先生
グリフォンの召喚主である鷲波タダシはそれからどうにかグリフォンとコミュニケーションを取ろうとしたのだが、これまでの関係が影響しているのか中々上手くいかず、上手くいかない際にどうしたら良いのかすら分からないといった有様で……そんな状況を見てハクトが、渋々グリ子さんを撫で回してのコミュニケーションの仕方を見せてやるが、それでもタダシはグリフォンに上手く接することが出来ず……。
そんな状況に大きなため息を吐き出したハクトは、仕方ないといった様子で電話の方へと向かい……電話帳にメモしておいた番号を見ながらダイヤルを回し、ある人物へと連絡を取り始める。
「―――はい……はい、そういうことで……はい。
お手数ですがご指導いただけたらと……はい、住所は以前知らせた通りですので……はい」
なんて会話をしてから受話器を置いて小さなため息を吐き出し……そうしてから庭へと戻ると程なく空に一頭の金色に輝く羊が現れて、その背に足を揃えて上品に腰かけた老女を乗せた状態でふんわりと降りてきて、庭の一画へとストンと降りたつ。
『よう、ハクト久しぶりだな』
そして羊が太く雄々しく響く声をかけてくる。
羊毛は金色、角は普通の羊よりも大きく立派でくるりと渦を巻いていて……空を舞い飛びあらゆる言語を話すことの出来る、牡羊座としても知られる金羊毛羊。
そんな金羊毛羊の召喚主である老女は、白くなった髪をお団子状にまとめて、上等なものなのだろう桜柄の着物と桃色の帯という格好をしていて、皺だらけの顔で満面の笑みを浮かべている。
「お久しぶりです……先生もご無沙汰しております」
ユウカとタダシが一体何事だろうと困惑している中、ハクトがいつになく丁寧な態度でそう挨拶をすると、老女……先生と呼ばれた女性は上品な仕草で地面へと降り立ち、ハクトに言葉を返す。
「ハクトちゃん、お久しぶりね。
変わりないようで何よりだわ。そしてそちらの幻獣がアナタが召喚したというグリ子ちゃんかしら?
あらあらまぁまぁ、なんて可愛らしいんでしょう……魔力も充実していますし、とても良い幻獣と巡り会えたようですね。
そちらのお嬢さんは……ああ、風切さんのところのお嬢さんね、中々の腕前だと噂は聞いていますよ。
そしてそちらが話にあった鷲波さんとグリフォンちゃんね。
……うぅん、やっぱり西方協会はダメね、絆の繋がりはもちろんのこと、魔力的な繋がりも中途半端で、全然力を引き出せていないじゃないの」
なんてことを言いながら先生と呼ばれた女性はグリ子さんの側へと歩いていって……目を細めて嬉しそうに微笑むグリ子さんのことを手慣れた手付きで撫で回していく。
「あ、あのあの、先輩、あちらの女性は一体……どんなお知り合いなんですか?」
その光景を見やりながら……女性の放つ圧倒的な魔力に萎縮しながらユウカがそう問いかけるとハクトは、すぐ側に居るユウカとグリフォンの側で所在なさげにしているタダシにも聞こえるように答えを返す。
「あちらは吉龍サクラ先生……学院の元教師で俺の恩師となる方だ。
名字でなんとなく察しただろうが、旦那さんは朱雀の席に座っていた方で……先生も朱雀、玄武の候補となる程の実力者だったが夫婦で四聖獣の席を埋めてしまうのは良くないことだと辞退、ちょうど君が学院に入学する前年まで学院で後進の育成に注力していた、という訳だ」
と、ハクトが説明している間にもサクラ先生はグリ子さんのことを撫で回し、グリ子さんが思わずうっとりとしてしまう見事過ぎる程の手際を見せつけて……そうしてから、あまりの魔力の多さに怯むグリフォンの胸辺りを撫で始める。
「あらあら……テレビで見ていたけれども、やっぱりこの子も普通のグリフォンじゃないみたいねぇ。
あえて名付けるならハイ・グリフォンと言った所かしら、毛並みもさわり心地も普通のグリフォンとは段違いねぇ。
……ほら、そっちのぼんやりした子も、見ているだけじゃなくてこっちに来て撫でてみなさいな」
そう言われてタダシが突然のことに驚き戸惑う中、サクラ先生は構うことなく言葉を続けてく。
「幻獣はね道具じゃないの、主従関係じゃないの、家族や相棒、友達とかともちょっと違って、独特の……召喚主と幻獣という、他には無い関係を築き上げる必要がある存在なの。
この子はアナタの魂の写し鏡、アナタの半身、アナタの裏側と言っても良いわ。
それに心を許さず、触れ合わず、ただ命令するなんてのは、自分で自分という存在を軽視して粗雑に扱っているようなもの……西方協会がそれを良しとしているのは、つまるところそういった幻獣を召喚しちゃう、そういった人ばかりが集まる場所だからなのよ。
でもどうやらアナタはそうじゃないみたい……だからほら、こっちに来て触ってみなさいな」
そうしてタダシが動き出し、グリフォンと触れ合い始めた所で……ハクトはグリ子さんのことをちょいちょいと、手仕草で呼んでリビングへと戻っていって……ついでにユウカのこともリビングへと誘う。
それを受けてユウカが靴を脱いでリビングに上がった所で……ハクトは庭に面している窓をしっかりと閉めてしまう。
「あの、先輩! 私も先生のお話を聞きたかったと言いますか、先生の授業を受けてみたかったんですけど……!」
それを受けてユウカがそう抗議の声を上げるが……ハクトは窓を開けるどころかカチャリと窓のロックをかけてしまう。
「……先輩? あの、先生達はまだ外に……」
「……風切君、あれほど優秀で高名な先生との縁があって何故俺が今まで君に先生を紹介しなかったのかと、疑問に思わないのかい?
確かに先生は素晴らしい方で俺の恩師でもあって、召喚主としても俺なんかでは足元にも及ばない抜きん出た存在であるのだが……それ程の高みに至るまでに相応の苦労をしてきた訳で、相応に厳しい修行を己に課してきた訳でもあってだね……。
まぁ、なんと言うか……うん、自分にも周囲にも生徒にも相応に厳しい方なんだよ」
流石にハクトの様子がおかしいことに気付いたのかユウカが恐る恐るそう尋ねると、ハクトはなんとも神妙な態度でそう返してきて……それを合図にしたかのようなタイミングで庭の方からサクラ先生と金羊毛羊の声が響いてくる。
怒りに任せて怒鳴るのではなく、静かにこんこんと諭すかのように。
そこだけを見るとハクトがそこまで言う程の厳しさは感じ取れないが……二人の言葉がいつまでもいつまでも、休むことなく止まることなく続いているのを受けて、窓に近づいて耳を傾けていたユウカは戦慄する。
このお説教は一体いつまで続くのか。
伝説的存在であるサクラ先生と金羊毛羊の棘のある厳しい言葉を、一体いつまで受け止め続ければ良いのか。
言い返すことも出来ず逃げ出す事も出来ず、それでいて内容がしっかり伴っているので聞き流すことも出来ず。
そうしてタダシは、かつてハクトが心折れかける所まで追い詰められた説教地獄に沈んでいくのだった。
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