ドミニク領内の調査⑤
<ルート商会へ接触>
夜のとばりが静かに降りた。月明かりだけが仄かに地を照らし、風が木立を揺らすたび、葉擦れの音が闇に溶けていく。
レオンたちは人気のない街道を進んでいた。目的地は、ドミニク伯爵から教えられた廃村。ルート商会の実態を確かめるための接触──建前上は、襲撃者の遺留品について問い質す場である。
だが、一行の表情に油断はなかった。全員がそれぞれの装備を身にまとい、戦の気配を纏っていた。
「……繰り返すが、今回はあくまで『話し合い』が建前だ。こちらから手を出すつもりはない。だが、襲撃の件について問い質す正当な理由はある」
レオンが小さく、それでも凛とした声で告げる。
「戦わないで済めばそれに越したことはないが……まぁ、俺はどっちに転んでも構わねえさ」
ダリウスが肩をすくめ、腰のボウガンに手を添える。「どうせ戦闘になる気しかしねえんだ。なんなら、最初から弓矢の雨で迎えてくるかもな」
「縁起でもないことを言わないで」
エレナが鋭く睨むが、口調は冗談めいていた。
「俺は戦闘はできない、裏から回ってみる。できればユリウスの居場所を探したい」
カイルが小声で言った。気配を消して動く術は心得ているようだ。
「頼む、慎重にな。見つかれば囲まれるぞ」
「ああ。うまくいくかどうかは、そっちの戦闘でどれだけ釣れるかだな」
薄笑いを浮かべながらも、その瞳は真剣だった。カイルは道脇の茂みに姿を消す。
「地形的にはかなり不利ですね。相手は廃村の建物を利用して……見張りや射手がいるのではないかと」
シルヴィアが淡々と告げた。
「だからこそ、最初の一手が肝心だ。作戦、あるんだろ?」
レオンが横目に尋ねると、エレナはふっと唇を吊り上げた。
「ええ。敵が奇襲を仕掛けてくるなら、それを逆手に取ってやるわ。必要なのは、最初の数秒を生き残る準備。それと、他にも考えはあるのだけど……」
エレナの話を聞いた後にシルヴィアが静かに頷いた。杖に手を添え、呪文の詠唱の準備を始める。神聖なる加護の光が、いつでも降り注ぐように。
誰もが無言で頷き合うと、一行はさらに歩を進めた。夜闇に包まれた廃村は、すぐそこにあった。
…
夜の帳が廃村を包み、ぼんやりとした灯りがところどころに点在する。打ち捨てられたはずの村に、まばらな生活の気配。人目を避けて営まれる闇商いの拠点には、明確な意図が滲んでいた。レオン・エレナ・シルヴィアは黙って歩みを進めた。夜気の中、光の加護を宿す杖がかすかに光を揺らす。
三人が廃村に足を踏み入れると、物陰からぬっと現れた男が制止の声を上げた。
「止まれ! ここは通行止めだ、引き返しな!」
「私はレオン。ドミニク伯爵の指示でここを訪ねている。王国騎士団の者だ」
そう言って、レオンはマントを払う。月光を受けてきらりと輝く紋章が男の視線を奪った。
「……チッ、待ってろ。上に伝える」
やがて奥の建物から、品のない笑みを浮かべた中年男が現れた。軽く手を挙げ、挑発的な目で三人を値踏みする。
「おやおや、べっぴんさんを二人も連れて。何のご用件ですかな?」
「聖騎士レオンだ。仲間が襲撃を受け、その遺留品に貴商会の印があった。確認のために来た」
「聖騎士……ほう、光栄ですな。確かにこれは我々の印だが、真似るのは造作もない。誰かがなりすましたのでしょう」
「そう断じるには、いささか材料が多すぎる」
「と言われましてもねぇ……。」
「あくまで関係ないと?」
「いやいや、我々には貴方がたを襲撃するなんてとてもとても……」
そこで、エレナが一歩踏み出した。迷いも遠慮もない。
「その男、腕を見せなさい」
「は、なんだテメ……ぐっ!」
腕を捻り上げられた男が呻く。露わになった腕には、まだ癒えきっていない刀傷があった。
「この傷、私が付けたものとそっくり。偶然と言うには出来すぎている」
「くっ、離せ!」
「そこの男と……あの隅の奴も。似た傷があるはずよ。どう説明するつもり?」
場の空気が急速に凍りつく。沈黙のなか、リーダー格の男が舌打ちし、吐き捨てるように言った。
「……下手に出てりゃつけあがりやがって。やっちまえ!」
その声を合図に、周囲の建物からいっせいに矢が放たれた。火炎瓶の火が宙を舞い、爆ぜた煙が辺りを覆う。廃屋からとった木材を利用した罠も同時に襲いかかる。
今にもレオンたちに届きそうに見えた次の瞬間――
「シルヴィア!」
「はいっ!」
シルヴィアが杖を振りかざし、淡い光の障壁が三人を包み込む。直後、エレナが風の術式を唱え、突風が矢を弾き飛ばした。
煙が晴れたその先に、無傷の三人が立っていた。レオンは盾を掲げ、矢と手斧の余波を受け止めていた。
「無傷だと……?」
「奇襲で飛び道具、ワンパターンですね」
障壁を維持しながらシルヴィアが言う。その目は奇襲を予期していたと言わんばかりの自信にあふれている。
「……これで、正当防衛の大義は成立したな」
「こんな連中、さっさと片付けましょ」
「ちょっと……手荒くないか?」
「いいのよ、これぐらいで」
エレナは挑発するように、軽口を叩きながら戦闘態勢に入る。まるでルート商会の者たちが相手にならないという態度だ。
「な、舐めやがって……!いいからどんどんやっちまえ!魔法だって無限じゃねえんだ!」
リーダーがそう言い放った直後、遠方の弓兵が一人、何かに撃たれて倒れる。
「誰だ!?」
闇の中から放たれた鋭い矢が、二の矢、三の矢と静かに敵陣を貫いていく。
「……やっぱり頼りになるな」
レオンが小さく呟いた。矢の主は、ダリウスだった。彼は事前に伏せて待機しており、不意を突く狙撃で戦力を削りにかかっていた。
「奇襲は返すが礼儀だぜ。いくぞ、お嬢さん方」
確かに火蓋は切られた。レオンたちの小さな戦いが、今、始まった。




