御使い
少しの沈黙の後、炎御門からハクトに様々な提案がされることになった。
ハクトとしては飛梅と交渉して欲しいのだけども、炎御門は様々な条件をつけさえすればなんとかなると考えているようで……例えば地位、あるいは報酬、名誉など、そういった条件が次々に提案されていった。
認識が完全にズレている、その上しつこくされるものだからハクトは思わず苦笑しそうになってしまう。
しかしそれも失礼になると堪えていると、静かに見守っていたブキャナンが口を開く。
「炎御門様、どうかその辺りで。
まだまだ未熟な若者には、そこまでの判断をすぐに下すことは出来ねぇもんです。
特に今回のお話には古からの因縁も関わってくる訳でございやすから、その間に挟まれる庶民としては、あまり責められては右往左往するしかなくなってしまいやす」
「……しかし大僧正、未来のためを思えばたとえ庶民であっても大局的な判断をしなければならないでしょう。
その上彼は、立派な家の生まれで我が国における最高教育も受けている……義務というものも発生しましょう。
生まれながらにして与えられた者には果たすべき義務があるのですよ」
「それはもう十分果たしてございやしょう。
数々の事変で彼と彼女が成した功績は知られておりやす、むしろ生まれついての義務以上のことを成しておられます。
その点をご理解頂きたい所でございやすね」
段々と大僧正の口調に力が込められていく。
怒っているという訳ではないが苛立ってはいるようで……ハクトは珍しいもんだと驚いてしまう。
これにはユウカやグリ子さん達も驚いているようで、皆が目を丸くする中、ブキャナンが言葉を続ける。
「そもそも炎御門の御一門は最近起きている事象について何か動かれたので?
動きもせず結果も出さず、要求だけは一人前は困ったもんでございやすね」
その言葉で場が一気に凍る。
ユウカは急に喧嘩を売ったと驚き、グリ子さん達はブキャナンにしては珍しいと驚き、ハクトはそこに踏み込むかと驚く。
喧嘩を売った買ったで言うと、炎御門の方から売っている、それを買うかどうかはハクト達の判断だった訳だが、まさかのブキャナンが買ってしまった。
立場で言えばブキャナンの方が上ではある、しかし家の規模や実力という意味では炎御門の方が上だ。
やり合えばブキャナンとてタダでは済まないのだが、そんなにも露骨な態度に出るとはハクトにも予想外だった。
しかしその言葉に一理はある。
それなりの危機ではあった今までの騒動で一度も出てくることなく力を振るうことなく静観していた、そのくせ文句だけは一人前では筋が通らない。
ハクトもユウカも結果としては事件を解決出来たが、どちらもただの一般人……本来ならばそんな重責を追う立場にはない。
そう指摘された炎御門は歯噛みし、苦い顔をし……それでも言葉を返さないからかブキャナンが言葉を続ける。
「国防の一角を担う身として、若人達が平和に甘えることは喜ばしいことでございやす。
ワタクシにいくらでも頼ればよろしい、よりかかればよろしい、若い世代は年嵩に甘えればそれでよろしい。
しかし逆はあってはなりません、ましてや重責を背負っているハクトさん達にさらなる負担をかけるなど、許されるものではありやせん。
ご自重ください」
そう言ってからブキャナンは立ち上がり、炎御門に何かを言わせる間もなくハクト達も立ち上がるように促し、外に出るよう仕草で伝えてくる。
ハクト達はブキャナンがそうしろと言うのならと従って、そのまま屋敷の外に出る。
外に出たならブキャナンがまた術でもってハクト達を転移させ……ブキャナンの庵に戻ってきた所で、ブキャナンが振り返って話をし始める。
「いやはや、申し訳ございやせん。
こうはらなぬよう事前に釘を差しておいたんでやすが……どうにも炎御門様はお家のこともあって熱くなりがちでございやして」
「……ああ、炎御門の家は源氏の流れでしたっけ」
と、ハクトが返すとブキャナンは頷く。
飛梅は平氏のある人物に仕えた梅の精、そして炎御門はその宿敵たる源氏の潮流を汲む一門。
そういった歴史がある上で、片方は学問推進派、片方は否定派……歴史が先か、考え方が先かはなんとも言えないが、結果として両者は決定的に敵対してしまっているようだ。
「しかし大僧正、今の時代に源氏平氏もないのでは?」
「……まぁ、そこはご本人達のお気持ち次第でございやすから」
そう言葉を返されてハクトが呆れ返っていると、グリ子さんが声を上げる。
「クッキュン、キュン、キューンキュン」
喧嘩なんてしなければ良いのに、話し合って協力したら良いのに、長い時間かけて何してるんだろ。
その言葉を受けてブキャナンもハクトもなんとも気まずい空気となってしまう。
正論ではあるものの、それが通じない時もある……そう考えて二人が言葉を詰まらせていると、更にユウカが続く。
「なんだかよく分かんなかったですけど、今度何かあったらその両家に頑張ってもらいましょうか。
……じゃないとまたなんか言われちゃうんですもんね?」
「いやまぁ……まぁ、うん、そうではないと言えばそうではないんだけど、まぁそういう反応になるのも仕方ないかな。
今後仕事を受ける受けないは風切君の自由だし、好きにすると良い」
と、ハクト。
ハクトには定職があり、役場からの依頼を受けなくとも問題はない。
ユウカはそうではなく、ある程度の依頼を受ける必要がある。
そう気遣っての発言だったが、ユウカは大して気にした様子もなく暇をして眠りそうなフェーを抱きかかえて撫でている。
これはもう解散の空気かなと、ハクト達がそう考え始めた時だった、一羽のカラスがやってきて……それがハクト達の目の前の地面に着地し、瞬間ブキャナンが膝をつく。
頭を垂れて深い敬意を示し……そのカラスの足を見たハクトもそれに続く。
カラスの足は三本で、神話に名高い八咫烏であると理解したハクト達の反応を受けて八咫烏は満足そうに頷き……ハクト達に声をかけるため、そのクチバシを開くのだった。
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