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石の声

 「やぁ、トビー。約束通り、今日も来たよ。」

 昨日の続きで、ヒューストは再びトビーに会いに病院へと来ていた。トビーは昨日と変わらず、落ち着いた様子で座っている。

 「そうだね。今日は何の話しをするの?」

 ヒューストは胸ポケットから手帳を取り出すと、メモを取る準備をしてから、話し始める。

 「実はね、昨日君がよく遊んでいたと言っていた、河原に行って来たんだ。」

 「河原に行ったの?妖精には会えた?」

 嬉しそうな顔をして聞いて来るトビーに、ヒューストは少し困ってしまう。

 「いや・・・妖精には会えなかったんだが・・・。妖精の家らしき物は見付けたよ。」

 「そうか!おじさんも、道を見付けたんだね!」

 更に嬉しそうに言うトビーを見て、やはりか・・・と確信をする。その確信を、再確認する様に、トビーに尋ねた。

 「道と言うのは、あの長い蔓の事かな?」

 トビーは大きく頷くと、得気に話し出した。

 「あの蔓は、妖精が作った道なんだよ。妖精は高い所から来るから、上から下に伸びる道を作らないと、家に辿り着けないんだって。」

 「高い所?妖精は、高い所から来るのか。確かにあの蔓は、上から下に伸びていたな・・・。下へ・・・下へと・・・。」

 一人ブツブツと言っていると、トビーは不思議そうに首を傾げた。

 「どうしたの?おじさん。」

 トビーに声を掛けられ、ハッと我に返ったヒューストは、慌てて「何でも無いよ。」と苦笑いをしてしまう。

 下へと伸びるのはいいが、何故細い蔓の方が上なのだろう、と言う疑問が有ったが、そんな些細な疑問、今は必要では無いかと思った。

 「あぁ・・・それから、君に見せたい物が有るんだ。」

 誤魔化す様に言うと、ヒューストは上着のポケットの中から、昨日持ち帰って来た、青光りをする石を机の上に置いた。石を見たトビーは、目を真丸くさせ、驚いた様子だ。

 「おじさんも、妖精から貰ったの?でも会えなかったんじゃないの?」

 「あぁ、会えなかったんだけど、石は見付けたんだよ。」

 笑顔で言うヒューストの言葉を聞き、トビーは不安そうに尋ねた。

 「もしかして・・・勝手に持って来ちゃったの?」

 「あぁ・・・そうだが・・・。不味かったかな?」

 急に沈んだ顔をするトビーに、ヒューストまでもが何故か不安を覚えた。

 トビーは顔を俯けると、沈んだ声で言う。

 「きっと妖精達、怒ってるよ。盗まれたって。ジェシーも一度勝手に持って帰って、怒られたから・・・。」

 ジェシーと言う名前を聞き、ヒューストは突然昨夜の事を思い出した。

 確か昨夜、ジェシーがどうとかと言う声を、聞いた。それにあの甲高い嫌な音。だがそれは、疲れていた上に、酒も入っていたから、夢だと思った。甲高い音は、空耳としてたまに聞こえて来る。それが酷い物だったと言うだけかもしれない、とも思っていたが、不安そうな顔をして言うトビーを見ていると、本当に妖精が怒っていた証拠か?と思わず疑ってしまう。

 「ジェシーは、どんな風に妖精に怒られてしまったのかな?」

 何となく気軽な気持ちで尋ねてみると、トビーの口からは嫌な答えが返って来た。

 「物凄いキィーンってした高い嫌な声で、叫ぶんだって。だから返したって言ってた。」

 ヒューストの背筋は、ゾッとしてしまった。正に昨夜聞いた音の事を、言っている。あの音は、妖精達の叫び声だったのか。だが、そんななんの根拠も無い事を、すぐには信じられない。

 ヒューストはゴクリと生唾を飲み込むと、微かに口元を引き攣らせながら言う。

 「あぁ・・・そうか。なら今日帰りにでも、返して来るよ。」

 それを聞いたトビーは、とても嬉しそうな顔をした。

 「なぁ、トビー。本当に、この石から妖精と話が出来るのかい?」

 「うん、出来るよ。」

 自信満々に答えるトビーを見て、ヒューストは一つの仮説を立てた。

 もし、万が一本当に石を通して、妖精と話しをする事が出来るのならば、昨夜の自分の体験を、妖精はトビーに話しているのかもしれない。そうなると、あの嫌な音の事も知っているのだから、子供の事だ。友達の印として貰った物を、容易く他の者が手にするのは面白くないだろう。嘘を吐いている可能性だってある。

 だが、この仮説が本当となれば、妖精の話しも本当だと言う事になってしまう。そうなれば、そちらの方が厄介だ。まだ偶然同じ事が、ジェシーにも起きたと考えた方が、現実的で有り得る。

 そもそも妖精と言う存在自体が危うい。まだ霊の方がマシだろう。トビーが妖精と、思い込んでいるだけなのかもしれない。心霊現象であれば、同じ非現実的な物でも、まだ受入れられる余裕はある。

 「トビー、妖精はどんな姿をしているのかな?」

 ヒューストは基本的な質問だが、そこから始め様と考えた。

 するとトビーは、また嬉しそうに話し始める。

 「人間と余り変わらないけど、皆綺麗な羽が生えているんだ。透き通っていて、キラキラ光って。それにとっても小さいんだよ。掌に乗る位。男か女かは・・・なんかごっちゃでよく分からないけど・・・。肌の色も真っ白に近くて、とても綺麗なんだ。」

 「あぁ・・・そうか・・・。それは、その・・・とても妖精らしいね。言葉はどうだろう?何か特別な言語を話したりするのかい?」

 トビーは少し考えると、思い出したかの様に言う。

 「そう言えば・・・たまによく分からない言葉を言っていたよ。聞いた事も無い言葉だった。」

 「どんな言葉だい?」

 「知らない。だって始めて聞く言葉だから。」

 それもそうかと思い、ヒューストは軽く息を漏らした。いつもながら、トビーの回答は、ヒューストにとって嬉しくない物ばかりだ。

 「どうして君は、妖精の言う事を信じるんだい?もしかしたら、嘘を吐いているかもしれないじゃないか。」

 純粋な子供だから、疑うと言う事をしないのだろうか。それとは別に、何か特別な理由があって、信じているのかが気になった。

 「嘘を吐く妖精も居るよ。特にキリは悪戯好きだからね。よく僕の事をカラカウんだ。でも大切な事は、絶対に嘘を吐かないよ。人間の方が、沢山嘘を吐くって言っていた。」

 「確かに、人間は嘘吐きが多いね。でも皆が嘘吐きって訳ではないだろう?妖精みたいに、意地悪で嘘を吐く時はあっても、人間だって大切な事は嘘を吐かないよ。」

 頷きながらヒューストが言うと、トビーはニッコリと笑った。

 「なんだ。おじさんはちゃんと分かっているんじゃないか。」

 「分かっている?」

 ヒューストは不思議そうに首を傾げるも、トビーはそれ以上は何も言おうとはしない。

 「まぁ、とにかく・・・妖精の話しはよく分かったよ。どうやらゴーストとはまた、別らしいな。残念だが・・・。」

 ヒューストは頭をポリポリと掻くと、これからの話をどうしようかと悩む。

 普通なら、現実的に母親殺害について解決して行きたい所だが、相手がトビーとなると、普通には行かない。すぐに妖精の話しが出て来てしまう。妖精の話し抜きで、母親殺害についてどう処理をするかが、今は一番の問題だ。

 「うん。じゃあまず、少し酷かもしれないが、君はお母さんを殺してしまった事は、認めているんだね?」

 トビーは無言で頷くと、ヒューストも軽く頷いた。

 「それなら次に、その理由が『さようなら』と言ったからと言ったが、それは永遠のお別れの言葉だったから、殺さなくてはいけないと思った。これは合っているかい?」

 「違うよ。死ななくちゃいけないと思ったんだよ。」

 今度は修正を入れると、ヒューストは小さく何度も頷いた。

 「そうか、死ななくちゃいけないと思ったのか。なら、死ななくちゃいけないと思ったから、殺した、でいいのかな?」

 トビーは大きく頷く。

 「よし・・・ここまではいいな。つまりは、お母さんは、まだ生きているのに、永遠のお別れの言葉を言ったから、死ななくてはいけないと思い、殺した。これで間違いないかな?」

 ヒューストは一つ一つの言葉を、ゆっくりと丁寧に言って、最終確認をする。するとトビーは、少し首を傾げ、ヒューストの言葉に付け加えた。

 「さようならが抜けてるよ。それから、妖精が教えてくれたって。」

 「あぁー・・・トビー・・・。」

 ヒューストは思わず頭を抱え、大きな溜息を吐いてしまう。せっかく順調に進んでいると思った矢先、またも妖精と言う単語が出て来る。

 「妖精の話しは、さっきしたじゃないか。もうその話しは終わりだよ。今は、お母さんを殺した事について、話しているんだよ。」

 「妖精の話しは必要だよ。だって、どうしてさようならって言ったから、死ななくちゃいけないって思ったのか聞かれたら、妖精に教えて貰ったって言わなくちゃならないでしょ?おじさんも昨日聞いたじゃなか。裁判でもきっと聞かれるんでしょ?」

 ヒューストは、本当にトビーは頭の良い子だと痛感してしまう。

 確かに裁判の際、理由を聞かれるだろう。その理由はトビーにとって、間違い無く妖精から貰った知識だと言う事になるが、他の者からしたら、只の戯言でしかない。

 可笑しな妄想に取り憑かれた、精神異常者だと診断されるだけだ。それを避ける為に必死に奮闘しているが、当人はそんな事等、全く気にしていない様子だ。

 たった二日だが、トビーと話しをして分かった事は、とても頭が良い子だと言う事。純粋で優しい子供だと言う事。間違っても、精神に異常が有る訳ではないと言う事だった。そして何より、頑固だと言う事。

 「トビー、昨日も言った様に、私は君をここから出してあげたいんだ。普通の少年院に行って、やり直して欲しい。もしかしたら、刑期だって軽くしてあげれるかもしれないんだ。だが君がいつまでも妖精の話をしていると、前に進めない。まぁ・・・普通はこう言う事は弁護士がやるんだろうが・・・君に場合は特殊だ。初犯だし・・・何より普段の生活態度も真面目だし・・・その辺のゴロツキ共とは違う!医療少年院なんて所は、隔離病棟以上に酷いし、ここだって、実験体にされるだけだ。まともな奴まで、それこそオカシクなる。」

 気付けばいつの間にか熱演をしているヒューストだったが、トビーは表情を変える事無く、不思議そうに首を傾げ聞いているだけだ。

 「いいかい?頼むから、約束してくれ。裁判の時は、妖精の話は絶対にしないと!絶対に!約束してくれ!」

 少し興奮気味に言って来るヒューストに、トビーは冷静な態度で答えた。

 「おじさん、それっていけない事なんじゃないの?」

 トビーに指摘され、ハッと気付くと、「そうだな・・・すまない。」と小さく呟き俯いてしまう。

 「そうだな、今のはいけない事だったな。すまない、忘れてくれ。」

 改めてトビーに謝ると、ふぅ・・・と息を吐き、気を落ち着かせる。思わず感情的になり、口走ってしまった自分の言葉を恥じてしまう。

 しばらくは沈黙が続くと、ヒューストは手帳を胸ポケットに仕舞い、椅子から立ち上がった。

 「すまないが・・・今日はこの辺で終わりにしよう。また明日・・・来るよ。」

 「もう時間?」

 少し残念そうな顔をするトビーに、ヒューストは困ってしまう。

 「いや・・・そう言う訳じゃないが・・・。これ以上は、ほら・・・。私も少し考えをまとめたいし・・・。君の話しの。」

 トビーは首を傾げ、何かを考えると、今度は思い付いた様に、突然嬉しそうな声で言った。

 「そうか!おじさんの悩みが分かったよ!おじさん、妖精に証言ってヤツをして貰いたいのに、妖精が見えないから困っているんでしょ?だったら僕から頼んであげるよ。」

 トビーの考えは、強ち間違ってはいないが、根本的な事は間違いだらけだ。それを誰よりも分かるヒューストからは、大きな溜息が零れる。

 「いや・・・とてもありがたい申し出なんだが・・・。君が頼んでくれても、きっと裁判所に居る人達には、妖精が見えないよ。余り意味が無いかな。そうじゃなくて・・・。私はどうしたら、君をここから出してあげれるのかなと・・・。」

 言い掛けている途中、無力感に襲われ、最後まで言うのを止めてしまう。するとトビーが、不可解そうな顔で、一番の盲点を指摘してきた。

 「それは、おじさんの気持ちでしょ?僕は別に、ここから出られなくてもいいよ。医療少年院って所は・・・よく分からないけど、ここは別に居てもいいよ。居心地いいし。」

 その言葉を聞いたヒューストは、唖然としてしまう。

 「君は・・・ここが好きなのかい?」

 「特に好きって訳じゃないけど、皆良い人だし、石が有るから妖精とも話せるし。特に不便はしていないから。」

 ヒューストは茫然と佇みながら聞いていると、ハッとトビーの言った『気持ち』と言う言葉に気が付いた。

 確かにトビーの言う通り、自分の気持ちで病院からも出してあげたいと思っていたが、肝心の当人、トビーの気持ちはまだ聞いていなかった。それは当然トビーも、一日でも早く、元の生活に戻りたいと思っていると思い、必死に奮闘しているつもりだった。だが実際のトビーは、そうではない様子だ。

 「だが・・・しかしっ!君は本当にいいのかい?毎日退屈な心理テストやらをやらされるし、好きな物だって好きな時に食べれないし・・・。それにっ友達とも遊べないんだよ?お父さんとも、離れ離れになってしまう。学校だって行けない。勿論、妖精の居る河原へもだ!」

 必死に訴えるヒューストだったが、トビーは全く気にせず、軽く答えて来る。

 「別にいいよ。学校は退屈だし、父さんとも毎日じゃないけど、ちゃんと会えるって聞いた。会いに来るって。それに妖精も遊びに来てくれるって。まぁ・・・アイスが好きなだけ食べれないのはちょっと嫌だけど・・・。でも、もうすぐジェシーも来るし。」

 「ジェシーも?それは・・・どう言う意味だい?」

 確かジェシーは、今は海外に居り、帰って来るのは明日の予定だ。その事を言っているのだろうか?と思ったが、トビーの回答はあやふやな物だった。

 「そのままの意味だよ。もうすぐここに来るんだよ。」

 ヒューストは、もうすぐ面会として来る、と言う意味だろうと思ったが、昨夜の不確かな声の事を考えると、不安が過る。

 「そうか・・・。何故その事を知っているんだい?」

 「妖精が教えてくれた。」

 当たり前の様に、トビーはまた妖精発言をする。いい加減ヒューストもその事には慣れ、驚きも呆れもしなかったが、やたらとジェシーが絡んで来る事が、気掛かりだ。

 「そうか・・・君の気持ちはよく分かったよ。確かに、君の身の問題なんだから、君の気持が最優先だね。よしっ!それなら明日からは、その・・・妖精の話しも交えて、改めて事情を聞こう。それでいいかな?」

 腑に落ちない所はあったが、トビー自身がそう望むのなら、仕方ない。ヒューストは自分に言い聞かせるように、トビーに言った。するとトビーは、満足そうな笑みで大きく頷く。

 「そうか、分かったよ。」

 ヒューストは小さく何度も頷くと、ドアの方へと向かった。

 「おじさん。ありがとう。」

 後ろから聞こえて来るトビーの声に、ヒューストは顔だけを振り向かせると、笑顔を見せる。そしてゆっくり、ドアを開け部屋から出て行った。

 部屋から出ると、大きな溜息が零れる。今までの努力が、無駄になってしまった気がするのと同時に、自分の中で納得がいかない気持ちがあった。

 トビーはああ言っていたが、本心はどうなのだろう。罪の意識から、言っているだけではないだろうか?そんな事が頭の中を過る。それにジェシーの事も気になる。トビーの話しの中には、妖精だけでなく、ジェシーも何かと絡んで来る。これはジェシーも、妖精と関わっているせいだからなのだろうか。

 あれこれと考えながら歩いていると、あっと言う間に駐車場へと到着をしてしまった。そのまま車に乗り込むと、ドアを閉めると同時に、石を机の上に置き忘れた事に気付く。

 「しまった・・・。」

 慌てて車から降りると、どこからか、トビーの呼ぶ声が聞こえて来た。

 「おじさんっ!こっち!これー!」

 声のする方を見上げて見ると、上の方の部屋の、鉄格子の子窓から、トビーが石を手に大きく振っている。

 「あそこの部屋だったのか・・・。」

 ヒューストはトビーの居る窓の下まで走って行くと、両手で大きく手を振った。

 「すまないね!そこから落としてくれ!」

 トビーに聞こえる様に大声で叫ぶと、鉄格子の中から、石を持ったトビーの腕が出て来た。

 「いくよー!」と言うトビーの合図と共に、石はヒューストの居る下へと落とされる。ヒューストは落ちて来る石を、見失わない様に目で追うと、少し体を反りながら、見事キャッチした。

 「ナイスキャッチー!」

 上からまたトビーの声が聞こえると、ヒューストは建物から離れ、トビーの顔が見える位置まで行くと、また大きく手を振る。トビーは小さく手を振ると、そのまま医者に連れられ、部屋の奥へと引っ込んでしまった。

 ヒューストは再び車へと乗り込むと、受け取った石を見つめる。石は確かに、自分が持って来た物だった。トビーの持っていた石と、すり替えられてはいない様だ。念の為にと確認をするが、よくよく考えれば、友達の印として貰った物を、すり替えるはずが無い。そうした所で、何の得も無いかと思うと、仕事柄すぐに疑ってしまう癖が嫌になる。

 トビーに言われたから、と言う訳ではなく、癖と言え疑ってしまったお詫びとして、持ち出した石を、元の場所に返しに行く事にした。



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