表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
412/414

2020年11月25日 忘却の中で破壊を繰り返す獣

2020年11月25日


 それが始まったのは一体いつからだったのか。


 この滅びを約束された世界において、それを知ることも覚えておくことも、大抵の人間にとっては無意味な事だ。


 そしてその事象を引き起こす彼女すら、もう何も覚えていない。


衣玖(いく)「焼かれろ……焼かれろ……」


 彼女、衣玖(いく)は地下シェルターに一人籠もり、人類全体を地獄の業火で焼き尽くしては記憶を引き継いだクローンを生体プリントによって記憶を引き継いだ状態で再生し、わけもわからないままに何度も何度も地獄を与え続けている。


衣玖(いく)「平均生存時間146秒……もう少し温度を下げて……どうだ苦しめ……」


 くくく、とそれは誰が見ても笑いではなかったが、衣玖(いく)は面白がっているようだ。


 かつてこの蛮行を止めようとした者がいた。しかしその者たちはもうここにはいない。すべて衣玖(いく)が排除したのである。


 絶望に落ちた衣玖(いく)は非情であり、強かった。全ての計算は的中率が100%となり、その打開策すら計算の範疇であるなら、何もかもに負けるわけがない。かつての友人であっても、自らの障害となるもの全てを排除した。


 では一体、どうしてそんな事になったのか。既に衣玖(いく)は理由を覚えていないまま、人類を抹殺し続けている。


 始まりはただのゲーム機1台だったのだ。それが買えないことが確定し、迎えた11月12日。衣玖(いく)は自分の心を殺すことで「自分がまさか発売日に買えない」という事実を受け入れた。


 そしてそのゲームハードを粗大ごみだと思い込み、自分は他社のゲーム機でしこたま遊ぶからいいんだと自分を騙し続けていたが、その心は常に新型ハードと共にあった。


 しかし衣玖(いく)の日常に侵入する情報の嵐。揺さぶられた衣玖(いく)はついに、AIを使って自分と新型ハードについての計算をさせたのだ。結果として衣玖(いく)は一生新型ゲーム機を買えないという結果が出たのである。


 その原因となる転売屋はどのような社会になろうが消えること無くはびこる。衣玖(いく)は一度その手を転売に染めたもの全てを世界から抹消するつもりでいたのだが、一つの転売屋が消えると別の転売屋が現れてしまう。


 買う人間がいるから売る人間が現れるという螺旋は途絶えること無く、転売屋の抹消は、イコールで人類の抹消へとつながってしまった。


 そうなればもう、誰を焼こうが関係ないと結論を出した。そうして衣玖(いく)は人類スキャンと生体コピーを行って、人類全てに罰を与えるだけの装置と化しているのだ。


 その指は止まること無く、焼却とコピーを繰り返す。老若男女は関係ない。無差別に地獄を与え続けている。


「おい、おいっ」


 もう何百、何千度目か。心を失くした衣玖(いく)に、聞こえるはずのない声が届いた。最初は衣玖(いく)自身気づかなかったし、聞こえても幻聴だと無視をした。だが声は確かに聞こえて、衣玖(いく)はようやくその出処を探った。


 声がするはずなかった。この家にはもう衣玖(いく)以外誰も済んでいないのだから。振り返ったって誰もいない。ではその声はどこから? それは意識した途端に浮き上がり、衣玖(いく)が見上げたところからしていたのだ。


衣玖(いく)衣玖(いく)


 そこにはかつての友人たちが見えた。半透明で、真っ白なヴェールを身にまとい、頭には浮いた光輪、背中に真っ白な羽。天使のようになった少女たち。声は衣玖(いく)の内側から響くように聞こえてくる。


真凛(まりん)衣玖(いく)さん、もう終わりにしましょう」


 たしかにかつての真凛(まりん)の声が聞こえる。その声と姿を認識した衣玖(いく)の中に、久方ぶりの人間性が滲み出てくる。


衣玖(いく)「無理よ……私はもう、愚かな人間に罰を与えるだけの存在。どうしてこんな事をし続けているのかも忘れてしまった」


西香(さいか)「だったらもうやめればいいのでは」


留音(るね)衣玖(いく)……聞いてくれ。お前はもっと大事な事を忘れてる」


衣玖(いく)「もう何にも意味はないのよ……愚かな人しかいない世界は滅びるべき」


真凛(まりん)「でも衣玖(いく)さん……あなたはそうやってプレステ5が買えなかっただけで、大事な事を忘れてしまっているんです。わたしたちはこうして、なんとかそれを伝えようと、ここまで来たんです」


衣玖(いく)「こんな世界で……一体なんだっていうの、今更」


留音(るね)「お前自分の誕生日忘れてんぞ」


 PS5やりたさと、その恨みで忘却の彼方となった衣玖(いく)の誕生日、実は19日だった。


真凛(まりん)「ハッピーバースデー、衣玖(いく)さん」


衣玖(いく)「そうか、誕生日か……PS5のもらえない、誕生日か……」


 衣玖(いく)はそうして焼却スイッチから手を離し、疲れたように目を瞑ると、やがて眠るように息を引き取った。魂はきっと、どこかへしっかり導かれていくことだろう。


 ハッピーバースデー、衣玖(いく)。少し遅いが、彼女には確かに安息が訪れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] まだ諦めてなかったんですかPS5ww [一言] 衣玖ちゃんお誕生日だったんですね!おめでとうございます! PS5は…ほら、供給が徐々に追い付いていくだろうし、転売も値崩れしてるらしいし…
[一言]  うわー! 衣玖ちゃんのお誕生日をお祝いしてなかったー!!  この世の終わりだー!! ごめーん衣玖ちゃーん許してー!!!!  おめでとーそしてあいらぶゆー……
[一言] 1月2月になれば、入手出来るという話は? Switchが年末に入手出来るようになるかどうかで測れるでしょうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ