09 若者は娯楽に飢えている
ちょっとコマをマスに言い換えてます。なんかおかしいなーと思ってた…。コマでも間違いじゃないけど、混乱しそうなのでね。
「で?」
食事が一段落ついたところで、目の端に涙を浮かべた王子から私へ問いかけをされた。
「今日君が来た目的は? アイルツ伯爵令嬢たちと何かこそこそしていたと聞いたよ。教えてくれるのかな」
王子は腐っても王子。さすがに私たちの動向を知っていたらしい。そういえば本当はディーター(呼び捨ての許可をいただいた)以外にも護衛の騎士や取り巻きがいるという。今日は遠慮してもらっただけなので、そのうち挨拶に呼ぶとのことだ。きっとその中の誰かが私たちのことを視ていたのだろう。
私はジビラから貰った双六の紙とサイコロを並べた。サイコロも昼休み前にジビラが紙を切ってちょちょいと作ってくれたのだ。私たちには馴染みのある六面体。一だけは赤インクで点を打ち他は黒インクで打たれている。
そして今回は丸い指の第一間接くらいの大きさの駒。手書きで王子や騎士と書かれている。
「これは彼女たちにうちの領での娯楽に知恵を絞ってもらったものの試作です。雨の時にお客様を退屈させない遊びを考えました。ホルトハウス領内での特色交えた問題を記載する予定です」
「だがこれは王子や魔王と書かれているぞ」
ディーターが並べられた駒を手に取り首をかしげる。
「はい。まだうちの領内の分は出来上がっていないのです。ただ、学校でも似たように遊びを流行らせたら面白いかと思いまして、ジビラ嬢にお願いしました。忌避ない意見をいただければと思います」
盤面を眺めていた王子は興味津々のようだ。二人で遊ぶオセロのようなものはあった。しかしもう少し多い人数で集まれば、この世界では体を動かすかくらいしかないと思う。それはそれで楽しいけれど雨の日はやはり暇を持て余してしまう。
「これはお話なのだね。このサイコロを使って出た数だけ進んで……へえ、目標に着くまでに道のりが色々考えられるのか。面白そうじゃないか」
「ありがとうございます。ちょっと遊んでみませんか? 試作ですので、至らないところもありますけど」
「そうだね……。ディー、誰か二人くらい近くにいないかな。せっかくだから駒のある人数でやってみよう」
「アルベルトはいるだろう。他によさそうなの見繕ってくる」
ディーターが席を立つ。
やはり誰か近くに側付きがいるらしい。
「それにしても君は不思議な人だね。防衛科にいるのなら騎士になるつもりなのかい」
「領は兄が継ぎますからどこかの騎士団か自警団にでも入れればと思っています。そう多くは使えませんが、魔法剣士になりたいですね」
問われたので素直に答える。王子はふうん、と気のないような返しをして、後はもう双六の内容に質問が移っていった。私自身のことを聞いても彼の将来にはなんの影響も及ぼさないのだろう。
そのうちディーターは二人新たな客人を従えて戻ってきた。
「アルベルトとタルナート伯爵家のティモ殿だ」
「あれ、ティモ?」
驚いたことに同室のティモだ。
「あ、スヴェン!」
ティモは私と王子との間に視線をうろうろさせていた。どうやらアルベルトと呼ばれた彼と同じ講義を受けていたらしく、そのまま食事を一緒にとっていたらしい。
ディーターが悪くないだろうと連れてきたようだ。
「ん?でもティモ、二学年だよね」
「選択制の講義で昨年取りそびれたんだ」
ティモは簡単に説明をくれると王子に向き直る。姿勢を正し、臣下の礼をとった。
「初めまして、ライナルト殿下。タルナート伯爵家が一人、ティモと申します。以後お見知りおきを」
思わずすごい、と手を叩くと睨まれた。私は最初からまったく臣下の礼などしなかったから。そしてもう一人のアルベルト・ベックは侯爵家のものらしい。一応王子の側近の一人だというが、先ほどから必要最低限しか話していない。
「固くならなくていい。ちょっと手を貸して欲しいだけだからね。イチゴ君、説明お願いするけど、とりあえずやってみようか」
「はい。ではまず……見てもらいましょう」
盤面と駒を皆にみえるように置く。
「まずは誰がどの駒を使うか、ですが。あー……、これはちょっと選び方を考えていなかったので今回はとりあえずこの賽を振って決めましょう」
サイコロの若い数字を出した者から駒を選んでいき、私は今回肝である魔王を選んだ。他は王子が魔法師、ディーターが騎士、アルベルトが商人を選び、最後にティモは王子を選んだ。恨みのこもった視線をもらうがそこは諦めてくれ。ティモが弱いせいだから。
「それでは順番にサイコロを振っていきます」
まずは始めてみるべし、と順番にマスを進めることになった。
一番目は私が説明がてら振る。サイコロは三の目を出したので駒を三マス進める。
「出たマスに書いてある事柄を行ってください。このマスはえーと……『魔法師ならば魔法で走ったので二マス進む』か。この場合私は魔王なので、何もありません。次は王子ですか」
二番目の王子にサイコロを渡すと、同じ三の目を出した。私と同じマスに来たが、彼はその二つ先で駒を止めた。
「ぼくは魔法師の駒だから先に進めるんだよね?」
「そうです。そうやって誰が最初に目的地につけるか、競争する遊びです」
目的地を示すと皆が頷く。その後は説明しながらそれぞれに駒を進めていき、王子が一番最初にあがった。順にそれぞれもあがり、最後はティモだ。
ディーターたちは慣れないゲームが終わったことにホッと笑顔を浮かべている。
「うんうん、面白かったよ。これは学校を題材に作ってもよいかもね。なんで冒険ものなの?」
「やはり男としては冒険譚が楽しいかと」
あと魔王を釣りたいからです。とは言えないので用意していた答えを出すと納得してくれた。
「中身はアイルツ令嬢たちが考えてくれたのかな。三種類の字は彼女たちのものだろう」
よく見ている。時間がなかったので、中身はそれぞれの手書きなのだ。
「はい。どうせなら王子たちにも楽しんでもらえたら、と考えてくれました」
よくお礼を言っておいて欲しいとの申し出に私は笑顔で頷いた。本題の双六自体の感想はどうか、というと皆楽しそうだったがもう少しルールを練ってから始めた方がいいのではないかと意見が出た。昨日の今日なので、駒を決める最初のところでも適当に決めてしまったのだ。これは仕方ない。
まだ時間があったのでもう一回やってみることになった。そして二回目は最終ゴールの一歩手前でディーターが止まった。マスには『サイコロで六の目が出たら魔王と和解する。さあ、君の真実は何処に?』とある。
ところで当初予定の一の目の予定を六の目に変えたのは、単に悪魔の数字は六かな、という考えに思い至ったためらしい。
「六の目?」
首を傾げながらディーターがサイコロを振ると六が出る。通常のゴールではなく、私は矢印で示された別のマスを指差す。
「複数の終わり方もありなんです。普通は魔王を倒して終わり、でしょうがこのマスで六の目を出すと手を取り合う結末なんです」
「……なるほど。だから通常のあがりだと魔王は浄化されました、と書いてあるのか。魔王のままで結末へ持っていけないから」
そう、通常のあがりのマスには魔王以外には魔王を倒してハッピーエンド、だが魔王には浄化されるというバッドエンドだ。
「本当に描きたいのはこっちの結末なんだね。時間がなかったっていう割に色々考えてるなあ。その分もっと時間をかけて綺麗に作り直すといいよ」
王子にはわかってもらえたらしい。ただの駒を進めていくお話だけど、それでもただの勧善懲悪以外の道を置きたかった。この世界がユッテたちのいう乙女ゲームの世界というならば尚。
魔王となった人物が本当にいるのかはわからないが、もしいるなら結末はひとつだけではないと希望を持たせてやりたい。彼女たちはそう願っていた。
私もゲームをプレイしていないが、彼女たちの願いに乗っかりたいと思う。
「ふむ。面白いとは思うが、やっぱり学校の題材をひとつ作るといいと思う。ほら、よくあるだろう。七不思議とかなんとか。ああいう噂を取り混ぜて盤面を作ると面白いと思うぞ」
ティモからは皆に興味をひかせるのは学校関連の盤だと推された。魔王を釣り上げたいのだけど、これはちょっと難しいかもしれない。
ディーターは色々な種類を作るとそれはそれでいいんじゃないか、と言われた。彼としては試作ではなく、完成品を待ちたいらしい。今回は盤も駒も雑だから足りないところが目立つ。それでも結構楽しんでくれたらしい。
「雨の日は確かに暇を持て余す。皆と親交を深めるにはいい。楽しかったよ」
後は終始無言だったアルベルトだが、不意に手を挙げた。
「早く終わった人には景品とかないんです?」
「うちの領でやるときには特別なお土産を渡す予定ですが、ここでも必要ですか?」
学校なら賭け事はどうかと思うのだが。王子も少々考えていたようで、目新しいけど褒美は欲しいよね、と同意していた。ディーターとティモはどちらでもよさそうな様子だ。
「んー……、では選んでください。最初に終わった人にそれ以外の人から食堂のおかずを一つ譲ってもらうか、一つだけ何か簡単なことを命令できる権利か。どちらがよいですか」
すぐに思い付くならこの二つだ。本当はジュースを奢る、とか言いたいが飲み物はこの学校だとタダだから意味がない。
「他はない?」
「すぐに思い付きません」
素直に告げる。王子は命令なんて当たり前な身分だからか魅力が感じられないのだろうか。
「ライ。……だったらそれぞれに賞品をひとつ用意しておけばいいのではないか。一番にあがった者は皆が用意したものからひとつもらえる権利を得るとかはどうだ」
困ったところでディーターから助け船をもらった。確かに終わった後で小さな報酬があってもいいかと思っていた。また、ディーターのいうのは悪くない気がする。
「どういうことですか?」
首を傾げるのはティモだ。
「ディーター、賞品はものじゃなくてもいいんでしょう? だったら、ティモはノートをただで貸してあげる、とかかな。ディーターなら……手合せ許可。王子は……一緒に昼食をとる権利ですかね」
それぞれの得意なことや、周りにとってのご褒美を考えるとそんな感じだ。王子はなるほどね、と首を振っている。
「そういう感じでの賞品はどうかな、ベック殿」
「いいね。それでいくなら俺は殿下やディーと顔をつないでやる、ということかな」
「簡単にそんな賞品にするなよ」
にやりと口の端を歪めるアルベルトにディーターが眉根を寄せる。
「殿下の昼食はいいの?」
「別に隣に座らせる必要はない」
「ふふ、だねえ。アルベルトは普通に侯爵領の特産品でいいんじゃないかい」
ベック侯爵領には何か特産品があっただろうか。不思議に思っていると、含み笑いで三人が私を見た。
「ベック侯爵領は果実が特産なんだ。エーアトベーレもだけど、同じ仲間のヒンベーレ、黒っぽい色のの小さな実だね。これは酸味もあるけれど、エーアトベーレが好きならきっと好きだよ。あとトラオベがあるよ。えーと、これは紫色のたくさんの房をつけるものだね」
何個も一塊になっているんだ、と王子が説明する。それはもしやブルーベリーやぶどう、ということだろうか。ぶどうはホルトハウスにもあるけど、他の地域のものなら種類が違うだろう。食べてみたい。私はアルベルトに熱い視線を送った。
「すごく、いいと思います!」
ぶれないね、イチゴ君、と笑われた気配もあったがそれはそれだ。甘味ラブ、果実は食さねばなるまい。
結論として、持ち帰って仕上げてこいということだった。
ちなみに私が出した皆の賞品の案は採用される予定らしい。