試すのは実地が一番と言いますけども…
「言う事は尤もだけど、どうしてこういう事なるんだろうなぁ…」
ぼやいてみた。
俺は今、完成し、実用前の試験運用段階にある携帯食料のテストをしている。
それだけならいい。
だけど! それが任務のおまけ付きだったから堪ったもんじゃない。
事の起こりは『盗賊団の討伐』を命じられた事だ。
何でもその盗賊団、幻想人種で構成されてる、という話である。
人間至上主義を掲げるこの帝国にとってみれば、幻想人種の存在は不遜に値すると言ってもいい。
まあ…、帝国が何故、過激とも取られかねない人間至上主義を掲げたのかは分からない。
その主義を誰がいつ提唱したのかも、実はまともに調べる者はいないのかもしれないし、一介の騎士の身分の俺では知る術が無かった。
確かに俺も人間至上主義の元で育ったが、疑問に感じてもいる。
何せ俺は―――
おっと! 今は言うべきじゃないな。 バレれば追放以前に死刑になっちまう…。
それに『治癒術式』も本当は存在すらしないほどの正に禁じ手、丁寧な言い方をするなら『秘中の秘』とも呼べる手段だ。
オルナがボロボロになって帰って来た時、やむを得ず使ってしまったんだが…。
広めてない事を祈りたい…。
…それはともかく…、疑問だからと言っても騎士である以上、疑問を差し挟む訳にはいかない。
そして何よりも、俺は帝国の臣民だから。
この俺を【キルヒア・ライン】へ編入してくれた、【キルヒア・ライン】筆頭、アウルス・ディザン閣下。
【キルヒア・ライン】への推挙をしてくれた最大の恩人にして偉大なる帝王、ヴィルヘルム・ニース・ルハイト・グラナベルト陛下。
この二人の御為にも、結果を出さなきゃならない。
実力主義の体現者である帝王陛下、武の体現者であるアウルス筆頭閣下。
遥か天空の彼方の目標であり、到達点。
辿り着けなくても追いつく事はいつか出来るかも知れない。何時になるかなんて分からないけどね…。
盗賊団と言うなら、例え【キルヒア・ライン】であっても班編成での行動が普通である。
でも…、俺は大半の連中に同行を嫌がられた。まあ、変人と呼んで俺を嫌ってる連中ばっかりだしな。
結局、二人で行動する事になっちまった訳なんだよ、これが。
「そっちはどうなってる?」
黒装で覆われながらも凛とした声が響いてきた。そう、同行したのはオルナだ。
盗賊団の討伐、とくれば彼女が動かない訳が無く、一も二も無く任務の同行を了承したのだ。
「ダメだ。馬も人も矢で一撃で仕留められてる。エルフィンテルメキアの仕業だろうか?」
「ありえるな。奴らは森林や草木を知り尽くした種族。これくらいの芸当は出来るはずだ」
「それに馬車も見事なくらい空っぽだ。隠れ集落があるのかもな」
「我が帝国に仇なす不逞の輩め…。裁きを下してくれる」
携帯糧食の試験のはずが、よもや幻想人種が関わるであろう事態になるとは予想も出来なかった。
だが「隠れ集落」と言ってはみたものの、幻想人種は法国かリスリアに流れたはず。
余程、古くから住む土地に対する愛着があるという事なのか?
「うーん…、だが妙だな…」
「どうした?」
「地面だ。足跡が不自然に付き過ぎてる。 本当に幻想人種がやったものか、と疑問が湧いてきた」
「そんな事は結果が教えてくれる。 それに、私達は『盗賊団』を成敗するのが目的なんだ。幻想人種であろうが無かろうが、どちらでもいい」
そう、確かに俺達は『盗賊団の討伐』のために出動の前日に起こった襲撃の現場に来ているんだが…、幻想人種がやったにしてはお粗末なくらい、証拠を残してる。
それにこの現場を見て考えた事は「誰が『盗賊団が幻想人種で構成されている』って事を流したのか」と言う事になる。危うく証拠集めの根本を忘れるところだった。
「オルナ、俺は急いで帝都に戻る!」
「なぁ!? 何故だ! この足跡を辿っていけば連中の居所も掴めるだろ!」
「情報集めだ。そもそも何かがおかしい。こうしてみんな殺されてるのに、誰が幻想人種を見たって言うのか、証拠を掴まないと…」
「それなら、先にこの遺体をどうにかすべきだ!」
「狼やハイエナが処理してくれるさ…、あれ?」
「今度は何だ?」
押し問答に近いやり取りに俺はまた、妙な物に目が行った。
それは人や馬に刺さった矢だ。
その矢には見覚えがあったような…?
「これ…、帝国で出回ってる形の作りをしてる」
俺は遺体から矢を一本引き抜いて、矢じりや矢羽を見てみた。矢自体も僅かに短め…。
「コンポジットボウ(合成弓)のものだろうか…?」
「断定は出来ないけど…、帝都の武器商を片っ端から回るしかないな」
「…分かった。そっちは任せた。私は足跡を追ってみる」
「気を付けて」
「お互いにな」
俺は騎竜に跨ると、現場の足跡を消さないようにゆっくり歩を進ませ、ある程度離れたのを見計らって、全速力で帝都へと戻る事にした。
―――本当に幻想人種だったとして、処遇をどうすべきか?
俺の心に矛盾が出始める。騎士にあるまじき事なのは承知だ。
任務に私情を挟む事は許されない。例えそれが友人でも親類縁者であっても、だ。
前線を生きなければならない者にとって、私情を挟むという甘さは即、己の命を失う事になる。
実を言うと俺は私情を挟む行為を一度やらかしてしまっている。
**
それは三年前、ドワーフの集落に単独任務で赴いた時の事だった。
【十年地獄】が終結して一年が経ち、現帝王の敵対勢力を一掃するため、外周部隊による大規模遠征をおこなった時の事…。その遠征の片手間的な扱いで単独行動を命ぜられたんだが、「人員が割けないから」ってのは聞こえはいいが…、実際、誰も俺と行きたがらなかった。
主任務を外されるような格好で赴いた訳なんだが…。
その集落と言うのは数世帯だけが隠れ住んでるだけのものだった。でも、そこで聞かされたものは聞くに耐えない怨嗟の声だった。彼らは俺の黒装を見るなり怒りの形相となり、その怨みは声となって、俺の心に襲いかかっていた…。
―――帝国の人間を絶対許さない!
―――我々は平和に暮らしていたんだ! それをお前達が身勝手なまでに壊したんだぞ!
―――同胞を返せ! 家族を返せ! 返せないならお前たちの命で贖え!
―――この怨みは死んでも消える事は無い! 汚らわしい帝国の愚か者よ!我らの怒りと怨み、憎しみを思い知るがいい!
…俺は今まで人間しか相手にして来ていなかった。それでも法国やリスリアの兵とは言え、たくさんの人を俺は殺した。でも幻想人種が、まだ帝国に残ってた事は衝撃でもあった。それもドワーフが、である。
山岳で囲まれた土地のこの帝国領地は寧ろ、ドワーフにとって楽園だったかもしれない。
けれど、それは帝国にとって許し難い存在として悉くが殺されていった事は軍学校での教錬で聞かされてはいた。だがまさか、本当にこの目で見ようとは…。
そして同時に俺の中で『人間至上主義』に対する疑問が湧いたきっかけでもあった事は皮肉と言うべきか…?
怒り、怨み、憎しみ、悲しみ―――
それらが混然一体となったドワーフ達に宿るもの、それは殺意…。
その殺意が老若男女問わずに激しく渦巻き、奔流となって俺に襲い来る事になった。
最初に飛びかかって来た比較的若いドワーフのメイスの攻撃を…俺は敢えて受けた。
激しくも鈍い衝撃音が耳に突き刺さりそうなほどの、頭を正確に狙った一撃。
それは迷いなき力の入れ方であり、盾をもってしても腕に相当な衝撃が響き渡る。
腕だけで受けようものなら、黒装ごと腕を千切り取られていただろう…。
殺意に濁りきった目で俺を力の限り罵るドワーフ達。
けれどその中にも、俺の知ってる何かが宿っているのを感じた。
そして思い出す…。
―――母さんに似ている
そう、実は母さんはドワーフとの混血児。俺はその更に混血、つまりクォーターと言う訳だ。
バレたら死刑、と言うのはこれに起因している。
『人間至上主義』の帝国では、僅かでも幻想人種の血が流れていると知られれば、良くても奴隷、悪けりゃ死刑。俺はこれを隠して【キルヒア・ライン】に入ってる訳だから…、虚偽、不敬、大逆の各罪状を並べられた上で死刑となる。そしてこの事を知る人物も当然いる訳で…。
アウルス・ディザン筆頭閣下に看破されてしまっているのだ。
閣下の目は、まさしくドワーフ達に宿る「それ」によく似ていた、と後に思った。
その時に告げられたのは「条件」という名の密約…。
「帝国に対し、絶対の忠誠を示せ」
「帝国に対し、如何なる理由があっても逆らう事許さず」
「帝国に対し、その臣民たる誇りと証を示せ」
「この3つの条件の厳守を持ってお前を騎士に列してやる」
筆頭閣下との密約―――すなわち『厳命』に従い、俺は【キルヒア・ライン】への入団を果たしたのだ。
でも、この時の俺は…血は薄いとは言っても母さんの同族をむやみやたらと殺そうと思う事が出来なかった。
だから…彼らの怨みを一身に受けるしかなかった。
『人間至上主義』の裏にこんな怨みがあったのか、と…
『人間至上主義』とは果たして誰の為にあるのか、と…
『人間至上主義』とはそもそも誰が作ったんだ?、と…
怒りが、怨みが、憎しみが、悲しみが、物理的な力となって、俺の身に降り注いでいた。
彼らの武器と術式が際限なく俺の身に傷を入れて行くのが分かる。
黒装を拉ぎ、身を切り、骨を砕き、逃げられないように俺を足元から縛り付ける…。
俺一人では晴らせないであろう負の感情。
怨嗟は俺一人の命では到底贖えないものなんだろう、と後になって思い知らされた。
埋まる事の決して叶わぬ溝―――
互いの信条の致命的な相違―――
そして俺は決断する事になってしまった。
彼らを逃がす事を!!
「……ここから逃げろ」
呻きながらも俺は声を絞り出して彼らに請うた。
「殺したくない…! 法国にでもリスリアにでも…、逃げてくれ!!」
ドワーフ達の手が不意に止まる。そして、意外そうな眼で彼らは俺を見ていた。
「何故だ。…そうか帝国人の騙し討ちだな?」
俺はその言葉を聞いた瞬間、余りにも悲しい現実に打ちひしがれた。帝国において幻想人種の地位は奴隷ならば幸運な方である。掲げられる主義の至上命題の下にほぼ確実にその命を絶たれてしまうからだ。
帝国にもかつて、幻想人種に平等を与えようと唱えた者はいた。しかし…そのような考えを提唱した者は「不穏分子」の名の下に次々と処断された。
俺もそのための要員として加わった経験はある。
けれどもその当時は入団したての新米で、しかも【十年地獄】の末期の事だった。
『厳命』と言う名の筆頭閣下との『密約』は俺を大いに迷わせた。それでも俺は帝国の臣民たる証を示さなければ、母さんの墓どころか、父さんにも類が及ぶ事を本能的に悟らなければいけなかった。
必死だった。
騎士であるために…、人間であるために…、帝国臣民であるために…!
剣を振るった。黒装を纏った拳で、盾で打ち据えた。
殲滅後、筆頭閣下の呼び出しを受けて激励と戒めの言葉を同時に貰った。
複雑な気持ちだった事を今も覚えてる…。
それでも俺は…この時、『厳命』を破ってしまった。
「俺を信じなくてもいい!亡き母さんが引き継いだ血を持った民を…俺は殺せない!!」
再び浴びせられる攻撃の中を、俺はこの一言で黙らせるしか無かった。
俺は続けた。
「早く!援軍が来ない内に! これだけの傷があれば証拠に出来る! 逃げるんだ! 急いでくれ!」
喉を潰す勢いで俺はあらん限りに叫び、訴えた。
半信半疑のドワーフ達は互いの顔を見つつ、何やら術式を使い始めた。
「一度だけだ。次は無いぞ」
彼らの一人がそう呟いた。その言葉と共に彼らそっくりの人形が周りに横たわっているのが見えた。
続く術式が血の様な色の液体を現出させる。適当な傷を付けつつ、だ。
「我らはここを去る。だが忘れるな! 我ら幻想人種への非道の数々、必ずや帝国に跳ね返ってくる事を!」
ドワーフ達はそそくさと荷物をまとめ、集落を去っていく。俺はただ、それを見送った。
方角的に法国の方面だろうか?
そんな事はどうでもいい気がした。彼らに生きて欲しかった。それだけだったから…。
それが初めて『人間至上主義』に対する矛盾と闇を肌身で思い知った出来事でもあった。
**
そんな出来事を思い返す内に騎竜に乗っていた俺は帝都の門をくぐっていた事に気付いた。
騎士としての任務を全うするために、俺はこの矢の手掛かりを追う事に全力を注ぐ…。
あらすじで銘打っておきながら、出せていなかった戦闘や暗部を微量ながらも出せたかな、と思いたいです…。
主人公二人にとって、日常すらも「奇譚」になるようにしたいですね。