激動の二日間 上
従兄弟が去ったその夜に早速報告はきた。
スマホの画面に浮き出た名前に一瞬居留守をしようかと思うも一応どんな結果が出たかは気になっていた。自衛隊の男がいきなり結婚して嫁さんを連れてきたとなったらその上司の反応はさて如何に。
意地が悪いことにささやかながらの好奇心が勝り通信を繋げるのだった。
ぎこちない顔の映像の従兄弟は新妻も画面の端に映しながら
「悪いが報告だけでも聞いてくれ」
二人のその背後もどこか賑やかだ。
「良いけど、後ろ大丈夫か?」
「今先輩方が新居の引っ越しの手伝いをしてくれてるんだ」
「はやくね?!」
それなりの進展はあると思っていたがいきなり新居からとはさすがに驚いた。
とりあえず言われたとおりに上司に報告したら非番の人達を使って引っ越し作業を手伝ってもらう事になったと言う。
どこか穏やかな顔の夏樹にからはここに来た時の切羽詰まった顔は無くなっていた。
それを見てか安心した綾人の顔を見て夏樹も安心して昨日からの出来事を振り返るのだった。
「墓参りに行くとは聞いていたが、嫁を連れて帰って来るとは思わなかったぞ」
報告や手続きを行く間に陽菜には新しいスマホを買わせていた。説明を受けるだけで一時間は拘束されるだろう。終わるまでに迎えに行けなければフードコートで待ち合わせをしている。そこで新しいスマホの使い方になれるようにと言った所で俺は報告へと来たのだが……運がいいのか悪いのか休憩時間の休憩所で捕まえてしまい、他の雲の上の様な上官方の前での報告に俺の顔は自分が可哀想なくらい引き攣っているだろうなと思うのだった。
「だけど虐待なぁ、そう言う話は聞かないとは言わないがそこから結婚とは。しかも従妹で十代の未成年。
結婚できると言えばできるかもしれんが……
それをポンとその身一つで押し付ける親がいるとは、保護者の責任は重いぞ?」
「他に預かってくれそうな人は居なかったのか?」
他の上官も呆れて口を挟むも
「私の親戚筋の話しで申し訳ないのですが、祖母亡くなった折り財産分与で随分と揉めましてほぼ離散状態になりました。
唯一祖母の家に住む従兄との連絡が取れるのですが、その、ずいぶんと嫌われてまして……」
「何だ?大方俺にも財産寄越せって凹ったのか?」
ワハハと笑う上官達に返す言葉を持たなかった俺にその笑いもやがて引いていき、呆れた顔で俺を眺めるのだった。
「判ってます。理不尽だと言う事を。
だけど眺める限りの土地の資産何て高校生だった俺は知るはずもなくて……」
その内容に上官は色めき立ち
「因みにいかほど?」
「国産車が一台買える程度です」
どの程度の国産車が買えるのかは知らないが、その金額に上官達は顔を引き攣らせていた。
「多分俺の今の年収ととんとんでしょう。
物を知らなかった俺はもっと桁違いの金額だったのではと邪推した挙句に実際は現金ではなくその土地を譲り受けただけなのです。分けようもない物です」
可哀想な子供を見る目を向けられれば視線を反らせたい物のここでは許されるはずがなく、ただ視点を上官の後ろの壁に合わせるのがせいぜいだ。
「で、その嫁さんは今どこに?」
「スマホを買いに行かせてます。しばらくは駅前のビジネスホテルで過ごしてもらうかウィークリーマンションと契約するか。
先ほど事務所で既婚者向けの寮への移動を申請しました。それまでにいろいろ準備をするように言ってはあります」
「さっそく新婚気分か?」
呆れた視線を向けられるも
「着替えもなく財布だけ持って逃げて来たので。
着替えや身の回りの物ぐらいは買う様に言ってあります」
その身一つで逃げだして、一度家に帰ったはずなのに何も持ち出せなかった十六歳の少女と同じ年を持つ上官は少しだけ難しい顔をする。
「それは本当に暴力だけなのか?」
誰も考えないようにしていた事を口に出されて沈黙が広がる中
「俺はそうとしか聞いてません。もしそうでなくても自分から言えるまで待つつもりです」
「言わせる内容でもないしなぁ」
「結婚と言うより本当に保護だな。覚悟しただろう」
その歳で決断して感心すると言う上司もいたが俺は首を傾けて
「何とかなると言うのが本音でしょうか。
ですが、気が付けば書類にサインをさせられていたような気がします」
「ほう?」
それは自衛官としていかがなものかというような視線を向けられるも
「相談した人の中に離婚した方がいて、結婚なんて所詮紙切れの上の約束だ。面倒見る気はないが放っては置けない程度の安い心配の癖に。相談受けて何もできない分際ならせめて戸籍を汚す程度の協力位してやれって言われまして」
「なかなかの人物だなぁ」
「はい。とても高校教師の言葉とは思えませんでした」
病んでるな、そう言った当人を含めての感想だから間違いはないのだろう。
「お前が頼ったその従兄?気になるがそうだな……」
そう言って一人の上官が席を離れた。
別の上官は持っていたタブレットで何かをチェックを始める。
そろそろ休憩時間も終わりかと動き出した上官達を見て式はするつもりはないが既婚者の寮に入る以上挨拶に伺いますと頭を下げる。
この地区の寮は建て替えられたばかりで交通の便も良い場所なので喜んで寮に入る者は多く、子供を育てるにも環境が良いので既婚者も多い。移動も多い、そんな職種で出会う相手は職場関連が多いのは仕方ない。
「では、待たせてますので失礼します」
「ああ、そうだったな。せめてかわいい服でも買ってやりなさい」
報告を受けた上司は早く言ってやりなさいと退出の許可をだし、俺は急ぎ足で待ち合わせの場所へと向かうのだった。
やっとスマホを購入して夏樹のアドレスも登録した。綾人の所にも新しい連絡先だと連絡をすればすぐにメッセージが返ってきて珍しい事に短い返事も書いてあった。何だか可愛くて笑みが浮かんでしまえば夏樹から連絡が来た。
「まだ行けそうもないので先に服を買ったり鞄を買ったりするように」
待ち合わせは改めて連絡をしようと言う事に変更となった。
「だとしたら先に買い物、やっぱりなっちゃんに見られたくない物からだよね」
とは言え、地方都市に住んでいたとはいえ全くの桁違いの街の全国展開のショッピングセンターに目が回りそうだった。
どこを見ても煌びやかで、人が多く、だけどどれも目にするのは馴染のある物ばかりだけどちょっと憧れた物も多い。圧倒的に規模の違う物量と人ごみに負けそうになるけど、とりあえず色々入れる事の出来る鞄を買ってそこにポケットに入れていた財布とスマホを入れた。
落とすんじゃないかと心配してただけに鞄がある。それだけで安心が出来た。
それから下着だらけのランジェリー専門ショップに勇気をもって足を入れて思わず目に留まる可愛らしいセット下着をとりあえず三組選ぶ。よりどり三点で少し安くなる言葉にひかれたのもあるが、おばあちゃんと綾人からもらったお金を一円だって無駄に出来ないとしっかりお金の管理をする為にレシートを財布の中にしまう。
銀行の手続きを終えたらアプリでしっかりとお小遣い帳で管理しないととお母さんの店の失敗はお金の管理が出来てなかったのが一番の理由で、それを見ていた陽菜は反面教師を見てしっかりと記録をする癖をつけていた。
次は綾人の家に行って泥まみれになったスニーカーから歩きやすそうなサンダルに変える。少しヒールがある物のいたって動きやすく、キラキラとしたリボンの飾りが可愛くて、涼しげな足元に如何に暑かったかを感じるのだった。サンダルの箱にスニーカーを入れてもらい、そしてその中に靴下も入れる。イケメンの店員さんだったら隠れて履き替える所だったが母親年代の女性だったので恥ずかしさのかけらもなく履き替える。
そこで連絡が来たのでフードコートで改めて待ち合わせして合流した。
「陽菜お待たせ」
「なっちゃんもお疲れ様。どうだった?」
自分の事で偏見を持たれたりしないかそれだけが心配だったが
「一応陽菜は両親から虐待を受けていて引き離す為にとは言ってある。暫くはビジネスホテル暮らしかも知れないが、次の休みにはウィークリーマンションを借りに行こう。寮の使用許可が出るまでもう少し待っていて欲しい」
申し訳なさそうに大きな体を小さくして謝るも
「大丈夫。ただお金は無駄遣いできないからバイトを探すにも住む所は早く決めたい」
数か月だけど働いて授業料を納め、そして生活費を稼ぐと言うのは中々に大変だった。綾人から送られてくるお金を使うのは以ての外だと思ったが、どれだけ切りつめても月末はどうしても足りなくなってしまう。その時は少しだけ甘えさせてもらう事にするも、最寄りの銀行で最後確認した時は使ったわけじゃないのにごっそりと減っていたのだ。驚きに目を見開いて領収書を見てすぐにスマホから明細書を確認すればその金額がまとめて引き下ろされていたのだ。知らないうちに使われたんだと顔を真っ青にするも綾人がすぐに振り込んでくれたのを次の日改めて確認した時に知った。いつもは銀行を使うけどその日ばかりはコンビニで下せるだけ下ろして家に戻り夏樹と連絡を取った。
頭がパニックだった。
賢い綾人の事だからこの金額のへり方に何か異常を感じて改めて振り込むような真似はしないだろう。誰がやったかなんて判らないけど、この家族なら誰がやってもおかしくない異常さは理解できている。
頭を抱えて夏樹の連絡が来るのを待っていれば……やって来たのは死にたくなるような悪夢だった。
ベットの上に一人取り残された私は散らばった衣類を身に付けて逃げ出した。
幸いな事にポケットの中に財布が入っていた。お母さんがいなくなって使えるお金が無くなって買い替える事も出来なくなったビニール製の子供っぽい年季の入った財布のポケットには確か……
「あった……」
おばあちゃんの四十九日だかなんかで最後に会った従兄と交換した電話番号の紙がぼろぼろになって汚れて押し込まれたかのように隠されていたのを見つけた時は涙が出そうだった。
公衆電話何てどこにあるんだろうと思って通りすがりの人に聞けば駅にあると教えてもらい、他にも近くにあっただろう公衆電話を探すよりも真っ直ぐ駅に向かう。スマホ社会の便利さに恨みたくなるも感謝するのはこのアナログのやり取り。今年大学生になったわりと近所に住んでいたはずの従兄に電話してみたが解約したのか通じず、祈る様にもう一人の従兄へと電話をする。
本来なら嫌われてるのは分かっていても高校通学を応援してくれる綾人を頼るべきではないのだろう事ぐらいわかっている。今更どの顔をして会いに行けばわからず、半分泣きながら祈るように受話器を持って従兄、夏樹が出てくれる事をひたすら待った。
暫くもしないうちに電話を受けてくれた夏樹の声は酷く警戒した物だったが当然だ。
公衆電話から何て今時出る奴なんていない。だけど夏樹がちゃんととってくれた事に感謝して、この幸運に泣きながら名前を名乗れば声も覚えてくれていて、でも泣いてる事を戸惑う声に
「なっちゃん助けて!」
周囲から注目を浴びるのも構わず安心から本気で電話越しの従兄に泣いてすがってしまった。




