祝福
息子のことを口に出そうとしたり、文字に起こそうとしたりすると良くないことが起こる。
更に正確に表現するのであれば、明確な意思を持って息子を害そうとすると、何らかの力が働いて彼に目に見える形での損害を与えてくる。
そんな法則……あるいは因果関係が存在することに気がついた矢縫家当主の動きは早かった。
すぐさまに呪いに関する専門家を呼び出し、自らを蝕んでいるだろう呪いを祓ってもらおうとしたのだが……国内随一とも評される白い狩衣姿の老齢の専門家の口から語られたのは、耳を疑うような言葉だった。
「これは呪いではありませんな」
その言葉を受けて、自らの書斎の机の前に立ちながら苛立ちを隠さない表情をした矢縫家当主は、太く荒く、揺れる声を専門家へと返す。
「これが呪いでなければ何だと言うのだ……!!」
いわゆるオールバックと呼ばれる形にきっちりと固めた白髪混じりの黒髪に、常にそうしているのだろうつり上がった太い眉に、鋭い目に。
若い頃は色男としてちやほやされただろう、端正な顔立ちに……ひどく歪んだ口元に。
50を過ぎた頃だろうか、高級スーツを自然な形で着こなす当主の顔を見やりながら専門家は至って冷静に言葉を返す。
「仮にこれほどの力を発揮するような呪いをその身に受けていたなら、もっと被害は拡大しているはずです。
呪いであるならば一定の行動をした時にだけ……誰かのことを口にしようとした時にだけに発動するというのは、なんともおかしな話で……誰かが矢縫様を呪おうとしたとしても、こんな非効率な結果にはならないでしょう。
膨大な力をつぎ込み、私にも理解しきれないような複雑かつ高度な術式を発動させてそれでは、なんとも利に合わないと言いますか、お粗末と言いますか……。
……それに、矢縫様だけではなく、矢縫様の使いや家人達にまで被害が出ているというのもなんともおかしな話です。
そんなにまで広範囲に呪いを振りまくくらいならば、その力全てを矢縫様に向けるべきで……もしなんらかの呪いの力でもってそうしていたなら、今頃矢縫様はその命を失っていたことでしょう」
「……ならば一体この有様は何だと言うのだ。
呪いで無いとするならば、一体何がどうなってこんな結果になっているのだ……!」
そう言って矢縫家当主が睨みつけると……赤い頭襟を揺らしながら、頭襟から垂れている顔を覆い隠す白布を揺らしながら、専門家が静かな声を返す。
「祝福、でしょうな。
恐らくは何者かが矢縫様のご子息に高度な……常識外に高度な祝福をかけられたのでしょう。
祝福をかけられた者に手を出そうとしたからこその返し……罰のようなものを受けていると考えると全てに納得がいきます。
恐らくですが、矢縫様ではない誰かであっても、ご子息に害を成そうとしたらその瞬間に罰を受けるのではないでしょうか。
ただし、それを誰かで試すというのは止めておいた方が良いでしょう。
……矢縫様は私共を遥かに凌駕する魔力の担い手であり、このお屋敷にもいくつもの高度な結界が張られております。
それらがあればこそ、この程度の被害で済んでいる訳でして……他の者が他の場で同様のことをしてしまったのなら、周囲に様々な被害を出した上で、その魂までが跡形もなく砕かれてしまうのかもしれません」
「……では、では一体どうしろと言うのだ……!?
一体どうしたらその祝福とやらの魔の手から逃れられると言うのだ!?」
専門家の声に対し、矢縫家当主がそんな荒れた声を返すと……専門家は諭すような声で、ゆっくりと語りかける。
「ご子息のことをお忘れになり、関わらないようにするのが一番でしょう。
どういった意図、目的があってのことかは分かりませんが……今矢縫様が成そうとされていることは、今までのような……いえ、それ以上の被害を受けてでも成さねばならないことなのでしょうか?
こちらから手を出さなければ……危害を加えようとしなければ、件の祝福も祝福をかけた者も、こちらに手出しはしてこないはずです。
……もし仮にそれだけのリスクをおかす価値のある、十分なリターンがある一件なのだとしても……何か別の方法を、ご子息とは全く関係の無い方法を模索することを専門家として進言いたします」
そう言って口をつぐんだ専門家は、
(あるいは自分が……息子に関わるなと助言するような人物がここに呼び出されることになったのも、その祝福の力のせいなのかもしれないな)
なんてことを胸中で呟く。
こと術式の世界においても、攻めるよりも守る方がたやすいとされている。
自らの魔力を込めた何らかの品……例えば体毛や皮膚の一部を、テリトリー内にばらまいて結界を構築し、地脈を活性化させた上で魔力をかき集め……そうやって集まった魔力と、自前の魔力とを合わせてなんらかの術式を行使したなら、その結果内に限ってのことだが、その効果は数十倍……数百倍にもなると言われている。
それを時間をかけて……あるいは幻獣の手を借りながら行ったなら、人類が何をしても到達出来ないような凄まじい結果に引き起こすこともある。
その上、件の息子は幻獣を連れているらしく……その幻獣は可愛らしいなんとも平和そうな見た目をしているそうではないか。
(そういった姿をしている幻獣の方が、いかにもいかつく凶暴な姿をしている幻獣よりも数倍……いや、数百倍は恐ろしいものなんだがな……)
と、専門家はそんなことを思いながらも、依頼主の機嫌を損ねないようにとあえて言葉には出さない。
極々稀にこちらに召喚される可愛らしい姿をした幻獣を見て人々は、専門家であるはずの矢縫さえもが、一体どうしてその姿を侮るのだろうか?
様々な幻獣が住まう……この世界を容易に破壊出来るような幻獣が無数に住まう幻獣界にいながら、そんな姿で生き残っているということを……どうして恐ろしいと思わないのだろうか?
敵を圧倒する力がある訳でもなく、鋭い牙や爪がある訳でもなく、空を飛べるような翼がある訳でもなく、毒などといった絡め手も有していない。
……そんな状態で幻獣だらけの世界で生き残っているということを、どうして疑問に思わないのだろうか?
幻獣の世界はまやかしの力で生き抜けるような甘い世界ではない。
見た目が可愛らしければ可愛らしい程、見た目では分からない形で……他の幻獣や生命を超越するような、特別な何かを持っているはずなのだ。
君子危うきに近寄らず。
そんな言葉を依頼主に思い出して欲しいと願いながら専門家は……全身に冷や汗をかきながら、それでも静かに冷静に務めて、依頼主を諭し続けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。




