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 ヒューストは病院の駐車場へと行くと、置いてある自分の車の元へと足早に向かう。車の中へと入ると、絞めていたネクタイを緩め、ホッと息を漏らした。額には薄らと汗を掻いている。緊張の糸が切れたのか、体中の力がグッタリと抜けた。

 あの真っ白な部屋に居る間、自分までもがオカシクなりそうだった。それはトビーと居るからでも、妖精の変な話しをしていたからでも無い。あの部屋が原因だ。

 「あんな所に一日中居たら、頭がオカシクなって当然だ。」

 一面白で塗り潰された部屋は、ヒューストにとっては精神的に苦痛で仕方が無かった。きっとヒューストだけでなく、誰もが同じ様に苦痛だろう。

 清潔な色、白。まるで雲の中にでも居る様な気分になるだろうが、暖かさが無い冷たい感じだ。冷たい雲の中に居る様だった。

 上着のポケットの中から携帯電話を取り出すと、同僚の刑事に電話を掛ける。外での聞き込み担当をしている、同じトビーの事件担当のジェイクだ。

 何度かコールを鳴らすと、携帯からジェイクの疲れ切った声が聞こえて来た。

 「あぁ、ジェイクか。こっちは今終わった所だが、そっちはどうだ?」

 『あーこっちはまだ聞き込みをしているが・・・。もう誰に聞いても同じ事ばかりで、特にこれと言った重要情報無し・・・だよ。』

 うんざりとした様子の声に、ヒューストは小さく笑った。同じ様に、うんざりとした奴が居ると思うと、何故か嬉しく感じる。

 「そうか。聞きたいんだが、ジェシーって子を知らないか?その子に、話しは聞いたか?」

 トビーの話しに出て来た、ジェシーについての情報を聞くが、ジェイクは知らないと答える。

 「そうか・・・。その子に会いたいんだが、探してくれないか?トビーの近所の女の子で、彼とよく河原で遊んでいたらしい。学校も同じだ。」

 『あぁ・・・別に構わないが・・・。事件と関係有るのか?』

 「いや、ちょっと聞きたい事があって・・・。トビーの話しが本当かどうか、確認する為だ。今からそっちへ向かう。居場所が分かったら、連絡してくれ。」

 『了解。』

 ヒューストはそのまま電話を切ると、車のエンジンを掛け、トビーの住んでいる町へと向けて車を走らせた。

 町までは病院から、車で一時間程の距離だ。

 その途中、ジェイクから連絡が入り、ジェシーは今、家族で旅行中の為国外に居るとの事。仕方なく、変わりに二人がよく遊んでいた、妖精が住んでいると言う河原の場所を調べて貰い、ジェイクとそこで落ち合う事となった。


 トビーの住んでいる町は、何処にでも在る田舎町だったが、閑静な住宅地だ。

 一戸建ての大きな家が連なり、少し外れれば自然の世界が広がっている。人々も穏やかで、凶悪犯罪とは無縁の生活を送る人々ばかり。決して荒れている町とは言えない。

 休日には亭主が庭の芝刈りをし、老夫婦はのんびりと森の公園のベンチに座り、ランチを食べている。子供達は犬と戯れながら遊び、年頃の子は恋人との密会を楽しんでいる、そんな町。

 だからこそ、トビーの起こした事件は、町の人々にとっては一大事であり、最悪の出来事なのだろうか。誰もがちらほらと見える警察の姿や、町を巡回するパトカーの姿を不安そうに見つめている。平和な田舎町で起きた、残虐な事件。

 ヒューストはトビーの家の近くで車を停めると、車の中から、チラリとトビーの家の中の様子を窺った。家は全てのカーテンが閉められ、時折数人の人影らしき物が動くのが、見えるだけだった。

 多分警察の者だろう、と思うと再び車を走らせ、ジェイクと待ち合わせをしている、例の河原の有ると言う公園へと向かう。公園の入口付近に車を停めると、先に到着をしているジェイクの姿が見えた。

 ヒューストは車から降りると、足早にジェイクの元へと向かう。自分の元に近づいて来る、ヒューストの姿に気付いたジェイクは、軽く手をあげた。

 「すまないね。」

 ジェイクの元へと到着すると、二人は話しながら歩き出し、早速河原の在る方へと向かった。

 「この場所は、すぐに分かったのか?」

 「あぁ、特に隠れスポットって訳でも無いみたいだからな。誰でも知っている場所だった。二人が河原に遊びに行く姿を、沢山の人が見ていたよ。」

 「ジェシーの事も、すぐに分かったのか?」

 「まぁね。よく二人で遊んでいたみたいだから、ジェシーって名前を出したら、皆すぐに誰の事か分かったみたいだよ。ジェシー・ハドソン、トビーと同い年だ。簡単過ぎて面白くもないな。」

 そう言って笑うジェイクに、ヒューストは苦笑いをする。

 「あぁ、それから・・・。そのジェシーって子だけど、海外に住む親戚の家に行っていて、後二日は帰って来ないらしい。だから多分・・・トビーの事も知らないと思う。」

 「出発したのは、いつだったんだい?」

 少し驚いた様子でヒューストが聞くと、ジェイクは溜息混じりに答えた。

 「三日前。可哀想に・・・知らない間に、友達が殺人犯になっているんだからな・・・。」

 ジェイクの言葉に、ヒューストからも自然と溜息が漏れてしまう。

 「ジェシーか・・・。彼女と連絡取れないかなぁ・・・。」

 「随分その子にご執心だね。重要人物?」

 「いや・・・ある意味そうだが・・・。」

 二人が話しながら歩いていると、水の流れる音が聞こえて来た。その音は進むに連れ、どんどんと大きくなり、無雑作に生えた木々を押し退け茂みから抜けると、浅瀬の河原が流れているのが見える。

 「到着だな。」

 ジェイクは水の流れるすぐ脇まで行くと、ざっと周りを見渡した。

 トビーの言っていた河原は、住宅地から少し離れた、小さな公園の奥に存在していた。周りは河原を隠すかの様に、大きな木々に覆われている。木々を抜ければ、開放的な空間が広がり、その中心を浅瀬の河原が流れていた。水の流れもゆっくりで、日差しもよく差し込み、夏に水遊びをするには、打って付けの場所だ。誰でも知る場所と言うのは、頷ける。

 「さて、目的地に到着した訳が・・・ここがどうしたんだ?」

 ジェイクの質問に、ヒューストはすぐに答える事が出来ず、困った様子で頭を掻くだけだ。なにしろ、ここが妖精の住んでいる場所なのだから。そもそもヒュースト自体、ここに来たのはいいが、どうしたらいいのかが分からない。

 トビーの妖精の話を信じている訳では無いが、もし本当にここに妖精達が住んでいるとしても、こんな開放的で、誰もが来られる場所に住むだろうか?と言う疑問も有った。

 「ジェイク、もしお前が隠れ家を作るとしたら、ここに作ろうと思うか?」

 突然のヒューストの質問に、ジェイクは戸惑いながらも、何となく答える。

 「え?いや・・・確かに良い所だけど・・・。隠れ家って言うのはどうかな。どちらかと言えば、別荘って感じかな。」

 「別荘か・・・。確かに、それはいいな。」

 ヒューストは少し屈み、河原の周りに生えている、木々や石を覗き込んだ。

 きっと妖精の別荘だとしたら、とても小さいだろう。高い所ではなく、低い所に在るのでは?と思い周りを見渡すが、それらしき物は見付からない。

 今度は上を見上げて見た。低い所に無いのなら、高い木々のどこかに、鳥の巣の様に作っているのでは?と考え。念の為にと妖精の家とやらを探してみたのはいいが、全くそれらしき物は見当たらない。また一つ溜息を漏らすと、困り果ててしまう。

 「何を探しているんだ?」

 トビーの話しを聞いていないジェイクは、当然の事ながら、ヒューストの行動を不思議そうな顔で見つめていた。ヒューストはそんなジェイクの顔を見ると、話していい物かどうか・・・と少し考える。

 「いや・・・トビーの動機を聞いたんだが・・・。全く・・・こんな話し、どうしろと言うんだ・・・。」

 少し口を開く物の、やはり妖精の話し等只の戯言かもしれないと思うと、話す気すら無くしてしまう。と言うより、余りに子供染みた話しで、馬鹿馬鹿しくも思える。

 「動機を聞いたのか?だったら教えろよ。」

 ジェイクに煽られると、ヒューストは困りながらも、仕方なく話し始めた。

 「あぁ・・・。なぁ、フェアリーって信じるか?」

 「フェアリー?って、妖精の事か?何だよ急に?」

 突拍子も無い突然のヒューストの言葉に、ジェイクは可笑しそうに笑い出した。当然と言えば、当然の事だろう。

 「まぁ・・・笑うよな。だが・・・トビーの動機はそれなんだ。」

 「それ?妖精が動機って事か?何だよそれ。」

 ヒューストが話せば話す程、ジェイクの笑い声は大きくなる。それでも仕方なく、トビーから聞いた話しをジェイクに伝えると、ジェイクはお腹を抱えて笑い出した。

 「頼むから、勘弁してくれよ。そんな事で殺人だなんて、勘弁してくれよ!」

 笑いながら言うジェイクに対し、ヒューストは言っている自分が恥ずかしくなり、顔が真っ赤になってしまう。

 「まぁそうなんだが。トビーがそうだと言い張るんだ。」

 「それでわざわざここへと来た訳か。俺に場所を調べさせて。全く・・・お前はからかわれているんだよ。」

 今度は呆れた様子でジェイクに言われ、ヒューストもカラカわれただけなのかと、自分に呆れてしまう。

 しかしトビーが妖精の話をしている時の表情からは、全くの嘘だとは思えなかった。だからこそ、この河原に来たはずだったが、結局何の手掛かりも無いまま、来ただけで終わってしまいそうだ。

 「無駄足ご苦労様だ。全く、下らない事に付き合わされたよ。」

 すっかり呆れ切ったジェイクは、その場から立ち去ろうとした。付き合いきれないと言った様子で、河原から離れ茂みの方へと入って行く。ヒューストも溜息を突きながら、ジェイクの後へと続くと、先に進んでいたジェイクが、突然足元を掬われた。その場に横転しそうになったジェイクの体を、とっさに後ろに居たヒューストが支えた。

 「おいおい、どうした?」

 慌ててジェイクの体を持ち上げると、ジェイクの足元には、沢山の蔓が絡み付いている。

 「何だこの蔓。どこから生えている?」

 ジェイクは鬱陶しそうに、両足を大きく振り上げると、絡み付いた蔓をブチブチと引き千切った。

 「この太さは、この辺に生えている蔓じゃないな。きっともっと高い所にある蔓だ。」

 ヒューストは一本の蔓を掴むと、その蔓を辿り、生えている元を探す。蔓は上へ上へと続いており、手がこれ以上は上がらない所まで来ると、蔓をグイグイと下へと引っ張った。

 「ジェイク!見ろ!大木の上から生えている蔓だ。」

 ヒューストは一つの大木の上を指差すと、ジェイクはそっと示された方を見上げた。

 「あぁ、本当だ・・・。こんな低い所まで伸びる物なのか?」

 二人して上を見上げている大木は、沢山の木々の中でも、一番大きな木だ。その中から、数本の蔓が下へ下へと伸びている。伸びていると言うより、下ろされている感じだった。

 「ヒュースト、思い切り引っ張ってみてくれ。」

 ジェイクに言われ、ヒューストは力一杯蔓を下へと引っ張った。しかし蔓はビクともせず、頑丈に上に繋がっている。

 「駄目だ。上で絡まっているのかな?」

 ヒューストは蔓を離し、手を叩くと、掌は少し赤くなってしまっている。

 「何だって引っ張れと言ったんだ?お陰で両手が真っ赤だ。」

 文句を漏らすヒューストに、ジェイクは上を見上げたまま話した。

 「いや・・・蔓って物は、普通上へと伸びる物だろう?だけど見ろ!この蔓、上から下へと来ている。上に伸びるに連れて、細くなっている。普通逆じゃないのか?それなのに頑丈に木とくっ付いてるとは・・・変だな。」

 「確かにそうだな・・・。誰かが上から持って来たのか?」

 「あんな高い所、誰が登るんだ?子供が登れる高さじゃない。大人だって怖い位だ。」

 ヒューストはしばらくその場で考えると、今度は逆に、地面へと続く方へ、蔓を辿り始めた。

 途中ジェイクが何本か引き千切った後から辿ると、蔓は茂みの中を長く付き進む。進むに連れ、蔓は益々太くなり、道は細くなって行く。そして河原の周りの小石を横切ると、小さな滝壺の入口で途絶えた。

 「これは驚いたな。こんな場所が在ったのか。」

 気付くと周りは、先程まで居た場所以上に木々に覆われ、完全に外からは鎖されている。全くの森の中と言っても、過言ではない程に辺り一面緑で覆われ、近くに家が在る等信じられなくなる位だ。小さな滝壺は少し深い青色をしており、浅瀬の河原よりも深そうだ。

 「ヒュースト!待ってくれ!」

 後ろからヒューストを呼ぶジェイクの声が聞こえ、ヒューストはハッとした。

 「すまない!夢中で進んでいた!ジェイク!見て見ろ!」

 後から必死にヒューストを追っていたジェイクも、その場へと到着をすると、全くの別世界にでも来た様な周りの急変に、驚いてしまう。

 「こいつは・・・田舎だとは思っていたが、森へと繋がっていたのか。隠れ家にするなら、ここだろうな。」

 ジェイクの『隠れ家』と言う言葉に、ヒューストはハッと気が付いた。

 「そうか!ここが隠れ家なんだ。」

 「何の話だ?」

 「妖精だよ!トビーは河原に妖精の家が在ると言っていたが、どこに在るとは言わなかった。きっとそれは、妖精の隠れ家だから秘密にしていたんだな。」

 「おいおい、また妖精の話しか?まさか本気で信じている訳じゃないだろうな?」

 苦笑するジェイクだったが、ヒューストは気にする事無く、蔓の途絶えた場所をマジマジと見つめる。すると時折、石と石の間から、キラキラと光る物を見付けた。

 ヒューストは滝壺の入口のすぐ側にある、大きな石を退かそうと持ち上げるが、重くて中々動かない。

 「おい、ジェイク!手伝え!」

 丁度途絶えた蔓の上に、乗っかっている石。ぼーっと突っ立っているジェイクに言うも、ジェイクはヒューストの訳の分からない行動に、呆けてしまっている。

 「ジェイク!」

 再び名前を呼ばれ、ジェイクはハッと我に返ると、仕方なくヒューストと石を持ち上げた。二人係でやっと少し持ち上がった石を、そのまま横へとズラして行く。茂みの方へと石を退かすと、二人して手を痛そうに摩った。

 退かした大石の下からは、沢山の青色に光輝く、色んな大きさの石が詰っていた。それを見たヒューストは、口がパックリと開いてしまい、唖然とする。

 「綺麗な石だな・・・。」

 少し息を切らせながら、ジェイクが言うと、ヒューストは思わず笑ってしまった。

 「何が可笑しい?」

 「いや、私と全く同じ感想だったからな。」

 「この石を知っているのか?」

 ヒューストはゆっくりと頷くと、トビーの持っていた石の事を話した。

 「彼もこれと同じ石を持っていたよ。魔法の石だとか言っていたが・・・驚いたな。こんな所に有ったのか。」

 「魔法の石?」

 「あぁ・・・妖精から貰ったとか・・・。友達の印として。なんでも、この石を通して、妖精と話しをする事が出来るらしい。本当かどうかは知らないがな。」

 「また妖精か・・・。まぁ何にせよ、彼がここでこっそり遊んでいた事は分かったな。この場所は誰も知らなかった。父親も。」

 ヒューストと同じ様に、妖精の話ばかりに少しうんざりするジェイクだったが、聞き込みで得られなかった情報を得た事には、満足の様子だ。

 「それで?妖精はどこに居る?」

 ジェイクがカラカウ様に言って来ると、「さぁ?」とヒューストは首を傾げた。周りを見渡して見るが、それらしき者は居ない。

 「本当に仲良くなりたいと伝えなきゃ、見えないんだとさ。」

 ヒューストは沢山ある青光りをする石を、一つ掴むと、それを掌の上に乗せ、じっと見つめた。間違いなくトビーが持っていた石と、同じ物だと再確認をする。

 「取りあえず、一旦引き揚げよう。もう日も暮れる。」

 ジェイクに言われ、空を見上げて見ると、いつのまにか夕日が顔を出していた。木々に覆われた場所と言う事もあり、周りは町中よりも薄暗くなっている。

 「そうだな・・・。」

 二人は来た道を戻ると、徐々にと夕日の光が差し込んで来た。

 あの滝壺の辺りは、高い木が多いせいか、光も余り差し込まず、空の面積も狭く感じる。

 段々と空が広くなるのが分かると、ジェイクが蔓に足を絡ませた場所まで戻った。ジェイクはまた足を掬われない様に、蔓を跨いで行くと、ヒューストはふと蔓の前で足を止める。

 「どうした?」

 ジェイクの問い掛けにも答えず、ヒューストはじっと蔓を見つめると、一直線に伸びる蔓を、何度も左右目で追い掛ける。その度に何度か首を傾げていると、蔓がまるで電車の線路の様に見えて来た。

 茂みに隠れている蔓は、立ったままでは中々気が付かない。それはジェイクが足を取られた位なのだから、よく分かる。しかし一度気付いてしまえば、何の事は無い。分かりやすく、まるで道標の様にあの滝壺へと続いている。これがもし、子供の視線から見たとすると、どうだろうか。子供は座り込んで遊ぶ事が多い為、見付けるのは容易いだろう。

 そう思うと、この蔓を辿り、あの滝壺まで行き妖精とやらに会ってしまったら、トビーと同じ様な子供が増えるかもしれないと、一瞬ゾッとした。

 ヒューストはそれを阻止すると言わんばかりに、長く続く蔓を、ブチブチと力任せに引き千切り始めた。

 「どうしたヒュースト?」

 「ジェイク、お前も手伝え。」

 「またか?」

 またしても、突然意味の分からない行動を取り始めたヒューストに、ジェイクは付き合わされてしまう。

 二人で何本も重なった蔓を引き千切り続け、一か所だけでなく、道を無くす様に何か所も引き千切り、千切った蔓は川へと放り投げる。綺麗に並んでいた線路を、脱線だせるのだ。

 気が付くと、辺りは真っ暗になっており、二人の手もヒリヒリと痛んでいた。二人は額の汗を袖で拭うと、暑そうに上着を脱ぐ。

 「参ったな。汗がビッショリだ。」

 ジェイクはシャツの袖も捲ると、疲れた様子でその場にしゃがみ込んだ。

 「悪いな、手伝わせて。だがこの蔓の道は、厄介そうだったからな。」

 同じくヒューストも袖を捲ると、ズボンのポケットの中からハンカチを取り出し、川の水に浸してギュッと絞り水気を抜いた。

 冷たく冷やされたハンカチを額に当てると、ヒンヤリと冷たく気持ちいい。火照っていた体が、ほんの少しだが涼しくなる。

 それを見たジェイクは、重そうに体を持ち上げ、河原のすぐ脇まで移動した。そして川の水で直接顔を洗うと、顔全体に冷たい水が沁みわたり、頭の中までスッキリした。

 「ふぅ・・・。とんだ肉体労働をさせられたよ。あの蔓は、そんなに厄介なのか?」

 無雑作にシャツで顔を拭くと、ヒューストの背中を軽く叩いた。

 「あぁ・・・多分トビーは、私達の様にあの蔓を辿って、滝壺を見付けたんだと思う。そこで妖精に会ったんだ。青光りする石もあったしな。」

 「本気で妖精の事を、信じているのか?」

 「いや・・・そう言う訳じゃないが・・・。また別の子供が、あの滝壺を見付けてトビーの様な事を言い出されたら、厄介だろう?」

 「まぁ・・・それは確かにそうだな。同じ事をやられても困るしな。」

 ジェイクもヒューストの意見に賛同し、全くの無駄な行動と言う訳では、少なからずないのだろうと思った。

 二人は真っ暗闇に近い公園内を歩き、車の停めてある場所へと向かった。公園内でも敷地が小さいせいか、外灯は殆ど無く、家の在る方で、各自宅内の灯りが遠くから見える位だ。

 ヒューストは秘かに滝壺から持ち出して来た、青光りのする石を、ズボンのポケットの中から取り出した。すると周りが暗いせいか、石は始めに見た時以上に、光輝いている。

 「持って来たのか?」

 眩しい位に輝く石に、すぐに気付くと、ジェイクは少し呆れた表情を浮かべる。

 「あぁ。明日また、トビーと会うからな。話しのネタにでもしようと思って。」

 「だがそれは、友達の印の石なんじゃないのか?勝手に持ち出して、妖精に怒られてもしらないぞ。」

 ジェイクがヒューストをカラカウと、詰らない冗談に、今度はヒューストが呆れてしまう。

 「怒りに現れたら、裁判所での証言を頼んでおくよ。」

 皮肉交じりにヒューストも冗談を言うと、二人して可笑しそうに笑った。

 車まで戻ると、ヒューストはジェイクに「ジェシーと連絡が取れそうだったら、教えてくれ。」と頼み、車に乗り込んだ。ジェイクはそれを了承すると、二人は軽く手を上げ、ヒューストはそのまま車を走らせて行った。


 自宅へと戻ったヒューストは、一日の疲れにどっと襲われ、崩れる様にソファーに座った。体中が、鉛の様に重い。

 トビー住む町から自宅までは、丁度四十分程度で、どちらかと言えば、病院側に近いマンションに住んでいる。まだ独身だったヒューストは、一人暮らしの虚しさを、こう言う時に痛感してしまう。

 疲れて帰って来ても、温かい食事を用意して迎えてくれる者は、誰もいない。殺風景な部屋の中には、仕事の資料が机の上に散らばっているだけだ。

 ヒューストはポケットの中から石を取り出し、机の上に置くと、汗で気持ちの悪い体を、まずはサッパリさせ様と、重たい体を持ち上げ、シャワーを浴びに行った。

 顔も手も泥と汗塗れだった体が綺麗になると、心無しか疲れも少し抜けた様な気がし、冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出して飲んだ。最初の一口目から、体中に沁みわたり、ほっと息を吐くと、再びソファーへと座りのんびりとする。

 今日一日、訳の分からない妖精話に振り回された気がし、うんざりだ。明日またトビーと会い、同じ話しを聞かされるのかと思うと、今から気が滅入ってしまう。それを誤魔化す様に、また一本、また一本とビールを飲む。

 チラリと机の上に置いた石を見て見ると、外で見た時よりも余り光を発していなかった。

 スタンドの電気を付け、部屋の灯りを消してみると、石は外で見た様に、輝きを増した。やはり時折青紫に光る時があり、電球の光の加減のせいか?と思い、石をスタンドの真下へとやった。それでもやはり、青紫に光る時がある。

 「不思議な石だな。宝石・・・と言う訳ではないし・・・。確かに石ころなんだが・・・。」

 ヒューストはマジマジと石を見ると、そっと耳元に翳してみた。

 しかし、やはり声等聞こえず、溜息を吐くと、机の上に石を転がし、またビールを飲みだす。段々と気持ちよくなって来ると、疲れと程良い酔いから、いつの間にかそのまま眠ってしまいそうになる。

 うつらうつらと眠っていると、どこからかヒソヒソと話声が聞こえて来る様な気がした。とても小声で、内緒話をしている様だ。

 夢現で声を聞いていると、『ジェシー』と言う単語が耳に入って来る。

 ああ、きっとジェシーの事が気になっているせいか・・・と思い、気にせずに夢の中へと入ろうとする。するとまた、『ジェシー』と言う単語が耳に入る。その声は次第にハッキリと聞こえて来て、一つの単語から、一つの言葉へと変わる。

 『やるよ。』

 やる?何の事だ?と思いながらも、ヒューストの目は完全に閉じてしまっている。そして声だけが、耳にこびり付く。

 『ジェシーがやるよ。』

 『今度はジェシーがやるよ。』

 無意識に頭の中に入って来る声。それは甲高い様な、濁ってもいる様な不思議な声。その声が徐々にと大きくなると、突然ヒューストの耳元に、大きく響いた。

 『ジェシーが殺るよ!』

 まるで耳元で、誰かに叫ばれた様な大声に、ヒューストは驚き飛び起きた。

 ドクドクと心臓の鼓動は高鳴り、一気に目が覚め、慌てて周りを見渡す。額には微かに冷や汗を掻いており、一瞬何が起こったのか分からずにいる。手で両耳を摩る様に触りながら、後ろを振り返った。しかし部屋には誰も居らず、しん・・・と静まり返っている。

 ゆっくりとその場から立ち上がると、再び部屋の中を見渡す。そして机の上に置いてあった、石に気が付くと、石を目にした瞬間、キィーン・・・と言う甲高い音が部屋中に響いた。

 余りの酷い音に、思わず両耳を塞ぐが、頭の中へと直接入り込んで来る。ヒューストは苦しそうに顔を歪めると、声にならない声で悶える。

 気付くと音は消え、ヒューストはそっと両耳から手を離した。息を切らせ、生唾を飲み込むと、キラキラと青く光る石を、恐る恐る指で突っつく。何度か突っつくが、石は何の反応の示さず、先程の様な嫌な音を出す様子も無い。

 「何だったんだ・・・。」

 ヒューストは額の汗を拭うと、部屋の窓を開けた。窓を開けると、外から時折車のクラクションの音が聞こえて来る。

 「クラクションの音が、反響したのか?少し飲み過ぎたのかな・・・。」

 外の空気を吸って、少し酔いを醒ますと、あの声は夢でも見ていたのだろうと思い、寝室へと行きその日は眠った。


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