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酒は飲んでも飲まれるな (2)

「さ、ジョッキ持って乾杯しようか」

「こ、こうか?」


 私もそれなりに酒は嗜む。だが、こういう場で飲んだ事は勿論無い。

 自室で一人酒が精々だったからだ。

 どうにも戸惑いながら、ジョッキと呼ばれた大きな木のカップを持つ。


「俺が『乾杯』っていうから、後に続いてジョッキを軽くぶつけ合うんだ。行くぞ?」

「あ、ああ、分かった。 …いいぞ」


 酒場に至っては初めて尽くしの私。気持ちが昂るが、同時に緊張もする。

 味方は少しずつ出来始めている。だが私に足りなかったのは『友達』もしくは『仲間』だ。

 その初めて出来た『仲間』が今、ここにいてくれてる。


 思い返せば、この国が帝位継承争いの余波で起こった内乱から発展する形で【十年地獄】を迎えたのは私が6歳の時。ちょうどその頃からだ。私が騎士としての鍛錬をさせられ始めたのは…。

 帝位継承で派閥が興り、血で血を洗う暗闘と内乱は兄達の命をことごとく奪った。

 地獄の日々を、この時代に生きる者は過ごさなきゃならなかった。


 だが、リュウガはその時の私よりも、分別の付く年頃に【十年地獄】を迎えているはずだ。

 恐らく母君もその時に亡くしたんだろう。彼も彼で相応の地獄を垣間見てきたと思う。

 それでも…、それでも私達は今を生きている。

 騎士として、いや、【キルヒア・ライン】の一員として。


「オルナ。 どうした? 考え事か?」


 リュウガの呼びかけが私を現実に戻す。


「あ…、ああ、すまん。 ちょっと昔をな…」

「それなら、この席でたっぷり聞くさ。 それじゃ行くぞ」

「ああ」

「乾杯!」

「乾杯!!」


 木のジョッキが乾いた音と共に打ち鳴らされる。男達はこうして互いの気持ちをぶつけ合うんだろうか?

 ジョッキに満たされていたのはエールだった。私も飲まない訳ではないが、独りで飲む回数自体がそれほどでは無かった。

 一口、それを口に含むと一人で飲んでた時よりも、不思議と美味しく感じる。

 これが『仲間』と飲む酒の味だというのか! 私はそう感じずにはいられなかった。

 過去ばかり振り返ってもそれを取り戻す事は出来ない。

 けれど今日の私は思いっ切り弾けようと思ってる。


―――過去の事、今までの不満、鬱憤


 これらを少しでも吐き出そう。そして、明日への励みにしよう。



 乾杯の音頭から間もなく、料理が運ばれてきた。

 大振りな魚の干物を焼いたものとか、野菜のスープ、ローストビーフにパンなどだ。

 私はエールを数口飲み終え、真っ先に焼いた干物に手を付けた。魚の旨味が凝縮されたのを更に焼いて調理した物だから、それは美味い事この上ない。

 干物は普通に食べてもいいんだが、焼いて食べても美味しい。まあ、焼きたてじゃないと意味が無いんだがな。冷めてしまっては普通に食べるのと同じになってしまう。故に食堂でも大振りの物は滅多に出ない。


 帝国は山の幸が豊富な半面、海の幸に恵まれない。

 それは帝国を取り巻く土地のせいだ。地理上では帝国は海と近い。だがあくまでそれは、地理上での話。


 往路で漁をするはいいが問題は復路だ。往路で使われる経路は復路では難所と化す。このために海の幸の鮮度は一気に落ち、最悪、腐ってしまい売り物にすらならなくなる。

 そこで考え出されたのが獲れた魚介類を干物するという方法だ。

 漁師が干物を扱う商人も兼ねるようになった要因でもある。


 近年では冷蔵竜車や海水を溜めた特製の竜車を使って、鮮度の良い魚介類を専属で扱う業者や行商人も出てきたが、干物より遥かに高額な上、滅多に回って来ない。

 尤も、干物に慣らされた私達にはどうでもいい事と言えばどうでもいい。

 干物も干物で味があるし、何より保存が利くのが特徴だ。軍事演習や有事の際の食料としてもうってつけなのだ。


 食料と言えば、水や燃料と共に演習や有事の時には最も注意すべき物資の一つに挙げられる物でもある。騎士や兵士など、従軍する者たちの生命線だからだ。

 これらが行き渡らなければ、満足な状態で行動が出来ないし、何より士気に関わる。

 最近では保存の利く、携帯食料を開発中だと言うが、確かこれにリュウガも関わっていた気がする。

 丁度良い機会だ。酒の勢いと共に聞いてみるとしようか…。


「リュウガ、ちょっと聞いていいか?」

「ん?」

「お前は携帯食料なる物を作っている事に関わってると小耳に挟んだんだが。どういう物か教えてくれないか?」

「どこで聞いたんだ? まあ、まだ試作段階だから、あまり大っぴらには出来んが…。 簡単に言えばオートミールを固めたものさ。 他にもバリエーションを幾つか試作してるけど、オートミールタイプの方が好評の様でな。 その内、何人かを選んで実際に食べてもらう事にする手筈だ」

「ほう、それは面白そうだな。 私も加えてくれないか?」

「構わないよ。 だがやけに積極的なもんだな」

「自発的に動いて悪いのか? 私はこれでも騎士の端くれ。軍の、帝国のためになるなら、何でもやれる自信はある!」


 私はそう言いながら料理を食らい、エールを飲み干す。足りなくなったら主人を呼んで追加もした。

 兵舎の食堂に慣らされていたせいだろうか、ここの料理がやけに美味い。

 それにつれてエールもついつい進んでしまう。

 そんな様子をリュウガの顔が緩んでいるのが見える。下心が無ければいいのだが、といつもの癖でつい疑ってしまう…。


「いい飲みっぷりじゃないか。 俺も負けてられん」

「んん? 私に酒で勝つつもりか? 面白い、受けて立とうじゃないか」


 思えば私もこんな事言うんじゃなかったと後悔してる。それもまたいい思い出にはなるんだけど…。

 食べて、飲んで、休んで、の繰り返しで時間を忘れ、ひたすらに日中の酒場を過ごす。

 何もかもを吐き出してしまいたくなる気持ちにもなってくる。

 やがて私は…


「私だって…私だって! 本当は人並みに女らしくしてみたかった!!」

「………………」

「でも! 私は物心ついたときから剣を握らされた! 兄達も次々に死んで、顔もまともに覚えてない! 【十年地獄】が…! 私を騎士にさせた! 父からはひたすら剣の稽古を強いられ! 父が連れてきた講師からは術式を叩きこまれ! 父以外の男がみんな死んでしまい、その家で年長の子供だった私が! 父から騎士になるように言われて! ただひたすら鍛錬の毎日だった!!」

「………………」

「友達、なんて言葉すら知らないままに! この帝都にやってきてどうだ! そういう連中がうようよしてるじゃないか! 私は…! 私はいつも独りだったのに! 同じであろう歳の男からはまるで化け物でも見るかのような目で見られ! 剣ダコだらけの手が冬の水にしみるのを分かる女なんか誰もいなかった!」

「………………」

「それどころか! わざとらしい同情や憐れみを向け! あまつさえ陰で笑う! ああ、悔しかったさ! 女の身で騎士を目指した事が人に笑われるだけなんて、思ってもみなかったからな!」

「………………」

「軍学校を首席で卒業しても! 私の扱いは酷いもんだった! 騎士団の入団を『女だから』って散々罵って! 帝王様がいなかったら! 今の私は無かったと言ってもいいくらいだ!!」

「……それは、俺も同じかもしれんな……」

「そうだろう! 私も! お前も! 帝王様が見出して下さったから! この【キルヒア・ライン】に入れた! 私は誰よりも! 騎士でありたい! 女である以上に! 人間である以上に…!」

「誰よりも…騎士でありたい、か…」


 私は思いの丈をリュウガに向けてぶちまけた。殆ど酒の勢いに任せたのもあったが、誰かに聞いて欲しかった、と思ったのは強ち誤りではない。


―――初めて出来た『仲間』の存在が嬉しかった。

―――「『仲間』と飲む酒」の味を私は渇望していたのかもしれない。


 味方はいても…、語らい、気を許せる友達が、常に隣で共に動き、戦う仲間が私にはいなかった。

 リュウガが私の事を『仲間』と呼んでくれた事は…本当に嬉しかった。

 手が届かないと思っていた事に手を差し伸べてくれた事が…。


「そうだ! 私もお前も『騎士』なんだ! だからこそ帝王様の剣とならねばならん! 分かるか?」

「ああ、俺達は帝王様の御推挙で今がある!」

「ならば、今度は私が! 乾杯の音頭を取る! 受けてくれるな?」

「おう、受けようじゃないか」

「よし、それじゃ…」

「「乾杯!!!」」


 ジョッキが再び打ち鳴らされる。

 何度でも言う。 私は嬉しい! 私を『仲間』と言ってくれた事が!

 その嬉しさに時を忘れ、気がつくと部屋の外が騒がしくなっていた。



 その後の事は…、実は私もよく覚えていない。

 断片的に覚えていたのは、既に夜になっていた事、他の団員数名がこの酒場に来ていた事、そして私が蟒蛇(うわばみ)の如く酒を喰らっていた事だ。

 リュウガから後日聞いた話では、私は散々に愚痴をこぼしまくっていたそうだ…。

 彼からは「騎士だって愚痴の一つもこぼすもんだ」と言ってはいたが…、複雑な心境だ。


 ここからはリュウガから聞いた話ではあるが…、帰る時も酷かったらしい…。

 その時の私は完全に酩酊し、前後もおぼつかなかったそうだ。

 リュウガが主人に掛け合って、私をこっそりと裏口から連れ出しつつ勘定を済ませて店を出た後、彼は私を背負って兵舎へ歩いたという。

 警衛係には驚かれたり、当直や居合わせた分隊長達も何事があったのかと、酩酊して前後不覚になった私を見て言ったらしい。

 その時のリュウガも対応に追われたというが、その方法が何と、私を自分の部屋のベッドに運んで介抱する事だった!

 「酔った身で酔った奴を看るのはきつかった」と彼は言うが…、何ともデリカシーが無いというか、何と言うか…。


 少しは騎士の扱いに慣れろ、と私は言いたくなったが、次の日、リュウガは、まだ前後不覚が治ってない私の肩を担いで、私を点呼へ引きずって行った。

 その際、周りからは冷やかしと奇異の視線を浴びたという。彼は意に介さなかったそうだが、何ともやりきれん気持ちでいっぱいになった。

 幸いにも私達は次の日も非番だったから、事なきを得たものの…、当直や上役からは私達が兵舎から外出する事を禁じられてしまった。「体調回復に努めるように」という言葉も添えられていたんだが。


 そんな訳で私は…


「あ゛ーーー…、あ゛た゛ま゛が い゛た゛い゛…」

「ほら、オルナ。 水飲めよ」

「ん゛あ゛? あ゛あ゛…、すまん…」


 こんな調子で二日酔いに襲われていた。

 私はその日をリュウガの部屋で過ごし、彼も付きっきりで私の看病をしてくれていた。

 吐き気をもよおせば、水飲み場へ私を抱えて行ってくれたし、食事も彼が食堂の係に掛け合って、オートミールを手配してくれていた。

 色々と世話になりっぱなしの状態で丸一日を過ごした私は、そのお陰もあってか、次の朝にはいつもの私に戻る事が出来た。


 この二日間は未知の経験を私にもたらした。

 初めての『仲間』、初めての酒場、そして…初めての二日酔い…。


 それでも私は妙に清々しかった。楽しいという感情が私の心の奥底に…まだあったからだ。

 今度もまたリュウガを誘ってみるのも悪くない。と言うか、今度は彼が誘ってくれる方がいいんだがな…。


 ……とは言え、私が私的な失敗の教訓を挙げるとすれば……、ただ一つ。


―――『酒は飲んでも飲まれるな』―――


自分で書いてて、文章の足りなさがまだ目立つ気がします…(;;

次は【キルヒア・ライン】の兵舎での出来事になる予定です。


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