一緒に飛び立つ、この日のために。
堂本千景のカバンから大きなポーチが転がった。
「こないだ、新作買ったんですよ~~」
小さな顔の頬が朱に染まった。嬉しいと輝いて見える。
「これが今年で終わりかと思うと寂しいです~~」
カチャカチャ、と嬉々として、取り出されていく化粧品たち。
「あと、ウィッグも衝動買いしちゃったものをご用意したのです~~」
小動物のように、コロコロと表情が変わる堂本。見ていても飽きない。
「何? 人の後輩をいやらしい視線で見てるの? スケベですね」
高松が乱暴に、新垣の前髪にピンを刺した。
「ぃったい! 文ちゃ~~ん~~。痛いよぉ」
座っている新垣が、面と面向かって腰を下ろしている高松を上目づかいで見上げた。
「! な、何ですか! 気色悪いからぁ」
高松の能面だった顔が、少し歪む。
次いで、おでこを思いっきり手で叩いた。
「いっだぁ~~! 何で、文ちゃんって不機嫌なの! もぅ~~」
涙目で訴える新垣を無視し、さくさくと高松が進めていく。毎回、こうやって局面を逃れて来た。この事実を知っているのは、写真部の面々と幼馴染みの本田伊代。
そう――《女装》だ。
小柄な新垣は、服装やメイク一つで、女の子そのもの。今回もこれで、追って渦巻く校内を潜り抜ける。
恰好はジャージ。疑われることはない。
(……でも、毎回心臓に悪いんだよなぁ)
◆
「ねぇ。先輩」
写真部から出て、ゆっくりと、それでいて歩幅を広げ玄関へと向かう。
「部ちょ……本田さん、はどうしていますか」
「伊代? 最近さらに写真に熱心で、何か公募ガイドから大賞応募見たら送って、賞を取ったりしてるみたいよ?」
「へぇ。そうなんですか」
「最近、会ってないなぁ」
パタパタ、通路を歩み進んでいく。
その中「おぉ~~い! 新垣ぃ!!」と自身を呼ぶ声が通路に木霊する。
「みんな叫んでて五月蠅いね。先輩」
悪戯っぽい笑顔で聞く高松を、新垣はジト目で睨み付ける。
***
どんな困難だってさ、君とならやれそうなんだ
掴んだ、その手を決して
離したりしないで欲しいんだ
君と生きていたいんだ
***
依然として、桃色の青春が流れている。
「……桃色の青春、か」
「あたし、これ嫌いなんですよ」
「ははは。高松は桃色の君に幸あれ! の方が好きそうだよね」
「先輩は分かるんですね」
「分かるさ! ……ぁ」
新垣の声が小さく裏返る。
「げ」
高松に至っては露骨に、表情を曇らせた。その人物は、二人の存在に気付いたのか「やぁ!」と手を振った。
三上朝昼副生徒会長。高松が大嫌いな男。
「げ、とはなんだね。高松さん」
「吐き気ですよ。吐き気!」
三上は、腕を組みちらりと女装の新垣を見た。
「で。君のお姫様は? 騎士様」
「知らないし」
「愛しのお姫様がいなくなったら、困るの騎士様のはずなのに? 可笑しな話だよ」
かぁ! 高松の顔から蒸気が噴き出る。しかし、迅速に新垣の耳を塞いでいた。
「何なんだよ! 副生徒会長様よぉ‼」
「別にぃ、ただね……掴んだその手は放して欲しいんだ、よね」
桃色の青春の歌詞を三上は引用する。
「それは何の話だよ?副生徒会長さんよぉ」
高松も言葉汚く聞き返す。
「君は、彼の騎士にはなれない。この先もずっと、ね」
「ぅっさい!」
「昔から、彼の傍にいた彼女こそが騎士なんだ」
「ぅっさい! ぅっさいんだよっ! ガアガア泣きやがって!」
高松は新垣の腕を引っ張ると、三上の肩に身体をぶつけ、立ち去っていく。
通りすがり新垣は三上の顔を見た、そこには泣きそうな表情があって、新垣の視線に気付いたのか、にこやかに唇に人差し指を添えた。
『これは秘密だよ?』
『うん』と新垣も頷く。
強く腕を握られ「痛いよ、文ちゃん」と新垣もやんわりと伝えた。
「あ! す、すいません……」
「あんなに毛嫌いしなくたっていいんじゃないのかなぁ」
「せ、先輩?」
「そんなに悪い……やつじゃ――」
その言葉に、高松の身体がふるふると震えた。
「あたしはあんなやつ好きになんかならないもん! ずっとずっと! だってあたしはッッ」
たんたん、トントン。
「! 次から次と! 誰だよッッーーぁ……部ちょ……本田、さん」
「いよぅ! えんらい騒ぎじよないか? うけるんですけど~~」
高松と新垣の表情が曇る。
「さ。かくれんぼはお終い。ね? お姫様?」
身長は新垣より頭一個分高く、肩まで伸ばした明るい赤茶の髪を耳もとにかけている。
「ありがとね、あとはうちが引き取るとるわ」
「ダメ! ダメですっ! い、今まで放っておいて何ですか! 何なんだ!!」
「放ってなんかない。最高の写真を撮るために腕を磨いてたんだ」
きりっと言い返す本田に、笑顔はない。
真剣そのもの。
「だから。その手を離しなさい、文」
「ぅ……ずるいよ。ずるいよ……幼馴染みってだけで、先輩をかっさらっていくなんてぇ……ふぇ」
高松と本田の言い争いのなか、オタオタするほかない新垣。
そして、主導権はーー本田のものとなった。バタバタ! 高松は走り去ってしまう。
「文、ちゃん……ありがとう」
「さ。お姫様、手を」
「……伊代、ったく」
「正を撮っていいのは、うちなんよ」
「待たせ……やがって――」
「……大人になろう。みんなも、正もな」
依然として廊下に木霊する声。すこしダミ声になっている。
「社会に出たら、どんな我儘も通らないの。でも、どんな困難だってさ」
「……君とならやれそうなんだ」
「だから、その手を」
本田と新垣ははにかんだ笑顔で向かいあった。
そして、ごく自然の口づけ。
「「離さないで」」
***
「ははは! ウケるわ!」
「……みんな死んだ、いや、疲労困ぱいて顔だ、な」
「愛されてたんだよ。お前さんは」
通路の教室前で座る二人。
今日が卒業式。
本田の進路は専門学校。
だが、新垣は進路は決まっていなかった。
「ね。正」
「? 何?」
「……うちさ、料理、洗濯、家事ダメなんだよね」
「? うん、絶望的ってのは承知していますが? 何か?」
「料理学校行って、う、……うちのために……ご飯、作ってよ。その他も」
新垣は、顔を赤く染めた。本田も同様に返事は返さなかった、が。それも悪くない、と新垣は微笑んだ。
「はい! 卒業生並びなぁ~~」
伊丹の声とともに二人は立ち上がった。
「さ。この小鳥箱から巣立とうなぁ」
「うん」
――了――




