第四話 ノクス編 水鏡の白い衣
廃神殿に来たのは、情報の整理が一段落してからだ。
夜更け。
森の中の石造りの遺構。
魔法の光だけを指先に灯してノクスは奥の間に入った。
壁の古代語を読む。
「昼と夜の境を歩く者は一なる体を持つ」
前回来た時と同じ文字だ。
しかし——今夜は少し読み方が変わった気がした。
「昼と夜の境を歩く」——
それは「昼と夜の両方の時間を生きる」という意味ではないか。
昼に動き夜に動く——一人の存在が。
一なる体を持つ——一つの体の中に。
ノクスは壁から目を離した。
部屋の奥に浅い石の水盤があった。
雨水が溜まっているのか透き通った水が張っている。
月明かりが差し込んで水面が揺れた。
ノクスは水盤に近づき覗き込んだ。
自分の顔が映っている。
黒いフード。
フードの奥の目。
しかし——
水面が揺れた瞬間。
白い長衣をまとった男の顔が一瞬だけ映った。
亜麻色の髪。
灰青の瞳。
穏やかな目。
ノクスは後退った。
心臓が普段よりも速く動いていた。
その顔は——知っている。
見たことはない。
しかし知っている。
どこで知ったか説明できない。
ただ——あの顔を、どこかで知っている。
水面がまた揺れた。
今度は自分の顔だけが映っていた。
ノクスはしばらく水盤の前に立ったまま動かなかった。
「……白いローブ」
呟いた。
昼の記憶の断片——子供たちの声、孤児院の光——その中に常に白いローブが揺れている。
白い。
そしてあの顔。
ノクスは目を閉じた。
夢で繰り返し見る光景がある。
今夜もその断片が浮かぶ——子供たちが笑っている。
誰かが孤児院の庭に立っている。
白いローブが、風に揺れている。
その「誰か」の顔を、夢の中では見られない。
しかし今水鏡の中でその顔を見た。
これが——何を意味するのか。
「……俺には」
ノクスは低く言った。
「昼の、自分がいるのかもしれない」
その言葉を口にした瞬間何かが動いた気がした。
答えではない。
しかし——扉が僅かに開いた感覚。
ノクスは廃神殿を出た。
夜風が森を抜けていく。
帰り道、ノクスは一度だけ振り返って廃神殿の石造りを見た。
「昼と夜の境を歩く者は一なる体を持つ」
——これが俺のことを指しているとしたら。
その問いへの答えはまだ遠い。
しかし——近い。




