一応の決着
不審者の意識を奪うことに成功し、ハクトとユウカがほっと息を吐き出した……その瞬間。
崩れ落ちた不審者の体やその周囲を突然巻き起こった白煙が包み込む。
煙幕といった様相のそれを受けてハクトが警戒感を顕にしながら、一体誰の仕業かと視線を周囲に巡らせる中……ユウカは不審者の身柄を確保すべく、煙幕があろうとも構わないと言わんばかりの勢いで、煙幕の中に突っ込んでいく。
「待ちたまえ!?」
突然のことにハクトがそう声を上げるが、ユウカは構わず煙幕の中を突き進み、不審者の体へと手を伸ばし……そんなユウカへと何者かの拳が襲いかかる。
それが一体誰の拳かは分からなかったが、攻撃してきたということは反撃しても問題無い相手なのだろうという理解をして、ユウカはその拳を瞬時に叩き払い、その拳の主へと全力の正拳突きを放つ。
瞬間、衝撃が周囲に広がって、それによって煙幕が払われて……ユウカの視界が開けて、ユウカの正拳突きを食らいながら吹っ飛ぶ一人の男の姿と、その男が脇に抱えている不審者の姿をユウカの目が捉える。
そうして道の向こうまで吹っ飛んでいった男は、その途中でくるりと身を翻し……そのまま建物と建物の間に入り込み、姿を消してしまう。
「あ!?」
しまったと、そう思いながらユウカが声を上げる。
まさか自分の拳の勢いを逃走に利用してしまうとは……意図的なのか偶然なのか、どちらにせよ逃走は成功してしまっていて……慌ててそれを追いかけようとしたユウカに、すかさずハクトが待ったをかける。
「待ちたまえ!
相手の雇い主は分かっているのだ、無理に追撃する必要はないし、無闇な追撃でその身を危険に晒すこともない!
そんなことよりも怪我はないか? 拳は平気か? 思いっきり相手を殴ってしまったのだろう?」
ハクトのそんな声を受けて落ち着きを取り戻し足を止め、戦闘態勢を解いたユウカは……自らの拳を見て、傷一つ腫れ一つないことを確認してから、その拳を振り上げ、ハクトにも問題ないことを確認させる。
「……そうか、無事なら何よりだ。
これ以上実家絡みのことで迷惑をかける訳にはいかないし……追撃などをする必要はないよ。
そんなことよりも折角ここまで足を運んだんだ、余計なことにかかずらうのではなく、予定通り食事をとってから買い物の続きをするとしよう」
それを見て安堵のため息を吐きながらハクトがそう言うと……事態を見守っていたグリ子さんが、目を細めての笑顔になりながらハクトにその体を擦り付ける。
その様子はまるで「やるじゃないかこのこのー」とでも言っているかのようで……余計なことよりも『ユウカとの買い物』を優先したことを褒めているかのようでもあり、ハクトは困惑しながらも、そんなグリ子さんのことをしっかりと受け止める。
するとそんなハクト達の様子が羨ましくなったのだろう、服を軽く撫でスカートを軽く撫でて埃を払い、乱れを整えたユウカがグリ子さんの側へと駆け寄り……グリ子さんのふわふわの体にその身を寄せる。
そうして二人と一匹でおしくらまんじゅうのような状態となり……身を寄せ合いながら、お互いの温かさを感じながら、どうにか気分を落ち着けたハクト達は……少し離れた所にあるレストランへと向かい、そこで食事を済ませる。
食事を済ませたなら、また別のデパートへと向かい、襲撃のことも忘れて買い物を楽しみ……そうして夕方が近づいたなら、バスに乗って竜鐙町へと戻り……笑顔で別れ、それぞれの家へと帰宅する。
帰宅したユウカは色々とありはしたが、それでもとても楽しかった……心の底から楽しかったと思える良い休日だったと、そう思いながら疲れを癒やすためのバスタイムへと突入し……一方ハクトは、グリ子さんと共に再度家を出て……近くのタバコ屋の前に置かれた公衆電話へと足を向ける。
受話器をとって硬貨を入れて……かつての実家の電話番号を思い出しながらダイヤルを回し……使用人と思われる人物が電話に出たなら「ハクトです」と名乗り、単刀直入に用件を告げる。
「あなたの主にお伝えください。
話があるのであれば手紙などでその旨を伝えてくれるだけで良かったはずです。
にも関わらずよからぬ連中を雇っての強硬手段に出るなど言語道断、到底受け入れられるものではありません。
縁を切り、捨てた私に今更何の用があるのかは分かりませんが、今更になってこのようなことをされるのであれば、こちらとしても正式に、法的にそちらとの縁を切り矢縫の家名を捨てる他ありません。
余計に事を荒立てたくないので今回のことは警察などに届ける気はありませんが……同じようなことが繰り返されるようであれば、そういった手段も取らざるを得ないでしょう。
……私書箱の番号を教えておきますので、以後の連絡はそちらにお願いします」
すると受話器の向こうから『お伝えしておきます』との返事が来て……それに満足したハクトは私書箱の番号を教えてから受話器を置いて……その場を後にする。
そしてその間、静かに……何も言わずに何もせずにハクトのことを見守っていたグリ子さんは……受話器の方を睨みつけているかのような鋭い目で見やり……そのクチバシでもってその身からすっと数枚の羽を抜き取り、その羽を空中へと放り投げる。
すると放り投げられた数枚の羽は……夕日を浴びながらきらりと煌めき、そのまま夕日の中に溶けるようにして消えてしまうのだった。
――――矢縫家 本邸
夜更け過ぎ、厄介だった仕事を終えて帰宅し、帰宅するなり使用人からの報告を受けたその男は、その顔を酷いまでに怒りで歪めながら……ある言葉を口にしようとしていた。
かつて息子と呼んだある男を……自らに逆らうある男を痛めつけてやれと、痛めつけてやった上で自分の下に引き出せと、そんなことを命令するための言葉を。
スーツの上着を脱いで使用人に押しやり、ネクタイを引き抜いて投げ捨て、そうしながら口を開いて、いざその言葉を口にしようとすると……なんとも不思議なことに、投げ捨てたネクタイがまるで何者かにそうしろと命じられたように、板張りの廊下を滑り、男の足の裏へと入り込み……それを踏んでしまった男は、大きくバランスを崩し、危うく転びかけてしまう。
そのことに対して男は言葉に出来ない程の憤りを抱くが、その原因を作り出したのはつい先程の自分であったことから抱いた怒りのやり場がなく……仕方なしにその怒りを息子へとぶつけることにして、再度口を開こうとする。
すると今度はけたたましいまでの電話のベルの音が鳴り響いてきて……それを受けて男は口を開くタイミングを逸してしまい……仕方なしに質素ながら豪華な作りの、いかにもな和風屋敷の廊下を荒い足取りで突き進み、電話のある屋敷の奥へと向かう
屋敷の最奥には男の書斎があり、書斎の机の上には少しばかり古い作りの、嫌味な純金装飾のされた電話があって……その受話器を取り要件を聞き取っていた別の使用人が、男へとなんとも苦い表情を向けてくる。
「……旦那様、系列会社の方で不祥事があり、かなりの損失が出たとの連絡が……」
その使用人からそんな報告を受けて男はまたも憤り、またも息子のことを口にしようとするが、すると今度は書斎のガラス棚にしまわれていた、男のコレクションでもある数十年物のウィスキーの瓶が……割ろうと思っても中々割れないだろう頑丈な作りの瓶が破滅的な音を立てて割れ崩れてしまう。
結局それから男は一度も……何度も何度もそうしようとしたものの、結局一度も息子のことを口に出来ないままで……。
息子のことを、息子を害せとそう口にしようとする度に、どういう訳だかそれを邪魔する形で不幸な出来事が起きてしまうというその現象に、何らかの力が……何者かの意図が関わっているということに男が気付くのは、それから三日後のことであった。
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