは購入だけなので楽だ。

「陽菜はとりあえず学校に連絡して退学手続きを取れ。どのみち引っ越してA県に移るんだ。高校は辞めないといけないからな」

 転校とかなら問題は少ないかもしれないが、親に学校に乗り込んでもらいたくないだろう陽菜には来年改めて高校一年生から始めてもらう方が良いとこの場で話し合って決めた。どうせまだ一学期しか高校生してないしな。言えば怒られそうなのでそこは黙っておく。

 幸い夏樹が居るN市には選択のない田舎と違い呆れるぐらいの学校があり、そして陽菜のような子供を受け入れる学校もある。更に言えば植田水野コンビを送り込もうとしている場所だけに学ぶ選択も多く、東京ほど物価は高くない。時間はかかるが電車一本で麓の町まで来れる。そしてそのまま陽菜のオヤジの居る地域へ行ける危険もあるが、そこまでして探す事はないだろう。何より夏樹も転勤族ではないが移動もあるだろうし、どのみち消息は途絶えるだろう。車を飛ばして三時間ほどの距離だし向こうはさらに時間がかかり、わざわざ探しにこないだろうと思う理由はここだ。

 俺は立ち上がり仏間へと行って蝋燭に火を灯してお線香を立てる。そっと手を合わせて仏壇の引き出しから見たくもなかった封筒を二通取り出した。

 しっかりと糊付けされた封筒はそれなりの厚さがあり、そして不器用な文字で「夏キ」「陽菜」と書いてあった。夏樹の「樹」の文字がどうしてもかけなくって結局カタカナになった事をほんの数年前の出来事なのに懐かしくて笑みが浮かんでしまう。

 その封筒をテーブルに着く二人に差出し

「バアちゃんから預かってる」

 預かった時は早くから準備しすぎだと咎めた事もあったがそれからすぐの事だったのだ。自分の体の事は自分が一番知ってるとはよく言った物だと本気で思った。

 財産分与からの暴行に俺はこれを渡す気にはなれず黙っているつもりだったが、事情が事情だ。少しでも負担が減らす事が出来ればと仕方なしに差し出す。財布のひもの固いバアちゃんでもこう言った事情なら難癖付けてデでも持たせただろうと想像は容易い人情派のババアだ。

 差し出した封筒に書かれた二人ともよく知る不器用な文字と受け取った封筒の厚さの正体に気づけば困惑と涙の溢れる顔を俺は知らないふりをして立ち上がり

「ここまでしてもらって挨拶もしないで帰るなよ」

 陽菜は抱きしめるように封筒を抱え、夏樹もありがたいと言う様に机におでこをぶつけるように頭を下げて俺が去るまでその姿勢のままでいた。


 俺が台所にある缶ビールのプルタブを開ける音を聞いてか二人分の畳の上を移動する音、そして響くおりんの澄んだ音。湿っぽい声での感謝の叫び声に隣で寝ている圭斗にはさぞ迷惑だろうとビールを一気に空けた。朝からと咎める宮下の視線が痛かったが今日一日俺は何もする気もなくなった。部屋に戻りふて寝をしようかと思えばしっかりと閉ざされてなかった抽斗に思わず舌打ち。

 横になった物ののそりと立ち上がり、掴む。

 二人は当面のやる事の多さに目をくらくらとさせながらも仏壇の前でいろいろ報告や謝罪をしているのを聞いていれば、話し終えたのか居間に戻る所だった。

「で、いつまで居座るつもりだ?」

 鉢合わせた所で聞けば陽菜は視線を彷徨わせるも夏樹は

「今すぐに動くつもりだ」

 そう言って陽菜に帰ろうと誘う。

 高校一年生、十六歳。夢も希望も持てなくなってしまった心だが、素直に頷いた姿に仲良いよなあと他人の様に見る。陽奈には夏樹の力強さがあれば何とかなるだろうと漠然と思うのだった。

 二人が車に乗り込む合間にもう一本缶ビールを飲みながらのお見送り。

 因みに宮下商店のバス停から自力で歩いてきた二人には宮下が麓の駅まで送る事にしたらしい。人がいいにも程があるだろうと忠告するも、ちょうどバスが出る頃だから家の前で二時間も居座られるのはやだよとの返答。二人は申し訳なさそうに謝罪と駅前まで送ってくれる事を感謝するのだった。

「もしまた何かあれば相談に来てもいいか?」

 夏樹のどこか怯えた顔に

「その時は事前に連絡を絶対しろ。じゃないとまた俺が昨日みたいになるぞ」

 顔にむかって吐くぞと脅せば本当に申し訳ない顔をして二度としないと謝罪。

 動き出した車の為に門を開けた所で陽菜も窓を開けて「ありがとう」と小さな声で感謝してくれたその窓に手を突っこんで強引に封筒を押し付ける。

「いくら入ってるか覚えてないけど俺からの結婚祝い」

 熨斗すらついていない銀行の名前の書かれた封筒を押し付ければ驚いた顔の陽菜と夏樹。何か言おうとするもその前に宮下が車を出してくれた。

 気の利く友人に感謝しつつ、後ろを振り向いて何か言いたげな顔を見ないように害獣除けの門を閉めて家へと向かい


「陸斗!塩もってこい!」

「塩?」

「塩を撒いとけ!」

「塩を撒くの?」

 意味がわからないという顔で塩壺を抱える陸斗に様子を見にきた内田親子が代わり内側から塩をまいてくれた。

 そして俺にも塩を撒いてくれて笑う。

「吉野さんに育てられただけあって綾人さんも古い考えの人間だなあ」

 笑う浩太さんは陸斗に意味をちゃんと教えるのは、験担ぎに神経質な職種だからと思うことにしておいた。


 



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