ガレット
ハイキングをたっぷりと楽しみ……グリ子さん達はちょっとした空の旅も楽しみ、楽しみ過ぎたためか、それとも空の旅を堪能し満足したから、ミニグリ子さん達はグリ子さんの羽根へと戻って……。
そうしてハクト達は山を降りて山の麓の町へと入り……何処かで食事を摂ろうと周囲を見回しながら足を進めていた。
海の近くでたまに見かける、黒塗り木造家屋が長屋のように並ぶ町並みには漁具をしまうためなのか大きな倉庫のような建物もちらほらとあり……それらの中には浜から引き揚げてここまで運んできたのか、小さな漁船がしまわれていたりもする。
ハクト達が利用している施設の客を狙っているのか、土産物が並ぶ商店や食事処もそんな町並みの中に溶け込んでいて……その中の一軒、塗料の剥げが少なく、玄関前は綺麗に掃除されていて、並ぶ花壇もしっかりと手入れのされた、清潔感のある店舗の前でユウカの足が止まる。
「おそば……。
山菜おそばにキノコおそばに、ガレットなんていう聞いたことないおそばもあるみたいですねぇ」
足を止めて店の壁に掛けられていた品書きをそう読み上げて……それを聞いたハクトは、知らないことを笑う訳でもなく侮る訳でもなく、自然な態度でユウカに言葉を返す。
「ガレットはそば粉を使ってはいるのだけども、麺料理ではなく鉄板焼き料理で……都会の方で流行っているというクレープに似た料理になるね。
そば粉の生地を薄く伸ばして焼いて、ハムや魚、野菜やチーズ、それと卵を包んで食べるという感じになるかな。
食べたことはないが中々美味しい料理だとは聞いているよ」
「へぇー……鉄板焼きですかー!
おそば屋さんでそういう料理を出しているのは珍しいですねぇー!
どうですか、先輩、グリ子さん、ここでおそばとかガレットとかを食べてみるというのは?」
「ああ、構わないよ」
「クッキュン!」
と、そんな会話をしてからハクト達はその店のガラス戸を開けて中へと足を進めて……グリ子さんを見た店員が「幻獣用の大部屋へどうぞ」と声をかけてくれたのを受けて、それに従って店の奥の大部屋へと向かう。
そうしたならでんと置かれた大きなテーブルの奥側にある、大きな座布団の上にかぎ爪カバーをしたグリ子さんが座り……その左右の席にハクトとユウカが向かい合うように腰を下ろす。
お店というよりは民家をそのまま流用したというような畳張りの大きな和室で……庭に面したガラス戸の向こうには水が流れる小池があり、鹿威しのかわりなのか小さな水車が置かれていてそれがカラカラと音を立てながら回っている。
そんな水車の軸の先には粉ひき小屋のミニチュア模型のようなものも置かれていて……いかにもそば屋らしい風情のある庭となっていた。
壁に貼り付けられたメニューの数はこういう店にしては珍しいことに少なく、そのどれもこれもがそば粉を使ったものとなっていて……酒類もそば焼酎が中心といったこだわりっぷりを見せつけてくれている。
「デザートまでがそば饅頭にそば団子にそばアイスと来たか……。
よほどにこだわりのある店のようだな……。
俺は……そうだな、ソーセージガレットにしておこうか、グリ子さんはどうする?」
そんなメニューを見やりながらハクトがそう言うと、ふかふかの座布団に座れてご機嫌にグリ子さんはゆっくりとメニューを見回し……そうして二つのメニューに目をつけて、それらをちょいと振り上げた翼でもって指し示しながら「クキュンキュン」と声を上げる。
「山菜そばに……それとタコのそば粉唐揚げか。
電車の中でもタコを食べたがっていたし、少し多めにしてもらっても良いかもしれないな……っと、グリ子さん、このそば風味タコワサというメニューにもタコが使われているはずだよ。
タコとワサビを和えたもので……ああ、うん、分かったよ、これも一緒に頼むとしようか」
そんなグリ子さんにそう言葉を返したハクトは、そろそろ決まったかなとユウカの方へと視線をやり……部屋の中をきょろきょろきょろきょろと見回していたユウカは、こくりと頷いてから、
「このハムガレットっていうのにします! 生ハムとチーズがたっぷりらしいですよ!」
と、声を上げる。
決まったなら早速注文するかとハクトが声を上げようとしたおり、おぼんを持った店員がやってきて、手拭いと冷やしそば茶を人数分……グリ子さんには大きめの手拭いと大きな器でという形で用意してくれて、流石幻獣関連の施設の近くの店だけあるなと、感心しながらハクトは一同を代表する形で注文を済ませる。
すると店員は笑顔で応えてくれて……厨房に注文を届けるためだろう、小走りで部屋を出ていって……それからすぐに小気味好い調理の音がうっすらとだが、ハクト達の下へと届いてくる。
ハクトはそれに聞き入り穏やかな表情となり、グリ子さんは期待のあまりにそわそわと落ち着かない様子となり、ユウカは未だに内装や庭のことを見足りないのか視線をきょろきょろと巡らせ続け……一同がそうしていると、思っていたよりも早く完成した料理が運ばれてくる。
ハクトとユウカには注文したガレットとスープとサラダのおまけ付き、グリ子さんには、グリ子さんのクチバシでも食べやすいようにと気を使ってくれたのか、大きな器の中に湯気の立つめんつゆと、たっぷりの青々とした山菜とそばが入ったものが運ばれてきて……それと大皿に盛り付けられたタコの唐揚げと、中皿に盛り付けられたタコワサもテーブルの上に並べられる。
「いただきます」
「いただきまーす!」
「クッキュン!」
配膳が終わったならとそう声を上げたハクトとユウカとグリ子さんは、それぞれの前にある料理と向き合い……食べ慣れないその料理へと箸やクチバシを伸ばしていく。
「そう言えばグリ子さんが麺料理を食べるのは初めてだったかな……?」
食事が始まってすぐにハクトがそんな声を上げる。
一緒に暮らし始めた当初はクチバシで麺をすするのは大変だろうと思って麺料理を控えていたのだが、今日はグリ子さんという存在に慣れてきたのもあってかそのことをすっかりと忘れてしまっていて……あのクチバシでちゃんと麺料理を食べることが出来るのだろうかと、ハクトが不安そうな視線を送っていると……グリ子さんはそのクチバシをちょんとめんつゆへとつけて……そうしてまるで人が麺をすする時の頬であるかのように、その丸い体の左右をぺこんっとへこませる。
へこませてそれによって生まれた吸引力でもってめんつゆとそばと、それと山菜をずずずずっと一気に吸い上げて、大きな器の中にあった食材のほとんどをその一回の吸い上げでもって吸い尽くして……そうしてからグリ子さんはへこんでいた体を元に戻し、満面の笑みでクチバシをぱくぱくと動かし……まるで咀嚼しているかのような仕草を見せる。
吸い込んだ時点でもう咀嚼も何も無いのではないか? とっくにそばもめんつゆも山菜も胃袋の中に収まってしまっているのではないか?
そんな考えがハクトの頭の中に浮かぶ……が、ハクトは深く突っ込んではいけないと、深く考えすぎてはいけないと、その頭を左右に振ってその考えを振り払う。
そうしたならハクトは箸をガレットへと伸ばし……なるべくグリ子さんの方を見ないようにしながら、半ば無理矢理に食事に意識を集中させるのだった。
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