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娚ちゃんは不機嫌!  作者: 黙示
3/3

私服デート!当然だろ

 日曜日の11時。

俺は心がはやって30分前に駅に着いた。

スマホを持っていないので連絡をとることは出来ないが、後本さんの容姿ならすぐに見つけられるだろう。

ベンチに座ってぼーっとしていると、暫くして前方から背の高い人が歩いてきた。

あ、来た。


「よっ」


後本さんは私服だった。

と、いうのは、女装をしていないという意味で。

金髪短髪にいつもよりゴツイピアスをつけ、上から下まで一式メンズの服を着て、眉目秀麗の男になっていた。


「あれ?意味ないね」


確かこのデートは後本さんと俺が付き合ってるって証明することが目的だったはずだ。


「休日まであんなかっこしてられっか。暑苦しい」


日の光を受けて頭がキラキラ光る。

まるでフィルターがかかったように顔がライティングされる。

かっこいいな。


「なんだよ。女の方が良かったか?」


じっと顔を見つめていた俺の目を、後本さんは睨んだ。

俺は首を振る。


「俺こっちの方が好き。やっぱり髪短い方が似合うよ」

「あっそ」


自分で聞いたのに、後本さんは興味がなさそうに返事をした。


「飯食い行くか」


歩き出した後本さんの腕を引く。


「待って。俺プラン考えてきたんだ。一応デートだし」

「へえ。すげえじゃん」

「丁度クーポンあったからまずは近くのファミレスで昼食」

「そこはイタリアンレストランじゃねえのかよ」

「そんな立派な服来てきてないし。お金もないしね」

「現実的なこって」


俺たちはファミレスに入った。

後本さんはステーキ、俺はオムライスを頼んだ。


「この後は?」

「水族館行って、公園で夕焼け見てイルミネーション見て帰る」

「へえ。マジでデートじゃん」


運ばれてきた料理にかぶりつく。


「でも俺水族館あんま好きじゃないんだよな。映画見ようぜ」

「いいよ。今何やってるのかな」

「あー、ストロングスピード?どう?」

「3だけ見たことある」

「じゃ、決まりな」

「でも今やってるのって6でしょ。分かるかな」

「んなの適当でいーんだよ。いっこだけ見ても楽しめるようにちゃんと作ってくれてんだ」

「そっか」


昼食代は割り勘した。

 俺たちは次に映画館に向かった。

丁度ストロングスピードが始まる直前だったので喜んでいたのに、巨大モニターで流れていた別の映画の宣伝を見た後本さんが「これ見るぞ」と言ったので一時間半待つことになった。

待つ間、映画館の下にあるショッピングモールに行くことにした。


「なんか欲しいもんある?」

「うーん、トイレットペーパーが切れそうだからそれかな」

「デートでんなの買うか?」

「あ、じゃあ雑貨屋」


俺は視界に入った店を指差した。


「いーぜ」


その店はクリスタル系の雑貨が揃っていた。

綺麗な色のアクセサリーが並んでいる棚を俺は見ていく。

着いてきていた後本さんがつまらなそうに息を吐いた。


「俺あっち見てるわ」

「うん」


後本さんあんまりこういうの好きじゃないんだ。

宝石のようなアクセサリーの中に一つ、控えめな装飾のピンがあった。

これにしよう。

俺はそのピンを買うと後本さんを探した。

後本さんは硝子細工のカエルの置物を凝視していた。


「後本さん」

「あ?もういいのか?」

「うん。後本さんこそ」

「いや、これ見ろよ。すげえ綺麗なのに不細工な顔が妙にツボる」

「本当だ変な顔」


変な顔、というよりあまりにリアルな顔、と言った方が正しい。

硝子でできているのに水っぽい生々しさがあった。


「買うの?」

「いらねえよ。普通にいらねえ。見てただけだよ」

「うん。これは見ちゃうね」

「だろ?」


俺たちは顔を見合わせて笑った。


「次ゲーセン行こうぜ」


映画までは一時間ほどあった。


「うん」


後本さんは腕時計を見ると「もうこんだけしかねえじゃん」と呟いて足早に歩き出した。

あ、待って。

後本さんの後ろ姿は大きかった。

がに股で道の中央を闊歩していく。

肩幅も広い。


「おい」


俺を振り返った顔はしゅっとして鋭い。

少し吊った目尻には切れがある。


「時間ねんだぞさっさと歩け」

「あ、うん」


後本さんは大きく、分厚く、ゴツゴツした手で俺を手招いた。

かっこいいなあ。

俺は駆けて後本さんの横に並んだ。

 ゲームセンターで取ったお菓子やぬいぐるみたちが入った大きな袋を抱えて映画を見た。映画はハリウッドの作品で、FBIとかCIAとかがいっぱい出てきてテロリストとドンパチやった。最後は主人公の男が女と抱き合って終わった。わりと面白かった。


「クソだったな」


映画館から出る道で後本さんはため息をついた。


「自分で選んだのに?」

「ヒロインが可愛かったからな。そこはよかった。つかそこしかいいとこがなかった。ずーっと爆発とありきたりなストーリー。クッソつまらんかった」

「そっか」


もう終わりか。寂しい。

楽しかった分余計に帰りたくないなー。

自然に足が遅くなる。


「今日はありがとう。すっごく楽しかった!」

「あっそ。俺も楽しかったぜ」


よかった。


「なあ、お前なんで俺の事好きなんだよ」


後本さんが俺の目を見据えた。


「顔か?でも俺男だぜ」


俺は頷く。


「うん。顔も好き。あと堂々としてて強そうなところとか、かっこいいところとか」

「ふーん。尻に敷かれるタイプか」


出口が近い。

もっと遊びたいな。

帰宅するのかと思って出口に向かったら後本さんが止めた。


「ゲーセン行くぞ」

「え?でもさっき行ったよね」


中のもので膨らんでいるゲームセンターの袋を掲げた。

しかし後本さんは無視して言った。


「忘れてたことがあんだよ」


 後本さんに引っ張られて連れていかれたのはゲームセンターにあるプリクラの箱の中だった。


「俺プリクラやるの初めてだ」

「オレは2回目だ」


後本さんプリクラやりたかったのか。

ゴチャゴチャと音楽とナビゲーションの音声が流ている。

後本さんが俺の首に腕を回してぐいっと引き寄せた。


「ほら、ピースしろよ」


カシャッ!

軽快な音が鳴った。

前の画面に金髪と黒髪の男が二人、やけに目が大きくなって写っていた。

俺は宇宙人みたいになっていたが、流石後本さん。目が大きくなっても美形を保っている。

間に合わず、ピースに成りきれなかった俺の右手はひょろひょろと宙に浮き、表情はひきつっている。対照的に、後本さんは前歯のほとんどが出るほどの満面の笑みでダブルピースを決めていた。良い写真だ。


「凄いね」

「これがいーんだと」

「どういう意味?」


後本さんはおもむろに鞄を探り出した。

取り出したのはかつらだった。いつも学校につけていっている、あの茶色い長髪の。


「持ってきてたんだ」

「当たり前だろ」


後本さんはそれを被ると俺の横におしとやかに立った。


「ピースピース」

「ああっうん」


カシャッ!

今度はちゃんと出来た。映された写真は後本さんの男っ気が削り取られ、どこからどう見ても男女のカップルだった。


「証拠品ゲット。これやんねーと帰れねえからな」


これで本当に終わりだ。

後本さんはかつらを鞄にしまった。

落書きも程ほどにして写真を現像した。

二つの写真を並べて俺は見比べた。

二つとも素敵な写真だけど、俺は後本さんが思いっきり笑ってる最初の方が好きだな。


「ねえ、もし今日のこと誰かに見られてたらどうするの」

「あー」


後本さんは写真の中の私服の、女装をしていない方の後本さんを指差して言った。


「これが、俺の兄貴ってことにすりゃいいだろ」

「わかった」


俺たちは出口に向かって歩き出した。

本当に出口だ。

建物を出て、電車に乗って、分かれ道についた。


「じゃあな」

「これ。今日はありがとうってことで」


俺は後本さんに袋を差し出した。

後本さんは受けとると中身を出した。

個包装も開けた。


「後本さんのかつら前髪長いから、それつけたら見やすいかなと思って。それに、キラキラした物後本さんによく似合うから」


それは、今日後本さんと入った雑貨屋で買った髪止めピンだった。

後本さんは微笑んだ。


「ありがとな」


そして手を振りながら、言った。


「また遊ぼうな!」

「うん!じゃあね!」


俺は後本さんの背中が見えなくなるまで見送った。

今日のデートは、今までのどんなデートよりも楽しかった!

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