02 ヒロインの前に自己紹介
前世乙女だった私だが、家庭的なことはどの分野においても苦手であった。それだからか乙女ゲームなどは友人に好きな子がいたくらいで、自分でやったことはない。
「イチゴ君、前世でも男っぽかったの?」
相変わらず切り込んでくるのは、最初に呼び出しをかけてきたユッテ・アウラー子爵令嬢だ。目がくりくりして愛嬌があると思うのだが、もう少し女子らしい慎みを持つべきではないかな。
「男っぽかったわけではなくて、仕事人間だったんだよ。体動かすの好きで、仕事が趣味みたいな」
首を傾げるユッテだが、前世の私は二十代後半で記憶が途切れている。ユッテたちは皆学生だったらしい。
「ところで、その『イチゴ君』ていうのはもう変えられないのか?」
私の名前はスヴェン・ホルトハウス。ホルトハウス男爵の三男だ。イチゴは好きだが、それをあだ名にされるのは微妙な気分である。
「だってもうライナルト様がそう言ってるじゃない」
ライナルト・フォン・ハーゼンバイン、それが王子の名前である。そして彼はあの食堂の邂逅以来、私をイチゴ君と呼ぶ。遠まわしにやめていただけるよう進言したのだが、にっこり笑うだけで撤回してはくれなかった。
朗らかな顔してやりおるわ、王子。
「それにイチゴ君なんて、かわいらしいじゃありませんの」
やさしく応えるのはクリスタ・アイルツ伯爵令嬢だ。この女子会の中では最も位が高い。令嬢らしい口調でおっとりしたこのお嬢さんは、私の理想の女子に近い。
「そうですね。あだ名の方が、わたしも呼びやすいです」
そして最後にもう一人。ジビラ・プレッチェ男爵令嬢だ。彼女はおとなしく、読書やスケッチが趣味なので、よく図書室や温室の傍に居ることが多い。人が多いところで発言するのは苦手なようだが、女子会(確定でいいよねもう)ではいつもより気楽にお話できるようだ。
「クリスタやジビラまでそんなことを……」
溜息を吐くと、くすくすと二人はかわいらしく笑みを漏らす。
「ごめんなさい。でも親しみやすくて、よいと思っているのは本当よ」
「うん。わたしも同じ爵位だし、気軽に声かけられるのうれしい」
「ね!」
何故か胸を張るユッテにもう一度溜息を零す。だけど王子がどうにか出来ない以上これはもうどうしようもなさそうだ。
「仕方ないな。学校の中や君たちといる時だけだからね」
三人とも花綻ぶように笑ってくれた。
名前についてはそのうち折を見て再度王子に直訴しよう。まだとらえどころのない彼だが、幸い私に対して悪い印象はないようだ。
ライナルト王子は第三王子だ。
既に王太子として国王の補佐についている第一王子や、軍部の方に明るい第二王子とは別の道を行く人だ。護衛を兼ねた侯爵子息を傍に置いて、いつも朗らかに笑っている。
攻略対象だというが、こういうゲームでは確かトラウマがあるとか、何か暗い過去を持っているのが定石ではなかったか。とてもそうは思えない。それとも心の内では何か暗いものを秘めているのだろうか。