1 奪われた帝都
帝都奪還までできあがってますので、連続投稿してまいります。よろしくお願いします。
元輝17年、フレイガルド帝国は、突如侵攻してきた隣国ヴァルカニアの軍勢を迎え撃つため、30万の兵を動員し帝国の北辺ファフヌル平原に布陣していた。
大軍である。いくつもの丘の上に柵を築いてその中に幕舎が並べられ、歩哨に立つ兵士の磨き上げられた武具が日の光を反射していた。
敵ヴァルカニア国軍の兵数はわずか10万。
フレイガルド軍は、ヴァルカニア国軍が布陣する10の小さな岩山を半包囲するような形で展開していた。
その威容は兵たちに必勝の思いを抱かせるに足りるものであった。
「なんだというのだ、あの山は」
だが、軍議のために集まった将軍たちの顔には曇りがあった。
「わかりません。以前この地を訪れたときには、あのような山などありませんでした」
その原因は、ヴァルカニア国軍が布陣している山にあった。さほど高い山ではない。岩がいくつも連なってどん、と縦に長く伸びている。
この決戦場を知る誰に聞いてもあのような場所に山などなかったというのである。不可解なことに、ヴァルカニア国軍が来たとたんに生えてきたとしか思えないものだったのだ。
「魔術によるものではないのか?」
「魔術では、土や岩を移動することはできても生み出すことはできん。あれほどの山を作る土石を持って来るというのは、かなり大変な作業になるはずだろう」
議論は続いているが、山の正体について意見が一致することはなさそうだった。
「分からないのなら、それを究明することよりもどう攻略するかを考えるべきだろうな」
最後は元輝帝を称する皇帝ジルクハルト3世がそう発して、無駄な推測を終わらせねばならなかった。
「お父様。我が軍は敵の3倍です。数でもって敵の布陣する山を一つずつ陥としていくのが正道かと考えます」
真っ先にジルクハルト3世に意見を述べたのは、第1皇女でありながら武を好み、鎧を着て従軍してきたアリステア姫だった。
父である皇帝には頭の痛いことであったが、この型破りな姫は家臣たちからの評判は悪くはなかった。だいたいジルクハルト3世にしても彼女の求めに応じるままに剣槍などの戦技や兵法の家庭教師をつけていたのだから自業自得というものである。
「そうですな、山の間を通って進軍するなど悪手もいいところでしょう。アリステア姫様の意見に賛同いたします」
アリステアの意見に一人の将軍が賛同した。
他に名案を出す者はおらず、作戦の基本方針はそのままアリステアが述べた内容の通りに決まった。
軍議はその後各将がどのように攻めていくか、予想される相手の出方に対する対処法など詳細を詰め、翌朝に作戦を開始する旨を取り決めて終了となった。
軍議を終え、アリステアが自らの陣地に戻ると、護衛騎士兼身の回りの世話係のレイナが彼女のためのテントの外で待ち構えていた。
「お帰りなさいませ、姫様。軍議はどうでしたか?」
アリステアはレイナに兜を渡し、テントの中に入った。中は円形になっていてかなりの広さがあり、家具も運び込まれている。皇女の身分があればこそだった。
「明日から総攻撃だ。詳しくは後で話す」
「はい。それと、レイノー様からのお手紙が届いております」
レイナの言葉にアリステアは露骨に顔をしかめた。
パルスカル侯爵レイノー。アリステアの婚約者である。これまで顔を合わせたことは5度ほどしかない。いうまでもなく、これは父である皇帝が決めた政略結婚であった。皇族にとって結婚とは政略であった。
「返事を書かねばならないんだろうな」
「はい、残念ながら」
アリステアはレイナに手伝ってもらいながら鎧を脱いでいく。
「気が進まん。どうせまた危険な場所には行かないでほしいだの心配しているだの私に剣は似合わないだのと書いてきているんだろう」
「そうだろうとは思いますが……」
レイナは言葉を濁した。
「何よりも気に入らないのは、こいつが本心でそう思っているところだ。私は私に与えられた役割と力の行使を諦めるつもりなど毛頭ないぞ!」
「そうでございますね。返事はどうされますか。戦いの後にしてしまいましょうか」
「……そうもいくまい。それでは婚約者たる礼を欠く」
政略結婚だからこそ、ないがしろにするわけにはいかない。手紙が来たら返事を書かなければならないのだ。
アリステアは顔をしかめながら机に向かった。
翌朝、アリステアは早くからテントから出て、敵陣を眺めていた。
ヴァルカニア国軍による夜襲の可能性が警戒されていたものの、そのようなことはなかった。
アリステアは魔導銀で作られた金属鎧の上に赤いタバードを羽織っている。背の白いマントには彼女の身分を示す赤い宝玉を咥えた龍の紋章が描かれていた。
赤褐色の髪は一つにまとめられて風になびき、黒い瞳は敵陣に動きがないか探っている。
敵陣は不気味なほど静かだった。
山の上から下まで幅広く布陣して防備を固めている。10の山全体を取り囲むように陣地が構築されていて、その内部でどのようになっているか、偵察することはできていない。
(たった10万で何を考えているのか)
フレイガルド帝国の総兵力は100万。もちろんその100万には各地の防備・治安維持にあたる兵も含まれているから、決戦のために集めることができる兵力はもっと少ない。とはいえ10万程度の兵力でどうにかできるものではない。
戦前の情報収集では、ヴァルカニアが侵攻に動員できる兵力は20万程度と見積もられていた。当初はこの目前の10万が陽動である可能性さえ考えられたが、別働隊の存在はその影さえ掴めなかった。
10万程度の兵力で帝国を打ち破ろうとは、冗談のようですらあった。
「姫様、そろそろです」
レイナがアリステアの馬を引いてきた。レイナもまたアリステアとよく似た赤褐色の髪をしている。ただし、背丈はアリステアよりかなり高い。
「ん。もうそんな時間か」
作戦開始のための集合時間のことだろう。
「姫様は敵陣をご覧になると時間を忘れる癖がありますので」
「そうかな。ま、行こうか」
アリステアは愛馬にまたがると陣地から出た。
集合場所にはすでに兵士たちが列を作っていた。帝国軍の宿将アルゴン将軍の率いる3万の兵たちだ。
アリステアはその右翼後方に控える騎馬の隊列に向かった。そのうちの騎兵1千がアリステアの預かる兵たちだ。
「お待ちしておりました、姫様」
副長を務めるキルジスがすでに兵たちをまとめ上げ列を整えていた。キルジスは本来であれば5千の兵の指揮官を務める男である。皇女であるアリステアには、それだけの男をたかが1千の隊の副長としても、誰もが納得するだけの重要度があった。むろん、麾下の兵も全て歴戦の精鋭である。
「今日はよろしく頼む」
アリステアは指揮官たちに声をかけながら位置についた。
アリステアが位置につくと、その居場所を示す金の房のついた軍旗が掲げられた。
敵陣にはいまだに動きはない。やはり山から出て野戦をするつもりはないのだろう。
ほどなく、作戦開始を告げるラッパの音が響き渡った。
「前進!」
帝国軍がゆっくりと動き出した。
整然と列を保ってヴァルカニア軍の陣地に向けて進軍していく。最前列は巨大な盾を持った重装歩兵が固め、その後ろに魔法兵と弓兵たちが展開している。
弓の射程に収めるべく軍勢が前進を続ける。近づいていくと、岩山は一つ一つが城塞のようにそびえたっていることが見て取れた。あれを登って制圧していくのは容易ではないだろうと思われた。
敵陣まであと300メートルというところまで迫ったころ、敵に動きがあった。
「……なんだ?」
だがその動きは帝国軍の誰もが予想しなかったものだった。
10ある岩山が揺れてせり上がっていく。岩山それ自体が4本足をもつ生命であるかのように立ち上がったのだった。
岩山の下にまっすぐ生える四本の足。首と尻尾は突き出すように伸び、大きな頭がついていた。その体は全て岩で出来ているようにも見えた。
アリステアはあのような形の動物を見たことがない。敢えて近い物を探して説明すれば、足が真下に向かって生えている亀だろうか。背には屹立する岩山を乗せた岩の亀。
「あれは、なんなんだ!?」
帝国軍のあちこちからそんな声が悲鳴としてあがった。あんなものは誰も知らない。あんなものがいるなんて、見たことも聞いたこともない。
それはアリステアのみならず、帝国軍全員の共通の思いだった。
その岩亀の首が帝国軍を睥睨した。
ガパ、とその口が開く。
その口の奥に赤く輝く何かがあった。
それが火だ、と帝国軍の者たちが気づいたのは撃ちだされてからのことだった。
燃え盛る巨大な火球が巨大岩亀の口から吐き出され、帝国軍へ向けて飛んできたのである。
「盾を構えろ!」
「魔法兵、結界防御!」
最前線で悲鳴のような指示が飛んだ。
急ごしらえながら魔法兵が防御結界を張った。だが岩亀の放った火球はやすやすと結界を打ち破ると、前線の集団に着弾した。遠目でも百人以上が瞬く間に炎に包まれたことが分かった。
「なんだあれは!?」
アリステアもその光景を目撃し、動揺した。
「あんなもの、どうやって倒すと言うんだ!?」
周囲にいる男たちからもそんな声が上がっている。
(いかん、このままでは崩れる)
将が戦場で動揺していてはいけない。自分の心に鞭を打ち、アリステアは腰の剣を抜き掲げた。
「うろたえるな! 見れば動きは素早くない、対処の方策はあるはずだぞ!」
部下たちがはっと正気に返り、頭を動かし始めたようだった。
(だが、登山攻城をするという当初の作戦は無意味だ。これはきついな……)
あのような巨大生物(?)の相手など想定すらしていない。瞬く間に最前列の歩兵たちが崩れ始めているのがアリステアの目に映っていた。
そして。
帝国軍30万は、なすすべなく敗れた。
敗走する帝国軍の中にあって、アリステアの隊は比較的秩序を保てていた。
それはやはりアリステアの部隊に精鋭が集められていたことも理由の一つだが、彼女自身の指揮も寄与していた。アリステアは味方が崩れそうになるや敵軍の一角への突撃を行い、逃げ惑う兵士の波に部隊が飲み込まれることを避けたのだ。
だがその『戦果』と『皇女旗』が敵の狙いを誘った。
帝国の皇女を捕虜にするか討ち取るかすれば、その戦功は計り知れない。間違いなく上から何番目か、という位置づけになるであろう。
そのためアリステア隊は、逃走を始めてから集中的に狙われ襲われることとなった。
その度に部隊の一部が踏みとどまって敵を抑える役目を果たすことになり、進むほどに兵の数が減っていった。
敗走するほかの部隊に紛れ、後方のファルテの町に逃げ込めたのは夜遅くになってからであった。
総大将でもある皇帝ジルクハルト3世も町にたどり着いていて、アリステアはすぐに皇帝に面会することができた。
皇帝の傷は軽くなく町から逃げ延びるのは困難な様子であった。皇帝は万が一の事態に備えてと帝国の王笏をアリステアに預け、帝都に向かうよう命じた。
アリステアは部隊と別れレイナと共に帝都へと馬を走らせた。
町で6頭の馬を借りて、順番に乗り換えながら走ったのである。途中の町でも馬を替え、武装しているにもかかわらず身軽な緊急駅伝なみの速度であった。
レイナも専属護衛騎士として当然のようにアリステアと変わらぬ速度で馬を乗り継いで付いてきていた。
走ること6日。
アリステアは帝都に到着した。
しかし、アリステアは帝都の城門をくぐることができなかった。
アリステアが帝都に到着した時、帝都の城壁は大きく崩れ、都は炎上していたためである。
都の奥、皇宮のあるはずのあたりには、先日ファフヌル平原で見た巨大岩亀の姿があった。
「バカな……」
アリステアは言葉を失った。
平原で見た岩亀の移動速度はさほど速くなかった。ファフヌル平原から帝都までアリステア達を追い越してたどり着くことなど不可能だ。別ルートで来るにしても、かなりの距離を踏破しなければならない。
どうやってその間帝国に気付かれずに潜入してこられたのか。
(いや、今はそのような究明よりも、自分たちのことだ)
アリステアは首を振って思考を切り替えた。
帝都には皇太子をはじめ、帝都を守る近衛の騎士団もいた。最悪の場合、つまり今目の前にある光景のような場合には、近衛たちが皇太子を連れて帝都を脱出しているはずだ。
彼らを探し、合流する。
アリステアは目的を見定めた。




