酒は飲んでも飲まれるな (1)
初めての『仲間』と酒を飲む事になったこの日を、私の良き思い出の一つとして忘れないだろう。
リュウガは母君の墓参を終えた後に酒場に行くと決めていた。
私だって、騎士同士で連れ立って飲む酒を一度でもいいから経験してみたい。経験してみたかった思いがあったからこそ…、私は意を決して彼を誘った。
私は私で、男達が連れ立って酒場で飲むのが羨ましかった。訓練にしてもそうだ。
―――友達、仲間
私にとって縁の薄い、同時に強い憧れを秘めた言葉だ。
誘われもせず、女だからと舐められ、力を見せれば魔獣でも見るかのように恐れおののく。
そんな私に臆せず接する彼の様な気概を少しは持って欲しいものだと、思わずにいられない。
兄達が次々と死に、家に男子がいなくなったがために、長女だった私は子供の頃から剣を振るい、女らしいことなんて一切させてもらえず、ただただ強さだけを求めてられてきた。
それ故に同年代の友達など、出来ようはずもなかった。男にも女にも常に気味悪がられ、距離を置かれて生きてきた。
暑い日も寒い日もただひたすらに剣を降り続け、術式を学んできた。
ただ、騎士になることだけのために…。
おかしいと気づいたのは帝都に来てからの事だ。世の中には同年代の友達という、お互いに切磋琢磨する者がいるという事実を知った。
私なんか…! 私なんかずっと一人で黙々と、騎士を目指してきたというに!
それを語れば『女らしさの無い変な人』として距離を取られ…、同年代らしき女に剣ダコに染みる冬の水の冷たさを語っても何一つ共感してもらえない、そればかりかわざとらしいくらい哀れんだり、陰で笑う!
しかも友達の有無に触れられ、「いない」と言っただけで同情じみた顔をされる!!
友達のいない事がそんなに悪いか!!
帝国のために戦える者の気概がお前達に分かるのか!!
男子がいなくなった騎士の家に生まれ、騎士になる事を強制された女の気持ちが分かるのか!!
それなのに! それなのにだ! どうして私には「なよなよした」女に言い寄られる!?
時には私の事を「お姉様」と呼ぶ奴までいる! はっきり言って気色悪い!
私に同性愛の趣味など無い!!
それに…、それに! リスリアから来た…気色悪くて忌々しい術式師!!
あの男から受けた恥辱、必ず晴らしてやる!!
はぁ…、思い出すだけでも切りがない…。
そのせいだろうな、私が黒の術式との相性が良いのと、力を最大限に使えるのは。
―――妬み、不安、憎悪、悪意、絶望、そして殺意…
人の中にある昏い感情を根源とする黒の元素を無理矢理集め、理性でこれを無理矢理支配し、行使する。
それが黒の術式。この術式を使える者はそうそういないだろう。
白を得意とするリュウガとは正反対だ。とはいっても白も白で難度が高い事は同じだが。
彼は白の中でも復元と防御、そして何よりも『治癒』を得意としている。
復元は扱える者の方が少ない、難度の高い術式だし、治癒は解読が成されていないがために、未だに扱える者がいない術式だ。そんな術式をどうして彼が使えるのだろうか?
その力こそ弱いと思われるが、実は彼の術式に助けられている。
何しろ、あの気色悪い男との戦いで腕や肋骨をやられていたし、黒装もかなり破損させられた。
それを何も言わずに黒装を直しつつ、私の体に術式を施した。
それが白の術式である事を知ったのは間もなくの事だったが、私の体は翌日には医者が要らないレベルにまで治っていた。
伝承でしか伝えられていなかった治癒の術式だったのを知るのには暫くかかったが、医者からは「人間じゃない」と怖がられた。
他意は無かったんだろうが、正直言うとあの時は迷惑だと思ったものだ。
……。
全く…、私はどうしてこうも愚痴っぽくなるんだろう。
思い出しても切りが無い、と思ったばかりなのに…。
とにかく、だ。 彼が一人で酒を飲むというのなら、私もこの機に乗ろう、と考えて誘ったんだし、彼が言ってくれた『仲間』という言葉に、今日はこの気持ちを委ねてみよう。
色々と心で愚痴を言い放っている間に、私はリュウガに案内される。
今日の舞台となる、初めての酒場に…。
まだ日は高いが関係は無い。非番だし、何よりも『仲間』と飲む酒をもっと知りたいから!
*
「いらっしゃい! おう、リュウガ。お袋さんの墓参りは済んだか? 今日はやけに早いな?」
「おやっさん、今日は二人ね」
「ん? あれまぁ、女連れとは…。 お前さんもやるときゃやるじゃないか、え?」
酒場の主人らしき男に「女呼ばわり」される…。 どいつもこいつも、どうして私を騎士と見ようとしない…!
「おやっさん…、それは…今は言わない方がいい…。さもないと…」
「え? 何のは…、ヒイィッ!!」
知らず知らずの内に殺気を放っていたらしい。主人が私を見るなり怯えてしまった。
リュウガの様にもう少し堂々としていて欲しいものだ…、って、全員が彼じゃないしな…。
はぁ…、溜息しか出てこないな。
「今日はさ、こういうとこ初めてだって言うから、連れて来たんだ。 金は十分用意してあるから、料理も酒も頼むよ。 酒は安い奴で十分だからさ」
「あ、ああ…。 それなら、あそこの奥の小部屋を使うといい。 お互いの思想をぶつけ合うのもいいし、彼女の愚痴を聞いたりしてやれ」
「あそこは滅多に入れないのに…、すまないな」
「いいって事よ。 お前の親父さんやお袋さんには世話になったし、こんな時間に来る奴は滅多にいないしな。 ところで今日は非番か?」
「ああ、今日は別の団の割り当てでね。 俺達は非番さ」
「そうか。じゃあ、ゆっくりしていきな。 腕によりをかけて美味いもん作ってやるよ!」
「助かる。 じゃあ、オルナ、こっちだ」
リュウガに促されるまま、私は彼についていく。 「愚痴を聞いてやれ」と言う主人の言葉に甘えてみるのも悪くない。
それにしても酒場と言うのは、こんなにもこぢんまりとしたものなんだろうか? もっと、荒々しい雰囲気だと思っていたが…、日が高いせいなのかもな。店の中自体も年期が入っている。
【十年地獄】の戦禍を免れたのかどうかは知らないが、ここなら落ち着けるだろう。
例の小部屋に入ってみると、そこは小規模の集まりで入れる空間だった。
リュウガ曰く、宴会で使うためのスペースだという。連れ立って飲む連中がこういう所で日頃の憂さを晴らし、英気を養うのだろう。私はますます、彼らを羨ましく思えた。
「はい、お待たせ。この一杯は俺からのサービスだよ。 景気付けに今日はじゃんじゃん飲んでってくれよ!」
私の物思いを遮るかのように主人が入ってきた。けれど、何がサービスなのか、その時の私には分かるはずもない。 初めての酒場なんだから…。
そして今日は…、私もその中に入る事が出来る。
初めて出来た『仲間』と共に、今日は飲み明かすぞ!!
一話完結のつもりが意外に長引くことになりそうなので、分けることにしました。
次で終わるといいなぁ…。




