タコ尽くし
グリ子さんが一気にソバを吸い上げて……ハクトとユウカがガレットに箸をつけ始めて、そうして穏やかに進む昼食の時間の中でグリ子さんがクチバシをぱくぱくと動かしていると、店員さんはおぼんに乗せた大皿と小鉢を持ってくる。
大皿の方にはタコのソバ粉唐揚げが山のように盛り付けられていて、小鉢の中にはたっぷりのタコワサが詰め込まれていて。
それらを見てご機嫌となったグリ子さんの前に配膳されて、グリ子さんは思わず店員さんにありがとうとの感謝を込めた「クッキュン!」との鳴き声を上げて、そうしてから大皿と小鉢に向かい合い……まずは大皿かなと、そちらにクチバシを伸ばす。
そうしてグリ子さんのクチバシが唐揚げの山をつつくと、山が崩れててっぺんに乗せられていたからあげが山から転げ落ちてしまって……そのまま畳にまで落ちてしまうと思われたその時、ハクトの腕と箸が伸びてきて、山から転げてテーブルの上を跳ねて、今まさに畳に落ちようとしている唐揚げをしっかりと掴む。
「ふむ、ソバ粉の唐揚げとは珍しいな。
から揚げ粉に風味付けのためにソバ粉を混ぜてあるといった感じなのかな? 随分と珍しいものだからグリ子さん、この一つを貰っても良いかな?」
掴んで自分の目の前まで持ってきて、そんなことを言ってくれるハクトにグリ子さんは、目を細めながら「クーキュン」と柔らかく鳴いて承諾し……それを受けてハクトは箸で掴んだ唐揚げを口の中へと送り込む。
「む、思っていたより美味いな……。
ソバ粉を揚げたことで独特の香ばしさが出ていて……」
送り込んで噛んで噛んで飲み込んで、それからそんなことを言うハクトを見てグリ子さんが嬉しそうに微笑んでいると……ユウカがじぃっと、ねっとりとした視線をグリ子さんへと送ってくる。
それを受けてグリ子さんはユウカの方へと向き直り、目を細めながらこくりと頷いて……それを受けて「ありがとう! グリ子さん!」と弾けるような声を上げたユウカが唐揚げを一つ、箸で掴んで自分の口の中へと送り込む。
「あ、ほんとだ、美味しいですね、これ。
ガレットとちょっと似た風味があるかも? いやまぁ、どれもソバ粉なんですから当然なんですけども」
そうしてからユウカもそんな声を上げてきて……それを受けて期待感がこれでもかと高まったグリ子さんは、うきうきとしながら……その丸い体を左右に揺らしながら、先程のようなミスはおかさないように気をつけつつ、クチバシをそっと伸ばす。
伸ばしたクチバシで唐揚げを一つつまみ上げて、クチバシを上に向けて何度かクチバシを動かすことで、まるで歯でそうしているかのように咀嚼して、その柔らかさというか弾力というか、タコ独特の力強さを味わったグリ子さんは、クチバシをパッと開いて、タコの唐揚げを口の中へと送り込む。
「クッキュン!?!?」
唐揚げ自体は食べたことがある、商店街のお店の名物として人気の揚げたてのもので、ここまで鶏肉を美味しく出来るのかと驚き、すっかりと好きになった食べ物である。
その味を知っていたからグリ子さんは、タコの唐揚げも当然美味しいものと理解はしていたのだが、今口の中に広がるその味は理解を越えたもので、全く想像もしていなかったもので……ソバの風味とタコの旨味が口の中いっぱいに広がる、初めて味わう感覚をグリ子さんは、恍惚の表情で堪能する。
堪能して堪能して、そうしてから飲み下して……そしてくわりと目を見開いたグリ子さんは、その小さな翼を大きく広げながらの構えを取って……戦闘態勢となって唐揚げの山に向かい合う。
油断大敵、今回の相手は覚悟をして挑まなければならないと羽毛全てを逆立てたグリ子さんは、ぐっと力を貯め込んで……そうして凄まじい速さで連続でクチバシを山へと放つ。
「は、速い!?」
ガレットを食べていたハクトがそんな驚きの声を上げる中、グリ子さんはシュババババッとクチバシを放ち、次から次へと唐揚げを食べていって……ついばみ、そしゃくし、飲み下しといった工程を恐ろしいまでの速さでこなしていく。
とても美味しい、美味しいからこそ止まれない、美味しいからこそ暴走してしまう。
唐揚げの破片一つすらも逃さないといった勢いでクチバシを動かしていったグリ子さんは、段々と減る山を睨みながら、その次の的……タコワサへと視線をやり始める。
タコとワサビを混ぜたもの。
ワサビは知っている、お寿司の中に入っているつーんと来るあれだ。
大好きという訳ではないが、嫌いでもない味のもので、中々良い風味を堪能させてくれるもので、それとタコを混ぜるなんてそんな反則、許されるはずがない。
きっとタコワサも唐揚げくらいに美味しいはず、唐揚げくらいの難敵のはず。
そんなことを考えてグリ子さんは、唐揚げを食べ上げたならそのすぐ後に、タコワサを攻略してやるぞと、そんなことを考え始める。
タコ! タコ! タコ! とっても美味しい不思議な生き物。
もしタコがあちらの世界にいたなら全滅するまで狩りつくしていたかもしれないと思う程の食べ物で……すっかりとその虜になっていたグリ子さんは、唐揚げの山を食べ尽くした流れで、一気にタコワサへとクチバシを放ってしまう。
「む、グリ子さん、タコワサのワサビは結構きついからゆっくり食べた方が―――!」
そんな様子を見てかハクトがそう助言をしてくれるが……時既に遅し、グリ子さんのクチバシの中には大量のタコワサが詰め込まれてしまっていて……ワサビ特有のツーンとした刺激が一気にグリ子さんの中を駆け巡る。
グリ子さんの鼻……というか鼻孔は、人間の鼻とは全く違った作りをしている。
場所も違うし、能力も違うし……嗅ぎ分けることの出来る匂いも全然違っている。
それでもどうやらワサビが鼻に抜けるのは同じなようで、クチバシから口へ口から鼻へ、胃袋へ……全身へワサビが突き抜けて、そうしてグリ子さんは後ろにコロンと転がってしまい……コロコロと、前へ後ろへ左へ右へ、転がりながら悶えてしまう。
「……ま、まぁ、うん、ワサビの刺激はそんなに長続きするものではないから、さっさと飲み下してしまって……次からはゆっくり食べると良いよ」
そんなグリ子さんを見てハクトがそう助言をしてくれて……黙って様子を見ていたユウカがそっとグリ子さんのお腹を撫でてくれて……そんな風にしてグリ子さんはしばらくの間、ワサビが放つ特有の刺激に、悶え続けることになるのだった。
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