旅行開始
ゴトンゴトンと揺れる車両の中で、それなりのお洒落をした……店員に流行中だと勧められたワンピース姿のユウカは、窓の向こうで流れる光景をぼんやりと眺めていた。
「こんな車両もあるんですねー……なんかもう、全然電車って感じしませんけど」
ぼんやりと眺めながらそんな事を言って……自らが腰を下ろしている『畳』にそっと触れる。
すると近くに座っていた、いつも通りの普段着のハクトが畳の上に鎮座しているグリ子さんを撫で回しながら言葉を返してくる。
「先程にも簡単に説明したが、これが観光用の畳席……お座敷車両と言うやつだな。
車両の床に畳を敷いて区画分けをして、区画ごとのチケットを販売する形で、普通の席と比べるとかなりの高額となっているが、畳のおかげでグリ子さんのような椅子席に座れない幻獣でも乗車することが出来るという訳だ。
今日は運良く貸切状態となっているが、普段は様々な幻獣が乗り合っての賑やかな場となっているな」
「へぇー……確かに畳席なら余程のサイズでない限り、色々な幻獣が乗れますもんねぇ。
……あ、それとずっと気になってたんですけど、今日のグリ子さん、なんか靴下みたいの履いてますけど、それは何でなんですか?」
「何でも何も……グリ子さんのかぎ爪でこの畳を引っ掻いたら傷をつけてしまうだろう?
この車両に限らず、これから向かう保養所の寝室の畳も同様で……傷付けてしまわないように靴下……というか、かぎ爪カバーをつけているのだよ。
もしこういったお座敷車両ではなく、一般車両に乗る場合はこのクチバシがふいに誰かを突いてしまわないようにと、クチバシカバーも付ける必要があっただろうな」
「あー……なるほど。
なんとなくで旅行先を選んじゃいましたけど、幻獣が一緒の場合ってそういうことも気をつけなきゃなんですね」
ハクトの言葉に対しそう返したユウカは、何処か申し訳なさそうな視線でグリ子さんのことを見やる。
するとグリ子さんは目を細めながらにっこりと微笑んで……ユウカの側へと駆け寄って「気にしなくて良いよ」と言わんばかりの態度でそのふかふかの羽毛をユウカの体に擦り寄せてくる。
「まぁ、結果としては乗り換えすることなく、お座敷車両一本で向かえる場所となった訳だし、良い選択だったと言えるのではないかな?
温泉があって、ハイキング出来る山があって、いくつかのレジャー施設もある。
今の季節だと少し早いが、夏になったら海で泳いだりも出来るようだし……まさかこんなにも良い場所が事前予約無しで泊まれるとは、驚いたよ」
続けてハクトがそう言うとグリ子さんの羽毛の柔らかさを堪能していたユウカは「えへへ」とそんな声を上げながら笑い……照れているのか頬を軽く掻いてから言葉を返す。
「実を言うと、予約自体はいっぱいだったんですよ。
でも課長さんが特別にってことで、緊急時のために確保している……き、きひんしつ、だったかな? そんなとこを使わせてくれるようにって、保養所に連絡してくれたんです。
予約の手続きとかも全部してくれて……課長さんのおかげで宿泊費とかも結構な割引してくれるようですよー」
電話での会話だったからか、きひんしつの漢字がどんな文字なのか思い浮かばないらしいユウカに対し……ハクトは内心で小さなため息を吐き出しながら、なんとも言えない表情をし……そうしながらゆっくりと口を開く。
「……貴賓室。
貴い賓客のための部屋、という意味で……言い換えればスイートルームやVIPルームという意味になる言葉だよ。
まぁ、グリ子さんを連れている以上はそれなりの部屋に泊まることになる訳だけども……割引されているとはいえ、結構な支払いになることを覚悟していたほうが良いかもしれないね」
そんなハクトの言葉を受けてようやくユウカは課長から聞いていた「きひんしつ」がどんな漢字の言葉であるかに思い至る。
その言葉を知らなかった訳ではないし、手紙のやり取りであればすぐに理解出来たのだろうが……その言葉は自分にはあまりにも縁遠い言葉で、普通に生活している中で接することのない言葉で……思いもよらなかったというような表情となったユウカは、慌てて課長との長電話の中で取ったメモを取り出し、再確認し始める。
「え、えーっと……しゅ、宿泊費はえーっと……。
……『じかになるだろうから予め電話で確認したほうが良い』……。
じかというと……先輩、これって時の価格って書いての、時価、ですかね……?」
メモの確認をしながらなんとも不安げな表情でそんな事を言ってきて……そんなユウカに対しハクトは苦笑しながら言葉を返す。
「まぁ、そうだろうね。
ああいう場所は連休だとか夏休みだとか、そういう時期になると値上げをすることもあるから、そう言う意味での時価、なのだろう。
……まぁ、うん、今回の報酬を思えば払えないということはないだろうからそこの心配はしなくて良いと思うよ。
思ったよりも払うことになってしまって、少しだけ余裕がなくなるかもだけど……これも経験だ、貴賓室の空気や接客に慣れておくと良い。
学院を卒業して幻獣召喚者として仕事をするようになれば、地方に呼び出されたりで、そういう部屋に泊まることも多くなるだろうからね」
実際にはユウカがどんな幻獣を召喚出来るかでその辺りの扱いは変わるのだが、ハクトはユウカならば相応の活躍をする、相応の幻獣を召喚出来るだろうと、そう信じていて……まるでそうなることが当たり前であるかのように言葉を紡ぐ。
だがユウカはそうしたハクトの想いに気付くことなく、ハクトの言葉をしっかりと受け止めることなく、ただただ顔を青くし財布の中身を眺めて……うんうんと声を上げて頭を悩ませる。
今回貰った報酬の半分程は、初任給気分で両親へのプレゼントに充てる予定で……残り半分で宿泊費を出せるのか、今回の旅行を乗り切れるのか、そんなことを考え続ける。
するとグリ子さんはそんな様子のユウカを心配して、その身を更に寄せてきて……そんなグリ子さんに甘えるように持たれかかり羽毛の中に顔を突っ込んだユウカは、その状態のまま「うーー!」なんて声を上げて、心のなかで膨らむ不安を払拭すべく、ピンと伸ばした両足を畳の上でじたばたと暴れさせ続けるのだった。
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