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 昨日に続き、再び例の公園へと到着をすると、ヒューストは周りを見渡した。

 昨日もそうだったが、この公園は人気が全く無い。現にジェイクと騒々しく、蔓を引き千切り続けている時も、誰にも会わなかった。公園自体が小さいせいか、それともまだ肌寒い季節だからか、河原にも人気は無かった。誰もが知っている場所のはずなのに、誰も居ない。とても奇妙な感じがした。

 ヒューストは昨日と同じ道を辿り、河原へと向かう。今回は一人だからか、心成しか心細い気もする。

 しかし、たかが石を戻しに行くだけだ。気楽に考え、生い茂る木々を押し退けると、茂みの中を突き進む。すると突然足を掬われ、前へと横転しそうになった。その瞬間、デジャブが走る。まるで昨日のジェイクの様だ。

 ヒューストは恐る恐る、足元を見て見た。すると方足には、昨日ジェイクと二人係で引き千切ったはずの蔓が、何事も無かったかの様にまた一直線に連なり、ヒューストの足に絡み付いている。

 「何だ、こいつっ!」

 ヒューストは絡み付いた蔓を足から引き千切ると、蔓を目で辿った。

 蔓は昨日見た時と同じ様に、同じ木の上から下へと、徐々に太くなりながら伸びている。伸びるその先には、滝壺へと繋がる道が見えた。

 「どう言う事だ?昨日確かに、ジェイクとこの辺一帯は、全部千切ってバラバラにしたはずなのに・・・。」

 すっかり元に戻っている蔓の道を、ヒューストは駆け足で進んだ。そして滝壺へと着くと、退かしたはずの大石も、元の位置に戻されている。

 「石もか・・・。誰がやったんだ。」

 トビー達以外にも、誰かこの場所を知っているのだろうか。もしそうだとしても、それは多分小さい子供では無いだろう。この大石は、子供では数人係でも重くて動かせない。

 高校生位の子供の仕業だろうか?とも思ったが、あの年頃だ。悪さはしても、元に戻すと言う様な行動は、余りしないだろう。

 「管理している者でも居るのか?」

 そう思い、周りを見渡してみるが、とても管理されている様には見えない。木々は無雑作に伸び、あちこちの岩には古い苔が張り付いている。ゴミ自体は全く無いが、それは人が来ていないせいかもしれない。

 もし管理者が居るのであれば、それは一般の大人だろうが、あちこちに張り付く苔位は取り除くだろう。夏に子供が水遊びをしに来た時、足を滑らせ危険になる。しかし岩に張り付く苔は、どれも古い物ばかりだ。夏の時にだけ掃除をしたとしても、相当古そうな物まで有る。

 あれこれと考えていると、色んな可能性ばかりが頭に浮かび、訳が分からなくなって来た。

 「いや・・・そもそも苔なんて物を、一々綺麗に取り除く奴なんて居るのか?公園近くの河原だ、当然時折大人が様子を見に来るに決まっている。きっと大人だって、この場所を知っている人が居るんだ。その人が戻したんだろう。」

 頭を掻きむしりながら考えていると、ふと青光りをする石の事を思い出した。そっと戻された大石の隙間を覗いてみると、相変わらず沢山の石がキラキラと光詰っている。

 「こんな珍しい石だ。知ったら誰だって持って帰りたくなる。だがそんな気配は無いし・・・。戻すと言う事は、この石を知られたくないからか?宝石だと思い一人占めしたい・・・いや・・・。隠れ家・・・そうか、隠す為か!」

 一つの事に納得をすると、別の疑問が浮かんでしまう。

 「待てよ?だがあの蔓の道を見付ければ、ここへは来られる訳だ。確かに大人では見付けにくいが・・・ジェイクや私の様に、足に絡み付いて気付く者だって居るはずだ。当然石の隙間から光が見える事だって・・・。」

 う~ん・・・とまた考え込むと、昨日言っていたジェイクの言葉を思い出す。

 「確かジェイクは、この場所はトビーの父親も知らなかったと言っていたな・・・。いや、それ所か、誰も・・・と・・・。やはりこの場所を知っている大人は、いないという事か?だったら誰が石を・・・。」

 再び悩み始めると、考えたくも無い可能性を考えてしまう。

 「いやいやっ!駄目だ!そんな事有る筈が無い!有り得ない!妖精が元に戻したとでも言うのか?」

 ヒューストは何度も首を横に振ると、ポケットの中からそっと石を取り出した。

 自分の手元にある石と、沢山の大石の下にある石を交互に見ると、しばらくはじっとその場で考え込む。そして手にした石を、またポケットの中へと仕舞い、静かにその場を去った。


 何かから逃げる様に公園を後にすると、慌しく自宅へと戻る。

 あれこれとあの河原で考えていても、仕方が無いと思ったヒューストは、机の上に散乱していた、現場写真を掻き集めた。

 トビーにはああ言った物の、現実的に物事を見なくては・・・改めて自分に言い聞かせ、何か見落としている物は無いかと、現場写真を一枚一枚じっくりと見始める。

 写真には、トビーにより、無残にも殺された血塗れの母親の遺体が写っている。殺害現場は台所。キッチンの上には、沢山のクッキーが置かれている。きっと母親が、トビーの為に焼いたのだろう。そしてその時に、家を出て行く話しをし、殺害されたのだ。

 この写真の中に、何か動機へと繋がるヒントは無いかと探していると、ふと有る事に気が付いた。

 所々、周りに血は飛び散っている物の、血は母親が倒れている周りに一番集中している。遺体近くに、マグカップが落ちて割れているが、他に物が散乱していたりはしない。つまりは母親が、逃げようとした痕跡が無いと言う事だ。そして何より、母親は仰向けに倒れている。これは真正面から刺されたからだろう。

 しかし、何度も腹部を繰り返し刺されている。子供の力だ、トビーの証言通り、一度では死ななかったからだろうが、抵抗するはずだ。突然我が子に襲われ、唖然としてしまったのか?とも思えるが、何度も突き刺してきたのならば、普通は腕等でとっさにガードをするはず。

 しかし、写真の遺体を見る限りでは、腕や掌等に切り傷が全く無い。つまり、母親は無抵抗だったと言う事になる。トビーに殺されるがまま、殺されたと言った感じだった。

 「争った形跡が無い・・・。いや、それは既に現場実証で分かってる。だが写真で見ると、何か違和感を感じる・・・。」

 ヒューストはもう一度、じっくりと母親の遺体の写った写真を見ながら、トビーの今までの証言を思い出した。

 確かトビーは言っていた。「殺してくれ」と母親から頼んだ様な物だったと。仮説として、母親の心理がトビーの言った通りだったとしたら、無抵抗で殺されたのは確かに頷ける。

 だが我が子を想うのであれば、そんな辛い事を自分の子にさせるだろうか。何より、その後どうなるかを考えれば、殺人等と言う罪を犯させたくないだろう。自分の子供を犯罪者にしたいと思う親等、居る筈がない。

 しかし、遺体の母親の顔は、皮肉な事にとても安らかに見える。

 トビーと母親の間に、何かあったのだろうか?母親も妖精を見たいと言っていた。それは母親がトビーの妖精話を、信じていたからだろうか。それとも、自分の子供のオカシな発言を心配し、何かを調べようとしていたからだろうか。

 考えれば考える程、分からなくなってしまう。突然母親を刺殺した子供、と言う簡単な事件の筈なのに、そうではない様な気がして来た。何かもっと、複雑に絡み合った物が有る様に思える。

 ヒューストはポケットの中から石を取り出すと、また机の上に転がす。全てはこの石、妖精が原因で、簡単なはずの事件が、複雑に感じてしまうだけなのかもしれない。

 と、突然、思い出したかの様に、ジェイクに電話を掛けた。何度もコールを鳴らすが、出る気配が無い。

 仕方なく、署の方で調査をしている、別の刑事、マックスに電話を掛ける。マックスも同じ事件担当の部下だ。

 『はい、マックスです。』

 マックスが電話に出ると、ヒューストはホッと肩を撫で下ろした。

 「あぁ、私だが。ジェイクに電話をしたが、出なかったからな。少し聞きたい事がある。」

 『何でしょう?』

 「トビーの両親の、離婚の原因は分かるか?確か父親の方は、夫婦仲が上手くいかなくなったから・・・と言っていたが、他に理由は無かったのか、知りたくてな。」

 『あぁ、それなら、どうやら他にも理由はあったみたいですよ。』

 「何?どんな事だ?」

 『実は母親の寝室の床下から、日記が書かれた手帳が出て来たんですよ。先程その手帳がこちらに届いて、内容を確認していた所なんです。』

 思わぬ最新情報に、ヒューストは少し驚く。

 「日記だと?隠していたのか・・・?どんな内容なんだ?」

 『基本的に、トビーの教育方針に関する物ばかりです。どうやらその事で、父親と意見の食い違いがあった様で・・・。』

 「教育方針・・・。成程、それが離婚の本当の原因と言う訳か・・・。しかしトビーの親権は、父親の物になっていたな。どちらかと言えば、トビーは母親の方が好きそうだったが・・・。父親が反対でもしたのか?」

 すると受話器の向こう側から、マックスの大きな溜息が聞こえて来た。そして呆れ切った様子で、マックスは話し始める。

 『日記の内容を見る限り、父親が反対をするのも頷けますよ。トビーを母親の方に渡したがらない訳も。ハッキリ言って、異常です。なんでも「人格形成プログラム」と言う、催眠療法等を使った、子供の教育指導をやっている病院が在るらしく、母親はトビーにそのプログラムに参加させていたみたいですよ。』

 「人格形成プログラム?どんな物か、詳しく分かるか?」

 『えぇ、日記に細かく成果が書き留められていますから。参加開始が出来る対象年齢は、0歳から三歳までの様で、それ以上の年齢の途中参加は出来ない様です。トビーは二歳の頃から始めていますね。プログラムの目的は、非行等に走らない為の・・・まぁ簡単に言えば、社会的に真面目な人間を作る為の物です。強制的に良い子に育てる、と言った感じでしょうか。』

 「成程・・・それでトビーは、あんなにも真面目で良い子だったのか?だがそんな物、ある意味洗脳みたいな物じゃないのか?」

 すると受話器越しに、またもマックスの溜息が聞こえた。

 『そうなんですよね。始めた当初は、父親も賛同していた様なんですが・・・。このプログラムは、基本的には七歳になる前には終了をするはずなんです。何でも、基本人格の形成を終えるからとかで・・・。それ以上の年齢になってくると、それこそ洗脳になってしまうので・・・。だけど母親の方は、このプログラムがよっぽど気に入ったのか、止めようとはしなかったみたいですよ。希望すれば、好きなだけ続けられる様なので。』

 「それで父親と激突したのか・・・。確かに、父親からすれば、トビーは母親には渡したくは無いな。」

 『えぇ、それに面白い事に、このプログラムは親子参加なんですよ。』

 「親子参加?」

 次々と新たに出て来るトビーの秘密に、ヒューストは驚きながらも、胸を弾ませながらその辺の紙にメモを取った。

 これで妖精等と言う、馬鹿げた話しからも解放される、と期待が高まる。

 『まぁ、順調にプログラムを進めて行く為の親子参加らしいですけど、それは参加したばかりの人達が対象みたいですね。やはり親の影響で大きく左右されるので、親の指導って言った所でしょうか。当初は父親も参加しています。だけど母親の方は、ずっとトビーと一緒に参加してたみたいですよ。母親はまるで、変な宗教にでものめり込んだ様に、このプログラムにのめり込んでいたみたいです。トビーの母親は、頭がイカレてるって言ってもいい位です。この日記を見る限り・・・。』

 マックスの話を聞けば聞く程、トビーと母親の関係が見えて来た。間違いないと、確信をする。

 トビーの妖精話を、母親は信じていたに違いない。それは母親も一緒になって、人格形成プログラムに参加していたからだろう。

 異常だったのは母親の方だ。異常な母親により作り上げられたのが、トビー。正確には、プログラムにより作られたのだろうが、母親が更にオカシク作ってしまったのだ。だとすると、トビーが母親寄りなのも分かる。

 しかし、それならば仮説とは言え、何故母親はトビーに殺させたのだろうか、と言う疑問も浮かぶ。母親はトビーの事を、溺愛していたに違いない。もし離婚により、大切なトビーが取り上げられてしまったからだとすると、この場合どちらかと言えば、無理心中を選ぶ可能性の方が高い。

 だがそうでは無かった。母親は、愛するトビーに自ら殺され、満足をしている様に思える。後のトビーの事等、考えてはいない様だ。それはトビーの事は、人として愛していた訳では無く、初めから道具として愛していたからだろうか。結局自分の作品に酔いしれていただけで、それを失ってしまうのであれば、愛する作品に殺され死ねるのであれば、満足と言った感じだ。だとすると、その後のトビーの事等、どうでもいいのだろう。

 しかしこれは、あくまでも仮説だ。本当の心意等、死んでしまった母親にしか分からない。今重要な事は、このプログラムが原因である可能性が高い、と言う事だ。

 「よし、マックス。そのプログラムをやっている病院の名前は、分かるか?」

 『えぇ、分かりますよ。ちゃんと日記に書かれています。聞いて驚かないで下さいよ。』

 「これ以上驚く様な事は無いよ。なにしろこっちは、散々変な話ばかりを聞かされているんだからな。」

 軽く笑いながら言うが、その後のマックスの発言に、一瞬で笑いが止まってしまう。

 『今トビーが収容されている、病院ですよ。』

 「何・・・・?」

 マックスの回答は、ヒューストにとっては最悪の物だった。

 「確かか?私はあの病院の医師とも話しているが、トビーとは初対面と言っていたぞ。それに・・・そんなプログラムの話は、聞いた事が無い。」

 慌しく言うと、マックスは落ち着いた様子で説明をして来た。

 『そうでしょうね。父親もこのプログラムの事は話してはいませんし。実はこのプログラム、まだ不認可なんですよ。所謂、試験段階。しかも極秘でやっています。ですから、参加者の親は費用負担が無い変わりに、黙秘する契約を交わしています。母親がこの日記を隠していたのも、多分そう言う理由でしょう。後から取りに行こうと思ったのか・・・又は持ち出し禁止になっていたからか・・・。どちらにせよ、父親はこの日記の存在を知っていたはずですよ。』

 それを聞いたヒューストは、顔をニヤリとさせた。

 「成程・・・違法だらけと言う事か・・・。どうやら父親の方は、日記について詳しく話を聞かせて貰わないといけない様だな。マックス、幼児期からの洗脳プログラムとしての容疑で、今すぐ病院を調べろ。必要だったら令状を取れ。そのプログラムの参加者リストを手に入れるんだ。」

 『もう準備していますよ。他には?』

 ヒューストは少し考えると、例の河原の事を思い出す。

 「それから、トビーがよく行っていた河原の、所有者を調べてくれ。すぐ隣が公園なんだが、多分あの河原辺りは個人の土地だろう。私は今から、トビーの父親に会いに行く。日記を発見されたんだ、病院側に連絡でもされたら困るからな。トビーの自宅に居る者に、父親をしっかり見張らせておけ。」

 『了解しました。』

 ヒューストは電話を切ると、慌しく家から飛び出して行った。

 車に乗り込み、再びトビーの家が在る町へと向かう。車を走らせる中、ヒューストの心は浮かれていた。

 「よしっ!やったぞ!」

 車内で小さくガッツポーズをすると、嬉しそうにハンドルを叩いた。

 これで病院側から違法プログラムの証拠が挙がれば、トビーは洗脳されていたとなり、刑は免れる可能性がある。そしてちゃんとした病院で、治療を受けさせる事が出来れば、と思うと、嬉しくて仕方がない。何より妖精等と言ったふざけた話しも、これで立証出来ると思うと、喜ばずにはいられなかった。


 トビーの自宅へと到着をすると、数人の警察が家の周りを囲んでいた。

 ヒューストは車を家のすぐ横へと停めると、足早に家の中へと入って行く。途中ジェイクの姿はないかと探すが、見当らなかった。

 家の中は、外以上に警察が居る。まだ中を捜索中の様子だ。奥のリビングへの入口には、中に居るトビーの父親を見張る様に、二人の警察が立っていた。その二人の警察の間を潜り、リビングへと行くと、頭を抱えながらソファーに座る、父親の姿がある。ヒューストは父親の側まで行くと、声を掛けた。

 「こんばんは、レナードさん。」

 父親はゆっくりと顔をあげると、ヒューストの顔を見るなり、大きな溜息を吐く。トビー・レナードが、少年トビーのフルネームだ。

 「あぁ・・・あんたか・・・。日記の事で来たんだろう?いいさ、正直に話すよ。」

 一度現場でヒューストと会っていたトビーの父親は、すぐに来た理由を察する。

 「助かりますよ。」

 父親の顔は、始めて会った時に比べ、随分とやつれている気がした。しかし今は、気遣いをしている場合ではない。被害者だった父親だが、今はそうとは限らないからだ。大切な事実を隠していた、病院側の共犯者でもある。

 「既に私の部下達が、病院の方へと捜査をしに行っています。『人格形成プログラム』については、奥さんの日記で、大凡の事は分かっていますよ。」

 「そんな事をしても・・・無駄なのに・・・。」

 ポツリと父親が呟くも、ヒュースト気にせず、質問を続けた。

 「レナードさん、貴方は日記の存在を、ご存じでしたね?」

 父親は小さく頷くと、溜息混じりに話した。

 「妻は毎日欠かさず書いていたよ。トビーの病院での治療を、細かくね。」

 「何故隠したのですか?日記の事も、トビーがプログラムに参加していた事も。捜査妨害になると、分かっていたはずですよ。」

 「分かってない・・・。あんたら警察は、分かってないよ。」

 父親は軽く溜息を吐くと、何度も小さく首を横に振った。

 「分かっていないとは?」

 問い掛けるヒューストに、父親は呆れた表情をして見つめる。 

 「妻の日記に全て書いてあっただろう?契約だよ。契約上、話す事は出来なかったんだ。話せば契約違反として、今までの治療代を払わなければならなくなる。」

 それを聞いたヒューストは、思わずカッとなり、怒りながら強く言った。

 「だが嘘の証言は、捜査妨害だ!それに、そのせいでトビーがどうなるのか、分かっていたのでしょう?トビーがどうなっても、よかったのですか?父親なのに!」

 父親は勢いよく立ち上がると、ヒューストに負けずと強く言い返す。

 「いいはずがないだろう!私がどれだけトビーを愛しているか、知りもしない癖に!全てはあの女の・・・妻のせいなんだ!六歳の時に治療を止めていれば、契約もそこで終わる筈だったのに・・・。妻がしつこく続けたせいで、契約も延期させられてしまったんだ!治療代がどれ程高い事か・・・。」

 「治療代の為に、トビーを見捨てるんですか?」

 「違う!トビーの為だ!治療代を払えば、財産は無くなってしまう・・・。あの子が出て来た時に、何も無かったらどうなる?まともに暮らせなくなってしまえば、それこそ荒んだ生活をする事になってしまう・・・。トビーの為に、財産は残して置かなければならなかったから、契約通りに黙っていたんだ。」

 そう言うと、父親は体中の力が抜ける様に、ガックシと首をうな垂れソファーに腰を下ろした。

 「しかし・・・だからと言って、重要な事を隠していた事は、事実だ。それに、病院側が捕まれば、その契約も破棄されますよ。」

 「だから警察は、分かってないんだ・・・。」

 また溜息を吐く父親の姿を、ヒューストは不思議そうに見つめる。

 「分かっていないとは?何がですか。」

 再びヒューストが尋ねると、父親は力無く答えた。

 「病院の捜査は、時間の無駄だよ・・・。人格形成プログラムは、国がやっている臨床実験なんだ。犯罪率を減らす為のね・・・。参加者の家族は、国との契約だ。だから絶対に洩らさない。それに見返りが大きい。寄付金が貰える上に、子供はまともに育ってくれる。だが・・・それもトビーの事でもう終わりだ。実験も終わるだろうよ。私も終わりだ・・・。妻があんな日記を書いていたせいで・・・知られてしまった・・・。あの子に何も残してあげられない。全て・・・全て妻の・・・あの女のせいだ・・・。」

 父親は頭を抱えると、顔を蹲らせ静かに泣き出した。絶望感が、ヒューストにまで伝わって来る。それと同時に、父親の証言に愕然としてしまう。

 「国の・・・だと?何て事だ・・・。だからあの病院に、すぐに収容されたのか・・・。」

 国絡みの実験となると、例え警察であろうと、手の出し様がない。一溜まりも無く、捻り潰されてしまう。それが一刑事となれば、話しにならないだろう。

 父親と同様、ヒューストまでもが絶望感に襲われた。これで完全に、トビーを助けてやれる手立ては無くなってしまったのだ。

 「では、あの日記を床下に隠したのは、貴方なのですか?」

 ヒューストが力無く尋ねると、父親は泣きながら、無言で頷いた。それと同時に、ヒューストからは大きな溜息が零れる。

 これからどうしたらいいのかが、分からない。事件はきっと、うやむやにされて終わるだろう。

 だがその後、この父親とトビーの行く先は、どうなってしまうのだろうか。決して明るい未来等、待っていないだろう。自分が余計な事をしようとしたせいで、一つの家族を不幸にしてしまった気がし、何とも言えない後味の悪さを覚える。

 「明日もトビーと会う約束をしています。伝言が有れば、預かりますが・・・。何か出来る事があれば、遠慮なく言って下さい。」

 ヒューストは今言える精一杯の言葉を言うが、父親は無言で小さく、首を横に振るだけだった。

 「そうですか・・・。それでは、私はこれで失礼します。」

 軽く父親に向かい、お辞儀をすると、ゆっくりとリビングから出て行った。

 これで完全に、トビーの行く末は決まってしまった。あの病院に、いつまでかも分からないまま、閉じ込められるだろう。

 元を辿れば、父親の言う通り、全て母親のせいなのかもしれない。母親が余計な日記を付け、契約を伸ばし治療を受けさせ続けたせいで、父親は全てを失ってしまった。その上トビーに自分を殺させ、トビーの未来までも、摘んでしまったのだ。

 突然ヒューストは、母親が自ら殺されたのか、と言う点の疑問をふと思い出し、慌ててリビングへと戻った。

 「レナードさん!もう一つ聞きたいのですが、奥さんは死を望んでいましたか?」

 突然戻るやいなや、突拍子も無い事を聞かれた父親は、戸惑いながらもヒューストの問い掛けに答える。

 「え?えぇ・・・まぁ・・・。日記の最後に、トビーと離れる事に耐えられないと・・・自殺を仄めかす様な事は書いてありましたが・・・。その・・・トビーに殺されてしまった後に・・・読んだのですが・・・。」

 涙を拭きながら言う父親の言葉に、ヒューストはトビーの言っていた『さようなら』の話しを思いだした。

 「レナードさん、もう少しだけ!トビーから『さようなら』の意味の話しは、聞きましたか?」

 父親は、不思議そうに首を傾げながら答える。

 「いえ・・・何の事か・・・。」

 「では、妖精の話は?」

 「妖精?そんな話しは・・・聞いた事もありませんが・・・。」

 不確かそうな顔をする父親と同じく、ヒューストも悩ましげな顔をさせる。

 母親には話して、父親には話さなかったのは、母親と共に治療に参加をしていた事が、多かったせいなのだろうか。しかしトビーは、父親の事が嫌いの様な雰囲気は無かった。

 「あの、もうこうなってしまったからお聞きしますが、治療内容とは、どのような物だったのです?」

 ぶっちゃけた話を持ち出すと、意外にも父親は、素直に答えて来た。父親も、もう今更隠した所で、これ以上はどうにもならないと思っての事だろう。

 「あぁ、始めは音楽療法でしたよ。静かな優しい音楽を、子守唄の様に聴かせ・・・。それから色々な絵を見させたり、映像を見せたりして。話しをする様になって来たら、催眠療法で、暴力的な言葉が如何に悪いかや、道徳とかを・・・頭の中に詰め込むとかで・・・。なんだか当たり前の様な事ばかりを教えていましたが、普通それを覚える子供の年齢よりも早かったので、強制的に先に頭の中に植え付ける物だとか・・・聞きました。」

 「他には、何か特殊な事とかはしていませんでしたか?その・・・見えない物が見える様にするとか・・・。何か暗号の様に、この言葉を言ったら取る行動をする様に、吹き込んだりとか・・・。」

 「いいえ・・・これと言って特殊な事は・・・。私も最初は、国のする実験と聞いたので心配はしていましたが・・・意外と普通で、驚いた位ですのでよく覚えています。治療中はずっと側に居る事が出来ましたし、現にトビーは、本当に良い子に育ってくれていました。何でも、乳児期に一番良い環境を与えてとか何とか・・・。心理学者の先生が、説明をしてました。」

 「そう・・・ですか・・・。」

 意外にもまともな実験をしている様で、ヒューストはどこか腑抜けてしまう。

 もしかしたら、その段階の何処かで、軍事戦力の為等の実験もしているのでは、とも思ったが、そうでも無いらしい。

 「そうですか、ありがとうございます。」

 軽くお辞儀をすると、ヒューストは拍子抜けをした様子で、リビングから出て行く。

 軽く首を傾げながら、家から出て行くと、どうも腑に落ちない事だらけで、スッキリとしない気分だ。

 と、突然携帯の鳴る音がし、ジェイクか?と思いヒューストは慌ててポケットの中から携帯を取り出し、「はい。」と電話に出る。すると電話の相手はマックスだった。

 病院へと捜査に行っていたマックスは、令状を持って行ったが、それを出す前に、すんなりと病院側が捜査を受入れたとの事。そしてマックスも、違法所か、正式に国が実施しているプログラムだと知り、内容も真っ当で同じ様に拍子抜けをしている様子だ。

 『こっちは赤っ恥を掻きましたよ。こちらに情報提供をしなかったのは、試験段階とは言え、国の極秘プロジェクトだったからの様ですね。被験者が赤子となると、何かとマスコミが騒ぎ立て厄介だから、警察にも伏せていた様です。』

 「そうか、私も先程父親から、詳しく聞いたよ。すまなかったな、無駄足をさせてしまって・・・。」

 『いえ、そうでも無いですよ。プログラム自体は、未だに続けている様でした。』

 「と・・・言うと?」

 『トビーですよ。病院側も、トビーの取った行動が分からないらしくて、トビーに関しては、色々と調べているみたいなんです。被験者の子供で突然殺人に限らず、犯罪を犯した子供は、トビーだけだった様です。他の子供は、今の段階で一人も犯罪を犯してはいない様ですね。トビーを覗けば、プログラムはほぼ成功と言ってもいい位ですよ。』

 マックスのこの報告には、ヒューストも驚いてしまう。

 「トビーだけが?リストは手に入れたのか?」

 『それが、この事件の調査は、完全に病院側に取られてしまいまして・・・。警察は情報提供の為の捜査側へと、移されてしまいました。裁判自体行われないでしょう。所長からも連絡がありましたよ。』

 それを聞いたヒューストは、軽く舌打ちをしてしまう。

 「そうか・・・やはりそうなるか・・・。まぁ、完全に捜査から外された訳でも無いし、病院側も、こちらをまだ必要としているんだろう。まだマシさ。」

 『まぁ、国側からの調査団体が来ていないので、そこまで深刻な事件だとは捉えていないんでしょう。それと、河原の所有者ですが、マッキーニ・グレイと言う老人でした。』

 「マッキーニ・・・。それは、どう言う人物だ?」

 『トビーの隣町に住む、地主の老人です。地主と言っても、資産家と言う訳でもなくて・・・昔ながらの農家の老人で、子供は居ない様で、妻が死んで今は一人暮らしです。あの河原の辺りは、もうずっとほったらかしのままの様ですね。一応、住所と電話番号を調べたので、言いますね。』

 ヒューストはマックスの言う、マッキーニ・グレイの住所と電話番号を、手帳にメモを取った。

 「よし、ありがとう。こっちは、どうやら手帳は父親が隠したらしい。契約上の理由からだったらしいが・・・燃やしてしまわなかったのが、失敗だったな。お陰でこちらは助かったが・・・。」

 『きっと治療ミスの損害賠償用の資料として使おうと、念の為取って置いたんでしょう。契約書にサインした時点で、無駄だと言うのに・・・。』

 呆れながらに言うマックスだったが、父親の泣き顔を見たヒューストにとっては、分からなくもない話だ。

 「まぁ、今日の所は引き上げよう。私はまた明日病院に行って、トビーと会うから、プログラムの事を本人からも聞いてみるよ。それから・・・母親の日記だが、少し借りる。」

 『分かりました。』

 ヒューストは電話を切ると、チラリと家のリビングの方を横目で見た。

 事件は確実に、終わり掛けているが、一つ一つがバラバラで、繋がっている様で繋がっていない気がする。それはまだどこかに、謎が隠されているせいだろうか・・・そう思うと、自然と溜息が零れる。


 一度署に寄り、母親の日記手帳を持ち帰った。

 自宅へと再び戻ったヒューストは、一度全てを整理してみようと、机の上に現場写真と、署から持って来た母親の日記手帳、それに真っ白な紙を乗せる。

 ふと、置きっぱなしにしていた石に気が付くと、邪魔そうに石を隅へと寄せた。

 「さてと・・・まずは母親の日記でも読むか。」

 早速母親の日記を読んでみると、そこにはマックスの言った通り、事細かく、治療内容やトビーの様子等が書かれていた。

 しかし治療内容は、父親の言っていた通り、特にこれと言って特殊な事をしている訳ではない。パッと見は、心理学的に普通の事をしているだけで、只但に年齢的に早過ぎる、と言う印象しか受けなかった。

 トビーの生活態度についても書かれていたが、とても大人しく、言う事を聞く聞きわけの良い子だ。怒られたら素直に謝る。誕生日プレゼント等を貰った時は、馬鹿みたいに騒ぎ立てず、とても嬉しそうに笑い、ありがとうと丁寧にお礼を言う、等と言った事が書かれていた。まるで昆虫の観察日記の様だ。

 パラパラとベージを捲っている途中、妖精についての話しが書かれている。日付を見ると、六年前だ。「妖精を見たと言う。治療の過程で起きた物だろう。」と書かれているが、その先を読んで行くと、驚くべき事が書かれていた。

 「何だ?これは・・・。『私も妖精を見た。どうやら治療とは関係が無い様だ。』治療とは・・・いや、確か母親も、トビーと一緒に親子参加で受けていたはずだ・・・。」

 更に読んで行くと、父親との離婚について書かれていた。そこには、母親の絶望的な言葉が綴られている。

 『トビーをとられてしまう。あの子と離れるのは耐えられない。生き甲斐が無くなってしまう。治療を止めたら、あの子は悪い子になってしまう。それが分からない馬鹿な父親。私とトビーは離れてはいけない。』

 どう見ても、正気とは思えない事ばかりだ。完全に母親は、治療にのめり込んでしまっている事がよく分かる。そして最後の方のページを見ると、確かに父親の言っていた通り、自殺を仄めかす文章があった。

 『トビーを奪われてしまった。もう生きては行けない。せめて最後に、あの子の大好きだったクッキーを、沢山作ろう。』

 クッキーと言う一文に、ヒューストは写真を見た。確かに写真には、沢山の手作りクッキーが写っている。これはその時の物か。

 だが、日記には確かに妖精の話しは書いて有る物の、「さようなら」の意味や、石の話は全く書かれていない。と言うより、そこまで詳しく妖精については、書かれていなかった。

 これだけ他の事は、事細かく書いているのだ。妖精の事だって、聞けば必ず細かく書くはずだろう。だがその容姿や河原の家の事すら書かれていないと言う事は、母親もまた、そこまで詳しくトビーから、妖精の話を聞いていないと言う事となる。

 「どう言う事だ?治療とは関係が無いのか?確かに・・・母親はトビーの言う通り、死を望んでいた様だ。自殺するつもりだったんだ・・・。だがその前に、トビーに殺された・・・。トビーに?」

 ヒューストはハッと気付くと、夢中で紙に構図を掻き始める。

 病院での治療、異常な母親、何も知らない父親、妖精、ジェシー、さようなら。それを順番に見て行く。

 まずは病院だ。人格形成プログラムと言う治療。その成果で、トビーはとても良い子に育った。だがそのせいで、母親はオカシクなった。それを知った父親は、トビーの身を案じ離婚をする。母親は親権を奪われ、自殺を決意。その前にトビーに殺される。

 次に妖精だ。妖精の話しを知っているのは、母親とジェシーだけ。父親も、病院側も知らない。ジェシーに至っては、共に遊んでいる。魔法の石の存在も知っている。トビーは妖精から、「さようなら」の意味を教えられる。そして母親が最後のさようならを言ったから、殺害した。

 さようならの意味。これは三種類あり、母親は最後の「さようなら」を言った。死ぬ時に言うさようならだ。これは殺して欲しい時にも言う。トビーは母親が頼んだ様な物だと言っていた。母親は、既に死ぬつもりでいた為に、最後のさようならを言ったとすると、トビーの手で殺して欲しいと言う、願望も有った事になる。その証拠に、抵抗をした跡が無い。

 トビー。トビーは治療のお陰で、良い子に育つが、それ故に純粋だ。人格形成プログラムは、催眠療法も行っていた。妖精から教えられた話を、全て真に受けてしまっている。それ故に、母親を殺害したが、母親が死にたがっていたのは間違いない。

 「となれば・・・誰だ?誰かがトビーに余計な事を吹き込んでいたんだ!治療とは別に。治療のせいで、トビーは暗示に掛かりやすくなっていた。他の子供が犯罪を犯していないのは、吹き込まれていないからだ!妖精が教えてくれた?違う!医者の誰かだ!母親も一緒に治療に参加をしていたんだ。母親の状態もよく知っている。二人に同じ幻覚を見せる事も出来るだろう。」

 と、ヒューストは紙に書いた、ジェシーと言う名前を目にすると、首を傾げた。

 「ジェシー・・・。ジェシーも妖精を見ているが、ジェシーはプログラムに参加していたのだろうか?」

 ヒューストは慌しく、ポケットの中から携帯と取り出すと、マックスに電話を掛ける。数回コールを鳴らすと、マックスはすぐに出た。

 「あぁ、マックスか。何度もすまない。実は一つ聞き忘れたんだが、リストは見たのか?」

 『えぇ、一応は見ましたが・・・。』

 「そうか、その中に、ジェシーと言う名前の女の子は居なかったか?トビーと同じ歳の子だ。」

 『ジェシー・・・。フルネームは?』

 ヒューストは慌てて胸ポケットから手帳を取り出すと、ジェイクから聞いたジェシーのフルネームを言う。

 「あぁ、ジェシー・ハドソンだ。」

 『ハドソン・・・いえ、居ませんでしたね。別のジェシーなら居ましたが、確か在住がトビーの住む町と反対側でした。』

 「そうか・・・分かった。ありがとう。」

 そのまま電話を切ると、空振りに終わってしまった事に、溜息を吐く。

 「ジェシーはプログラムに参加していなかったのか・・・。となると、あの河原で個人的にやっていたのか?」

 再び行き詰ってしまうヒュースト。ふぅ・・・と大きく息を吐き、ソファーに凭れ掛ると、隅に寄せた石がキラキラと光っている事に気付く。

 「石・・・魔法の石か・・・。まさか本当に妖精が吹き込んだのか?」

 そっと石を指で摘みと、じっと見つめた。

 やはり時折青紫に光っている。光さえなければ、只の石なのに、どうやってこんな綺麗な色に光っているのかが、とても不思議だ。特別な塗料でも塗ってあるのか、それとも、宝石の原石だとでも言うのだろうか。

 「あぁ・・・そう言えば・・・。今日は怒らないんだな。」

 昨夜はとても嫌な音がしたのに、今日は何の音もしない。トビーは妖精の怒った叫び声だと言っていたが、やはり只の空調の音だろう。ジェシーにも、たまたま同じ事が起きたのだろうと改めて思った。

 ヒューストは石を机の上に置くと、もう一度よく、構図を見つめる。

 じっと考えながら見つめていると、一人忘れている人物に気付く。

 「そうだ!河原の所有者!確か・・・マッキーニ・グレイ・・・。」

 構図の中に、「マッキーニ・グレイ」と書き足すと、その名をじっと見つめる。

 河原の所有者と言う事だが、ずっと放ったらかしにしているとの事。もしこの人物が、蔓の道や大石を元に戻したとしても、老人で一人暮らしと聞いている。老人一人に、そんな事が出来るだろうか。

 「一体どんな人物なんだ?明日にでも、尋ねに行ってみようか・・・。」

 『寂しいおじいさんだよ。』

 「寂しい・・・そうだろうな。子供も居ないし、一人暮らしだし・・・。」

 『子供は居たけど、死んじゃったんだよ。』

 「そうだったのか・・・それは可哀想に・・・。そんな人が、悪さ等したりはしないだろうな。」

 『とても子供が好きな人よ。』

 「それはそうだろう。自信の子供を亡くしてしまったんだから。あぁ、だからあの河原も、国に渡さずに居るのかな?維持費が大変なのに・・・。国はすぐに伐採してしまうから。」

 『私達の為にも、渡さないのよ。』

 「そうなのか・・・。ん?私達とは・・・。」

 ヒューストは無意識に話をしている事に気付き、ハッとした。周りをキョロキョロと見渡すが、誰も居ない。窓も閉まっている。

 「私は今・・・誰と話していたんだ?」

 確かに誰かと会話をしていた様な気がする。いや、気がするのではなく、ハッキリと近くから声がし、話しをしていた。しかし部屋には自分一人しか居ない。もし居るとしたら、それは魔法の石だ。ヒューストの額からは、ジワリと汗が滲んだ。

 ヒューストは恐る恐る、石に顔を近づけた。石はキラキラと光っている。光を覗き込む様に、じっと見つめる。高鳴る鼓動を押さえながら、ゴクリと生唾を飲み込み、更に光の奥を見つめた。すると、光の奥底に、小さな人影が一瞬映った。

 慌てて石から顔を遠ざけると、トクトクと心臓が速くなっているのが分かる。気付けば背中も、汗で濡れていた。

 「なんだ・・・?さ、錯覚か?」

 ヒューストは額の汗を拭うと、もう一度、ゆっくりと石に顔を近づける。今にも心臓が爆発してしまいそうな位、早く脈打っている。見てはいけない物を、見ようとしている気がした。

 光の奥を覗き込むと、再び人影らしき物が映る。今度は逃げぬ様、ぐっと踏み止まり、石を見つめ続けた。

 すると石の中には、沢山の羽の生えた人影が、光の輝きと共に映っている。ヒューストは何度も目を擦り、夢ではないかと何度も自分の頬を叩いた。それでも、石の中の人影は消えない。

 「何なんだこれは・・・どうなっている?反射か?」

 すると今度は、石の中からクスクスと小さな笑い声が、幾つも重なって聞こえ始めた。

 「何なんだ!」

 慌てて石から顔を話すと、石の光が増している事に気付く。笑い声は次第に少しずつ大きくなり、ハッキリと聞こえる様になって来た。

 気付くと部屋中に響く位、大きな声でクスクスと笑っている。その声は何重にも重なり、頭の奥底まで響き渡る程に五月蠅い。

 ヒューストは両耳を手で塞ぐと、「五月蠅い!五月蠅い!」と何度も叫んだ。それでも笑い声は鳴り止まない。

 「うるさああぁぁぁぁーい!」

 腹の底から大声で叫ぶと、ピタリと笑い声は止まった。

 一瞬でしん・・・と静かになり、ヒューストはハァハァと息を切らしながら、周りを見渡す。静まり返った室内は、いつもの見慣れた自分の家の中だ。

 ハッと石を見ると、ゴクリと唾を飲み込み、そっと石に向かって囁いてみた。

 「お前は誰だ?」

 とても小さな声で尋ねるが、石は静けさを保ったまま、何も変わらない。

 「お前は、誰だ?」

 もう少し大きな声で再び言うと、石がキラリと光った。ヒューストは一度大きく深呼吸をし、大きな声で叫んだ。

 「お前は誰だっ!」

 すると石から、先程の声が聞こえて来た。

 『知っている癖に。』

 とても高い声でそう言うと、また小さくクスクスと笑い声が聞こえる。

 ヒューストは小刻みに震える手で、恐る恐る、石を触ろうとした。その瞬間、昨夜の倍大きな音で、石からキィーンと言う甲高いあの嫌な音が発せられた。

 「ぐぅ・・・。」

 余りに酷い音に、ヒューストは悶えながらその場に倒れ込んでしまう。そしてそのまま、気を失ってしまった。


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