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9「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「う、うう……」


 長いポニーテールの女性は、腰に二つ剣を下げていた。双剣――剣士ジョブのスタイルで戦う冒険者だとすぐに悟る。彼女は命に関わる大きな怪我などはしていないようだったものの、あちこち泥だらけの砂まみれ、細かな傷だらけで慌てて逃げてきたという印象だった。


「ど、どうしたんだよこんなところで!それに、その怪我……」


 慌てて彼女を助け起こして尋ねるローク。剣や防具などの使い込まれ具合を見れば、相手がどのレベルの冒険者か多少わかる。というのも、金銭的に余裕のない初心者冒険家は、高い剣や防具を買うことがまず無理だからだ。

 体もかなり鍛えているようだし、防具などの品も悪くない。恐らく中堅クラスの冒険者である。――青の遺跡レベルで苦労するとは、到底思えないのだが。


「あ、貴方たち……」


 女性はロークたちを見て、怯えた声で叫んだ。


「こ、この先に、化け物が……!」

「えっ!?」

「そろそろ簡単な小遣い稼ぎにと思って、チームの仲間と一緒に採集ミッションを受注して、地下2階に行ったの。そしたら、や、闇の中から変な怪物が……!」

「か、怪物?」


 思わずロークは、カナンとエリアと顔を見合わせる。青の遺跡で、しかも地下二階なんて上層階。中級レベルの冒険者が苦労するなんて話は聞いたことがない。そんな強いモンスターが出るなんて話も。

 それに、闇の中というのが引っかかる。地下二階まではまだ太陽の光が射し込む場所が多い。闇というほど真っ暗なフロアはないとばかり思っていたのだが。


「下の方から強いモンスターが上がってくる可能性もないわけじゃないけど……」


 困惑したように言うカナン。


「ちなみに、それって青竜でしたか?」

「多分、違うと思うわ」


 女性は青ざめた顔で首を振った。


「ドラゴンなんて大きなものじゃなかったし、翼もなかったと思う。わ、私と友達は採集してて気づかなくて……突然真っ暗になったと思ったら後ろから襲われたの。ま、まだ友達が中に……!わ、私だけ先に逃げちゃって、それで……っ」


 ロークは暫し考えた。彼女が自分達に何を望んでいるのかは明白だったからだ。本来中堅レベルの探索者が初心者を頼ることなどないのだろうが、今は本人も相当混乱していると見える。


「……そのお友達の名前と特徴、性別は?」

「ルナよ。わ、私と同じ二十代、黒騎士。あ、赤い髪が特徴よ」

「わかった。……エリア」

「へっ!?」


 突然話を振られたエリアが、困惑したように声を上げる。


「この人を地上まで連れて行ってやってくれ。で、憲兵に連絡。青の遺跡地下二階で異変ありってな。あと病院の手配も頼んでほしい」

「ちょ」


 何で私が!と怒ってくるかと思った。しかしエリアが眉を跳ね上げて言ったのは別のことである。


「ば、ばっかじゃないの!?まさかあんたらで助けに行くつもり!?中堅クラスの冒険者が不意打ちとはいえやられるような相手、あんた達初心者にどうこうできるはずないでしょ!?」

「かもな。でも見捨てられないだろ。どっちみちミッションやるには地下二階に行かないといけないんだし」

「それはそうかもしれないけど……!」


 何だ、意外と心配してくれているらしい。少しだけ苦笑したくなった。もう少し言葉を選べば、印象もガラリと変わるだろうに。


「もしその怪物が人間を喰うタイプなら、地上の助けを待ってる余裕なんかない。せめて攫われた人が食われないまで足止めくらいはしておかないといけないだろ。……頼む」


 真剣にお願いすれば。エリアは少しばかり視線を泳がせた後――持っていた宝物の袋を前に抱え直して、女性を背中に背負った。案外力持ちであるらしい。


「仕方ないから言うとおりにしてあげるわよ、見捨てるのも寝覚め悪いし。でも、どうなっても知らないからね!?」

「サンキュ」


 本当に怖かったのか、女性は震えるばかりでもう何も言わない。大人しくされるがまま、エリアに担がれて姿を消した。

 さて、とロークはカナンと向き直る。


「悪い、勝手に方針決めちまった」

「次からは相談するよーにね。……ま、反対する気もなかったから俺も何も言わなかったんだけどさ。で、ロークは現状どう思ってる?」


 ある程度戦闘考察力を磨け、はカナンが口が酸っぱくなるほどロークに言ってきたことである。


「青の遺跡を守るのは青竜。で、そこにいるモンスターもほとんどが、青竜と同じ水属性モンスターであることでも知られてる……はずだ」


 記憶を辿りながら語るローク。そう、モンスターたちには全てに属性がある。基本は一つの属性だが、稀に二つの属性を持つモンスターも存在している。例えば、先日戦ったイビル・スパイダーは闇属性と雷属性だ。

 そしてモンスターは自らの属性には耐性がある。イビル・スパイダー相手に雷魔法の効きが悪かったのはそのためというわけだ。


「気になるのは、闇の中で襲われたってこと。明るかったのが急に真っ暗になったってことは、明かりが挿し込んでくる天井が崩落したか塞がれたか……もしくは闇属性魔法を使ったか、だよな?」

「その通り。ロークにしてはよく気づいたじゃん」

「俺にしては、は余計だっつの!で、闇属性のモンスターが青の遺跡の上層階に出るなんて話は聞いたことがねえ。下の方にはいたかもしれねーけど……」

「いんや。俺が知る限り、青の遺跡に出るモンスターに闇属性は発見されてないよ」

「マジか」

「うん、マジ」


 と、いうことは。


「未発見のモンスターか……別の場所から移動してきたか。あるいは誰かが連れ込んだ、ってことだよな?」


 実は遺跡の外からモンスターが移動してくることもないわけではないのだ。というのも、それぞれの遺跡は他の遺跡と地下通路で繋がっていた形跡があるからである。

 ただし、五百年の月日を経て殆どが崩落して使えなくなってしまっている上、危険極まりないので開通工事もできないという状況である。無論、人類が発見してない秘密の通路がどこかにある可能性もなくはないが。


「地下通路を使わないで来たのなら、地上の出口から入ってきたはずだ。現状、青の遺跡の出入り口は観光用の入り口と、冒険者用の入り口の二箇所のみ」

「そう。でもってロークもさっき見た通り、どっちの入り口にも憲兵が立って常に交代で見張ってる。観光用の入り口は地下一階までしか行けないから、襲撃してきたモンスターも俺たちが入ってきた冒険者用の入り口を使ったはずだ」


 しかし、モンスターがあの入り口から入ろうとしたら確実に憲兵が阻止するはず。阻止できなくても、国に報告がいかないはずがない。と、いうことは答えは二つに一つ。

 憲兵が見逃したか、あるいは気づかなかったか。正確には問題視しなかったか、だ。


「憲兵が何者かにお金を貰って見てみぬふりしてパターンもなくはないけど、それよりもありそうなのは犯人が堂々と冒険者用の入り口から入ってきたパターンかなー」


 はぁ、とカナンはため息を吐く。


「獣使いの冒険者が、闇属性モンスターを連れてきて地下二階で事件を起こした、か」

「うわぁ」

「まあ、そこまでわかってればある程度対策は立てられる。獣使いが扱えるモンスターは限られているし、闇属性に絞ればもっと候補を限定できるから」


 よし、と作戦会議が終わったところで、二人は頷きあう。


「行こう。獣使いがなんのために別の冒険者を襲ってるのかわからないけど、嫌な予感しかしないし」

「ああ!」


 石段を降りた地下二階の廊下は、しん、と静まり返っている。今のところ、他に人の気配はない。そういえば一階にも誰もいなかったんだっけ、と頭を回すローク。


――地下一階に人気がなかったのは、地下一階を探索してた連中がみんな引き上げたか、あるいは地下二階に降りた後だったからと見て間違いない。


 地下一階のフルワキ草は取り尽くされていた、ということは。地下一階だけ探索した連中は、多分無事にさっさと帰ったのだと思われる。ということは、その獣使いがモンスターを使って襲いかかったのは地下二階に降りた者達だけということだ。

 同じミッションを受注しており、競合者を排除したかった冒険者が暴走した可能性もなくはない、が。


――地下二階にも人気がない。まさか、地下二階に降りた奴らは全員襲われたのか?


 廊下には、地上からの光があちこち細く射し込んできている。鍛えた自分たちの目ならば、まだライト無しでも充分視界を確保できる明るさだ。周囲を警戒しながら、薄暗い廊下をゆっくりと進んでいく。時折じゃり、じゃり、と足音に硬い音が混じった。天井に張られていた硝子の破片を踏んでいるのだと思われる。


「地下に公園、か」


 周囲を警戒しつつ、小さくロークは呟いた。よく見ると廊下の床の端には細い溝のようなものが通っている。恐らく、水路のように水を流していたのだろう。

 ご百年前の住人達は、地下水か、もしくは地上の水を地下に引いて公園を作るくらいの技術があったわけだ。それも噴水なんて贅沢なものを作る余裕があるくらい、十分な水の供給ができていたのである。よほど、水道の整備が上手かったのだと見える。


「この遺跡の周りには地下水脈が通ってるからね」


 ゆっくりと廊下を進みながら、カナンが言う。


「水資源が豊富だからこそ、水属性の青竜が住み着くのに最適な環境だったんだろうとは言われてる。そして、貴重な水資源を確保したい狙いがあるからこそ、青の遺跡は他の遺跡より優先的に調査が進んだんだよ」

「あー、そういえば教科書で習ったな、そんなこと」

「うん。青の遺跡が初心者向けと呼ばれてる理由の一つが、他の遺跡よりも解明が進んでるからってのもあるんだよね。情報が出揃ってれば、後続の探索者も調査しやすいし、予め必要な装備を揃えていけるし……と」


 そこまで話したところで、廊下が突き当たりになった。真正面、それから左右。合計三つの茶色のドアがある。

 ロークはドアの足下の床をじっと見つめた。――真正面のドアだけ、砂が荒れている。誰かが最近通った後だ。

 あの女性と同じように普通にミッションで来ただけの冒険者か、あるいは。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 開けるぞ、とロークはカナンに言う。彼が頷くのを見て、ノブを回した。

 そして――まるで塗り潰されたような真っ暗闇が、自分達を出迎えたのである。

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