いつもの美味しい日常
グリフォンがやってきたり、サクラ先生がやってきたりしたあの日から数日が経って……ハクトとグリ子さんはいつも通りの毎日をいつも通りに過ごしていた。
毎日欠かさず仕事場に向かって、しっかりと働いて、仕事を終えたなら商店街に向かい、美味しい出来たて惣菜などに舌鼓を打って……家に帰ったらゆったりと寝るまでの時間を過ごして、夜になったらぐっすりと眠って。
そうして今日もまたしっかりと働いたハクトとグリ子さんは、いつものように商店街へと向かっていたのだが……そこで今までにないある変化が二人を出迎える。
それはいつもソフトクリームを買って食べているケーキ屋さんの屋台に起きた変化で……ソフトクリームだけを売っていたはずの屋台に、いくつかの新しい商品が並んでいるという変化だった。
カップに入った様々な味のジェラートと、季節の果物がクリームの中にたっぷりと詰まったフルーツサンドと。
見るからに美味しそうで、目新しい商品だからか多くの客さんがこぞってそれらを買い求めていて……そんな光景を見てグリ子さんは、そのくちばしをカパッと大きく開いて愕然とし……そうしてからなんとも苦しそうな声を上げる。
「く、クキュン……」
まさか、ソフトクリーム以外にもあんなにも美味しそうな商品が登場するなんて。
「クッキュン……」
今日はソフトクリームを食べるつもりだったけど、他の二つも気になってしまう。
「クッキュン、クキュン、クッキューン」
だってあんなにも色とりどりで、果物がはみ出しそうでクリームもいっぱいで……あんなのどっちも美味しいに決まってるじゃないの。
そんな声を上げてグリ子さんは、一体どうすべきなのか、どれを食すべきなのかと悩みに悩んで……答えを出すことが出来ずに苦悩する。
そんなグリ子さんのことをハクトは、苦笑しながらも……グリ子さんが自分で、自分が良いと思う道を選ぶまで待っていようと静かに見守り……そんなハクトに対し、グリ子さんはまるで助けを求めるかのような視線を送る。
視線を送られたところでハクトとしては、グリ子さんが一番良いと思うものを頼んだら良いとしか思わない訳だが……グリ子さんはその一番が決められないのだと、そう視線で訴えてきて……ハクトは更に強く苦笑しながらグリ子さんに言葉を返す。
「うぅん、どうしても一番を決められないのなら……一つずつ順番に楽しんでいくのはどうだい?
今日は……フルーツサンドにして明日からジェラートを一種類ずつ楽しんでいって、ソフトクリームは既に何度も食べたことがあるから、最後に回す感じで」
その言葉を受けてグリ子さんは悩む。
本心としては今日……いや、今この瞬間に、目の前に並んでいる美味しそうなもの全部を食べてしまいたい。
ソフトクリームもジェラートもフルーツサンドも、全部全部今すぐに食べてしまいたい。
……だがその本心を伝えてもハクトはそれを許してはくれないだろう。
体に良くないから、夕食が食べられなくなるからなどの理由で、ハクトは断固とした態度を取ってくることだろう。
そこに悪意は一切無く、グリ子さんのことを思っているからこその、心配しているからこその態度であり……それを跳ね除けるのはグリ子さんであっても、その羽に溜め込んだ魔力を使ったとしても不可能だろう。
ハクトの提案を受け入れるしかない、一日一つずつという、辛く苦しい道のりを進むしかない。
そんな苦しい決断をしたグリ子さんは、ふるふると震えながらもこくりと体全体で頷いて……震えるちいさな翼でもって、屋台に下げられているメニューの中からフルーツサンドとの文字を指し示す。
「く、クッキュン」
そうして絞り出すようにして口にした一声を受けて、これでもかと苦笑したハクトは屋台に向かい、列に並び……そうして自分の番がやってきたなら注文を済ませる。
「フルーツサンドを一つ、それとオレンジのジェラートを二つください」
自分の大きな体では邪魔になってしまうだろうと、屋台から少し離れた場所で様子を見守っていたグリ子さんは、ハクトのその声を受けてびっくんと跳ね上がっての反応をする。
聞き間違いか? と、その耳をピンと立てて、ハクトに一体何があったのだと、そのつぶらな瞳を大きく見開いて……そうしてハクトと屋台の店主の動向をまばたきもせずに、じぃっと見つめ続けたグリ子さんは……ハクトがフルーツサンドの入った袋と、たっぷりのドライアイスと二つのカップ入りジェラートが入った箱を受け取ったのを見るなり、その目をキラキラと、全力で輝かせて……輝かせながらもどういうことなのだろうか? と、その体全体をこくりと傾げる。
すると袋と箱を持ったハクトは、苦笑しながらグリ子さんの下へと戻ってきて……一言、柔らかく響く声を投げかけてくる。
「ジェラートは夕食の後のデザートだからね、フルーツサンドもこぼしたりすると大変だから、家に帰ってから食べるとしようか」
デザート! まさかそんな手があったとは!
ハクトの言葉を受けてグリ子さんはそんなことを言いたげな表情になり……買い食いが出来ないのは残念であるけども、ハクトがこれ程の妥協をしてくれたのだから、文句を言うまいと、全てハクトの言う通りにしようと、大きく頷いてからくちばしをピシッと閉める。
そうしてソワソワとしながら、すこし足早になりながら、商店街を通り抜けていって……途中ハクトが夕食用の買い物のために足を止める度に、まだかなまだかなとその丸い体を左右に振って振って振り回して……そんな風に買い物を終えて自宅に到着したなら、ハクトが手洗いうがいを済ませている間に、その足についた汚れや、くちばしに付いた汚れを、ハクトが用意してくれた濡れタオルで綺麗に拭い取り……そうしてからチャカチャカと廊下を駆けていって、リビングのテーブルの側にちょこんと座ってハクトの準備を待つ。
すると手洗いうがいと買った品々の整理を終えたハクトがリビングへとやってきて……フルーツサンドをグリ子さん用の大きなお皿に載せて持ってきてくれる。
それをグリ子さんの前に静かに置いてくれて……もう我慢ができないグリ子さんは「クキュン!」と声をあげて『いただきます!』との挨拶をしながらフルーツサンドに食いついて……そのパンの柔らかさと生クリームの甘さと、それらの中に隠された瑞々しくて爽やかで甘くて酸っぱい、季節のフルーツの味と食感をこれでもかと堪能する。
甘くて酸っぱくて、ふわふわで瑞々しくて。
矛盾しているかのようないくつもの味と食感を同時に楽しめるそれは、まさに幸せの味としか言えないものであり……そうしてグリ子さんは、そのくちばしをクリームまみれにしながら、
「クッキュン!!」
と、鳴き声を上げて……やっぱりここは楽園だ、ここでの生活は本当に幸せだと、そんなことを強く強く思うのだった。
お読み頂きありがとうございました。




