決着
泡が弾けて舞い上がった水しぶきのように、ミニグリ子さんが結界内に舞い飛ぶ。
目で追うのも難しい素早さで、空気を力強く斬り裂き、その鋭いクチバシを突き出して。
ミニグリ子さんは魔力保有量自体は少ないものの、体が小さいおかげか機動力に優れていて、虫型幻獣を一瞬で倒せる程の攻撃力を有している。
今回幻獣は攻撃してこないということになっているが、だからといって油断することは出来ず、ユウカがミニグリ子さん達への警戒感を高めていると……点数のためにミニグリ子さんを捕まえようとした一人、鳥型幻獣を伴う男が足を踏み出し、そして盛大にずっこける。
歩き出した瞬間、偶然靴底が剥がれ、靴底を失った靴が盛大に滑り転び、顔面から地面へと落下して。
男がしっかりと受け身をとった為に大した怪我をせずに済んだのだが、その男の下へと駆け寄ろうとした男のスニーカーの靴紐が千切れて脱げて、それにより転びかけてしまったことにより、演習に参加した面々は顔色を悪くする。
これは果たして偶然なのだろうか?
偶然のようにも思えるが何かの仕業にも思えて……かといって魔力の流れなどを見る限り、グリ子さんやミニグリ子さんが何かをした形跡は無い。
一体何がどうなって……そう一同が考え込んでいると、何人かの男の足元にゴトリと重い音を立てながら何かが落下する。
すぐさま一同の視線がその何かに集まり、男達の足元……ズボンの裾から覗き見えるそれが財布であることに気付いた一同は、これは偶然ではないなという確信を得る。
それらの財布はズボンの中を滑り落ちているようだった、つまりはズボンのポケットに入れていたものが、ポケットに穴が空いたことにより落下した結果で……いきなり複数人のポケットに同時に穴が開くなんてことは何らかの力の介入がなければあり得ないことだ。
先程転んだのも同様の力によるものに違いなく……迂闊に動けば自分達も同じような目に遭ってしまうのだろう。
そうして動くことが出来なくなった一同は、では一体どんな力が作用しているのかと頭を悩ませ……そしてミニグリ子さん達が楽しげに舞い飛ぶ、カラフルな光景の中で考え込んでいた一人が声を上げる。
「う、運勢を操る幻獣か! 操るまではいかなくてもなんらかの悪影響を与えているのだろう!
そ、そんなものどうやって防いだら良いんだ!? 魔力をまとえば防げるのか!?」
そんな声を受けて何人かが怯む中、他の面々がどうするのかと様子を見ていたユウカは構うことなく駆け出し、飛び上がり……先陣を切る形でミニグリ子さんへと飛びかかる。
一人では捕獲出来ない、連携は必須、そんな中自分より立場が上の、大人達が怯んでしまっていて……それをどうにかする必要がある。
だが言葉ではどうにもならないだろう、この状況下で子供の自分の言葉に耳を貸してくれる大人はいないだろう、そう考えてユウカは行動で示すことにし……運勢がどうなろうとも、グリ子さん達の力にやられてしまうのだとしても、それでも屈せず戦い続ければ良いのだという姿を大人達に見せつけようとする。
飛び上がってミニグリ子さんへと手を伸ばして、回避しようとするミニグリ子さんを追撃しようと空中を蹴って方向転換をして。
実際のところは空中ではなく結界を維持している魔力を……結界そのものを蹴っていたのだが、傍目にはそう見えて……その意表をついた方向転換のおかげか、ユウカは二体のミニグリ子さんを捕獲することに成功し、捕獲したミニグリ子さんを両脇に抱えながらさっと地面へと着地する。
「2点!」
それを受けて課長さんがそう声を上げ、我も我もと大人達が駆け出し……そのうちの何人かが転んだりしながらもミニグリ子さんの捕獲に成功し……そうして場が盛り上がっていく中、今までずっと何もせずにいた……静かに魔力を溜め込みながら様子を見守っていた、ハクトとグリ子さんが動き出す。
本気となったハクトとグリ子さんが全力を込めての攻撃を……先程のような布と弾力を使っての攻撃をし始め……そこにミニグリ子さん達が混ざることで攻撃回数がこれでもかと増加し、ユウカの身体能力でも対応することが難しくなっていく。
ミニグリ子さんは体が小さいだけあって非力だ、だが確かな魔力を持っていて、体に張り付き重しとなって妨害するくらいのことは可能で……一体でも張り付かれてしまうと二体三体と次々張り付いてきて、本命であるグリ子さんに制圧されてしまう。
一瞬の油断も許されず、一切の失敗が許されないのに、運気は最低の所まで落ちてしまっていて、ふいに転んだり滑ったり仲間同士でぶつかり合ったりと余計なトラブルが絶えない。
そんなトラブルからすぐに復帰しないとすかさずミニグリ子さんが襲いかかってきてしまい……それに対応出来なければグリ子さんに制圧されての大減点だ。
ミニグリ子さんを捕まえることでいくらかの点数は獲得できる、出来るがそれ以上に減点されてしまう。
それでもどうにか勝ってやろうと魔力を奮わせ幻獣の力を借りて、なんとかミニグリ子さん達を制圧するが、制圧してもルールの関係上、演習会場から退場させることは出来ず……すぐにまた復帰し、襲いかかってくる。
ハクトの魔力が尽きる様子はない、グリ子さんもまだまだ元気だ、だというのにユウカ達は疲労が蓄積していって……どんどんと減点が増えていく。
これが実戦ならばもっと楽に勝てたはずと誰もが思うが、これが実戦であったならグリ子さんやミニグリ子さんの鋭いクチバシが自分達に容赦なく突き刺さっていたはずで……結局は負けてしまっていたかもしれない。
一度そう思ってしまうと途端に体は重くなり動きが鈍くなり……鋭い目を持つハクトとグリ子さんはその隙を見逃すことなく攻撃を仕掛けてくる。
そうして……何度も何度も制圧され、途中水分補給やトイレ休憩を挟みつつ演習は続けられて……夕刻。
「えー……最高得点は鞍馬ブキャナンさんの-10点でした! 次点は風切ユウカさんの-125点でした。
まさかのマイナス点での決着となりましたが、それでも私共が想定していたより良い結果となったことを喜ばしく思います。
今回の演習で幻獣災害の怖さ、手の付けられなさ、厄介さ、十分に学んでいただけたと思いますので―――」
なんて課長の閉会宣言が響き渡る中、参加者達は一様に肉体的にも精神的にも疲労困憊、立っているのもやっとというような様子を見せている。
一番成績が良かったのはブキャナンだった、それは後半……グリ子さん達が本気を出してからずっと、魔法で自らの存在感を消し、一切動かず攻撃せず、守りに入っていたからで……終了間際にそうやってサボっている所をハクトに発見され咎められ、点数が乱高下するなんて一幕もあったが……それでも最終的にはそんな形に決着することになった。
それは演習の目的を無視する卑怯で許されない結果と言えたが……参加者達にはもうそれに憤る気力もなく、声を上げる体力もなく、ただただ自らが未熟だったと結果を受け入れるしかない。
課長の言う通り、これが演習で良かった、悪意ある幻獣災害でなくて良かった。
そんなことを思うのが精一杯で……そんな参加者にあって一人だけ、ユウカだけが元気な様子を見せていた。
汗まみれの拳を突き出し、爽やかな笑みを弾けさせ、ああすればよかったこうすればよかった、もっとこうしたら勝てたんじゃないか、ハクトに肉薄出来たんじゃないか。
そんなことを考えながら頭の中で何度も何度もシミュレーションを繰り返しているようだ。
そんなユウカの様子を見てハクトは、頼もしい後輩を誇りに思うと同時に……自分が本気を出してもこれでは、次かそのまた次の機会には負けてしまうかもなぁとそんなことを思う。
先達はいつだって後進に追い抜かれるものだが、何もせず追い抜かれてしまうのもなんとも癪な話だ。
そう考えて気合を入れ直したハクトは、隣に立つグリ子さんへと視線を送りながら……もう少しだけユウカの前を往く先達でありたいからと、自分とグリ子さんのことを改めて鍛え直すことを決意するのだった。
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