2020年11月25日 忘却の中で破壊を繰り返す獣
2020年11月25日
それが始まったのは一体いつからだったのか。
この滅びを約束された世界において、それを知ることも覚えておくことも、大抵の人間にとっては無意味な事だ。
そしてその事象を引き起こす彼女すら、もう何も覚えていない。
衣玖「焼かれろ……焼かれろ……」
彼女、衣玖は地下シェルターに一人籠もり、人類全体を地獄の業火で焼き尽くしては記憶を引き継いだクローンを生体プリントによって記憶を引き継いだ状態で再生し、わけもわからないままに何度も何度も地獄を与え続けている。
衣玖「平均生存時間146秒……もう少し温度を下げて……どうだ苦しめ……」
くくく、とそれは誰が見ても笑いではなかったが、衣玖は面白がっているようだ。
かつてこの蛮行を止めようとした者がいた。しかしその者たちはもうここにはいない。すべて衣玖が排除したのである。
絶望に落ちた衣玖は非情であり、強かった。全ての計算は的中率が100%となり、その打開策すら計算の範疇であるなら、何もかもに負けるわけがない。かつての友人であっても、自らの障害となるもの全てを排除した。
では一体、どうしてそんな事になったのか。既に衣玖は理由を覚えていないまま、人類を抹殺し続けている。
始まりはただのゲーム機1台だったのだ。それが買えないことが確定し、迎えた11月12日。衣玖は自分の心を殺すことで「自分がまさか発売日に買えない」という事実を受け入れた。
そしてそのゲームハードを粗大ごみだと思い込み、自分は他社のゲーム機でしこたま遊ぶからいいんだと自分を騙し続けていたが、その心は常に新型ハードと共にあった。
しかし衣玖の日常に侵入する情報の嵐。揺さぶられた衣玖はついに、AIを使って自分と新型ハードについての計算をさせたのだ。結果として衣玖は一生新型ゲーム機を買えないという結果が出たのである。
その原因となる転売屋はどのような社会になろうが消えること無くはびこる。衣玖は一度その手を転売に染めたもの全てを世界から抹消するつもりでいたのだが、一つの転売屋が消えると別の転売屋が現れてしまう。
買う人間がいるから売る人間が現れるという螺旋は途絶えること無く、転売屋の抹消は、イコールで人類の抹消へとつながってしまった。
そうなればもう、誰を焼こうが関係ないと結論を出した。そうして衣玖は人類スキャンと生体コピーを行って、人類全てに罰を与えるだけの装置と化しているのだ。
その指は止まること無く、焼却とコピーを繰り返す。老若男女は関係ない。無差別に地獄を与え続けている。
「おい、おいっ」
もう何百、何千度目か。心を失くした衣玖に、聞こえるはずのない声が届いた。最初は衣玖自身気づかなかったし、聞こえても幻聴だと無視をした。だが声は確かに聞こえて、衣玖はようやくその出処を探った。
声がするはずなかった。この家にはもう衣玖以外誰も済んでいないのだから。振り返ったって誰もいない。ではその声はどこから? それは意識した途端に浮き上がり、衣玖が見上げたところからしていたのだ。
「衣玖、衣玖」
そこにはかつての友人たちが見えた。半透明で、真っ白なヴェールを身にまとい、頭には浮いた光輪、背中に真っ白な羽。天使のようになった少女たち。声は衣玖の内側から響くように聞こえてくる。
真凛「衣玖さん、もう終わりにしましょう」
たしかにかつての真凛の声が聞こえる。その声と姿を認識した衣玖の中に、久方ぶりの人間性が滲み出てくる。
衣玖「無理よ……私はもう、愚かな人間に罰を与えるだけの存在。どうしてこんな事をし続けているのかも忘れてしまった」
西香「だったらもうやめればいいのでは」
留音「衣玖……聞いてくれ。お前はもっと大事な事を忘れてる」
衣玖「もう何にも意味はないのよ……愚かな人しかいない世界は滅びるべき」
真凛「でも衣玖さん……あなたはそうやってプレステ5が買えなかっただけで、大事な事を忘れてしまっているんです。わたしたちはこうして、なんとかそれを伝えようと、ここまで来たんです」
衣玖「こんな世界で……一体なんだっていうの、今更」
留音「お前自分の誕生日忘れてんぞ」
PS5やりたさと、その恨みで忘却の彼方となった衣玖の誕生日、実は19日だった。
真凛「ハッピーバースデー、衣玖さん」
衣玖「そうか、誕生日か……PS5のもらえない、誕生日か……」
衣玖はそうして焼却スイッチから手を離し、疲れたように目を瞑ると、やがて眠るように息を引き取った。魂はきっと、どこかへしっかり導かれていくことだろう。
ハッピーバースデー、衣玖。少し遅いが、彼女には確かに安息が訪れた。




