ハクトの苛立ち
着慣れているのだろう体に吸い付くようなスーツに、黒縁のメガネ。
真っ黒な髪はきっちりと整髪料で固められていて、髭の剃り残しも全くない。
そんな風にしっかりと身だしなみを整えていながら、どうしてもくたびれた印象が拭えないのは、その表情が暗く猫背になってしまっているからだろうか。
そんな男性……グリフォンの召喚主であると名乗った鷲波タダシを、ひとまず家の中へと招いたハクトは……リビングの窓の側に立ちながら、椅子に腰掛け両手で湯呑みを持ち、ゆっくりと茶をすするタダシの話に耳を傾ける。
「急にグリフォンがこちらに挨拶にいかなければならないと、そんなことを言い出しまして……。
一体誰の下に行くのか、どうして挨拶に行く必要があるのか、そう問いかけたのですが答えてくれず、いきなり行っても迷惑だからやめなさいという私の命令にも従ってくれず……。
ただ唯一、何処に行くのかだけは答えてくれましたので、渋々ではありましたが鉄道などを使いましてこちらに足を運ばせていただいた訳なのです。
しかしまさか挨拶の相手が同族……同族? だったとは、驚かされました」
庭の方へと視線をやり、未だにクキュンクキュン、グリュォングリュオンと会話しているグリ子さんとグリフォンのことを見やりながら、そんなことを言うタダシにハクトは一言「なるほど」と返す。
「いやはやまったく、高位幻獣であるグリフォンを召喚出来た時には、それはもう喜んだものですが……全く命令に従ってくれず、いざ仕事となっても力任せに暴れるばかり。
そんなに暴れるのが好きならばと白虎杯に参加してみた訳でして……結果としては善戦してくれて、なんとも立派な戦いぶりを見せてくれたのですが、白虎杯が終わるなりまたもこの有様……。
本当にまったく、不便で仕方ないと言いますか……送還すべきかどうか悩んでしまいますね」
事情説明なのか愚痴なのか、そんな言葉を口にして背中を丸めるタダシに対し、ソファに腰掛けて話を聞いていたユウカは同情的な視線を送り……そしてハクトは、いくらかの苛立ちを込めた視線をタダシに送る。
ハクトの表情は表向きには微笑んでいるように見えた。
客人を前にして内心を表情に出さない程度の常識はハクトも弁えていた。
そんなハクトが内心で苛立っていることに気付けるのは親しいものに限ったことであり……この場で唯一その内心に気付けたユウカは、驚きの表情を浮かべてハクトを見やる。
ハクトがあんな目をするのはいつ以来のことだろうか。
一体タダシの何がそこまでハクトを苛立たせたのだろうか。
そんなことを思いながらユウカがハクトのことを見やっていると、そんなユウカの視線に気付いたハクトは、タダシのためではなく、グリフォンとユウカのために渋々といった様子で口を開く。
「幻獣と一口に言っても多種多様で……同じ種であっても性格は千差万別で。
そんな幻獣とどう付き合っていくかは、個々それぞれに違うものですが……それでもある程度の方向性と言いますか、指針と言いますか……その種の特性や生態に合わせた接し方というものがあるはずです。
気高く誇り高く、鷲波さんの言う通り高位幻獣であるグリフォンに対し、名前で呼ぶこともせず、命令という形を取るのは如何なものでしょうね」
静かに淡々と、感情を込めることなく吐き出されたその言葉に、ユウカもタダシも驚きの表情でもって視線を返す。
「鷲波さん、もしかして貴方は西方協会の所属ですか?」
そんなタダシに対し、微笑んだままハクトはそんな言葉を続けて……、
「は、はい、確かに私は西方幻獣協会の支部に所属しておりますが……」
そしてタダシはその言葉の意図が読めず、一体何が目的なのかと怯えながら言葉を返していく。
「西方協会の方針は自分も聞き及んでいます。
……確かに幻獣によっては命令をした方が良いこともあるのでしょう、群れを形成する幻獣の中には、そういった主従関係を望むものが多いのも事実なのでしょう。
ですが全ての幻獣にそのやり方を押し付けるというのは……果たして正しいことなのでしょうか?」
「……と、言いますと?」
ハクトが何を言いたいのか、何を言わんとしているのか、いま一つ理解できていないタダシがそう返すと、ハクトは庭のグリ子さんの方へと視線をやり、声をかける。
「グリ子さん、お願いがあるんだけど……その場でくるんと一回転して、ポーズを決めてくれないかな?」
そんなお願いを受けてグリ子さんは『そんなことをして何の意味があるの?』と言わんばかりの表情をし、体全体を傾げながらハクトのことを見やるが……すぐにハクトのお願いなら仕方ないかと頷いて……その場でピョンピョンと飛び跳ね始め、飛び跳ねた際の勢いでもって少しずつ右へ右へと体を回転させていって……それを繰り返して一回転をしたなら、片方の翼をくいと上げて、ウィンクをしてのポーズを取る。
「かわいい!?」
「ありがとう、グリ子さん、助かったよ」
それを受けてユウカが大声を上げる中、ハクトがそう礼を言うと……グリ子さんは訳が分からないながらも目を細めての笑顔になって頷き……すぐ側でクチバシを大きく開けて唖然としたような表情になっているグリフォンとの会話を再開させる。
その会話は大体こんなような内容だった。
『貴方程のお方が、なんだってまたあんな真似を』
そうグリフォンが問いかける。
『あの子にはいつもお世話になってるから、このくらいはなんでもないわ』
気にした様子もなくグリ子さんが返す。
『し、しかし一族の誇りというものが……』
『このくらいのことで誇りが傷ついたりはしないわよ。
それに……あの子が私を頼ってお願いをしてくれているのに、それを無下にするなんて、そっちの方が問題よ。
それじゃぁ何のためにこっちに来たのか、分からなくなっちゃうわ』
ハクトにはグリフォンの言葉が分からない、タダシにはグリ子さんの言葉が分からない。
ハクトもタダシもそれぞれの表情や仕草や、分かる範囲での言葉から会話全体の流れを推測するしかなく……ハクトには大体の流れが理解出来ていて、タダシには全く理解出来ていなくて。
……そもそも幻獣は召喚者の魂の在り方に惹かれて召喚に応じるものである。
であるならばタダシも、グリフォンに相応しい……誇り高い宝と力の番人たるグリフォンに相応しい魂を持っていたはずなのだが……今のタダシからはそうした気配を全く感じ取ることが出来ず、グリフォンとの信頼関係が構築されているようにも見えず、ハクトはそうしたタダシの在り方に、気配に、様子に苛立っていたのだった。
……そうなってしまった責任はグリフォンにあるのか、それともタダシにあるのか。
少なくともハクトはタダシにあると考えていて……ハクトの考えに合わない西方協会のやり方に従ってしまったタダシに問題があると考えていて、自らに問題があるのにそれをグリフォンのせいにし不便だのと口にし、あまつさえ送還してしまおうかなんて考えているのは、ハクトにとっては許しがたいことだったのだ。
もしハクトがグリフォンの召喚者であったなら、先程のようにお願いをしたことだろう。
その名を口にし、場合によっては対価を提示し、お願いしますとそう言葉にして。
そしてお願いをされたグリフォンはどうしていたのだろうか……お願いを聞き入れてくれていたのだろうか、くれなかったのだろうか。
その答えは先程のグリ子さんにあり……そのことにようやく気付いたタダシは、なんとも居心地悪そうに体をよじらせ、椅子に深く座ろうとしたり浅く座ろうとしたりして、落ち着かない様子を見せて……。
そうこうしている間も、ハクトの視線がタダシに刺さり続けていて……そうしてタダシは立ち上がり、庭のグリフォンの下へと足を進めるのだった。
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