2020年3月25日 ドラマチックデー シリアス長編 前編
2020年3月25日
宇宙を漂う謎の生命体。アメーバ状といえばいいのか、かと言って粘液のようではなく、粘着質なゴムのような気色の悪い、伸縮自在のネバネバした黒い何か。
宇宙のとある協会によれば、それの分類は寄生体。名前は擬態虫と呼ばれていた。
どんな生命体なのかという事は謎に包まれている。解析しようとも、名前の通り擬態が得意なその寄生体は、観測者によってその要素を変えるのだ。
しかしわかっていることもある。一つはその擬態虫が寄生・擬態するのは「飛来した星で最高の生物」であること。
しかも単純にコピーするのではない。寄生して擬態する。つまりは宿主をコントロールし、その知性を模して使うのである。そして使う道はどれも邪悪なもので、より悪い方へと宿主を動かす。
これによってしばしば擬態虫による惑星の乗っ取りが行われることが、宇宙規模で数度発生していた。
しかし現在の研究では、擬態虫の駆除の仕方だけはわかっている。彼らは強い光に異常なまでに弱いのだ。だから直射の太陽光などで溶けてしまうし、基本的には問題になる前に勝手に消える。駆除方法を知れば最弱の生物と言っても過言ではない。
だがここ地球において、その弱点は一人の天才によってクリアされてしまったのである。
それはある日の夜の事。深夜遅くまで起きていた衣玖の耳に聞こえた何かの飛来音。確認した彼女は何か黒いものに飲み込まれ……。
――――――――
それから数ヶ月。地球では様々な事が起きた。
謎の暗雲が地球を覆い尽くし、地球は太陽の光を遮られていたのだ。これは紛れもなく擬態虫が衣玖を操り完成させた何らかの装置によって発生したものである。
そしてそれは地球の温度を下げない。光だけを遮断し、太陽光から発せられる熱はカットすること無く地球に届いていた。擬態虫は一度寄生した宿主が死んでしまっても生きられず、快適に過ごせるかどうかも宿主の感覚を参照している。だから人間にとって住みやすい環境を維持したまま、光だけを遮断したのである。
擬態虫はその星最高の生物に寄生する。地球にとって最悪だったのはそれだ。
衣玖の隣の部屋には最強の格闘能力を持つ留音がいた。同じ階層には最高の美貌を持つ西香が。そして階下には最強の破壊者である真凛。そして言うまでもなくあの子までもそのターゲットなった。
ただの一夜にして、その五人を抑えられたのだ。ここに至って地球は、という尺度では最早測れない。宇宙は光で溶けてしまう最弱の生命体、擬態虫に支配されたのである。
そして擬態虫の特性である邪悪さは五人少女にも発揮された。真凛は気に入らない地形をそぎ取り、衣玖は全ての電子製品をジャックして情報を奪って統制し、留音は立ち向かおうとした人間たちを弄んで再起する力を奪った。そうして人類を支配し、着々と宇宙侵略の準備を整えていったのだ。
それを阻止するために宇宙から派遣されるはずだった駆除隊は地球に辿り着くことが出来なかった。衣玖は万全に宇宙と地球を遮断するバリアを完成させていたのである。宇宙軍は打つ手のない状況に、かつて無い危機に立たされている。
そこで白羽の矢が立ったのが魔法界であった。異空に存在するその魔法界を経由して駆除を頼む宇宙軍。しかし衣玖はイリスを知っている。衣玖のバリアは当然のように次元にすら干渉しており、魔法界を経由しての駆除隊の到達も、魔法界からの駆除班の派遣も叶わなかったのだ。
送れるものは唯一つ。魔法の鏡を通じたいわゆる魔法界における「テレビ電話」でのマナ通信に使うマナのみ。これは衣玖の知らない物だったから遮断を逃れていた。
だからその流れは当然、イリスに収束する。
魔法界最強の魔法使い。しかし五人少女と比べれば準最強かそれ以下。勝てる可能性は当然、極小さいものである。
だが他に任せられる魔法使いもいない。この地球には現状でイリスただ一人しか戦える人間がいないのだ。
綿密な情報交換の末に時は来る。イリスは気合をいれ、普段は着ないローブに身を包み、魔法礼装のハット、長い柊の杖を手にしていた。
聖美「やっぱり、私達も一緒に……」
アンジー「そうだよ! 何か出来るかもしれない! イリスちゃんだけを危険な目に合わせるなんて……」
イリス「ありがとう。でもこればかりは……正直に言って全く余裕がないの。周りに気を使うことも出来ないと思う。ここはあたし一人で行かせて」
ミニーズ。三人組の、五人少女たちの自称ライバル。だが聖美もアンジーもイリスと違い一般人である。イリスは留音一人にも正面から勝てたことはないのだ。だから一般人二人をかばいながら戦うことなど出来るわけがなかった。
だから当然、イリスは一人で五人少女の元へ向かった。そこはいつもの五人の住む家じゃない。擬態虫が好むのは見通しがよく、雨が凌げるだけの空間。具体的には工事が始まって間もない、鉄骨とコンクリートの骨組みだけのビルが選ばれていた。
そこには擬態虫に寄生された少女たちの姿があった。
イリス「こんな形で……戦うことになるなんてね」
見える五人少女の衣玖、留音、真凛らは全員肌と服に何かが這いずった跡のように黒を纏い、目は赤く光り、普段はしないような不気味な笑みを浮かべていた。首筋には粘着質の真っ黒な何かが首を締める蜘蛛の巣のように巻き付いている。擬態虫はうなじ付近に寄生するという事前情報の通りだった。
留音「よぉイリス……雑魚が何しに来たんだ? くく……またあの時みたいに一瞬で倒してやるよ」
イリス「留音……! あんたたちを止めに来た……!」
イリスの前に堂々と留音が降り立つ。一対一で戦おうという意思表示なのだろう。言動こそ留音らしくないとは思ったが、しかしタイマンを望む内面は真っ直ぐな留音のままなのかもしれない。その期待を複雑に織り交ぜ、杖に魔力を込めた。
留音「くけけ、出来るわけねぇだろ。……じゃあほら、こっちから行くぞ!」
留音はノータイムで手を突き出し、洒落にならない波動をイリスに飛ばしてきたのだ。ふざけた名前はついていない。まるで空間ごとそぎ取るような容赦のない熱弾を発射した。完全にイリスの命を奪うような行動だった。
しかしイリスの中で既に留音の遠距離攻撃への予習は済んでいる。いくつかの魔法を杖をベースに発動出来るようにしており、その中には回避用の魔法も入っていた。そうなれば詠唱は要らず、イリスが念じるだけで発動するのだ。
イリス「(転移!)」
イリスは連続で転移魔法による回避を行い、留音の波動攻撃を回避し続けた。そして隙を見出して攻撃に転じる。
イリス「"衝撃魔法・連射"!」
杖を向けた先から空間を歪ませるような透明な弾丸を衝撃音を伴って連続で射出した。留音はそれを涼しい顔で躱し、いくつかを手で弾き飛ばしてしまう。まるで効果がない。
留音「やっぱり弱いな!! 何が魔法だよ! お前じゃ相手にならねぇ!」
留音は直接攻撃を仕掛けに間合いを詰めてきた。あまりにも早すぎる接敵。イリスが転移を念じるよりも早く繰り出される単純なストレートパンチ。しかしそこではローブに込められた魔法がイリスを守った。
障壁魔法。堅牢な盾となる魔法であり、並の攻撃ではこの障壁の突破は不可能。にもかかわらず、留音の一撃はその障壁を一撃の元に粉砕してしまったのだ。イリスのローブはその衝撃でズタズタに破れてしまう。
イリス「(最高の盾だったのに……やっぱりあたしじゃ勝てないの……?)」
留音のただ一度の攻撃を受けただけでイリスの用意した最高の盾が失われたのだ。次に同じことをされればイリスは絶命してもおかしくない。まともな方法で勝ち目などあるわけがないのだ。
今にして、防ぎ、躱すだけで精一杯である。自分が今まで積み重ねてきた魔法の小ささにイリスの精神はおかしくなりそうだった。
あまりにも強く、容赦がない留音。もともとこんな力関係だったのだ。イリスが様々な状況を認識した瞬間にこみ上げるものがあった。
留音「んん……? 泣いてんのか? くく、可愛いねぇイリスちゃんは。ふはははは。お似合いだよ、お前に悔し涙ってさ。あー可愛い、ペットにしてやってもいいぞ。ふへへへ」
くすくすと笑う他の五人少女たち。イリスは目元をローブの袖で拭いさり、叫ぶように言った。
イリス「泣いてない! 誰が……あんたなんかの……! "大衝撃砲"!!」
杖より射出される極彩色の砲撃は轟音と共に五人少女らの住処の壁を打ち破る。それを見た真凛が「あーぁ」と他人事のように言って、こう続けた。
真凛「留音さーん。そいつ、殺さないでくださいねー。あとでしっかりお掃除させなきゃ」
留音「ほーい。でも弱すぎるからわかんないよ。撫でたら死んじゃうかも」
くけけけけと笑う五人少女たち。あまりにも不気味である。イリスは震える奥歯をぐっと噛み締め、杖の中にある魔法を解放していく。
一つは地雷魔法。会話の中で既に仕掛け終わっている。
留音「さて……どうするか。気絶させるように攻撃すればいいのか。も~どれだけ手加減すりゃいいんだよ、クソ雑魚魔法少女ちゃんはさぁ~」
イリス「……来い!」
留音はイリスの背後に刹那を持って移動する。その瞬間に魔法が複数発動した。
地雷魔法はその名の通り、相手が踏んだ瞬間に発動する。その魔法を引き金にして、まずは自分を対象にした、脳シナプス強化による思考拡大と運動性の強化によって短い時間をスローモーションのように体感できるようになる短時間制御魔法が発動する。
そしてもう一つの魔法は魂捕縛魔法。物理的にではなく、精神を捕縛して相手の動きを奪う魔法である。
そこで出来た完全な留音の隙。この捕縛魔法は相手の筋力に影響しない代わり、ほんの数秒しか動きを止められない。だがそれで十分だ。イリスは加速した時間の中で杖を掲げ。
イリス「弾けよ! "閃光炸裂魔法"!」
イリスの最も得意とするのは閃光の魔法である。そして強い閃光の魔法の行使は単純ではない。自らの魔力を炸裂させなければならないのだ。だからこの杖を掲げて詠唱するほんの短い時間だけが必要だった。素早すぎる留音に邪魔されずに擬態虫を焼き尽くす強い光を魔力に依って生み出すための詠唱時間が。
その光は太陽のごとくイリスを中心に輝き、プリズムのように乱反射して、全ての擬態虫を光にて焼き払う……加速した時間、広がっていく光に想いを託すイリス。この光が擬態虫に届いた時、全てが解決する。
そのはずだった。
衣玖「残念でした」
天才は準備を怠らない。擬態虫は自らの弱点を、衣玖の知恵を持って制していた。
その答えは光だけを飲み込むマイクロブラックホール。まるで虫のように、いや虫そのもののようにも見える。それは辺りを飛び、イリスの放った光を、広がりきるよりも早く、擬態虫に届くよりも早く"食べていた"。マイクロブラックホールによって届くはずだった光は影に変えられ、擬態虫を倒すことは出来なかったのだ。
留音「あぶねー……助かったぞ衣玖」
衣玖「相手が雑魚だからって油断し過ぎよ」
終わった。愕然とイリスは膝をついた。とっておきの策だったのだ。一瞬でみんなを助けられるくらい完成された魔法の流れだった。
イリス「卑怯者……! 一対一だって……!」
邪魔がなければ留音は解放されたはずだったのに、と。
留音「誰もそんなこと言ってねぇよバーカ」
しかし無情にも留音はイリスを軽く蹴り上げて転がした。ローブに残ったなけなしの障壁魔法が衝撃を防いでくれているが、イリスは地面に這いつくばる格好となってしまう。
イリスにはもう為す術がない。
イリス「う……うっく……ごめんみんな。やっぱりダメだった。あたしには……」
聖美、アンジー。そして乗っ取られた五人少女たち。自分には荷が重すぎたと、イリスは悔しさからポロポロと涙を流す。
真凛「あは☆ 泣いてる~! どうして泣いてるんですかぁ? 最初から勝てないのわかってたはずなのにぃ☆」
衣玖「そんな事もわからない低知能のバカなんだから仕方ないでしょ」
真凛「あそっかぁ☆ 人間の形をしてるから勘違いしてしまいました☆ じゃあ留音さん、そいつこっちに寄越してください。たくさんお掃除させなきゃ♪」
真凛はニコニコしながらそう言って、ペッとツバを床に吐いた。「ほらこれも」と笑っている。
イリス「どうして……みんなおかしいよ……! そんな風に乗っ取られるようなタマじゃないでしょ!」
衣玖「今更泣き落とし? 命乞いなの?」
真凛「見苦しい~、あっはっはっは。笑っちゃいますぅ」
留音「……」
留音はイリスの首元を掴みあげる。
イリス「うぐっ……ぐぁあ……」
苦しがるイリス。しかしもう抵抗する気力はない。負けだ。宇宙の命運もここまで。イリスは先程の留音の「ペットにしてやろうか」という言葉が脳裏に響く。同時に、生きるか死ぬか。混沌とした思考に小さな呟き声が聞こえた。
留音「イリ、ス」
イリスは瞳を留音の顔に向ける。邪悪な色に染まった留音の顔。ただ擬態虫の影響で赤く光る目の奥に、いつもの碧眼が見えたような気がした。そして絞り出すような声で。
留音「頼、もう、一度……来……」
イリス「留……?」
碧い眼が言った。諦めるなと。そして留音はイリスの身体を建物の外、遠くへ向かって投げ飛ばしたのだ。宙に浮くイリスの身体。
最後に見えた光は、留音の瞳から溢れ出ていた。
イリス「……"転送魔法"……っ」
杖は留音の近くに転がっており回収は不可能だった。自らの詠唱によって空中で光に包まれたイリスは、途切れかけの意識を持って聖美の家へと飛ぶ。
明日へ続く。




